たがいの決意
王宮での謁見の数日前。リュシアンはセシルに招かれ、初めてオルコット公爵と顔を合わせることになった。
公爵邸は、王都から馬車で一時間ほどの郊外に構えられていた。噂には聞いていたものの、まずは広大な敷地に舌を巻いた。整えられた植栽の庭園や白亜の大邸宅には、一見すると王宮のようにわかりやすい派手さはない。しかしながら、床には大理石がふんだんに使われ、色調を抑えた調度品は外国からから仕入れた上質なものばかりである。それもそのはず、オルコット公爵は王弟であり、国の宰相でもあるのだ。地位は言うまでもなく、財力もセンスも王国随一である。国中の貴族は彼の足元にも及ばないだろう。
忙しい間を縫って挨拶に来た公爵は、白髪が目立つブロンドをきっちりと撫でつけた、礼儀正しくも快活な紳士だった。フロックコートに、手袋、ステッキといった出で立ちは、聞いていた年齢よりも若々しい見た目で、年齢不詳と言う点では子息とも通ずるところがあった。
奥方の公爵夫人は人嫌いなのか、数日を経ても会うことは叶わなかった。肖像画で見た限りでは、白髪の混じった栗色の髪に、丸眼鏡をかけた気難しそうな婦人だった。
そうして、気のいい公爵と子息セシルの計らいもあり、リュシアンは図らずも公爵邸で過ごすことになったのだった。
***
「さて、作戦会議といきましょうか~。」
そして、時は謁見を終えた日の夕食後。良い酒が手に入ったという誘いがあり、リュシアンはセシルの部屋へ招かれていた。
室内に足を踏み入れた瞬間、視界に飛び込んできたのは、濃色の背表紙の本の山である。壁沿いにずらりと並んだ本棚は、図書室と見紛うほどだ。ざっと見ただけでも、その内容は東西の文字や歴史から文化、地理に至るまで、多岐にわたるようだ。本自体が中々に貴重なものだが、これほどまでに揃えられるとは、さすがは公爵家と言ったところか。王族には代々有力貴族が教育係につくと言われるが、その点ではシエナも例外ではなかったようだ。
インクの匂いに囲まれていると、マホガニーのテーブルで待ち構えている酒瓶とグラスが、この場にはひどくそぐわない気がした。促されるままベルベットのソファーに腰掛けたものの、リュシアンはすっかり当惑していた。
「どうしたんですかあ、しかめっ面して~。あ、ブラッドリー卿はいつもでしたね!」
「……すまない。あなたと違って、俺はあまり愛想が良くなくてな。」
久しぶりの帰郷で羽を伸ばしたい気持ちもわかるので、水を差さぬようにしなければ、と騎士は困ったように頬をかいた。セシルが陽気なのはいつものことだが、酒が入っているにしても今夜は段違いだ。視線の先で、もの言いたげに見返してくる青年の顔は、ほんのりと日に焼けた白肌が紅潮していた。
「……珍しいな。あなたがそこまで絡んでくるとは。」
「そうですか~? ま、お仕えする殿下も手の届かないところにいるわけですし、今はちょっとくらい休んだって、罰は当たりませんよ。お互い無礼講と行こうじゃないですか~。」
「あ、ああ。そうだな……」
半ば押され気味ではあるが、リュシアンは勧められるがままに酒を口に滑り込ませた。濃密な果実の甘みが舌にしみ渡ると、精悍な顔はほんのりと赤く染まり始めた。酒は苦い、渋いばかりでこれまであまり好んだことはなかったが、今は喉の火照りが心地いい。首筋の辺りが熱く熱を帯びてくるのを感じながら、彼は今日見聞きしたあらましを伝えることにした。
「そういえば、実はあの後、偶然兄上とお会いしたのだが……なぜか、貴族のご令嬢の護衛になっていた。」
「それは初耳ですね~。そういえば、騎士団長が変わったとかいう話を小耳にはさんだ気がします。やっぱり、シャンマール攻略の失敗のせいで、責任を感じてやめちゃったんですかね~?」
