No.66 拝啓、今尚淀み行く貴方へ 其の二十一
「……う、ぐ」
何が起きたかわからない。わかるのは、私が浮遊島に叩きつけられていて、青龍が爪を今まさにこちらへ向けて振り下ろそうとしている、その事実だけ。
「!!?」
全力で退避!転がるように、爪の一撃を紙一重で避ける。どうなった?!何が起きた!!
青龍を見る。あちらも余裕はないみたいだ。でも、さっきまでと明らかに違うのは、その構造だ。
青龍は、先ほどまでの翡翠の鱗から一転、鮮やかな虹色へと変化していた。そして、鱗の所々が宝石のようになり、輝きを放っている。その数、凡そ四つ。
……なんだ、これ?まさか、これ強化スキルか?!私がまだ確認できていないとすれば……!
『……もう、使うことになるとは思っていなかった。こんな我が、『天宝肢体』などという大それていて、不相応な技能を使うなど』
っ、やっぱりか!心の中では内容よくわかんなかったからパッシブ系スキルであれと願っていたのに、こういうのに限ってアクティブなんだね最悪だな!!
「くっそぉ……」
強化されたからか知らないが、こいつの操る風まで精度が上がってる。空中島に叩きつけられた私は高まった精度で少し浮かされて青龍の前で固定された。さながら処刑を待つ死刑囚の如く。……残る手札は一つ。『招魂』は使えない。あれはあのレベルではまだ意味がない。
だとしたら『己掌転決』しかやはりやりようはないか。こちらもまだレベルは低いからあまり効果的ではないが、私と戦闘している間に掴まれた私の動きの癖とかを変えられるんだから充分だろう。
『やはり、これを使えば勝負は一瞬だな。……こんな技能、もう使うつもりなどなかったのだが。……もう、いいだろう。我もどうやら疲れたようだ。このまま終わってくれ』
……いや、まだあった。ただの資料でしか価値がないと思っていたが、これならば、あるいは。
青龍の爪が私に狙いをつける。それが振りかぶって……
「そぉい……!」
残った体力で投げたガチャから出た本が、青龍の鼻先にページを開いて当たった。
『……?なんだ、今更こんな悪あがき……!?』
一瞬動きを止めて、すぐにまた動きを再開しようとした青龍の目が大きく開かれる。その目は、未知への警戒ではなく、既知への驚愕であった。そう、まるでそこでこれがあるだなんて、とでも言っているような、そんな目で。
『なぜ……なぜ、今更こんなものをォ……!!!』
怨嗟の声が漏れ出しながら、それでも青龍の目はそのまま閉じられ、振りかぶられた爪は私の横を通り過ぎて地へとあたった。同時に、変化が溢れ出す。
「っ、これは嬉しい誤算だね……」
島の周りを覆っていた雲が薄れていく。それはつまり、青龍がその制御を放棄したということだ。そして、それに伴い私の体を縛っていた風の鎖、周りを取り巻く旋風が収まっていく。
「………一か八か、今まで失敗してばかりの賭けだったけど、今度は成功したみたいだね」
目を向けた先には、本を頭の上に乗せたままその巨体を横たえた青龍の姿。そう、ガチャから出たあの本は、見たものを作者の記憶世界へと精神のみを引き込む。誰が、どんな条件でそうなるのかもあまり詳しくはわかっていなかったけど、どうやら青龍だけが無事に取り込まれたらしい。
周りを見る。ここでのやるべきことは、ひとまずこいつにとどめを刺すことだけ。右腕に銃を作り出す。狙いは、青龍の鱗でも防御力が低いであろう瞼。
正直に言って、これだけ決定的な状況でも、奴の防御を貫ける自信はない。それは、物理的にという意味もなくはないが、主に精神的な意味でだろう。情を移したつもりはないし、それで自分が犠牲になるなんてありえない選択肢なのだが、それでもこいつの背景をある程度知っている以上こうやって終わらせることを避けたい思いもある。
あぁ、もう。考える余裕なんてない。やるしかない。
「すぅー……」
息を整える。考えることを一つだけに絞る。刀は胴の横に、鋒は龍の……左目。目指すのはその先の脳。貫け、神ざ--
「チィッ!!」
『この程度ォ!!』
刀に力を入れる、その寸前で青龍の目が見開かれる。同時に払いの目的で振りかぶられる爪。まともに受けれるはずがない!見れば青龍も鱗越しでも汗が流れている。流石に意表はつけていたようだ、が。どちらにせよこうなっている以上失敗と同義!!とにかく今は避ける一択、なんだ、が……!
「お、もいなぁ……!」
『まさか、こんな奥の手があったとはな!!だがここで我を仕留められていないということが貴様の敗北を示している!いい加減に、終われぇ!』
早い!!つぅかまた鱗が虹色に光り始めている!あのスキル、さっき説明文が解放できたからこそわかる。あんなの絶対長時間使えたもんじゃない。何せ生命力も魔力も大幅に消耗し続けるんだ、短期決戦でしか使用できないだろう。
そんなスキルをさっきから燃費の悪さを無視して使い続けている。このままだと自爆するぞ……?現に、今のあいつのHPはもう一割強程度。これなら、このまま耐えれば……とは、ならないよね……。
「っ、凌ぐ……ッッッ!」
体がぶっ飛びそうな衝撃を必死で受け流す。そんな攻撃を、何度も。わかる、こちらももう余裕がないことが。ここから先は一手のミスも許されない。元々そんな物だったが、もう軽い衝撃だって直撃すれば致命傷になり得る。精神を張り詰めろ、軌道を読めば、死ぬことはないは、ず、ぐっ!
これは、尾の一撃か!両腕によるフェイントを含めながら攻めてきたこちらは全て陽動!ここまでの並行思考ができるのか!やばい、感心してる場合じゃない、やってやる!
体が予想外からの方向の衝撃に呆気なく吹き飛ばされる。すぐ下を流れるように高速で動く浮遊島の地面。そして、後ろを振り向けばあるのは瓦礫の山。好都合だ……!
「枯葉舞」
攻撃は無理でも、動作の補助目的なら刀は自然に動くのだ。瓦礫の隙間。刀が折れない向きで、最も衝撃を地面に流せる傾きで!タイミングは、今!!
ズドン!という音と共に瓦礫に着地する。でも休んでる暇はない、刀を即座に地面から抜き、構えを取る……と同時に、来た!受け身をとって--
『焦りを見せたな』
ぼろぼろの私の体をほぼ半分に叩き割るが如く叩きつけられた青龍のトドメの一撃が、私の腹から下をほぼ完全に破壊した。




