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見果てぬ夢のアスタ  作者: 匿名Xさん
第一章 哮る覇王のレゾンデートル
24/33

『二柱の鬼神』



 剣閃が虚空に煌めく。


 刹那の間に百を超える剣戟が交わされ、余波が大気を震わせる。


 大地には幾筋もの裂け目が走り、周囲に散乱していた骸の残骸は跡形も無く吹き飛ぶ。



 並の冒険者なら、いや、例え高位冒険者であっても、今の数秒にも満たないやり取りで三桁の数は死んでいるだろう。


 ヴァーノルドたちは目の前で繰り広げられている異次元の攻防に、ただ唖然とするばかりだった。



 剣を交える中、素の状態では太刀打ちできないと判断した少女――シオンは、『身体強化』の魔法に加え体内の魔力を消費する事により、肉体強度と運動能力を飛躍的に上昇させた。


 踏み込む足が地を砕く。


 既に音さえ置き去りにした一振りは、剣圧のみで夜叉の身体を大きく弾いた。


 シオンと夜叉は距離が離れたのを機に様子を窺う。


 鋭く見開かれていた四つの瞳は、相手の僅かな挙動から次の一手への布石とするべく、互いにその姿を捉えて放さない。



『ク、ククク……』


 堪えきれないと言った風に夜叉が笑い声を溢す。


 シオンはその様子を訝しげな視線を向ける。



『滾る、滾るぞ! この様に愉しい時間は《麒麟》と殺り合った時以来だ!!』

「よかったね。私は欠片も楽しくないけど」


 一人興奮する夜叉に対し、シオンは冷めた言葉を返す。


 それでも両者は構えを解くことは無い。


 燼滅級以上の戦いでは、隙を見せる事は死と同義であるからだ。



 夜叉は立てた刀を右の頬に近づけ、直立した姿勢で様子を窺う。


 対するシオンは剣を中段に、如何なる角度からの攻撃にも対応できる様に備える。



 しかし彼女の構えは、剣を極めた者ならば一目見て拙いと分かる構えだった。


 無理も無い。


 シオンは生まれてこの方、剣という物を振るった事も無ければ握った事すらないのだから。


 彼女が異世界に転生しおよそ二週間。


 この期間に魔物を討伐する機会は幾度もあったが、それらは魔法を主体とした戦闘であり、近接戦闘の経験は皆無だった。



 シオンは頬に付着した血を拭う。


 『超速再生(リジェネレーション)』によって傷口は瞬時に塞がったが、それでも夜叉の一撃が掠めたのは事実。


 確かに、筋力の面で見れば、各種魔法で強化されているシオンの方が優性。


 莫大な魔力によって身体能力を上昇させれば、夜叉のそれを遙かに上回る。


 しかし夜叉はシオンとは異なる面での強さを持つ。


 それは戦闘経験。


 数多の敵を屠る中で身に付けた剣技の数々は神業と言って差し支えなく、その刀から放たれる絶技は圧倒的な膂力の差さえ埋めていた。



「一つ提案があるんだけど?」

『言ってみよ』

「全部無かったことにして森に帰ってくれないかな」


 現状、シオンは夜叉に対して不利。


 さらに夜叉は、どこか手を抜いた立ち回りをしているきらいがある。


 仁徳によって配下を率いるのが王道ならば、暴力によって配下を従えるのが覇道。


 夜叉は正に覇王と呼ぶに相応しい風格を纏っていた。


 滲み出るオーラからその実力を測ろうとするも底知れず、ともすれば先程の斬り結びでさえ実力の一端すら見せていない可能性も十二分に考えられる。。


 出来ればリスクのある戦闘は避けたいというのがシオンの偽らざる本心だ。


 彼女からの申し出に対し、夜叉の返答は――



『それは出来ない相談だ』


 夜叉はシオンに拒絶の一言を突きつける。


 同時にその一言には夜叉の意思の強さが表われており、交渉の余地が無いことが窺えた。


 しかしこのまま戦ってもシオンの勝算は限りなく低いのも事実。


