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No.63拝啓、今尚淀み行く貴方へ 其の十八

自分の足元が揺れる。足場が崩れていくのを実感する。こんなことになっているのは全てが青龍のテリトリーであるはずの城を自分から壊しているという予想外の行動のためだ。



「やってくれるな……」



見れば、天井からは次々と瓦礫が崩れ落ちてきており、それに伴い足場がどんどん悪くなっていく。正直上も下も気を払わねばならないため、いつ転ぶか、もしくはいつ上から来る瓦礫に押しつぶされるかわからない。



「グゥオオオオォォオ!」



そして、この元凶である青龍は天井にぽっかり空いた穴からさらに上へ上へと突き進んでいく。確かにあれだけ離れれば誰にも邪魔されずに何かしらの準備はできそうだ。しかし、わざわざ建物を貫通してまで上に行って何がしたいのだ……っ!?



『これでぇ、終わりィッ!!』



青龍が使い物にならない左手を使わず、ついに右手だけでこの長距離に渡る城を下から上までぶち抜いた。



同時に、紅月の不気味な光がこの城内地下まで差し込む。そして、光が差し込んだ瞬間に異変は起こる。



『城の上部など無意味な張りぼてだぁっ、ならば消してしまったほうが今の我には都合がいい!!!』



嫌な悪寒が身を震わす。咄嗟に周りを見渡し、移動の経路を模索すら。瞬時に把握し、上へと視線を戻した時にはもう……龍がその喉に力を溜め込んでいた。



自分は知っている。あれがどんな結果をもたらすか。水底から全て見ていた。もし、今ここであれが解き放たれれば、きっとこの城の上部のみならず、こちらまで切り刻まれることとなるだろう。そう、そしてここも切り刻まれるというのなら、それはベフェマとやらの遺体も含まれる。



「まだ、彼女は役目があるのでな……!こんなところで、折れてもらっては困るのだよ……っ!!」



『『切斂吐息(フェイドアウト)』ッッッ!!!』



「避け、切る……!」



不可視のブレスが迫ってくる。見えはしない。でも感じることはできるのだ。身を焦がすようなこの悪寒が、どれほど自分と吐息が近い場所にあるかを教えてくれる。



「これならば……向かうのは、前っ!」



刀を持った手とは逆手にベフェマの小さな体を脇に抱え、必死に死から逃げ惑う。こんな泥臭い動きはあまり好まないのだが、四の五の言っている場合ではないからなぁ--!!



突如、かつてない悪寒を肌がとらえた。こんなに死を感じるのは、自分の血まみれの人生でも、一度きり……!



「これは、致命的(ファンブル)か--!?」



感じる。切り刻む吐息が広がるのを。



感じる。その範囲はこの城全体を包むほどと。



感じる。これは、我が身を容易く滅ぼす死神の鎌と。



だから。




「この、極限状態での動きはオールと似ているようだなぁ!!」



進むのだ。暗い闇だからこそ進まなければ見通せない。ランタンの光は、闇に呑まれかけた時、確かにキラリと輝くのだ。



「ら、ァ!」



近くの瓦礫を悪寒の近くに蹴り飛ばす。当然、それは即座に粉々になる。だが自分が見たいのはその過程だ。




「わかるぞぉっ、貴様の吐息の仕組みがぁ!!」



なんてことはない。彼のフェイドアウトとやらは、吐息に空気を固め、鋭く変質させる特殊な物質を解き放つ。故に吐息に影響を与えられた場所は空気が刃となり、その場のものを切り裂くのだ。



そんな馬鹿みたいな技を、これだけ広範囲に、ローコストで打てるようだが、本当にバランスとやらはあっているのだろうか?範囲が広ければ広い文、特殊な物質も拡散するようで、作られる空気の刃もまた散らばる。それでも、やはり強いのは違いない。



ならばどうするか?触れただけで切り裂くのだ。おそらく受け流すのもアウト。完全回避一択だな。だが、それを全ての刃と対象を広げるとなると一気に難易度が跳ね上がる。



そこで役に立つのがこの肉体変成という特殊な体質。作るのは、送風機。



自分たちが警戒しているのは見えない空気の刃である。そう、空気の、だ。



ならば同じく空気のそれらがそれなりの強い風を受けて全く動かせないというのは考えずらい。だから、送風機で危険地帯を圧縮するのだ。



長々と考えたが、もう時間はない。吐息はすでに目の前まで迫ってきている。やるしかない。変成を起動する!刀を握っていた手が変形して、羽がついた送風機へと変貌を遂げる。これと言って何か特徴があるわけではないが、今はそれについて話すより先にスイッチをオンにすることが優先事項!




「っぐ……」




ついに吐息がこちらに接触した。刻まれる体は、痛覚がないから行動を止めることはないがあまり長く持たないことが簡単に把握できる。……もって20秒程度。いや、それよりもう少し早いか。



「……だが、間に合ったようだな」



風が、起こされていく。それは先ほどまでこちらを傷つけていた向かい風ではなく、自分に味方する追い風。感じる、悪寒が消えていくのが。



……ようやく周りに目を向ける余裕ができて、状況を把握しようと試みて、唖然とした。



周りにあった外壁は見る影もなく、ただの瓦礫と化している。広間はひび割れ、自分が戦っていた神社の外側と同じような灰色の石材のようになっている。



そして、貫かれた天井はもはや完全にないものとなっていた。もはや城などないと言われても頷けるほどに崩壊している。



そう、ここはもう屋内ではない。地面こそまだその機能を果たしているが、外壁も天井も消えている。まさかここまで破壊されるとは。……これではあまり絡めてなどはできないだろうな。ここまでひらけた地形になって仕舞えばあの龍が好きそうな真っ向勝負しかできないだろう。