令嬢に見覚えがあった話は口にしようかと迷ったが、確証を得ていない以上は余計なことで煩わせたくない。何より、オルコット公爵家についての失礼な噂話もあったのだ。ここに滞在させてもらっている恩がある以上、聞かせない方がいいだろうと判断した彼は、すぐに話題を変えた。
「……そういうオルコット卿はどうだった?」
「う~ん。まあ、大きな収穫はないですが……。しいて言うなら、結婚式の行われそうな場所へ目星をつけたくらいですかね~? そうそう、向こうの結婚式は互いの命―つまり心臓を懸けて愛を誓うという意味で、血を模した赤い衣装を着るそうですよ。ちょっと怖いですよね~。神の前で誓いを立てるというのは、まあどこの国も似通ってますかね~?」
セシルは唐突に立ち上がると、おぼつかない足取りで壁際の本棚へと歩き出した。彼はリュシアンより拳二つ分は背が低いものの、器用にあれこれと手を伸ばし、すぐに両腕で抱えれぬほどの本を抱えて戻って来た。再びソファに腰掛ける頃には、先刻までの腑抜けた顔はどこへやら、しっかりと聡明な教育係の顔になっていた。
持ってきた本は、どうやら蛮族について書かれたもののようだった。繊細な指で捲られるページを目で追うと、挿絵には見慣れない尖塔の付いた奇妙な建物が描かれている。どうやらこれがアル・シャンマールの神殿らしい。ぐるりと輪を描くように並んだ窓や、意味不明なモザイク画は、いずれもリュシアンにとっては初めて目にするものだった。彼が目を丸くしてページに見入っている傍らで、セシルは意気揚々と解説を始めた。
「アル・シャンマールは熱心な宗教国家ではありませんが、我が国と同じように教会と呼ばれる建物はあります。あちらでは神殿と言いますがね~。崇拝対象は、古来より国王に知恵と力を授け、この地を守るために戦ったとされる唯一神です。まあこの辺の神話は話すときりがないので割愛しますけど……王都ハイヤートを囲むように、東西南北に大神殿があるそうですよ。」
では、そのいずれかの大神殿が次の決戦の舞台となるわけだ。そろそろ、次に何を伝えるべきかはわかっている。心臓の近くで存在感を主張している例の招待状を思うと、リュシアンは緊張のあまり、焼けるように熱くなった喉をごくりと鳴らした。いくら聡明な教育係と言えど、まさかこれを蛮族から入手したとは夢にも思わないだろう。
手紙の中身はすでに確かめた通り、式の時間と場所がアレス文字で書かれている。セシルの話に耳を傾けながらも、息をつく間を見計らい、ようやく彼は切り出すことにした。
「そういえば、オアシスにいた蛮族の男にまた会ったのだが……実は、式の招待状を渡されたのだ。」
懐から例の招待状を取り出したが早いか、瞬く間になぜかそれは消えていた。目前には、己の無骨な手のひらがあるばかりである。もしや落としたのかと刮目していると、いつのまにやら向かい側の青年の手の中にあった。それが、取り出したと同時に、ひったくるようにして取られたのだと悟るまで、しばしの時間を要した。セシルのただでさえ大きな水色の瞳は、文字を目で追ううちにますます大きく見開かれていった。
「……そう、ですか。場所は、西神殿のようですね。」
「ああ。しかも、オルコット卿だけを招待するように、とのことだ。」
「よりによって僕だけを招待、だなんて。いったい、どういうつもりでしょうか。蛮族の考えることはよくわかりませんね……。」
これでもかと言うほどしつこく手紙を眺め回した後、童顔の青年は呆れと驚きの入り交じったようにため息をつき、突き返してきた。リュシアンは予想外の剣幕にすっかり圧倒されていたが、それほどまでに蛮族からの招待状は衝撃的だったのだろうと思い直す。彼は居住まいを正すと、目を閉じてあの時の思い付きを頭に浮かべていた。
「……どうかしたんですか?」
