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アレス武勇詩(ハマーサ) ~捨て駒姫は自由に焦がれる~  作者: 桜井苑香
Ⅵ. 泡沫の恋愛抒情詩(ナスィーブ)
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異質な来訪者

鮮やかな青のタイルで彩られたアーチ型の門。言うまでもなく、砂漠の王都・ハイヤートのシンボルである。普段ならその下を潜るのは褐色の肌の者ばかりだが、今日に限っては違った。

 入口を前に整然と詰めかけているのは、百人ほどの騎士たちだ。銀の甲冑が整列しているさまは、壮観を通り越して見るからに暑苦しい。その多くは、日に焼けた小麦色の顔を赤くして、滝のような汗を流している。そして先頭には、およそ砂漠には似つかわしくない少女が待ち構えていた。

 身に纏った華やかなピンクのドレスは、砂漠に咲く一輪の花のよう。ぱっちりとした大きな青い目に、華やかな金の巻き髪。脇に控えた騎士たちからは日傘を差し掛けられ、団扇で扇がれているものの、白い肌は汗ばみ紅潮している。こんな砂の中に佇んでいるよりは、煌びやかな調度に囲まれてティーカップを傾けていた方がしっくり来そうだ。


「―ですから、セシル様に会わせて頂きたいのです!」


 愛らしく控えめな印象はそのままに、彼女は鈴を転がしたように可憐な声を張り上げていた。小さな唇はきりりと結ばれ、ともすれば見る者の憐憫を誘う。けれども、対峙する門番たちはそう甘くはなかった。


「素性の知れぬ者を、許可なくお通しするわけには参りません。」


 彼女が見上げれば、首が痛くなりそうなほど図体の大きな男たちだ。この先へは何人たりとも入れるわけにはいくまい、と交差した槍が行く手を阻んでいる。これでは取り付く島もない。

 そんな中、街の中では野次馬たちが我先にと珍事を覗きに来ていた。さらには、そんな大衆を諫めに兵士たちも詰めかけており、門の周りはすっかり人だかりでごった返していた。


「―まさか、我らが貴殿らを謀ろうとでもいうのか? いいから早く、上の者を出せ!」


 少女の傍に控えた騎士が、鋭い声を飛ばす。気難しい顔をした長身の男だ。鋭い灰紫の目には威圧感が漂っている。鳶色の長髪は一つにまとめられ、熱砂でも汗ばむ様子もない。年の頃は三十前後だろうが、倍の年数は重ねたような貫禄が漂っていた。彼の片手は腰の剣にかけられ、もう片方の手はフリルだらけの大きな日傘を少女へ差しかけている。見れば見るほど奇妙で滑稽ですらあるが、むろんそれを指摘しようとする者は誰もいなかった。


「そう仰られましても、まだ使いが帰って来ませんので。わたくし共では何とも―」


 おそらく、先ほどから同じ問答が繰り返されているのだろう。褐色の門番たちには、疲れが見え始めていた。この膠着はいつまで続くのかと騎士たちもうんざりしていると、不意に人だかりが二つに割れ、歓声が響き渡った。


「あんたたち、ご苦労様。そいつらが例の奴らかい?」


 街の中から顔を出したのは、赤毛の長髪を揺らした女戦士・アイシャだった。彼女がきりりとしたまなざしを向けた途端、兵士たちは頭を垂れて腰を屈める。辺りの様子から、ようやく話が通じる相手が出てきたと察したのだろう。少女はおずおずと尋ねた。


「……あなた様は?」

「押しかけてきたのはあんたたちだよ。そっちから名乗るのが礼儀だろう。」

「っ! これは、大変な失礼をいたしました。申し訳ありません! わたくしは、ミレイユ・ヴェ―いえ、オルコットと申しますわ。」

「『《《オルコット》》』……?」


 アイシャは怪訝に眉根を寄せた。改めて、ミレイユと名乗った少女を上から下までまじまじと眺める。


「……どこかで聞いたことがある名前だね。確か、あのセシルとかいうふざけた男もそんな名前だったか。ひょっとしてあんた、あいつの女房かい? いや、それにしちゃ若すぎるか……」

