やまんばとロッジハウス
……あら? いらっしゃい。
まあ、大変……迷ってきたの? この霧だものね……
銀杏の香り、キンモクセイの甘い匂い……外は今秋なのね?
ささ、中に入って。
ケガはしていなさそう。良かったわ。けど疲れてるわね? ゆっくり休んでいくといいわ。
ちょうどお茶にしようかと思っていたの。もうすぐクッキーも焼きあがるところなのよ。
さぁ、靴を脱いで。荷物も置いて。落ち着いて。座ってちょうだいな……
それで、あなたはどうしてここに?
……そう。山登りをしていたの。それで、この霧に迷い込んで、方向が分からなくなったの? 大変だったわね。
こんな山奥にロッジハウスがあって、驚いた?
ほほほ……たしかに、いくらロッジハウスっていっても、普通こんなところには建てないわよね。わたしは故郷のこの山にずっといるから慣れているけど、人間が住むにはとても不便な場所だと思うわ。
……あら、わたし? わたしのことが知りたいの?
そうね……
わたしは、この山に生まれて、それからずっとこの山に住んでいるの。もう三百歳くらいになるかしら……
その割にはとても若い? ええ、わたしは人間じゃないから。
あなた達の言葉で言うと、山姥っていうのかしら?
ええ、そう。わたしは山姥ですよ。ここに閉じ込められて百五十年くらいになるかしらね……
……どうしたの? そんなに青くなって……
ああ、大丈夫。少なくとも、わたしは人間を食べたいだなんて思わないわ。
そりゃあ、大昔にはそういうことする人たちもいたけど、山姥は元々、飲まず食わずでも何百年も生きていけるもの。わざわざ人間を食べようだなんて考えるのは、大昔の仲間が言い出した、人間を食べると若返る、なんて迷信を信じた人くらいなものよ。
それにしても、あなたはとても素直な人なのね。
今まで色んな人がこのロッジハウスに迷い込んできたけど、わたしは山姥ですって正直に言っても、信じてくれる人なんていなかったわ。
証拠らしい証拠も出せないことだし……
……あら、そう。山姥の伝説で有名な山だったのね。
この霧のこと?
さっきまで普通の山道だったのに、急に霧が出てきて驚いた?
この霧はね、わたしをここに閉じ込めておくための結界なの。だからわたしは、このロッジハウスから離れることはできないのよ。
……ああ、けど安心してちょうだい。わたしは出られないけど、人間のあなたはここから出ることはできるから。しばらく時間が経って、霧の形が変わったら、普通に元いた場所に戻れるはずよ。
……ええ、そう。閉じ込められて以来、わたしはずっとここに一人で住んでいるの。
苦労? まさか。こんな素敵な家があるんだもの。とても幸せに生きているわ。
逆に、あなたは随分と苦労してきたのね。
どうして分かるか?
だってあなた、とても疲れた顔してるもの。
山を登っただけが理由じゃないでしょう?
この霧の中に人間が入って来られるようになって、せいぜい三十年くらいだけど、みんな、あなたのような人ばかりだったから……
……あら、わたしのお話が聞きたいの?
そうね……ちょうどクッキーも焼けたことだし、食べながらお話しましょうか。
お茶のおかわりは? ナッツ入りだけど大丈夫?
それじゃあ、霧の形が変わるまでの間、わたしの話を聞かせましょうか――