 どうにかして再度交渉を試みる。



「仮に戦ったとしてよくて痛み分け、悪くて共倒れの結末が見えるんだけど?」

『ならば問おう。貴公の闘争とは何ぞ?』

「……割のいい金稼ぎ、偶にの憂さ晴らし」


 続く会話、夜叉からの問いに対し、シオンの返答は何とも俗物だった。


 シオンには転生によって得た力を使い、特段何かを成し遂げようとは考えていない。


 彼女が魔物を狩る理由の大部分は生活や自衛のため、必要に駆られたからだった。



『我の闘争とは即ち生き様よ』

「生き様? その為なら死ぬのも許容するってこと?」


 理解に苦しむと言った様子でシオンが聞き返す。


 それに対し夜叉は笑って答える。



『それは穿ち過ぎである。闘争とは、死中に活を求めるか、将又(はたまた)己が身を死の淵へと投げ入れる事か……』

「で、貴方はどっち?」



 大方、どの様な返答が来るのかシオンは想像できたが、念のために聞いてみる。


 夜叉は然も当然であるかのように言い放った。



「我の意思は決まっているとも。明白であろう? 生きて生を捥ぎ取るのだ!」


 夜叉の覇気に気圧されるようにして森の木々がざわめく。


 彼の求めるものは数多の闘争の先、死線を潜り抜け、闘いの極地へと至ることにある。


 故に、シオンという絶好の好敵手と巡り会うことの出来た機会をみすみす逃すはずが無い。



「それは残念だ」

『残念、とな。好都合の間違いであろう』

「どうしてそう思うの?」

『滲み出る狂気が、隠し切れぬ闘争が、我の目には明瞭に見える」


 夜叉の言葉にシオンの口が弧を描く。


 確かに、初めは生きるためだったのだろう。


 しかしそれはいつしか日常に置き換わり、必要性が薄れゆく中で歪み、捻じ曲がり、色褪せていった。


 今のシオンにかつての面影は微塵も無い。


 血は赤い液体であり、肉は弾力を持った物体であり、命は形状も質量も不鮮明な概念である。



「訂正しよっか。私にとっての闘争は娯楽だ」

『娯楽か』

「そう、娯楽。一瞬の享楽に身を委ね、殺し、殺され、血を流す。最高だと思わない?」

『それもまた真なり』

「無駄話はこの位にしようか」

『左様であるな――』



――さあ、殺し合おう(あそぼう)か?



 シオンと夜叉は示し合わせたかのように動いた。


 一瞬で両者の距離はゼロとなる。


 袈裟斬りに振るわれた刀をシオンは両手で握った剣で受け流し、夜叉の首目掛けて斬り付ける。


 しかし、狙いがあからさまな攻撃は夜叉には通じない。


 斬撃は軽く首を捻ることで躱され、夜叉の懐に入りすぎたシオンに膝蹴りが襲う。


 直撃は不味いと悟ったシオンは剣から片手を放し、拳で迎撃する。


 攻撃が相殺されたことで周囲を衝撃波が襲う。


 その無理な対応にシオンの体勢が崩れるが、彼女はそれさえも利用して回し蹴りを放つ。


 が、その動きを寸前で修正する。


 彼女の目に映ったのは、蹴りの軌道上に添えられた黒刀。


 夜叉の腹部へ放った蹴りは、その目標を手の甲に狙いを移す。


 勿論、シオンが攻撃の先を変更することは夜叉の予想の範疇であり、彼女の足が空を切った所で背後に回り、大上段から刀を振り下ろす。


 肌を刺す殺気から夜叉の攻撃を予測し、無意識に剣を掲げるシオン。


 刀と剣が弾かれ合い、大量の火花が飛び散る。



 並の魔物なら一撃で屠れるであろう攻撃の応酬。



 夜叉が剣を極めし鬼神とするならば、対するシオンは力で他を捻じ伏せる羅刹。


 二柱の鬼神は人知を凌駕する戦いを繰り広げる。



 一秒が数百倍、数千倍へと引き延ばされ、剣戟や打撃音が遅れて鳴り響く。


 大地は割れ、爆ぜ、抉り取られ、何とも無残な有様だ。



 一見すると互角の闘いが繰り広げられている。


 しかしその実シオンの方が圧倒的に劣っていた。

 


