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ウェルウィッチアの今


「おはようございます……」


ウェルウィッチアはもぞもぞと目の前にある物にしがみつきながら言う。まぁ、それリール君なんだけどね。


「朝が弱いとは思ってましたけども……リールは嬉しそうですわね」


どこを見て言ったんだろう。まぁいいや。


「んん~?……えっ、あっその……」


「その……離れて?」


リールが言うとウェルウィッチアは慌ててその場を離れ、いそいそと服を着るために鏡の前に移動する。


もう少し角度が良ければ見えなかったんだけども……まぁ、黙ってよう








宿の1階で朝食を取っていると、ウェラが


「実はこの街で”アレ”の加工を依頼してますの」


言われてみればずっと未加工のままだ。


「え?あ、そう言えばボクの杖……持っていったんですか?」


「ええ勿論」


魔女の杖を勝手に、しかも寝静まった夜に持ち出すとは大したやつだ。





ウェラの後ろをついていくと、路地裏に隠れるように宝石商があった。


「ごめんくださいな。約束の物はできてまして?」


「勿論。満足の行くものになっているはずだ」


「あ、有難うございます……あの…所でお代は……」


宝石の加工は、いわば技術料。つまり、人によって随分差があるということ。


「別にいらねぇ……「青い海」が触れただけでも満足だ……どうしてもと言うなら、パンツを見せてくれ」


ウェルウィッチアは杖と宝石商の顔を交互に見た後、ローブを捲りあげた。


「それで十分だ。試し打ちは街の外でな。不満があればもう一度来てくれ」


杖を受け取り、繁華街へ出る。繁華街といえど人は少ない。どうやら規制がかかっているようだ。それもそうである。例のアレの危険性が知れてしまった頃だし、出処が帝国とあれば当然警戒もする。


大声が聞こえてくる。見れば指をさされている。


「この街はお前が来ていい場所じゃないぞ!」


一人の少年がウェルウィッチアに威嚇している。


「こいつは何を言っておるのだ?」


コーが不思議そうにウェラに声をかける。


「まぁ…、魔女嫌いっていますから……放っておけば?」


ウェラが言うのも分かる。面倒な人は面倒になる前に立ち去る。触らぬ神になんとやらってね。



見渡せば人だかりができていた。ちょっと困る。逃げ道が人垣で埋まってしまう。


「エルフとドラゴンが良くて魔女がダメなのはなぜなの?」


この際天使は除く。仕方ないじゃん。天使はウェラしかいないんだもの。


「わたくしに相手をしても勝てないから、もしかしたら勝てるかも、という相手に喧嘩を売っているのでは?」


ウェラが言うのでよく見れば相手もウェルウィッチアくらいの成人したてのよう。背は低く(それでもリールより背は高いが)顔つきも幼さが残る。


「あの人……もしかして…魔法使いじゃ…」


魔女とは強い魔力の女性に限る称号。それ以外は全て魔法使いという肩書になる。


「髪は赤くないようだが……?」


コーが首を傾げる。


「男の人は赤毛にならない事が多いんですよ。だから……髪色では分からないので…」


ウェルウィッチアが言うと、ウェラが指を鳴らす。パチンと大きな音が響いた。


「この街では決闘ができるはず。いかがかしら?タイマンなら文句なしでしょう?それとも、4対1を演じますか?」


ウェラの要望は聞き入れられ、決闘場に案内された。







「ところで、力比べはなさらないので?」


ウェラが言うが、相手は無言。ウェラは肩をすくめながらウェルウィッチアを見る。


「たいした自信ですよね……よほど強いのか、それとも負けるのが目的か、勘ぐってしまいますね」


ウェルウィッチアの台詞に相手は拳を握りながら


「オレが負けるなんてあり得ない!お前みたいな魔女ごとき、オレが倒してやる!!」


何か個人的な恨みがあるようだ。


「そなたの恨みは根拠のあるものだと思うが……何故魔女を嫌うのだ?」


コーが聞くと、彼は拳を握りしめ


「魔女が父さんを殺したんだ!だから嫌いだ!」


ウェルウィッチアとウェラは顔を見合わせた。


「その様な話は魔女会であがったことがありません……それは本当ですか?」


「守ってくれるはずの魔女がいたのに、僕の父さんは死んだんだ!これは殺したのと同じだよ!」


あぁ、なるほど、言わんとしている事は伝わった。ただ、恨みや憎しみが生きる原動力というのも……ありえない話でもない。



とりあえず、今は決闘をする事に集中するべきだろう。


「審判、本当に出力調整も何もなしでやるんですか?」


ウェルウィッチアは審判を務める男性に聞いた。それはそう。我々の世界のスポーツ、特に差が出やすいモータースポーツでもBOPというレギュレーションがある。そして、スポーツとはレギュレーションに則り公平な試合ができるから競技として成り立つのである。