まぁ、その龍も今は遙か上空で滞空しているだけなのだが。



『これで準備は完成した!!見よ、これが我の到達点!『天龍圏・荒れ野原』!!!!』



到達点。それはすなわち、相手の切り札がその効果を発揮されるということ。だが、その意味を理解することこそ間に合えど、自分ではそれに対して身構えるまでには至らなかった。自分が臨戦態勢に入る直前に、()()が変質した。



揺れる、揺れる。それは先ほどの比ではない。地面が本当に地面なのか確信が持てなくなるほどに揺れている。それはもう沈没直前の船と言われても理解できるほどで。



そして、上を見てこの異変の理由を把握した。



それは、オールの視点で見たことがある、崩壊した城を覆っていた厚い雲。周りはもう雲に覆われつつあり、外の光景を目にすることは叶わない。



風が、吹き出した。自分……というよりは、この城を中心とした渦を巻くような風だ。全力で踏ん張らなければすでに風に呑まれ吹き飛ばされてしまいそうだ。この城に初めて潜入した時はこんなものではなかったはず。つまり、これが本当の彼の切り札ということか。



ただ、これが確かに自分を倒すのに十分というならば同意こそすれ、この行動によって何をしたいのが正直理解できない。自分がオールの体を一時的に借りている裏人格というのは明かしたが、それを聞いてなぜ切り札を切るのだ?



『さぁ、舞台は整った!オールとやらよ!我が天龍圏はあらゆる物を()()()()()!それは、今貴様が大切にしているであろうその蛇の遺体もである!!』



「!?」



チッ!ここでそうくるか!ようやくこいつの行動の意味がわかった。こいつ、オールに揺さぶりをかけて自分を強制的に退場させるつもりだな!



が、まずいな。気づいたのはいいものの、少々遅すぎた。がっしりと掴んでいたはずの傍に抱えたベフェマが、なんの抵抗もなく()()()()()()()



どういう感覚かというと説明が難しいが、例えば力を入れる場所を間違えたかのように、つるっと転んでしまうように。スルッと、横からベフェマが飛び出していってしまった。力むべきところを間違えるなど、あまりに久しくなかったもので、隙になるとは分かっていても唖然としてしまった。



その瞬間に事態が動いた。




まず、吹き飛んだベフェマの遺体は、一瞬で遠くまで吹き飛んでいき、視界から外れた。しかし、どこかで何かが落ちた様子からしておそらく瓦礫のどこかに隠されるように落ちたのだろう。



時間をおかず、ほぼ同時に自分の体に異変が起きた。いや、異変というのは少々言い方がおかしいかもしれない。これは……おそらくオールが復活しようとしているな。どうなるのかわかっているだろうに、馬鹿な者だ。だが、そんなことを気にしている暇はなかった。



視界がグルンと回ったかと思えば、自分はいつの間にか外にいた。コマ送りかのように一瞬でだ。



轟々と風が耳元で騒いでいる。そしてその間でも自分の内側奥深くからは彼女が目覚め始めている。身体能力にも異常をきたし始めた。



「グゥガァ!」



「っ!この……!」



やはりあちら側の有利状況に引き摺り込まれたか。しかしなってしまった以上仕方ない。場当たり的な対処にしかならないが、青龍の爪撃……『斬鉄爪』だったか。まぁどちらにせよ攻撃を喰らうわけにはいかなかったので静流水で受け流す。同時に応用して旋風旗による反撃、プラスで攻撃の反動による着陸を試みる。



「面倒な……どういう仕組みだこれはァ!」



結果は全て失敗だ。受け流そうとした刀の動きを吹き荒ぶ風が急激に強くなり、刀の向きを逸らしたせいでかろうじて損傷を受けることは避けられたが、他には何もできなかった。台風のようだな。局所的に、こんな恣意的にやってるとしか思えない風の動きでなかったなら仕方ないで済ませられたのだがな!!



「……限界のようだな、これは」



まだここで交代するのは避けたいところだが、これ以上は彼女を抑えきれない。この状況だと交代すればオールは受け流すことこそできるが、攻撃はできないだろうからジリ貧だろう。ここで一つでも打開策を見つけなければ!



考える。勝利条件はオール(自分)の生存。ここで青龍を倒せる確率など万に一つもありはしない。いつかは倒さなければいけないだろうが、それは今ではない。



しかし、もうじき自分は表人格と交代する。彼女は友達に固執しているようだからきっとこの場を離れることはないだろう。少なくとも彼女が仇を討つまでは。



だがあいつは仇を討つことに執心すると同時に、ベフェマの遺体の回収も同程度には重要としている。……ここはあいつが後でも青龍は討てると、冷静になってもらうためにも少し青龍から距離を取らせるべきか。



「……あー」



やばい!もうほとんど体の自由が効かなくなっている!!早いな、ここまできたら後一手で効果的な方法を閃くしかない、そして、その方法とやらはもう思い浮かんでいる!!



「へ、へん……成!」



無理矢理口を動かしたのに意味はない。強いていうなら青龍の気を向かせただけ。だが、それでいい。それがいい!



弾丸のように射出された自分の右手が視界の端に引っかかった遺体に飛翔する。気付いたようだな……だが、こちらの方が一手早い!!



「とったぁ!」



再び沈む自分の意識が最後にベフェマの視界を捉える。そう、宙に浮いて、空中島の外……何もない空から落ちるその様を。

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