No.69 拝啓、今尚淀み行く貴方へ 其の二十四
かつて、ある災厄が存在した。魂というほとんどの存在にとっては未開拓も等しい分野の技術を操る意思持つ天災。
神格を持たぬ者、無神格者は恐れた。対峙すれば、為すすべなく死ぬ……どころではないから。
神格を持つ者、神格者は焦った。それに悪戯に戦力を送れば、文字通り帰ってくるから。
--相手の戦力として。
しかし、神格者達は時間がなかった。何故なら、天災は小さかったから。一見すれば普通の人間にしか見えないような姿で、大きくとも異形でもなんでもなかったから。詰まるところ……彼女は、物理的に速かった。
そう、彼女は精霊系統突然変異種族。本来一つの属性のみを持つ精霊が多い中でも希少な二つの属性に適性がある精霊でありながら、彼女はほぼ未開拓分野の希少属性魂と、それ以上に特殊な属性、星の二つに適性を持っていた。
結果として生まれたのは殺した相手の魂を改造し、さらに因果を捻じ曲げる星の属性でその魂を元の肉体に戻して、完全に従順な下僕を大量生産する1人軍団。
最終的にはラプラス最高戦力が同時に出せる最大人数で、初手から最大攻撃の連打でなんとか殺害したが……。それでも、両方に多大な被害を生み、ユグドラシルは半壊、ラプラス側も1人最高戦力を失った。
さて、そんな災厄だが……「箱庭計画」の最高責任者が考える通り、同類が、今箱庭にはいる。そして、彼女を使って、あわよくばあの天災の技術を模倣しようと考えているわけだ。
オール・フォルタム。肉体を変形するという魂を自由自在に操る存在。今はまだ、表面上の魂の形のみを変えるのみ。しかし、すでに芽はあるのだ。天災と同等か、
それ以上のものを。
⭐︎⭐︎⭐︎ 【延戦刀士】 オール・フォルタム
『条件を満たしました。技能『己掌転決』レベルが4へと上昇しました。』
『条件を満たしました。技能『招魂』レベルが4へと上昇しました。』
バチバチと音が鳴る。それは、雷のようでいて、その実態は全く異なる。
『本当に……なんなのだ、貴様は……』
「さぁ、私も知らない。まぁ強いて言えばぁ……」
ーー魂成体、キメラとか?
『……なんという……。それでは、まるで……!』
青龍よりも高い視点から、私は回答する。私自身、わかっていない。まぁでも、今の私の姿の由来はわかる気がするけど。
今の私は、まぁやっぱりキメラというべきか。全身を緋い毛皮で覆い、背に翼を広げた何か。それが、私。原理はわからない。でも、やっていることはわかる。
これは、模倣なんだな、と。だってそうでしょ?私のこの体を構成する生物は、全て見覚えがある。翼は、この城付近で倒した怪鳥のもの。この尾はかつて私が上層で倒した蛇のもの。そして、この緋色の毛皮は……あの猩々のもの。
周囲の血を操りながら、起こっていることの結果を把握する。これなら、もしかしたら青龍に勝てるかもしれない。そう、思ったんだけど……。
「これ、一回攻撃するくらいが限度なんだよね」
そう、今の私は立っているだけでもきつい。動けば、その分今の体を維持しようとする力が緩んですぐに戻るだろう。だから、一撃。といっても、正気がないわけではない。今まで少しずつ溜まって生きていた『傷の祝福』や『遅延戦線』のバフがかかった状態。これに、賭ける。
「最良は、君の撃破」
まぁ、それは無理かな。いや、正確には、倒せはする。でも、そこまでだ。私にできるのは、精々で相打ちまで。
「それでも、もしかしたらを願ってしまう」
私は、それでも、まだ生きたい。だけど、それには、コイツを倒さないと話にならない。
「都合よく奇跡が起きるとは思わない。でも、それでも、願うだけなら問題ないから……私は、私ができることをする。だから--」
『わからないな。それだけ生きたいと願う貴様が、何故まだここにいるのか。それでも、我のすることは変わらない。これが、我の贖罪故に、そして、いずれ来たる我を、そしてあのラプラスを打ち倒す者のために--!』
「『終わりにしよう』」
⭐︎
