夢か 現か
プロローグ的なものです
せめぎ合う炎と氷。
ともすれば幻想的であると思えるその光景は、決して美しいなどと呼べるものではなかった。
一方は聖炎とも呼ぶべき純白の光を内に宿した炎。
しかしその本質は、人々に温もりを与える暖かな火でも、ましてや夜の闇を払う為の希望の光でもない。
外炎から撒き散らされるドス黒い闇は、触れたもの全てを灼き尽くし、無へと還す。
正しく地獄の業火。
罪人に罰を与えるべく燃え盛る、厳かでありながらも不浄なる燈。
対するは漆黒に染まる大氷瀑。
溢れ出る白い燐光は、触れた者の命を容赦なく刈取る無慈悲な死神だ。
絶対零度の冷気が創り出すため息が出るほどの光景は、まるで時が奪われたかのような神々しさを感じさせる。
だが同時に、そこは神秘的な聖域でありながらも、何人も動くことの叶わない死の領域でもあった。
白と黒が紡ぎ出すコントラスト。
相反する属性の衝突は、大気の急激な温度変化をもたらし、発生した多量の白煙が周囲一帯を埋め尽くす。
散った黒炎は瓦礫を糧に燻り続け、隆起した氷のオブジェが芸術作品のようにそびえ立つ。
舞台は洋風の城。
だがその有様は無残の一言に尽きた。
優美であった内装は見る影もなく、崩れ落ちた天井からは夜空に燦めく星々と、一際紅い満月が顔を覗かせる。
毛足の高い真っ赤な絨毯を瓦礫が踏みつけ、柱に彫られた草花や動物、竜や女性の横顔等の美麗な装飾は塵と化し、清涼ささえ感じさせた空気は絶えず巻き上がる砂埃によって穢された。
天を衝く尖塔は数刻前に倒壊しており、外壁の至る所が崩れ落ち、もはや廃墟としか言いようがない。
これらの惨状を引き起こしたのは二人の人物だ。
方や青年。
暴力や争いとは縁遠い線が細い体つきで、笑みを浮かべれば万人から「人好きのする」という評価を与えられただろう。
いっそこの場にいるのが不思議な位である人物だが、彼が戦いの当事者の一人であることは紛れもない事実だ。
その端正な顔を憤怒や憎悪で醜く歪め、長めの黒髪の下で青い輝きを放つ瞳は激情により幽鬼の如く揺めき、敵対者を射殺さんばかりに睨み付ける。
彼の視線の先にいるのは一人の少女。
華奢な体躯に飴細工のように美しい手脚。
濡れ羽色との表現がよく似合う艶のある黒髪と、夜空を閉じ込めたかのように煌めく黒の瞳。
完成された容姿は触れれば壊れてしまいそうで、一つひとつのパーツが見事に調和し、人間離れした美しさを醸している。
加えて、凜とした佇まいと爆風に身を晒されながらも、泰然と構える姿からは、絶対強者の風格が滲み出ている。
二人を挟んで絶えず生み出される破壊の奔流。
百雷が降り注いだかと思えば嵐が吹き荒び、どこからともなく龍を象った烈水が沸き上がれば、次の瞬間には不可視の衝撃波に打ち砕かれる。
加速する城の崩落。
天変地異にも似た狂騒が断続的に轟く。
それは神話で語られるような、文字通り次元の違う戦いだった。
一つひとつに必殺の威力が込められた攻撃が幾度となく交わされる。
二人の間には致命傷と呼べる被弾はなく、それどころか掠り傷1つ負うことはない。
激動の中、ただ徒に時だけが過ぎてゆく。
宙に躍り出る青年。
その身体は明らかに物理法則を無視して、重力をものともせずに上昇してゆく。
直後、少女を中心とした大地が隆起し、大地が具現化したかのような巨大な岩の剣が幾本も青年を追うようにして天へと伸びる。
圧倒的な質量による攻撃を青年は木の葉のようにひらり、ひらりと紙一重で躱していく。
星々を背に飛翔し続ける青年。
やがて地上からでは肉眼で捕らえるのも困難になるような高度に辿り着くと、彼はその手を頭上へと翳した。
雲一つなかった夜空に靄が掛かる。
漆黒に染まるそれは瞬く間に天球を覆い尽くし、星影に留まらず月明かりさえも呑み込む妖雲へと発展する。
続いて雲底からは、無数の涙滴型をした物体が零れ落ちた。
地上に潤いをもたらす慈雨ではない。
この世の闇の全てを凝縮したかのような闇色は、禍々しいの一言に尽きる。
青年が掲げていた腕を振り下ろすのを合図に、黒雨が緩やかに少女へと迫る。
逃れることを赦さない、寸分の隙もない不可避の弾幕。
黒雨に触れた大地の剣は瞬く間に朽ち果て、塵となって風に攫われる。
絶望が、少女へと降り注ぐ――
対して、少女はその白磁器のような指を青年へと向ける。
繰り出されたのは七彩に輝くの弾丸。
小さく、弱々しく、今にも闇夜に溶けてしまいそうな矮小な光。
とてもではないが降り注ぐ黒雨を打ち破れると思われない攻撃。
弾丸が闇色をした球体の一つに触れようとした、正にその時、闇の中に閃光が爆ぜた。
一粒の弾丸は大樹がその枝葉を天へと伸ばすように拡散、瞬く間に黒雨のそれを上回る。
眩い程の光球の群れが縦横無尽に宙を行き交い、無数に広がる玉虫色の尾が闇を打ち払った。
両者は惹かれ合うようにして衝突した。
光と闇が混ざり合う。
刹那の攻防の末、闇が光に塗り潰される。
撃ち砕かれた漆黒の球体は、その背後の天球を埋め尽くす紫雲諸共、夜闇の向こうへ消えてゆく。
それだけでは終わらない。
黒球を貫く勢いそのまま、弾丸は空を縦横無尽に駆け巡り、全方位から青年へと殺到する。
弾丸が青年を貫こうとしたその時、彼を支点にして鈍く、昏い輝きを放つ光の波動が展開される。
圧を受けた大気が軋み、大地が震える。
飲み込まれた光球が、蛍火のような残滓を残して消滅する。
爆発的に広がった波動は瞬時に城を覆い尽くすまでに膨張した。
半ば崩れかかっていた城は、更なる衝撃に悲鳴を上げる。
一閃。
少女の繊手が真一文字に振るわれると同時に、硝子が砕け散るような音が響き、鈍色の波動が跡形もなく消滅した。
目まぐるしく移り変わる戦局の中で、一時の静寂が訪れる。
「――」
「――!!」
「……」
二人が互いに口を開く。
霞がかったようにハッキリとしない声。
ふと、少女の横顔が憂いを帯びる。
それに反駁する青年。
青年はその手に生み出した禍々しい黒剣を。
少女は白銀に輝く剣を携え向かい合う。
「――」
「――」
一言ずつ言葉を交わしたのを最後、両者は距離を詰めた。
重なり合う二人の影。
崩れ落ちる尖塔。
煌めく剣閃と響き渡る剣戟。
そして――
本作は『夢幻泡影のカレイド・マジック』の改稿です
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