聖霊銀級
町に戻ってきたシオンとシリウスは、ノアールの依頼の合間に集めた素材を組合で換金し、すっかり常連となった串焼きの屋台で昼食を取ると、再び組合へと足を運んだ。
向かう先は裏手にある広場。
そこでは普段、冒険者たちが新調した武器を手に馴染ませるために素振りを行ったり、魔法の試射をするために使っている。
だが、この日ばかりは、剣を打ち合わせる音も、魔法が的に命中する音も響いていない。
にも関わらず、冒険者の数は普段の倍は集まり、あまり見かけない一般人の姿も多く見られた。
その理由は、広場で午後一番から予定されていた催しにあった。
――冒険者階級昇格試験
組合本部から選任された冒険者と組合各支部の支部長の立ち会いの下で行われる試験だ。
今回、ノアールが受ける試験の階級は聖霊銀級。
聖霊銀級の昇格基準は、等級が禍災級に指定される魔物の討伐や、同等の難易度の依頼を達成し、その実力を支部長に認められること。
功績が大きい冒険者の場合、試験そのものをパスすることや、面接のみで終了することもある。
しかし、ノアールは冒険者に登録して一週間と、異例の速さでの昇格なので、模擬試合によって実力を測ることになった。
ちなみに、白銀級までは各支部長の権限で、冒険者の階級を上げることができる。
それ以上になると、聖霊銀級では支部長一名と選任された冒険者二名。
真魔鋼級では支部長二名に冒険者三名。
神煌金級では支部長三名に冒険者五名に加え、冒険者組合本部の組合長の立ち会いで、過半数を超える承認を得られれば晴れて昇格する事ができる。
ノアールの試験に伴って、王都からは二人の冒険者が訪れた。
一人は人族の聖霊銀級冒険者、ルーク。
装備は皮を加工した軽鎧に、小盾と片手剣という堅実なもの。
しかし、二十代前半の若さで上級冒険者の称号を与えられていることから、その実力の高さは窺えるだろう。
もう一人も人族で真魔鋼級冒険者のアラン。
鋭い顔付きと服の上からでも分かる引き締まった筋肉、背中に担いだ刃幅の広い大剣を見ると、"巌"という言葉が自然と浮かんでくる。
彼も若いが、全身からは隠しきることのできない強者のオーラが溢れている。
そして最後、冒険者組合ウォーデス支部の組長で、土妖精族のヴァーノルド。
元真魔鋼級冒険者であるこの男が、今回ノアールの模擬試合の相手を務める。
ブランクがあるとは言え、現役時代には真魔鋼級にまで登り詰めたヴァーノルドの実力は、現在でも聖霊銀級に相当する。
得物は全長150はある巨大な戦鎚。
それを身長120前後のヴァーノルドが背中に担ぎ、さらには全身を金属鎧で武装している光景は、一見すれば異様に思えるだろう。
しかしドワーフは種族の特性上、人間種の中では体力や筋力に優れた種族だ。
これくらいの装備重量なら、動きに全く支障はない。
ノアールとヴァーノルド、両者が一定の距離を取って向かい合う。
心なしか周囲の空気がピリついていて、観客も自然と押し黙る。
シオンが広場に到着したのは、今まさに模擬試合が始まるといった瞬間だった。
「始め!!」
アランの鋭い声を合図に、両者が一瞬で距離を詰める。
見かけによらず、弾丸のような素早さで駆け抜けたヴァーノルドは、その勢いを戦鎚に乗せてノアールへと振り下ろす。
戦鎚は真魔鋼と聖霊銀を多く含んだ合金で作られており、その重量も相まって破壊力は相当なものだ。
必殺の一撃に対し、ノアールの取った行動は防御。
左腕を前方に掲げ、戦鎚を受け止めようとする。
通常、戦鎚とは、鎧を着た相手にも有効打を与えるための武器だ。
こちらの世界でも、装甲の厚い魔物に打撃によるダメージを与える目的で好んで使われる。
ヴァーノルドの場合、彼の膂力と戦鎚の持つ重量も相まって、その一撃は聖霊銀の鎧でさえ押し潰すだけの威力を生み出している。
だから、相手が悪かっただけなのだ。
面頬の奥にあるヴァーノルドの瞳が驚愕に染まる。
ノアールはヴァーノルドの振るう戦鎚を、左の前腕で事も無げに受け止めて見せたのだ。
