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見果てぬ夢のアスタ  作者: 匿名Xさん
第一章 哮る覇王のレゾンデートル
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白銀の騎士

一部ゲテ注意かもです



 瞼を刺す光に煩わしさを覚え、シオンは寝返りを打った。


 ジャリジャリと寝床が軋みを上げる。


 その寝心地の悪さに苛立ちを覚えるが、残る微睡みをどうにかして味わおうとさらに数度寝返りを打つ。


 しかし眠るのに最適な姿勢は見つかることなく、心地よい余韻は遠ざかるばかり。


 仕方なしに冒涜的な二度寝への試行を諦め起床することとする。



 そこでシオンは、自分がどこで寝ていたかに思い至った。


 昨夜、シオンは冥朧鏖喰蟲(トード・シュピネン)に止めを刺した後、張り詰めた緊張の糸が切れると同時に意識を失うかように眠ってしまったのだった。


 砂利混じりの地べたが最悪の目覚めをプレゼントしてくれたお陰もあって、身体の節々は痛み、気怠さが抜けきらない。



 おもむろに白魚のような手を持ち上げると、目元に付いた土を払い落とす。


 空いた片方の腕は斜め頭上へ持ち上げ大きく伸びを。


 それだけでは固くなった身体は解れないので、次いで両手を組み、手の平を身体とは反対に向けながら前方へと伸ばす。


 最後に身体を捻ると背骨や腰が小気味よい悲鳴を上げた。



 ようやく眠気は飛んだが、すると今度は背中に掛かる僅かな重みが気になってくる。


 重い瞼を持ち上げ、違和感へと目を向ける。


 それは本来の自分の面影すらない銀に輝く長髪だった。



 シオンは指で髪を軽く梳く。


 「もしかしたら」なんてことを欠片も期待していない。


 だからと言って、その些細と呼ぶには大きすぎる変化に違和感を持ってしまうのは仕方のないことだろう。



 いつの日か慣れるだろう。


 "大きな差異"は"小さな差異"へと次第に変化し、遂には"普通"に置き換わる。


 哀愁に浸っていたシオンだったが、ふと視界の端に佇む存在に気が付いた。



 それは一人の騎士だった。


 比喩ではない。


 片膝を着き、頭を垂れるその様は、今まさに王命を拝しようとする騎士の姿そのもの。


 いっそ神々しささえ感じる騎士の姿に見惚れるシオン。


 朝日に照らされた白い鎧が騎士の凜々しさを強調する。


 見方によれば祈りを捧げているとも取れるその姿勢は一枚の絵画のように美しい。



 しばらく時間を置いてシオンはようやく我に返った。


 その間も騎士は微動だにせず、膝を着いたままシオンに頭を下げ続けていた。


 徐々に妙な空気が二人の間に漂い始める。


 起きたばかりのシオンにはどのような経緯で、そして何故騎士が自分に平伏しているのか、圧倒的に情報が欠如している。


 とは言ったものの、件の騎士は一向に動く気配はない。



 深い沈黙。


 葉擦れの音がやけに大きく感じる。


 空気は次第に重みを持ち始める。



「……えっと、どちら様で?」


 このなんとも言えない空気に耐えかねたシオンは、取り敢えず現状把握のために騎士に対して話しかけてみることにした。


 その途端、辺りの空気が凍り付く。


 掛ける言葉を間違えたかと騎士から距離を取り、臨戦態勢に移るシオン。


 だが、騎士は攻撃をする素振りを見せない。



 相変わらず頭を下げ続ける騎士。


 しかし、その姿には先程までの凜々しさは感じられず、心なしか項垂れているようにも見受けられた。


 シオンは警戒を続けたまま、もう一度騎士を観察する。


 白銀に輝く鎧は、装飾の類を一切排除した実用性に長けた代物だ。


 腰に佩く剣は鎧と同じく柄と鞘が白一色。


 こちらもオーソドックスな造りをした片手半剣(バスタードソード)


 しかしそのどちらもシンプルであるからこそ洗練された気品とも呼ぶべきものが感じられ、見る者を惹き付ける美しさがあった。



 と、そこでシオンは疑問を覚えた。


 片手半剣(バスタードソード)の柄の部分、唯一の装飾である青い宝石に目が留まる。


 さして凝った造りをしている訳ではないが、なぜかシオンの目を惹いた。


 それはまるで海の深い青を閉じ込めた色をしていて、()()のようで――



「――もしかして、私が作った魔導人形(ゴーレム)?」


 その声を聞いた途端、騎士改め魔導人形(ゴーレム)は勢いよく顔を上げた。


 同時に、シオンが魔導人形から感じ取ったのは、魔導人形からの溢れんばかりの歓喜だ。


 魔法的に繋がりのあるシオンと魔導人形は、言葉を用いずとも意思疎通ができた。


 もっとも、魔導人形は作られて間もないため、感情に乏しく、コミュニケーションが苦手のようだった。



 シオンは魔導人形の鎧を触る。


 次に叩いてみると、硬質な音が鳴り響く。


 兜を取ってみると、鎧の中は空洞が広がっていた。


 剣を鞘から引き抜いてみると、白く輝く刃が姿を現す。


 薄れゆく意識の中で作ったにしては、魔導人形の騎士は細部に至るまで非常によく出来ていた。



(闇雲に使って魔法にしてはクオリティが高いな……ん?)