 シオンは剣を振るった経験が皆無だ。


 そのため、近接戦の全てが手探りの状態。


 夜叉の攻撃に対処が出来ているのも、身体強化によって反射神経と知覚能力を極限まで高めることで彼の動きを捉えているに過ぎない。


 武器についても同様、シオンの持つ魔鉄製の長剣(ロングソード)は、本来ならば夜叉の持つ黒刀と斬り結ぶことは叶わない。


 等級の差は歴然であり、一合と持たずにシオンの剣は折れるはずだ。


 それでも魔鉄の剣が黒刀を相手取れるのは、魔力を剣に流すことでその耐久を強化しているためである。



 限界を超える身体強化に加えて、高レベルの武器の強化。


 消費される魔力は膨大だ。


 その消費スピードは、人族の中では最高峰の魔術師に位置づけられる宮廷魔術師一人分の魔力が、たったの数秒の間に溶けていく程。


 持久戦は得策ではない。


 時間をかければかけるほど、シオンの魔力残量は減少するばかりだ。


 かといって短期決戦に持ち込むことも不可能。


 それだけの剣の技量をシオンは有していない。


 八方塞がりの状況だった。



 そこへ、魔物の掃討を終えたノアールが駆け付ける。


 だが――



「来るな!!」

「!?」

「コイツは私が片付ける」


 ノアールはシオンに加勢するべく夜叉に斬りかかろうとするが、他ならぬシオンがそれを制止する。


 シオンとノアールを比較すれば、使役者であるシオンの戦闘力が高いのは自明の理である。


 そのシオンが苦戦する夜叉の相手は、とてもノアールに務まるものではない。


 むしろ、ノアールが戦闘に参加することによってシオンの行動を阻害し、戦況が悪化する可能性さえあった。



 そもそも、シオンが夜叉と闘うことを決めたのは義理を通すため。


 仮にノアールがシオン以上の実力であろうとも、やはり彼女は助力を請わなかっただろう。


 当初、人々がスタンピードに敗れるようであれば、シオンは人知れず戦線を離脱し、王都への旅を開始する算段だった。


 けれど、ロイの死を目の当たりにした事が、腕を失ったダミアンとの会話が、シオンの心に残った人間性をひどく揺さぶった。


 「私はこのまま逃げることによって、将来的に後悔するのではないか?」と。



 力を持つことは責任を果たすことと同義では無い。


 その様な考えは力を持たない者の戯れ言だ。


 責任とは利益を享受する者が支払うべき対価である。


 その点、シオンは十分過ぎる程に責任を果たしたと言えるだろう。


 銅級冒険者としてスタンピードに参加し、並の銅級冒険者以上に魔物を討伐することで戦いに貢献した。


 例えシオンが戦場から逃げたとして、それを責められる謂われはない。


 彼女を責め立て、戦火の広がった責任を擦り付けるならば、彼女の実力を見抜くことの出来なかった全ての人間が同じように罰を受けるのが道理というもの。



 しかし、彼女は戦場へと立った。


 メリットなど欠片も無い。


 逆に実力を明かすことのディメリットは計り知れないだろう。


 夜叉の問いへの返答も、幾らか本性が混ざっているが大部分は方便。


 逃げてしまいたいと考えた。


 何も見なかったことにすればどれ程楽だろう。


 それでも、シオンは夜叉という未だかつてない強敵の前に立ち向かった。


 彼女は世話になったのならその恩を返すのが筋という考えの元、戦いに身を投じることを決意したのだ。



 夜叉との戦闘は純粋な剣技での勝負。


 シオンに魔法を使う余裕は無い。


 身体強化によって夜叉の動きが見えていると言っても、シオンの身体が付いてこない。


 魔力で編んだ外套(ローブ)は高い防刃性を誇るが、夜叉の黒刀は外套の防御を貫き、シオンの身体を斬り刻む。


 次第に彼女の身体は血に濡れる。


 『超速再生』は発動させない。


 無為に魔力の消費量を増やせば、それだけシオンは不利になる。


 シオンは実戦の中で動きの最適化を行い、少しでも夜叉に近付こうと藻掻くが、夜叉の実力は底知れない。


 刹那に繰り出される剣閃の数は四桁に達し、振るわれる剣速は今なお加速し続ける。



 不意に、シオンの持つ魔鉄製の剣に(ひび)が走る。


 魔鉄は魔力を豊富に含んだ鉱石で、そこから精錬された金属を含む武器は鋼鉄を遙かに凌ぐ強度と耐久を持つ。


 だが、流石にシオンからもたらされる莫大な魔力と、夜叉の振るう黒刀には敵わない。


 剣を交える度に火花が散るのも耐久力が急速に減衰している証拠だ。


 剣の僅かな重みの変化がシオンの隙に繋がった。


 一瞬、動きが鈍ったシオンに、夜叉は拳を叩き込む。


 身体強化に加え、魔力を鎧の様に纏った防御の上からでも、夜叉の打撃はシオンに無視できないダメージを与えた。



 身体の内側から嫌な音が響く。


 飛びかけた意識を繋ぎ止め、『超速再生』によって負傷を回復する。


 数十メートルに及ぶ距離を吹き飛ばされるもどうにかして体勢を立て直し、空かさず夜叉へと駆け出そうとする。



 彼女が見たのは、大振りに黒刀を薙いだ夜叉の姿。


 『薙雲(なぐも)』が来る。


 加速されたシオンの知覚の前に、夜叉の放った『薙雲』の刃がコマ送りの様に見えている。


 にも関わらず、シオンの身体は動かない。


 先の一撃の負担が思ったよりも大きく、肉体の回復が遅れている。



(間に合わない!)


 一か八かでシオンは剣を掲げる。


 無事では済まないだろうが何もしないよりはマシだ。



 直後、目の前が赤に染まる。


 シオンの頬に赤い雫が飛来する。


 身体に感じる衝撃は、彼女が予想したものよりもずっと軽かった。


 それもその筈。


 彼女の身体を襲った衝撃は『薙雲』によるものではない。


 その正体は、シリウスの頭突きだ。


 弾き飛ばされたシオンは『薙雲』の斬撃から逃れる。


 無傷の彼女の前には、赫い体毛をより紅く染めたシリウスが横たわっていた。



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