蜂達の女王
惨毒大蜂を追いかけ、森の奥深くへと立ち入るシオン達。
惨毒大蜂は、密集する木立の合間を滑る様に飛行するので、その追跡は容易ではない。
かといって、巣へと帰還する惨毒大蜂は周囲への警戒心が非常に高まっており、一定距離を空けなければ気付かれてしまう。
よって現在、シオン達は不可視化の魔法を使い、隠密行動を取りながら森の中を進んでいた。
これならば下手に魔物と遭遇して戦闘になり、追い掛けている惨毒大蜂を見失う心配もない。
惨毒大蜂を追い掛け、走ること小一時間。
徐々にだが、森の植生に変化が見られるようになってきた。
周囲の木立は広葉樹から、杉や檜にも似た直線的なシルエットの針葉樹に置き換わり、茂みや灌木はその数をぐっと減らしていく。
木漏れ日の多かった森は、どことなく暗い雰囲気を背負う森へと姿を変えた。
ここにきてシオンは複数の魔物の気配を捉える。
木立を見上げると、空中の至る所を独特な羽音を響かせながら、無数の惨毒大蜂が飛び交う光景が広がっていた。
彼女らは謂わば、王と城を守る近衛兵だ。
シオン達の追う惨毒大蜂が近衛の大群の脇を通り過ぎて向かう先――そこには地上から10メートルの高さに作られた惨毒大蜂の巣がある。
惨毒大蜂の巣は茶色と白の迷彩柄をした丸いフォルムで、複数本の木々を浸食する形で作られていた。
直径50メートルは下らない巨大な巣。
もはや巨大なツリーハウスにも見えるそれは、表面に開けられた幾つもの穴から、頻繁に惨毒大蜂が出入りしているのが確認できる。
目的の眩耀蜂蜜は目の前だ。
通常、惨毒大蜂の巣を発見した後は、周囲を飛び交う惨毒大蜂や巣の内部に潜む惨毒大蜂を追い払うために、忌避剤を混ぜた発煙筒を使用する。
煙に含まれる忌避剤の成分により、一時的に惨毒大蜂が離れている隙を狙い、巣の一部を破壊して眩耀蜂蜜を採集するというのが一般的な手順だ。
だが、シオン達は忌避剤を所有していない。
そのため、正攻法以外の手段を用いて惨毒大蜂の目を掻い潜り、眩耀蜂蜜を入手する必要がある。
考えられる手立てとしては、魔法を使うこと、囮を立てること等が上げられる。
しかし問題は、そのどちらも今一つ確実性が無い事か。
惨毒大蜂はとにかく数が多い。
魔法で拘束するにしても、囮を立てるにしても、ある程度の効果は見込めるだろう。
だが、巣の内部と周囲を飛び交う全ての惨毒大蜂を引き剥がすことはできず、効果は薄いとシオンは考える。
ならば、最も単純で手っ取り早い方法をとってしまえばいい。
手始めにシオンは、その整った顔に酷薄な笑みを貼り付けながら、手元に一つの魔方陣を展開させる。
真紅の魔方陣から出現したのは、赤々と燃え盛る炎を纏った一本の槍。
槍の周囲には、そこから発せられる高熱によって陽炎が浮かび上がり、景色が歪に捻れて見える。
言うまでもなく術者であるシオン本人は発生する熱によるダメージは受けない。
彼女は無造作に炎槍を掴み取ると、惨毒大蜂の巣を目掛けて全力で投擲した。
狙うのは巣の外縁部分。
中央に当ててしまっては、肝心の眩耀蜂蜜が流失してしまう可能性があるためだ。
炎槍はシオンの狙い通り、球体をした惨毒大蜂の巣、その上部少し右寄りに命中した。
直後、槍に蓄積されていた熱量が解放され、小規模な爆発を引き起こす。
外敵による想定外の攻撃に、にわかに浮き足立つ惨毒大蜂たち。
恐怖と混乱で右往左往するかに見えたが、そこは群れで行動する惨毒大蜂だ。
危機的状況にありながらも直ぐさま落ち着きを取り戻し、防御を固めようと隊列の立て直しを試みる。
そこへ更なる攻撃が襲う。
周囲にある木々を激しく揺らすのは、突発的な下降気流。
これもシオンの魔法だ。
巣や木々の周囲を飛行していた惨毒大蜂は、それらに掴まることで難を逃れたが、多くの惨毒大蜂は為す術なく大地に叩き付けられた。