 ふとシオンが我に返ると、目の前の魔導人形は、細かいパーツに別れて地面に散らばっていた。


 どうやら考えるのに夢中で、魔導人形を分解してしまったらしい。



「何やってんだろ、私……」

「?」


 自虐の念に駆られていると、バラバラになった鎧のパーツが独りでに組み立てられてゆき、元の通りに組み立てられる。



「そんな事もできるんだね」

「!」


 シオンが感心した様子で呟くと、魔導人形は一つ頷いた。


 やはり感情の起伏は乏しいが、どことなく自慢げな雰囲気を漂わせている。



 と、ここでシオンの腹が可愛らしくて鳴った。


 無理もないだろう。


 五日間、水すら碌に飲まずに魔物と大立ち回りを繰り広げたのだ。


 むしろ、餓死していても可笑しくは無い状態だ。



 しかし、腹を満たそうにも、肝心の食料がない。


 この際、虫だろうがゲテモノだろうが、食べる事ができるなら何でもいい。


 少しくらい毒があっても、思った以上に丈夫なこの肉体ならば、精々腹を壊す程度に収まるだろう。


 そう考えて、まだ我慢のできる内に何か口にできるものを探そうと動き始めたシオンだったが、その手を魔導人形が掴んだ。


 振り向くと、魔導人形が背後の一点を指差す。



 そこにあったのは火。


 丁寧に枝が組み合わせてあり、その中央から赤々と燃える焚き火が熱を振り撒いていた。


 脇には木を割っただけの簡易的な平皿があり、その上には白っぽい何かが置いてある。


 魔導人形は平皿を手に取ると、こちらも木を削って作ったらしい箸を差し出してきた。



「これを、私に?」

「!」


 シオンが尋ねるのを肯定する魔導人形。


 思わず彼女の頬を涙が伝った。


 思えばこれが、異世界に来て初めて感じる優しさだった。


 辛く険しい中、魔導人形という唯一の味方ができた、そんな瞬間。


 シオンは魔導人形に、嗚咽まみれで声にならない感謝の言葉を告げると、差し出してくれた平皿と箸を受け取って食料と思われるその物体を口に運んだ。


 咀嚼してみると、何かの肉だという事がわかる。


 焼いて間もない様であり、仄かな温かみを感じる。


 一口噛み締める毎に肉の繊維がほろほろと崩れ、甘みが口全体に広がる。


 嚥下すれば空になった腹へと肉が運搬され、身体の底から力と熱が湧いてくる。



 これが"幸せ"だ。



 心の底からシオンは思った。


 無心になって箸を進めると、気付けば皿の上を突いていた。



「ありがと」

「!」


 少し恥ずかしくなりながらも、魔導人形に感謝の言葉を述べる。


 しかし、小さな皿に乗った肉だけでは、シオンの空腹感は満たされない。


 もちろん、魔導人形もその事は承知の上なので、新たな肉を焼こうと火の側に寄る。


 肉の素材も気になったので、シオンも魔導人形の後をついて行く。



 そして、見てしまった。


 自分がつい先程、何を食べていたのかを。



 魔導人形が手に取ったのは冥朧鏖喰蟲の脚。


 素手で強引に殻を砕いて半身にすると、肉の付いた殻ごと焚き火に翳して炙る。


 思わず、頬を引き攣らせるシオン。


 魔導人形は熟練の職人の様に肉の焼き加減を見極める。


 白い肉、柔らかな食感、特徴的な甘さ……。



(何か食べた事ある気がするなって思ったけど、気のせいじゃなかったんだ……)


 カニだ。


 いや、そもそも冥朧鏖喰蟲(クモ)に筋肉はついていないんじゃないかと言う疑問はあるが、目の前に肉があるんだからそれが答えだろう。


 蜘蛛を食べることへの忌避感がシオンの胸に去来したが、埋め尽くすまでには至らない。


 何故なら、冥朧鏖喰蟲の肉が美味しかったから。


 女として、そもそも人間として終わってるんじゃとも思ったが、昆虫食や多様性の時代などの言葉が直ぐに上書きしていく。


 シオンが内なる自分と葛藤している間にも、焼き上がった冥朧鏖喰蟲の肉を魔導人形が差し出してくる。


 それに対して、シオンの出した答えは――



「ありがとう」

「!」


 魔導人形の差し出した冥朧鏖喰蟲の肉を受け取ると言う行動だった。


 皿の上に冥朧鏖喰蟲の肉を乗せてもらい、箸を使って殻から肉を摘む。


 熱々の冥朧鏖喰蟲の肉は格別だった。


 特に、殻の底に溜まったスープは絶品で、肉の旨味が凝縮されており、その美味しさはシオンを天にも昇る心地にしてくれた。


 再び涙を流すシオン。


 果たして、その意味は美味しさからの涙だったのだろうか?




魔物の肉


食用に適するものと適さないものがある。

強大な力を有する魔物の肉程、美味い傾向にある理由は魔力が関係しているからだ。しかし、高濃度の魔力は毒と成り得るのでやはり危険。


冥朧鏖喰蟲の肉は……

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