吸血鬼
着陸したニホニア連邦の飛空艇から何人かの軍人が降りてくる。
「連邦の軍人は、相変わらずですわね」
この街で指名手配されていた4人だったが、将校は丁寧にお辞儀をし、
「貴方の事は常々聞いております、ウェラ様」
「でしたら…私を指名手配したのは間違い、と、取り下げて下さらないかしら」
「ええ、構いません。上の者に具申しておきましょう」
そしてウェラはこれまでの事を話した
「……聞いている話と違いますね」
彼らは「アナーキー国の仕業であり、帝国と共同作戦を」と、持ちかけられているらしい。
「なるほど、読めたぜ。レトラン帝国は工業国家でありながら鉄がとれない。それはさっきも話したが、ニホニア連邦とやり合うのは割りに合わない。そこで、資源が大量に埋まっていて、かつ比較的ラクなアナーキー国。それを連邦と一緒に叩けば資源は頂きって寸法さ」
「はたして……そこまで頭が回る人がレトラン帝国にいるでしょうか」
連邦の軍人は腰に手を当てている。
「王妃亡き今、おそらく姫であるヌェラが我儘を尽くしてるんだろうが……頭が回るとはとても……」
「能ある鷹は爪隠すってね。案外切れ者かもしれんだろ?」
イクィノックスが言うと、ウェルウィッチアは首を傾げながら
「でも、あのお姫様……何も考えて無さそうなヒトでしたよ?」
「まぁ、実際気分で変えてるかもな」
ウェルウィッチアの言葉にイクィノックスはため息混じりに答えた。そのお姫様は、我儘で気分屋らしい。困ったお姫様だこと。
「しかし、先程の話が本当なら、すぐに連絡を取らなければ」
「分かった。おい!通信士!聞いていただろう?本部に連絡を!」
「はっ!」
「私達はこれから……チェザに向かおうかと。貴方達は?」
「首都へ戻ろうと思います。天使様、お気をつけて」
見送られ道を歩む5人。
「あいつらに帝国の1等飛空艇を撃墜したの、バレなくてよかったな」
イクィノックスが言うとウェラは彼女を見上げながら
「バレたらレトラン帝国か、ニホニア連邦の牢獄に放り込まれるでしょうね」
しかしウェラの目は楽しそうだった。
「……ところで、今日の夜営はどうするのだ?」
「……ん?えーと…」
コーの台詞にイクィノックスがリールを見る。思わずウェルウィッチアと交互に顔とカラダを見てしまう。
それを見てウェルウィッチアとイクィノックスが顔を見合わせる。
「ウェルウィッチアは休んでていいぞ。俺がヤるよ」
イクィノックスが申し出ると、ウェルウィッチアは少し考えた後
「はい、お願い……します…」
「くくくっ、そんな顔をするなんて乙女だねぇ。そういうのに特別視があるなんて羨ましい限りだ」
ウェルウィッチアの頭にイクィノックスがポンっと手を乗せると。
「お前の体力は温存しておきたい」
「え?」
イクィノックスの言っている意味が分からなかった。それはウェルウィッチアも同じだった。
「さて、私はどちらでも構いませんわ。でも、見張りは任せてくださいませ」
「ああ、任せたぞ。俺達では、お前の火力に遠く及ばないのだから」
深夜。イクィノックスは目を覚ました。
静かな夜だった。リールとウェルウィッチアも異変に気がついたようだった。
「ちっ、見張りのくせに」
イクィノックスが即座に戦闘態勢に入り、そのままコーを起こす。
「ほう、天使が見張りをしていたから来てみたら……魔女2人にドラゴンまで…ほほう」
ウェラは捉えた獲物のように腕だけで引きづられていた。目の前には2人の男。
「ほう、天使を無力化できるのはなかなかいないぜ……」
「どうかね、我々と来ないか?」
リールの答えは「嫌だ」だった。
リールは寝る前(正確には<<自主規制>>なのだが)に、護身用の銃を出しておいた。それを即座に握る。
胸に2発、頭に1発
「ほう、なるほど」
一人はノックダウンできた。もうひとりは、コーの一撃で黙らせる。
「おっと、そこまでだ」
声がしたほうを見ると……いや、すでに包囲されていた。
「武器を捨てたまえ、こちらには2人の人質がいるのだぞ?」
2人?驚いて見渡すと、ウェルウィッチアが捕らえられていた。
「ニホニア連邦の人間じゃないな、誰だ?」
「反天使団体、みたいだの」
「じゃあ親玉は吸血鬼か。面倒なのに絡まれたな」
この世界には吸血鬼がいるんだな……
「だが、その天使は丁重に扱え。この世界の創造主、そしてこの世の生命体を作り上げた天使だ。お前らも、その中に入ってる」
「くだらない、こっちに来い!」
勿論従うつもりはない。
「お前ら、俺を援護しろ!」
イクィノックスが叫びながら倒れているウェラを抱きかかえ、小瓶を数個口に運ぶ。その間コーが防壁を、リールが牽制射撃を行い、相手を釘付けにする。
「これで10分は動けるはずだ!」
「まだ……頭がクラクラしますわ……でも、十分ですわね…さぁて、どう料理してくれようかしら」
ウェラがパチンと指を鳴らす。魔法陣がスッと足元に出現する。その魔法陣は一定の回転角で回転していた。
「お、おい、それだとウェルウィッチアがっ」
イクィノックスの叫びにウェラは止まらなかった。止まる必要がないとも言えた。
「わたくし……普段は世界の理を守るために”精霊にお願い”をしているのだけど……今回は特別ですわ」
魔法は精霊に力を借りる。その対価は魔力。そう聞いていた。だが、ウェラは明らかにその手順以外で魔法を唱えようとしていた。
「消し飛びなさい」
ウェラが言うと、地獄の業火とも言えよう炎が地面から吹き出し、辺りを火の海にした。
「お、おい!」
「大丈夫ですわ。見てご覧なさい」
ウェルウィッチアはフラフラと歩きながらこちらに合流した。
「な、何事ですか……?」
突然まわりが火の海になれば当然の反応と言える。
ウェルウィッチアの足元を見ると魔法陣があった。なるほど、保護魔法は展開済みか。
「わたくし達はニホニア連邦とレトラン帝国と吸血鬼、その3つに目を付けられたと見て良さそうですわね」
「あれ、ニホニア連邦は……もう大丈夫なのでは?」
「先程の通信が聞こえる範囲では、わたくしたちの弁護はしてもらえてませんもの。まだ手配中、と見ていいでしょうね」
「天使は味方が圧倒的に多いのは力でねじ伏せてるだけだからな?実際は敵のほうが多いぜ」
イクィノックスの台詞はなんとなく分かる気がする。