怪訝そうに尋ねられ、はやる鼓動を抑えるように呼吸を整える。果たして口にしていいものかとひそかに迷ったものの、全身の血が沸騰したように熱くなっている今、喉元で彼を押しとどめていたはずの躊躇はあっさりと小さくなっていた。やがて気付いた頃には、すらすらと彼の口をついで出ていた。
「それなんだが……利用しない手はないのでは、と。あなたを一人で行かせるわけにはいかないし、むろん俺も行くつもりだ。そして、陛下からの命令もあるのだから、初めから死ぬ気で殺しにいくしかないだろう。覚悟は決まっている。どんな卑劣な手でも使ってみせよう。相手は……蛮族なのだから。」
決意を固めたものの、具体的な策などまだない。所詮絵空事だと呆れられるだろうか、と口を滑らせた後で一抹の不安がよぎる。
「……。」
リュシアンの言葉を耳にするや否や、青年の薄い唇は僅かに持ち上がっていた。嘲笑とも歓喜ともつかぬ笑みを目にした途端、酔いが冷めるような冷や汗が額に浮かんだ。もしや、何か間違っていただろうか。微笑の真意がわからず、騎士は狼狽する。
「……オルコット卿?」
太い眉根を寄せ、怪訝に見返す。またあのオアシスで諫められた時のように、叱責を受けるだろうか。相手の一挙一動から目が離せぬまま、呼吸も忘れて身構えていると、やがてゆっくりとセシルの水色の目が細められた。そして、いつのまにか蕾が徐々に花開いていくように、じわじわとあどけない顔に満面の笑みが広がっていく。
「いやあ~、安心しましたよ。ようやく、わかっていただけたようですね~。ちょうど、武器やら何やらは陛下が用意してくれるものがありますし。それに、僕に良い考えがありますから、お任せください。明日また、打ち合わせましょう。」
出し抜けな艶笑に、あっけに取られる。先刻までの意味深な間と微笑は、いったい何だったのだろうか。脱力感に襲われるあまり、リュシアンが次に投げかけた問いは随分と気の抜けたものになった。
「……そ、そうか? ならいいが……いい考えとは?」
「まあ、それは聞いてからのお楽しみです。さてさて、これは楽しくなりそうですね~」
死地に向かうことになるにも関わらず、童顔の青年は心底楽しそうにふらふらと立ち上がった。そのまま危なっかしくふらつく身体を揺らし、本の一部を持ち上げる。と、突然がたり、と何かがリュシアンの足元まで転がり落ちてきた。
「……?」
どうやら当の本人は上の空で、何かが落ちたことに気付いていないようだ。リュシアンが拾い上げようと手を伸ばすと、どうやら手のひらに収まるほどのロケットペンダントのようだった。留め金の外れたそれは、手に取ると同時にぱかりと開き、中から二人の人物が描かれた肖像画が覗く。まだ若い男女のようだ。男の方は理知的な面立ちに、ダークブロンドのくせ毛。ちょうど、セシルとよく似た髪型にも見える。そして、女の方は淡い金髪に、大きな水色の瞳が印象的な童顔。どちらもセシルの特徴と一致していることに気付くと、リュシアンは自然と吸い寄せられるように凝視していた。
「これは……?」
故意ではないにしろ、中身を見てしまったことに少々の後ろめたさを感じながら、恐る恐る顔を上げる。その途端、薄暗がりの中で相手が思っていたよりも遠くにいることに気付いた。目前の青年の表情は、見えない。騎士はすぐさま安易な質問をしたことを後悔していたが、返って来た言葉は存外あっけらかんとしたものだった。
「……ああ、これですか。まあ……昔の家族のようなものです。」
事も無げな様子に、返ってこちらの方が戸惑いと気まずさを覚える。「昔の家族」と意味深に言われれば気にならないわけがなく、リュシアンはまたしても、熱く滾る血に任せて、疑問を口にしていた。
「昔……か? 今の公爵夫妻とは……随分印象が違うようだが。」
先日ここで会ったばかりの公爵と、絵で見たオルコット夫人とセシルとでは、正直似ても似つかない。彼らよりは、この男女に血縁があると言われた方がはるかにしっくりくるだろう。
