依頼
朝日が眩しい。
採光用の窓――と言うよりも、建物に開いた四角い穴から、暖かな光の帯が降り注ぐ。
冒険者組合でノアールに魔物の素材を換金させた後、シオンは宿へと向かった。
兇賊餓狼のシリウスがいるため泊まれる宿は制限されるが、幸いにもここは魔境の森に隣接する町、ウォーデスだ。
従魔を部屋に連れ込むことのできる、おあつらえ向きの宿を見つけることができた。
『ガルダの塒』と彫られた木製の看板と、何かの鳥を象ったワイヤーアートの掛けられたその宿は、一階が酒場、二階と三階が宿泊施設となっていた。
ベッドから起き上がるシオン。
その寝心地はお世辞にも良いとは言えない。
長方形をした木製の箱の上に藁のような植物が置かれ、そこにリネンのシーツを乗せたもので、マットレスの原型とも呼ぶべきものだった。
それでも反発力には定評のある大地のベッドと比較すれば、寝具のグレードはかなり向上した。
荒い毛の掛け布団に包まっているととても温かで、たちまち瞼が降りてくる。
お陰で十分な睡眠を確保できたシオンの心持ちは、現在とても晴れやかだ。
「おはよう、シリウス」
『おはようございます』
ベッドの脇に伏せていたシリウスに挨拶をすると直ぐさま返事が返ってきた。
そこでシオンはシリウスが床に直接伏せていることに思い当たり、今日は何か敷物を買うことを決める。
余談だが、この部屋にノアールは居ない。
これから上位の冒険者として活動してもらうノアールは、シオンとは別に高級宿の一室を借りて、そこを拠点とするように命じた。
シーツと掛け布団を綺麗に折り畳み、軽く身なりを整える。
と言っても、昨日は服を買おうとしても店舗が閉まっていたために、シオンの装いは襤褸のワンピースのままだ。
軽く髪を整え、魔力で編んだローブを被ると、朝食を摂るために下の階へと向かった。
◇◇◇
朝からパンと分厚いステーキという何とも胸焼けのしそうなメニューを平らげたシオンは冒険者組合へと向かう。
ちなみに、昨晩はスープとサラダだった。
木製のスプーンで野菜の旨みが染み出た液体を一口啜った時のシオンは、久々に口にした文明的な料理に涙したものだ。
今朝のパンは膨らし粉の混ざっていない、焼き固めたような黒パンだったが、大地の恵みが詰まった素朴な甘さに、またしても彼女の涙腺はやられ掛けていた。
シリウスの分の食料は『収納』に保存している魔物の肉があるので気にする必要はない。
組合の門を潜ると、そこには早朝にも関わらず、依頼票を確認する冒険者で混み合っていた。
一部、併設された酒場で朝食を摂る者も居れば、朝っぱらから酒盛りをしている馬鹿もいる。
何とも賑やかな光景だ。
若干の高揚感を覚えつつも、シオンは依頼票が貼り出されている巨大なボートを眺める。
『小鬼の討伐』、『豚頭鬼の肉の納品』、『薬草の採集』、『隣町までの護衛』等、バリエーションに富んだ依頼内容だ。
依頼票には内容から組合が判定した適正階級が記されているが、基本、どの階級の冒険者でも受けられることにはなっている。
しかし、依頼主が依頼を組合に申請し、それを組合が冒険者に仲介しているという構図なので、組合が冒険者の実力が不足していると判断した場合は受注できない仕組みになっている。
とりわけ討伐依頼については、下手に魔物を刺激すると凶暴化し、近くの村や町を手当たり次第に襲った結果、甚大な被害をもたらす可能性もあるので、冒険者の実力が十分に考慮される。
そもそも実力に見合わない依頼を受けることは死に繋がるので、冒険者側も安易に上の階級の依頼を受注しない。
現在、シオンのランクは、最下級の鋼級。
受けられる依頼は採集関連の依頼や最下級の魔物の討伐など、どれも簡単なものばかり。
一応、冒険者の階級を上げる手立てとして、一定数の依頼をこなすことで受講できる昇格試験があった。
だが、シオンは直ぐにでも階級を上げたい訳ではない。