土煙が晴れた地表付近には、叩き付けられた衝撃で絶命した数匹の惨毒大蜂と、何とか一命を取り留め藻掻く惨毒大蜂で溢れていた。
生き残った個体はふらつく身体を立て直し、どうにかして飛び立とうと翅を羽ばたかせる。
その一匹の眉間に氷の矢が突き刺さった。
正確無比に飛来する矢は、氷の第一階位魔法『氷矢』だ。
惨毒大蜂は動き出そうとした傍から氷矢に貫かれ、絶命していく。
ある者は頭部を粉砕され、またある者は腹部を穿たれ、その数は瞬く間に減少する。
惨毒大蜂たちがその数を半数程まで減らした頃、ようやく自分たちへ攻撃を仕掛けているシオンの存在を捉えた。
特殊な眼の構造を持つ惨毒大蜂には、不可視化の魔法を発動させているシオンもハッキリと認識することができるのだ。
異常事態を察知して、巣の内部からも続々と惨毒大蜂が姿を見せる。
そこへ風の攻撃を逃れた惨毒大蜂たちも合流し、一斉にシオンを討とうと彼女を目掛けて襲いかかった。
数十匹の惨毒大蜂の大群がシオンへ迫る。
その光景を視界の端で捕らえながらも、彼女はただ、黙々と頭上に出現させた魔方陣から氷の矢を打ち続け、地面に落ちた惨毒大蜂を潰していく。
シオンと惨毒大蜂、両者の距離が半分を割ったところで、戦局は次の段階に入った。
一直線に飛行する惨毒大蜂の横から赤黒い影が伸びる。
シリウスの魔法だ。
シリウスは兇賊餓狼の特異固体であり、本来、兇賊餓狼は使えない系統の魔法を扱うことができた。
その魔法は"影魔法"。
闇属性の魔法から派生した影魔法は、自らの影を触媒として攻撃する魔法だ。
その特性上、光の強い場所では性能が落ちるが、薄暗い森や洞窟の中では必中に近い命中精度と射程を誇る。
無数の荊のを象ったシリウスの影魔法が、シオンに近い最前列の惨毒大蜂を刺し貫いた。
惨毒大蜂は全速力で飛行していたため、後続の惨毒大蜂も前方の影の荊に接触し、動きが止まったところを二段目の荊に刺し貫かれる。
シリウスの影魔法により少なくない数の惨毒大蜂が倒されたころ、シオンは地面に磔にした惨毒大蜂の群れをほぼ倒し終わった。
残った惨毒大蜂はシオンとシリウス、両者に別れて攻撃を再開する。
シオンは気流を操作し、惨毒大蜂の動きを止めた上で、『氷矢』によって一網打尽にする。
しかし、影魔法のみしか使うことのできないシリウスは、幾らか惨毒大蜂を仕留め損ね、その接近を許してしまう。
腹部の先端から毒に濡れた針を突き出し、シリウスへ襲いかかる惨毒大蜂。
――剣閃が煌めく
いつの間にかシリウスの隣には、ノアールが魔剣を振り抜いた状態で佇んでいた。
ノアールが緑の液体が滴る魔剣を一振りする。
すると、シリウスに襲いかかろうとしていた十数匹の惨毒大蜂が、細切れになって地面に散らばった。
「そこまでしたら素材として売れないでしょ?」
「!?」
シオンに指摘されたノアールが衝撃を受けた雰囲気を漂わせる。
バラバラになった惨毒大蜂の成れの果てを拾い上げ、何とか元の形に戻そうと奮闘するが、力み過ぎて甲殻の破片を砕いている。
次からはもう少し気を付けるように注意して、シオンは惨毒大蜂の巣へと視線を向けた。
新たに巣から這い出てくる近衛の姿はない。
しかし、シオンは巣の中に存在する、一つの大きな魔力の波動を感じ取っていた。
炎槍の爆破によって吹き飛んだ部分から、ひときわ巨大な惨毒大蜂が姿を見せる。
一般的な惨毒大蜂の働きバチが一メートル前後であるのに対し、その個体は目測で五メートルはあった。
惨毒大蜂の女王個体だ。
その体色は赤に近い橙で、紫をした斑点の色も濃く、毒々しさが増している。
腹部は産卵をする栄養が蓄えられており、通常の個体と比べて大きく発達していた。
騒音を響かせながら、女王が巣から飛び立つ。
顎をガチガチと鳴らしている様子から、攻撃を仕掛けてきたシオン達に対して怒りの感情を抱いているようだ。
女王は大きく翅を羽ばたかせ、シオン達に襲いかかった――