そこで、はたとリュシアンの脳裏によみがえったのは、王宮で耳にした「オルコット公爵夫人は子供に恵まれなかった」という噂話だった。
「もしや、卿は……」
さすがにあの荒唐無稽な巷談街説を本気にしていいものか、と半信半疑だったが、当のセシルは隠すどころか堂々と落ち着き払ったままだ。むしろ憑き物が落ちたように晴れ晴れと、不躾な疑問にもにこやかに答えてみせた。
「僕は、オルコットの生まれじゃないんですよ。」
「そ、そうだったのか……。」
つまり、養子ということだ。彼の両親はこの肖像画の夫婦とみて間違いなさそうだ。その先を尋ねてもいいものかとリュシアンが逡巡しているうちに、セシルは何を思ったのか、ふっと堰を切ったように語り始めた。
「その昔、僕の家は辺境伯家で、王国東の辺境を守る貴族の一員でした。それで、十年前に、我が国がかの国の一部領土を征服した時……うちの家が、出向を命じられたんですよ。」
「なんだと?」
リュシアンも、話には聞いたことがある。十年前、騎士団たちがアルシャンマールの最西端―つまり先のカティーフを征服した際、アレス王国の民を住まわせたというのだ。その対象がアレス王国最東端にいた民であるなら、かつて足を踏み入れたこともあるシルティグアイム近辺だろうか。あそこは随分と廃れてしまっていたが、住民がごっそりと異国へ強制移住させられた過去があったのなら、納得がいく。
「慣れない砂漠を驢馬を連れて歩いて、領民を率いて、時には辛く当たられながらも新しい土地を支配するために出向きました。アレスの騎士団がいたのは最初の頃だけでした。気候から、食べ物まで、異国の地は何もかもが肌に合わなかった。それでも、僕たちは希望を持って生活をしていた。」
「では、あなたもあのアル・シャンマールの地で……?」
奇しくも、セシルはカティーフまでの道を熟知していたことになる。あの時に多くを語らなかったのは、当時はまだ打ち明け話ができるほど、互いの信頼関係を築けていなかったからに違いなかった。
「ええ。あとは知っての通りです。数か月後、あっというまに蛮族たちに奇襲をかけられ、追い出されて砂漠へ逆戻り。乳兄弟も、同郷の者も、みんな散り散りになりました。砂漠で死んだり、取り残された者もいます。やっとのことでたどり着いた故郷は、いつのまにか新しい領主が治めていて、僕たち家族が戻る場所はどこにもありませんでした。英雄だった父は一転、良い笑いものになりましたよ。」
「……。」
リュシアンは相槌を打つことも忘れて、聞き入っていた。辺境伯と言えば聞こえはいいが、その実態は国の無謀に付き合わされていたようだ。誇りを重んじる貴族なら、そのような状況では死を選んでもおかしくはない。彼が危惧した通り、その続きはこの上なく悲惨なものだった。
「絶望した父は、ある日首を吊って死にました。それを見た母も気が狂い、同じように死にました。住むところも、家族も、財産も、たちどころに全部失いました。親戚も身内の不幸は知らんふり。何の力もなかった僕は、この先どう生きていけばわからずに絶望しました。」
「っ……!」
想像を絶する悲哀に、かける言葉も見つからず口を噤む。肩を落とし、どこか遠くを見つめるように手を組む童顔の青年は、置き去りにされた子供のように頼りなく、寂しげだった。卓上のランプに照らされ影を落とした姿を慰めるには、なんと声を掛けたらよいかわからず、かといってそのままにしておくこともできず、リュシアンはしどろもどろに沈黙を破った。
「……そうだ。国は頼れなかったのか? 陛下はすべて知っておられたんだろう? なら―」
その瞬間、セシルはきっと睨むようにこちらを見据えた。透き通るような水色は、薄闇の中で涙を湛えているようにも見えた。青年はそのまま怒りと憎しみに突き動かされ、呻くような慟哭の声を張り上げていた。