まとまった金が手に入った今、金銭面では困っていない。
仮に必要になった場合、ノアールに言って魔物の素材を売却すればいい。
シオンは『薬草の採集』の依頼を迷いなく選択する。
この依頼は常時貼り出されているもので、魔法薬――ポーションの素材の一つである薬草を集めると言ったもの。
依頼票には薬草の詳しい特徴が記載されており、その隣にはシダ植物に似た葉の絵が写実的な筆致で描かれている。
シオンは薬草の特徴を記憶すると、シリウスとともに組合から出て森へと向かった。
◇◇◇
ポーションには薬草の他にも、乾燥させた別の植物の根や鉱物の粉末などが必要になる。
その素材も、効能の高いポーション程入手が困難なものとなり、精製する工程も複雑化する。
今回シオンが探すのは、下級のポーションに使われる薬草である蒼翠草。
単体でも出血を抑え、傷口を塞ぐ効能があるが、あくまでも気休め程度。
この薬草は他の素材と混ぜ合わせてポーションにしたとしても、精々が切り傷を治す程度の効能しか持たない。
それでも使えば瞬時に血を止めることはできるので、何かと重宝されている品である。
よって薬草の価格は安定しており、下級冒険者がその日の生計を立てる足しになっていた。
ウォーデスの町から出たシオンは直ぐさま蒼翠草を探す。
蒼翠草は生命力が高く、どの様な環境でも生育し、採取されても数日で元の大きさまでに成長する特性がある。
そのため貴重な植物という訳ではないが、この世界の植物は皆、生命力に溢れていることもあって、数を集めようとすると採集にはそれなりの手間が掛かる。
シオンは森に入ると意識を集中させる。
狙って見つけ出すことが困難な蒼翠草であるが、シオンには裏技があった。
蒼翠草はポーションの素材となるだけあって、微弱ながらも他の植物より多くの魔力が含まれている。
その魔力を探知することができれば、数を見つけることは造作もない。
見つけた蒼翠草の中でも、依頼で求められる規定の大きさに達したものを選別し、一定数集めるとそこらにある蔓で一纏めにする。
シリウスも蒼翠草の匂いを嗅ぎ分けることができるので、採集では大いに役立った。
むしろ、シオンが蒼翠草を纏めている間にも、シリウスが次々と新たな蒼翠草を見つけるので、彼女は採集するだけで探す必要はなかった。
小一時間もすれば、十分過ぎる量の蒼翠草が集まった。
流石に多すぎるので、組合の職員に不審がられない量の蒼翠草を残し、後は『収納』に仕舞って小出しに納品することにする。
そろそろ魔物を狩りに出ようとしたところ、シリウスがシオン達の居る場所に接近する人物を感知した。
シオンも先程から、付近を行き来する存在に気付いていたが、知人だったので無視していた。
現われたのは白い鎧の騎士――魔導人形のノアールだった。
シオンを見つけたノアールは主人に会えた嬉しさを彼女に伝えてるとともに、丁寧なお辞儀をする。
「お疲れ様、ノア」
「!」
「そっちの依頼はどう? 順調?」
「……」
シオン側からも労いの言葉を掛け、ノアールの近況を訊ねる。
しかし、ノアールの反応は芳しくない。
どこか疲れたような雰囲気を漂わせながら、ノアールが懐から一枚の依頼票を取り出す。
そこに書かれていたのは、依頼内容の『眩耀蜂蜜の納品 推奨階級:精霊銀』と、眩耀蜂蜜を集める惨毒大蜂の挿絵だ。
ノアールはこの依頼を受注し、早朝から森の中を彷徨っていたのだが、目的の眩耀蜂蜜どころか惨毒大蜂すらも見つけられていない状況らしい。
「一緒に探そうか」
「!!」
シオンも捜索を手伝うことを提案すると、落ち込んでいたノアールが縋るような瞳で――実際に目はないのだが――シオンを見詰めてくる。
その様子をまるで子犬のようだと考えながら、シオンはノアールとシリウスを引き連れて、森の奥へと進み出した。
読んで頂きありがとうございます