「ああ。相手のケレン氏の申し出で不要ということだ。不服かね?」


「はい、あまりに力量差があると、試合になりませんから」


ウェルウィッチアが申し立てると、審判は再び審議をはじめた。




しばらくして決闘ではなく、破壊力にて勝敗を決する事になった。



フィールドに入ると、相手が先に魔法を放った。


詠唱から普通の魔法使いである。何か特殊な魔法使いというわけではない。


だが、やはり魔法使いだった。魔法使いでありながら魔女に恨みのある少年、か



「ふむ、決して弱い魔力ではないの。あれなら十分強い部類であろう。ただ、強者の中では……ちと力不足かもしれぬが」


「そうですわね……十分な強さでしょうね……ただ…」


ウェルウィッチアが杖を構える。詠唱をはじめると杖の先に魔法陣が浮かび上がる。


「風の精霊よ、我が名のもとに集いなさい。その鋭さは刃の如く。権限せり力は豪雷の如く。今一度、我がもとに力を示しなさい。―――顕現せよ、ピストル・ピート!」


「あの杖を手にしたウェルウィッチアの相手には……なりませんわね」


風の矢。いや、それは120mm滑腔砲から撃ち出されたAPFSDSのようであった。凄まじい轟音から放たれたそれは、的を軽々と粉砕し、その後ろに置いてある衝撃吸収材をもなぎ倒し、決闘場の壁すら穴を開けた。


見ていた者の皆が言葉を失うほどであった。


「最弱の魔女。それは、育て方の悪さと、力の出し方が悪かっただけ。あの杖では…ね……そこでわたくしが、ちょちょいっと最終調整をね……細かい調整はいるのでしょうけど…」


ウェラはそれを見越してあの杖の調整を行っていた。そして、ウェラは頬杖をついて


「言ったでしょう?魔法の事なら任せてください、と」


そう言えば、魔法だの魔力だのの流れの全てはウェラが握っているんだっけ……だから魔力の流れを…世界の魔気の管理をドラゴンに委託したりして調整をしていた、と。



「力の…出し方……」


リールは自分の手をまじまじと見た。魔法の使い方、か…


「わたくしに言わせてみれば、今のアレよりも、リールの魔法のほうがずっと恐ろしい強さだと思いますの」


残念ながらウェラのその言葉は良くわからなかった。




結局、ウェルウィッチアの圧勝ということで勝負が終わった。相手は勝負が終わるとウェルウィッチアを睨みつけた後、走って逃げるように去っていった。


「なんか……悪いことをした後みたいな……そんな気分です」


ウェルウィッチアの言うことはもっともだ。だが、勝負事は勝者と敗者を決めるもの。どちらかが必ず、どちらかになる。


「それだけ強いのに!どうして!!」


少年の言葉にウェルウィッチアは困惑するばかりだ。魔女であればそんなに弱いはずが……あれ、夜は…


「夜は…魔女は……」


「ええ……でも…魔女と同行してしないなんて事は……もしかして儀式を乗り越えてきた魔物でしょうか」


ありえない話ではないが……


「ところで、その魔女の名前ってわかりますか?」


ウェルウィッチアが聞く。


「忘れもしないよ、サフランって奴」


それを聞いて驚いていたのはウェルウィッチアだった。どう答えていいか分からないようだった。


「あぁ、また……そんな事もありますわね」


それを知っているのはウェラだけのようだ。


「どういうこと?」


リールは聞かずにはいられなかった






「サフランさんは……あの、お父様が亡くなられたのは……5年前ではないですか?」


「そうだけど……それが?」


「いえ、それなら納得しました。サフランさんは5年前に死んでいますから……」


え?死んだ?え?じゃあ恨む相手違うくない?


「小規模の移動キャラバンが魔物の集団に襲われた……そのとき皆を助けようとしたものの、魔法使いは詠唱時間というラグがある。結局サフランが倒れた際、他の皆を放って逃げた車夫だけが助かった」


ウェラが淡々と説明する。


「じゃあ恨むのは魔女じゃなくて車夫じゃ…」


リールが言うと、少年は怒鳴るように



「助かったのはサフランただ一人だって!」


「いえ、サフランさんは亡くなってますよ。私は魔女会の所属として死後のお祈りにも参列してますし、死体も確認しています。何より、銀の指輪を与えたは私ですから……」


「そんなの嘘だ!」


「では、私の持っている杖は……どこから来たのでしょう?」



その言葉に驚きを隠せない。まさか形見だったとは……。


「もしかして……ウェラはそれを知ってて調整を」


「勿論ですわ。本来魔女の杖は個人個人に合わせて調整を行うものですの。形見、というのは良いけども、それで満足な力を出せと言う方が無理な話しですわ」



「そ……そんなはず……ぼ、僕は信じないからな!」



結局少年は走り去っていった。


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