「陛下を見たらわかるでしょう! あのお方は、失敗など許されない。全部なかったことにされたんです。僕たちを住まわせようとしたことも、カティーフの領主に任命したことも、何もかもを!」
「……っ」
胸が詰まるような息苦しさに襲われ、リュシアンは瞬時に軽はずみな発言をしたことを悔やんでいた。内心では国王を憎んでいたに違いない。それでも気丈に振舞っていたセシルを思うと、やりきれない思いで一杯だった。
なんともばつの悪い顔をしている騎士に気付くと、悲痛な面持ちの青年はようやく我に返った。それから気を取り直すように嘆息すると、自らへ言い聞かせるように淡々と呟いた。
「……いえ、陛下は間違ってなどおられませんよ。国の主として、必要な決断をしたまでです。父も母も、蛮族のせいで死にました。あいつらがいなければ、僕の両親は死ななかった。全部全部、初めからあいつらさえいなければ……!」
話を聞くにつれ、騎士はもはや自分のことのように肩を震わせ、膝の上で拳を握り締めていた。セシルには、仲間として謁見の手筈を整えたばかりか、ここへの滞在を許してくれた恩義がある。その憎しみと怒りはひしひしと痛いほどに伝わってきた。
「……オルコット卿」
「セシル、と呼んでください。僕には、何も無いんです。もともとはただのセシルですから。それに、僕達はもう盟友ですよ。リュシアン。」
寂しそうな笑みと共に、思いがけずも盟友、と声をかけられ、リュシアンはまごついた。確かに、ただ一人で戦っていた時も、助言を与えたり何かと助けをくれたのはセシルだった。そして、自らの友であるというなら尚更のこと、今の話は他人事とは思えない。そればかりか、あるじを奪われた恨みはますます増幅されるようだった。
「本当に、許せないな。オル……セシルから、大切なものを奪うとは。」
やはり、あの者たちの蛮行は到底許せるものではない。静かな怒りが全身へとみなぎるにつれて、彼の身体をますます熱くさせていた。
「……行く当てもない僕は、何度も死のうと思いました。そして、失意のまま王都をさ迷っていたところを、父の旧友であったオルコット公爵に拾ってもらったんです。オルコット公爵は僕の恩人ですよ。あの人がいなければ、こうして殿下の教育係になることも叶わなかった。」
「……。」
呆然としたまま動けずにいる騎士を見て、青年は先程まで沈痛な告白をしていたとは思えぬほど、明るく笑ってみせた。
「すみません、しゃべりすぎたようですね。僕も弱くなったんですかね~。明日は王宮からの使いも来るでしょうから、あなたも、早く休んでくださいね。」
「あ、ああ……。」
どうやら、今日はここまでらしい。心ここに在らずの返事をしながらも、リュシアンはおもむろに立ち上がった。何か上手い言葉を掛けれぬものか、と棒立ちになったまましばし沈思黙考したが、ぼうっとする頭では何も思い浮かばなかった。顔を伏せたダークブロンドのくせ毛がうなだれているのを眺めた後、彼はすごすごと部屋を後にした。
ふわふわと沈み込んでいく廊下の絨毯によろめきながら、リュシアンは忸怩たる思いを噛み締めていた。これが逆の立場であったなら―セシルは彼を明るく勇気づけ、彼の灯となってくれただろうに、と歯がゆさを覚える。それと共に、セシルが過去を明かしてくれたことへの感慨深さもあった。その誠意に応えるべく、彼は一層のシャンマール打倒を心に誓っていた。あの蛮族だけは許してはならない。一刻も早く、あの若き王ザイドの息の根を止めなければ。
ぎらつくような灰紫の目は、これ以上ないほどの憤怒で満たされていた。これまでに幾度となく感じた怒りと憎しみも、今この瞬間の比ではなかった。彼の蛮族への憎悪は、もはや手の付けようがないほどに心の中でふつふつと煮えたぎっていた。