「―っ!」


 その瞬間、ミレイユの顔は火が付いたように耳まで赤くなった。動揺のあまり、大きな目はますます大きくなり、口元を覆った小さな掌はふるふると震えている。


「そ、そんな! わ、わたくしがあの方の……つ、妻だなんて! め、滅相もございませんわ。ありがたきお言葉、何と申し上げれば……。いえ、ですが、その……いつの日かそのようなことを夢見ることはありましても、わたくしの口からは決してそのような恐れ多いことを申し上げるわけには参りませんわ。あの……その……」

「? 変な子だね。」

「このお方は高貴なるお方だ。口を慎め。」


 慌てふためく彼女に不可解なまなざしを向けていると、横からあの強面の騎士が口を出してきた。何者かと困惑する間もなかった。見覚えのある顔―カティーフで、シエナに刃を向けていた騎士団長だ。アイシャはきりりとした眉をますます訝しげにひそめた。


「あんた、いつぞやの騎士団長じゃないかい。よくもまあ、こんなところまでぬけぬけと……。王令でカティーフを攻めたかと思えば、今度はお嬢さんのお守りかい。随分と出世したもんだねえ。」


 彼女の苦言も意に介さず、男は淡々と答えてみせる。


「私は、アルヴィン・ブラッドリーと申す。今の私は、騎士団を率いてはいない。今日は陛下の使い、そしてこの方の護衛として参ったまでだ。後ろの者たちは殿下を守り、ここまで無事に送り届けるための護衛団である。」

「アレス国王の人遣いの荒さには、同情するよ。……あたしはアイシャ・ヴァルキーズだ。あいにくうちの王は忙しいから、代わりに御用聞きをしてやれってお達しなんだ。悪く思わないでおくれよ。で、そのオルコットのお嬢さんと元騎士団長さんが、はるばる何の用だい?」


 すると、アルヴィンと名乗った騎士は、剣の柄にかけた指をつうと懐へ滑らせた。物々しい態度で掲げて見せたのは、一通の黒い封筒だった。途端に、その場にいる全ての視線がそれに吸い込まれた。不吉で、異様な存在感を放つ封筒だ。綴じ目に捺されているは赤い印章―薔薇と獅子を象った、アレス王国の紋章だった。


「我がアレス王国には、新たなる王が即位された。この国書はその通知である。」

「新しい……王?」


 群衆が静まり返る。アイシャは信じられないといった面持ちで、茫然と呟いた。


「……まさか。あの老いぼれ、死んだのかい? 何があったんだい。好き勝手に攻め込んでおいて……いつかこの手でと、思っていたのに。なんで急に―」

「私から申すことは何もない。詳細は、ここに」


 行き場のない憤りが、女戦士の中を駆け巡る。あたかも頭上高く振り上げた拳を、下ろす寸前で無理やり止められてしまったかのようだった。彼女は彫りの深い顔立ちに、憂いとも怒りとも取れない複雑な表情を湛えていた。対するアルヴィンは、掲げた黒い封筒を示すのみ。あくまで自らは使いに過ぎない、とでも言いたげだ。


「……。」


 沈黙は長くは続かなかった。彼女が顔を上げると、高く結い上げられた赤毛が、真っ直ぐに肩を流れる。ここで押し問答を繰り広げるよりは、封筒の中を確認するのが先決だと判断したのだろう。


「いいだろう。詳しい話を聞かせな。ただし、こんなに大勢の騎士を入れるわけにはいかない。中に入れるのはあんたと、そこのお嬢さんくらいだ。武器がないかもきっちり調べさせてもらう。いいね?」