白銀の鎧には凹みはおろか、傷一つすらない。
それもそのはず、魔導人形の素材として使われたのは、魔物の中でも最高位の硬度を誇る冥朧鏖喰蟲の外殻。
生半可な武器では、打ち付けた武器の方が壊れる程の強度を持っている。
ノアールは右腕で拳をつくると、ガラ空きとなったヴァーノルドの腹に打ち込んだ。
「『土壁』!」
両者の間、足元に魔法陣が現われたかと思うと、大地が隆起するように土の壁が形成され、ヴァーノルドとノアールを隔てる。
土属性の魔法との親和性が高いドワーフ、さらには元真魔鋼級冒険者ということもあって、『土壁』の魔法は即席とはいえ鋼鉄並の強度を持っていた。
しかしノアールにとって、その程度の魔法はブラインドの役割しか持たない。
『土壁』の魔法を突き破り、ノアールの拳がヴァーノルドを打ち据えた。
だが、ヴァーノルドもそれを見越していたのか、自ら背後へ吹き飛ぶことでダメージの軽減を図る。
たった数秒間の内に繰り広げられた高度な駆け引き。
集まった冒険者や町の住民は、歓声を上げる者、ため息を吐く者と様々だ。
冒険者同士の模擬試合は、この世界では数少ない娯楽の一つだ。
実力の向上や腕が鈍らないためなどの目的で、冒険者達は定期的に模擬試合を行う。
ぶつかり合う剣、弾ける火花、飛び交う魔法。
もちろん、相手を殺さないように手加減がされているといっても、一般人と冒険者の間には身体能力の差が大きい。
いわば、一流のスポーツ選手の対戦を見ているようなものだ。
ヴァーノルドとノアールの勝敗で賭けを行っていたり、酒やつまみを売る者がいたりとかなりの盛り上がりを見せていた。
その中で一人だけ、つまらなそうに試合を眺める人物がいた。
シオンだ。
正直に言うと、二人の戦いは彼女にとって、期待していたレベルではなかった。
支部長のヴァーノルドが元真魔鋼級冒険者と聞いて、シオンはひそかにこの模擬試合を楽しみにしていたのだが、魔法の効果・規模、本人のスピードやパワー、全てを考慮の上、ヴァーノルドを魔物の等級で表すならば、精々が幻影級の最下位。
対してノアールは燼滅級の上位といって差し支えない実力を持つ。
より分りやすく言えば、大人と赤子。
ノアールが試合開始直後から片手半剣を抜かない理由もそこにある。
抜く必要がないのだ。
剣を使ってしまうと、逆に手加減が難しくなってしまう。
『土壁』の魔法を砕いたときも、ヴァーノルドに当たるギリギリで威力を減衰させ、殺さないように細心の注意を払っていた。
「『岩弾』!」
ヴァーノルドの周囲に黄土色をした魔法陣が現われる。
その数、五枚。
シオンが惨毒大蜂を討伐した際に使用した『氷矢』の魔法は、素材を傷めないように制御を優先しても二十枚は展開していた。
実力が違いすぎる。
ノアールは飛来する『岩弾』を半身になって躱す。
白熱した試合――少なくとも、シオンとノアールの二人以外にとってはいい試合が繰り広げられている。
魔法が飛び、拳が打ち出され、戦鎚が振られ、目まぐるしく両者の立ち位置が入れ替わる。
対してシオンは、段々と茶番に飽きてきており、周囲に混じって気怠げな声で声援を送る始末。
しかし、それがいけなかった。
「がんばれー、ノアー」
「!!」
シオンの声を聞き取ったノアールが片手半剣の柄に手を掛けた。
その光景を見たシオンは目を見開き、主人と魔導人形の繋がりを通して命令を送る。
『――動くな!!』
『!?』
「そこまで!」
ヴァーノルドの首元に片手半剣が突きつけられる。
アランが決着を告げると、観客たちは一斉に歓声を上げる。
シオンは慌ててその場を立ち去った。
(迂闊だった~っ!!!)
ノアールは事あるごとにシオンの世話を焼こうとしたり、褒められようと率先して魔物を狩ったりと行動する。
そのような性格のノアールが、模擬試合といえどシオンからの声援を受ければどうなるかは明白だろった。
今後は同じ事が起こらないよう、シオンは心の中で自分を戒める。
ともあれ無事、ノアールは聖霊銀級冒険者へと昇格したのだった。