其の時、空中に浮遊する島は大きく震えた。圧倒的大質量同士の正面衝突。相殺しても仕切れなかったエネルギーが島を揺るがし、あるいは墜落するのではとすら思えるほどの力を生み出した。異形の何かがその爪を伸ばして龍の喉笛を掻き切り、青龍のその体躯が余波だけとはいえ何かにたった一とはいえ、その体力を削った。
たった一だ。本来であればかすり傷にしかならないような、そんな戦況を左右するはずもないたった少しの傷。それでも、もはや限界も限界の何かには、充分だったのだ。
結果、一つの巨大な影が崩れ、そしてもう一つも膝はないとはいえ、その部位にあたるであろう箇所を地についた。異形のものはそのまま先ほどまでの威圧感が嘘だったかのようにスルスルと縮み、いつも通りの少女の姿へと戻った。しかし、彼女のHPは反動だけですでに1だ。
何かがあれば即座に死ぬだろう程の致命傷。何せ本人ですら何故動けているのかわかっていないのだ。それほどに異常な動きで彼女は戦闘を継続して……いま、今度こそ、地に倒れ伏した。
『……はっ……はっ……!!ぐ、くぅ……』
だからと言って、青龍も無事では済まされない。青龍のそのHPは見えていれば残量は43。元の上限値を考えれば、瀕死であることは間違いない。しかし、今ここに決定打を与える生物は存在せず、故にこそ本来であればこの勝負は青龍の辛勝で終わるはずだった。
『なんと、いう、意思……っ!がふっ、だが、っ、貴様、うご、ないだろう……!?』
青龍が、HPと防御力に関しては圧倒的にオールを上回っていた超越者が、もはや意識すら危うい状態で倒れたままのオールへと語りかける。止まらない血を止めもせず、あやふやな思考を形になそうと考える。
漠然と、青龍は理解していた。自分は、死ぬのだろうと。そして、死ぬと理解した上で、それでも、何かやらなければいけないことがあると、直感して。
だが、オールは反応しない。できない。なぜなら、今オールの状態を看破できる者がいるとすれば、その存在は状態異常の欄に「気絶」と書かれた言葉があることを確認できるから。
何を為したいかもわからない青龍は、それでもとにかくトドメの一撃を放つつもりだった。もうボロボロの手を伸ばし、オールの命に手をかけようとした。そんな時、ふと、彼の目に手が映り込んだ。
ボロボロで、朽ちかけていて、死んでいるかのようにすら見える手。それは、何もない自分が、初めて自らの意思で動いた、あの日のようで。
ーーよーし!それじゃぁ、今日から君はヤナギだ!
そのことを思い出す。それは、彼にとっての始まりの日。泥だらけで、いつか死ぬのをただ待っていただけの日々を塗りつぶし、踏み越えて此方に手を伸ばしてきた大事な思い出。忘れられなくて、もう帰ってこない輝いていた過去のこと。
『……だから、なんなのだ』
何かに思い至りそうになる。でも、気づきたくない。気づけば、止まってしまう。漠然とした恐怖が青龍を煽り、止まった腕をもう一度動かそうとして……。その光景に目を見張った。
曇天の空。
瓦礫に塗れた地面。
死にかけの手を伸ばし、それでも光に縋ろうとした自分。
その先で、笑みを浮かべながら此方へ手を伸ばす誰かの姿。
『……あぁ、そうか』
あの泥に塗れた地の上で。
あの雨に濡れていた彼の元で。
彼に手を伸ばした彼女の姿は、輝かしい未来を想像させるに足るものだった。
そして、その姿が、重なる。
この瓦礫に溢れた島の上で。
この血に濡れていた彼の元で。
彼と相対した彼女の姿は、あまりにも輝いていた。未来が、見えていた。
『……そうだ、な。贖罪に生きる我が、生存に生きる貴様に、勝てるわけ、なかったのか……』
彼は、笑っていた。泣き笑いだった。
笑う青龍はわかっていた。もう間もなく、己は死ぬのだと。だが、そんな自分が、未来ある彼女を殺していいはずがないと。彼の主人を、汚すような真似はしてはならないと。
『……あぁ、もう一度、主人に会いたい、なぁ……』
だから、1人このまま死ぬのだと。少し、寂しさを湛えたその目で、青龍はその時を待ってーー。
『……?』
死にかけの青龍の前に、何かが現れる。それは、気のせいでもなければいつか見た雷の如き光のようで--。