「そちらの言い分は承知した。だが、私はこのお方の護衛騎士だ。彼女を守る任務がある。『武器を捨てる』という条件については、殿下の意向に従わせてもらおう。」


 そこで、アルヴィンは鋭い視線をあるじへ向けた。並の人間なら逃げ出したくなるような威圧感だが、少女は臆する素振りもなくこくりと頷いた。


「ここは、敵意がないことを示すのが優先ですわ。セシル様の身が心配な今、なり振り構っている場合ではございませんもの。アルヴィン様、剣を置かれてくださいまし。」

「―御意。」


 彼女の言葉が終わるのを待たぬうちに、男は砂上に剣を置いた。瞬時と言ってもいいほどの早さに、アイシャは呆気にとられる。


「二つ返事って……。あんた、本当にカティーフを襲った奴と同一人物かい? 王が変わると下も変わるってのは本当なのかねえ。」

「いざとなれば、この身一つで殿下をお守りする。さあ、連れて行け。」


 来訪者を見ながら、アイシャの脳裏に浮かんだのは、他ならぬ自国の新しい王・ザイドのことだった。王が変わる、というのはこちらも無関係な話ではない。彼は父王亡き後、意気消沈する間もなく、政務に没頭している。次なる悩みの種が増えてしまったことを思うと、彼女の足は一気に重くなった。あのアレス王国のことだ。差し詰め、国書の内容も一筋縄ではいかないことは想像に難くなかった。



                ***



 謁見の場は、金と群青を基調とした幾何学模様の壁に囲まれていた。足も沈むような紺色の絨毯には、色付きの窓から差した光が落ちている。王座と呼ぶには質素な赤いソファーに腰掛け、ザイドは部屋の奥から来訪者を見定めていた。


「『旧王権はその役目を終え、我が王位を引き受けることとなった。本決定は、王国騎士団および主要諸機関の支持のもと、すでに全土において執行されている。貴国におかれても、我の即位を既成の事実として認識されたい。』」


 例の国書は、ラジャブによって読み上げられている。入口近くには、アレス形式で恭しく跪く少女と騎士。壁沿いに並んだ椅子に腰かける者は誰もいない。アイシャは苦渋に満ちた面持ちで、そして双子の少女たちは神妙な顔で、固唾をのんで耳を傾けていた。


「『また、この機に旧王権の時代において貴国との間に生じた度重なる武力衝突についても言及せねばならない。それらの対外行動は、当時の統治判断と政治的環境に由来するものであり、現在確立されつつある我が統治方針を代表するものではない。であるからには、今後は過去の緊張を反復することなく、今ある秩序の安定のうちに我が国を位置づけることを固く誓う。』


 要は、己に責任はないため謝罪するつもりはない、とも解釈できそうだ。よどみなく読み上げるラジャブは時折、アッシュグレイの顎髭を無造作に引っ張っていた。


『この理解のもと、現在貴国の保護のもとに置かれている我が子セシル・オルコット、ならびに前王の子シエナ・ヴェルレーヌについて言及する。貴国の配慮に然るべき評価を与えるとともに、両者の我が国への帰還を求める。前者については我が国の王子ゆえ、特に早急な帰還が望まれる。可能であるならば、本書を携えて参上した使者と同行のうえ、速やかに我が国へ戻されることを希望する。また、後者は前政権の象徴であるに加えて、婚姻により両国に平和がもたらされる、という言説は極めて前時代的であると主張したい。彼女は本国で適切な保護を受けるべきである。―これらに応じるならば、我は貴国との諸条約および取り決めが、今後も変わらず尊重されることを改めて保証する。』


 セシルとシエナを返せ―もっともらしい要求だが、セシルがしたことを思うと、そう単純な話にはならないだろう。重苦しい空気が流れる中、ミレイユだけは面を伏せたまま、賛同を示すように深く頷いている。


『本件ならびに両国関係の今後については、書面のみならず、近い時期に貴殿がわが国を訪れ、直接の会談によって率直に意見を交わすことを希望する。この提案は、両国が過去の経緯を整理し、新たな関係を現実的かつ安定した形で築くための自然な一歩であると確信している。以上をもって通知とする。アレス王国国王・ロベール・オルコット』……これで全部だな。ほれ」


 長い手紙の読み上げが終わると、国書はザイドに手渡された。


「……ご苦労だった。使者の者、何か申したいことはあるか。」


 すると、床に跪いたままのアルヴィンが口を開いた。


「返書は私が届けよう。ただし、手紙にもあったように、まずはセシル殿下を連れていくことをご了承願いたい。」


 騎士は身を屈めているにも関わらず、こちらを値踏みするような威圧感をにじませている。要求に応えなければ、どうなるか。彼の手に剣はないとは言え、あたかも戦いの場で対峙しているような緊張感が走った。


「……諸々の要求については、他の族長たちと協議の上決定させてもらう。返書ができるまでの間は、滞在を許可しよう。」


 ザイドとて、このまま向こうの要求に従うつもりはなかった。彼が直ぐなまなざしを向けると、鋭い視線とかち合う。その目に妙な既視感を覚えつつ、口を切った。


「だがその前にはっきりせねばならぬことがある。セシル・オルコットが新しい王の子息であることは初耳だ。奴は我が国に仇をなしたが、それは新政権の意向ということか?」

「っ!」


 少女は息を呑んだ口元を手で覆い、明らかに動揺している様子だった。


「どういう……ことですの?」

「我と第十三王女シエナ・ヴェルレーヌとの婚儀については、前王に知らせた通りだ。だが、新王子とやらはリュシアンという騎士と兵器を持ち込み、婚儀をめちゃくちゃにした。そればかりか、前王の姫君……シエナの殺害を企て、そこのアイシャやうちの密偵を負傷させた。その魂胆は、前政権の象徴を殺害し、あわよくば我も、と言ったところか? 紛れもない大罪人だ。」

「そんな! 何かの……何かの間違いではございませんの? セシル様がそのような……。にわかには信じられませんわ!」

「そのような者の無罪放免に加え、これからは国交を持ってやる、だと? なるほど、新しい王もアレス王国らしく大した礼節をお持ちのようだな。」


 次から次へと驚愕の事実を畳みかけられ、ミレイユはすっかり混乱しているようだった。平静さを失い、半ば叫ぶように自身の信じる「彼」の姿を訴える。


「きっと誤解ですわ!セシル様は姫様の教育係として、短くない時間を過ごしていたのです。とても朗らかで、お優しくて、姫様を傷付けるようなことなど―」

「―殿下。ここは私が」


 横から落ち着き払った騎士に制され、可憐な少女ははっと口をつぐんだ。


「その件については、陛下が知る由もないであろう。何せ、セシル殿下が貴国に行くと言い残し消息を絶った、とのみ伺っているのだ。……愚弟についても、今初めて聞いた話だ。」

「……なるほど。こちらの自作自演だと言わぬだけ、新政権にはまだ改善の余地が見られるな。爪の垢を煎じて、前王に飲ませてやりたいくらいだ。……まあ、生きていればの話だが。」

「陛下は貴国と良い関係を築くことを願っておられる。私は陛下に従うまでだ。」


 およそ感情というものを見せない男だ。この仏頂面では、発言の真意は測りかねた。しかしながら一つわかっているのは、この男は愚直なまでに王に従うだろう、という予想だけだった。


「陛下陛下って……あんた、結局変わってないんだろうね。つくづく、王を映す鏡みたいな男だよ。」


 以前とは手のひらを返したような変わり身の早さに、アイシャも呆れ返っていた。

 来訪者の発言が終わると、ザイドは国書へと目を向けた。黒の封筒―その多くは国王の死を悼む時に使われる。文面においては退位の事由どころか生死も、一切の詳細が伏せられていた。なのになぜここまで不吉な予感がするのか。ふと、彼の頭にプラチナブロンドの少女が浮かぶ。不機嫌そうな青緑の双眸の、世間知らずな第十三王女。その瞬間、彼は懸念の裏にある理由に思い当たった。


「セシル・オルコットについてはさておき、姫君まで連れて行こうとする所以は何だ。婚姻による両国の平和が前時代的だ、というのは建前だろう。ロベール・オルコットがクーデターによって前王を殺しているなら、その子どもたちを一掃しようとしても不思議ではないのではないか?」

「『彼女は本国で適切な保護を受けるべきである。』と書かれているではないか。どうしても尋ねたいことがあるなら、陛下のご提案通り謁見することだ。」


 向こうの提案に従ったところで、全てが罠である可能性もある。途端に、今すぐこの騎士に剣を突きつけて、何もかもを吐かせてやりたいという衝動が沸き起こった。けれども、一国の王という立場がそれを押さえつける。いつのまにか、国書を持つ手はこわばり、手紙はぐしゃりと乾いた音を立てた。

 そこで、もう一度ゆっくりと考え直す。こちらへの要求はあまりにも率直だった。言葉巧みに騙すなら、もっと耳当たりの良いものでもよさそうなものだ。ようやく彼が顔を上げると、濡れたような黒髪がさらりと揺れた。乾いた唇を開くと、思いとは裏腹に堂々とした声が出た。


「……承知した。検討しよう。だが、彼女の返還についてはすぐには応じられない。体調が優れず休養中だからな。それから、よく覚えておけ。これまでのことを含め、そちらは大きな貸しがある。恩を仇で返されれば、それ相応の報いを受けてもらおう。こちらからは、以上だ。」

「承知した。……そちらの気遣いに、痛み入る。」


 父王ならどんな判断を下しただろうか。こめかみのあたりが引きつっている。疲労感に引きずられまいと、若き王は無理やり腕に力を込めた。立ち上がろうとしたところで、厚い絨毯が砂のように彼の足を絡めとる。身体が岩のように重たくなっている。しかしながら、ミレイユがなおも投げかけてくる追求のせいで、ザイドは再度腰を据えざるを得なくなった。


「それで、セシル様は無事なのですか?」

「……今は王宮の一室で保護していると聞いている。」


 とは言ったものの、彼自身は未だ捕虜と顔を会わせていなかった。否、無意識のうちに避けていた。おまけに、アイシャからは双子の少女たちが彼をいたぶっていたという報告も受けている。身体の傷について詮索されれば面倒なことになること請け合いである。それとなく彼女たちに目配せすると、妹は涼しい顔でこくりと頷いて見せた。が、粗暴な姉は案の定、うっかり口を滑らせた。


「あいつ、どんだけ痛めつけても、全然口割らねえんだよなあ。アイシャ様、どうするよ?」


 空気が凍る。その瞬間、可憐な少女の表情はみるみるうちに強ばり、騎士の強面にはひと際深く眉間の皺が刻まれた。


「痛めつける……?」


 妹に肘で小突かれてもなお、失言の自覚を持たぬレイラは首を傾げてみせる。


「……あ? いや、しょうがねえだろ。だってホントのこと言わねえんだもん。つーか、ゼフラだってあけすけの毒? とかいうの飲ませようとしてたじゃ―」


 悪びれもせずいけしゃあしゃあと言ってのける彼女の口は、あっというまに塞がれた。あとはもごもごという音しか聞こえない。背後から腕を回したゼフラは、いつもとは打って変わった引きつった笑みを浮かべている。


「《《薬》》です! ……失礼、愚かな姉には妄想癖がありまして。可哀想に、またおかしな事を言っておりますね。あらいけない、もうお薬の時間ですよ。申し訳ありません、私たちはこれにて失礼いたします。」

「はあ? 今なんつった?! あたしは愚かじゃねえし、この通り元気だぜ! 病人扱いしてんじゃねえよ!」


 強引に腕を引き合い、もつれ合うようにして出ていく双子。アル・シャンマールの面々からは、誰からともなく深いため息が漏れた。彼女たちの尻ぬぐいをするのは、女戦士アイシャである。彼女は隠し立ては無用と悟ると、渋々切り出した。


「……捕虜については、傷がついてるのは確かだよ。ただし、当人が暴れた時か、うちの手違いがあったかは定かじゃない。もちろん命に別状はないさ。……けど、うちからしたら大罪人なんだ。それくらいは大目に見てもらいたいけどね。」


 アルヴィンは鋭い目を吊り上げているが、言葉を発そうとはしなかった。ミレイユは持ち上げたドレスの裾を皺になるほど強く握りしめると、甲高い声を張り上げた。


「ご無事なら、すぐにでも会わせては頂けませんこと? 一目でもお顔を拝見したいのですわ!」


 この少女は可憐で控えめな印象とは裏腹に、捕虜のこととなると一歩も引く素振りを見せない。彼女との関係も気になるところだ。真相解明に繋がるかもしれない、と思い当たったザイドは、ついに覚悟を決めた。


「……見知った顔がいれば、あるいはな。かの者を連れてこさせろ。」

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