魔気
「これだけの規模を爆発させても私が問題ないのは……あの部屋で随分魔力が吸い出されたせい……でしょうね」
ウェラが腰を下ろしながら言う。
「これだけ魔気が溢れてたら……おかしいですね」
「どちらかと言えば吸収されていくような感じがするの」
ウェルウィッチアやコーも首を傾げていた。
「そこの魔女」
突然声をかけられ振り向くと、そこには一人の女性が立っていた。
「あ……貴方は…!」
ウェルウィッチアの慌てようから驚きの声を上げる。立場が上の人間だと思われるが素性がわからない。軽装であるが、プロポーションは見事だ。背中には背丈程ある鎌を背負っている。髪の色はウェルウィッチアと同じ赤。
「お前の事は街が違っても噂になってたぞ。最弱の魔女ってな。ま、それが間違いか嘘ってのは顔を見たら分かったよ。お前は決して弱いわけじゃないってな」
魔女の事は詳しく分かっていない。だが、強い人はある程度なら相手の魔力が分かるらしい。オーラでも出てるんだろうか
「私も貴方の事は存じておりますわイクィノックス。魔女会における……文字通りの最強、と。……あら、失礼。私はウェラと申します」
ウェラはカーテシーで挨拶をする。イクィノックスと呼ばれた女性は笑みを浮かべ
「へぇ、天使って本当に髪が金色なんだな」
「あら、そんな事を言ったら魔女は皆髪が赤いではないですか」
この世界は髪色である程度分かるらしい。
「ま、そうだな。俺はこの髪色が嫌いだったんだが……まぁ、小さい頃から雑魚だのゴミだの言われてるよりはずっとマシさ」
そう言いながらイクィノックスはウェルウィッチアを見た。
「……事実…でしたから……」
「評判って残酷だな。平均なんて最たる言葉だよな。だって半数はそれに満たないって意味だからな……で、だ。お前、名前は?」
「ウェルウィッチアです……」
「この街の魔女は皆花の名前だったな……それにしたっていい名前だ……まぁ、募る話はナシだ。ここの街はどこへ消えた?」
リールはコレまでの経緯を説明した。
「その入れ物は3つ、入れれるようになっていた、と。1つは現地で無力化。1つはここで爆ぜた。じゃあ、あと一つはどこへ行ったんだ?」
リールは首を横に振るしかなかった。
「トリスかチェザか、になると思うけど……」
「どちらも遠い。しかも反対方向じゃねーか。おい、天使なんだろ何とかしろよ」
「無茶を言わないで下さいまし。お父様ならまだしも、私では……検索魔法も届くかどうか……」
「ちっ、面倒だな。首都に行けば情報は入るだろうが、それまで敵は待ってくれるか?」
つまり、首都に行けばすべての情報が集まるだろう、という算段だが、その頃には爆発している可能性が捨てきれない。
「何ですの?この不快な音は!」
ウェラが突然不機嫌そうな声をあげた。何事かと周りを見渡すと、空に飛空艇が見えた。
「空飛ぶ戦列艦?」
リールの疑問にイクィノックスが答えた。
「大正解。帝国は魔導エンジンで、あの一等戦列艦を飛ばしている。ま、魔力を無理やり動力化してるんだ、天使には……キツイかもな」
リールには良くわからないが、空気の悲鳴、みたいなものかもしれない。
「あれ、落としちゃダメかな?」
「落とせるんならやれよ」
ウェルウィッチアが言い出したのだが、あの高さの飛翔物体を落とせるのはリールだけである。仕方なくリールは詠唱に入る。
「土の精霊よ、我が名のもとに集いなさい。その硬さは鋼の如く。顕現せり力は烈火の如く。土の精霊よ、今一度、我がもとに力を示しなさい。―――顕現せよ!シースパロー!」
見たことがない魔法にイクィノックスは目を丸くしていた。召喚された物体も、詠唱も、何もかも見たことがないそれ。
「今日は私……機嫌がよくありませんの。加減……できませんのであしからず」
ウェルウィッチアがそれに向かって魔力を放り込んでいく。以前と同じくらいの魔力量だが、いかんせん乱暴に放り込まれていった。
そのせいだろうか。発射されたそれは以前のものと比べ物にならない速度で飛翔し、飛空艇を撃墜した。
「ほう、これは良いものを見せてもらった。こんな魔法もあるんだな。世の中の大事なものは全て旅で覚えれるとは言ったものだ。……だが、やりすぎだ。あれでは生存者はおらんだろう」
空中で半分以上を粉砕され、地面に叩きつけられた衝撃でエンジンが爆発し、文字通り消滅してしまった。
「さすが天使。加減しろ馬鹿」
「うっさいですわ!」
「そんなんだから、反天使団体が現れるんだろーが!ちったー頭使えよ!ガキみたいな言動ばっかしてっと、いつか干されちまうぞ!」
「うるさい、だまれ!私は……私は…初めての……初めての街…でしたのよ……ここは…」
怒鳴りつけると思っていたウェラの目には涙が浮かんでいた。
「だから加減しろって言ったんだ、大馬鹿者。消し飛ばしたら相手の情報が聞き出せねーんだわ」
「でも!」
「頭冷やせや。じゃねーとニホニア連邦が地図から消えるぞ?」
完全に頭に血が上ったウェラに対比するように冷静なイクィノックスはどこかチグハグだった。
―――濃すぎる魔気は魔力に疎い人間ですら狂わせる―――
リールはその言葉を思い出した。
「気付け薬はある?できれば僕以外全員に」
それを聞いてすぐに察したイクィノックスは、旅行鞄の中から小瓶を取り出し、それをさらに小分けしてから手渡した。
「飲め」
ウェラはやや乱暴に受け取ると一気に飲み干した。それを見て、ウェルウィッチアとコーも続いた。
「どうだ?良くなっただろ?天使も魔気で狂うんだな、覚えておく。あと、お前……。やっぱり噂は噂にすぎん。天使が狂い始めたのにも関わらず、お前は無事そうだったしな」
「だいぶ落ち着いてきましたわ……」
「久々に飲みました……ボクが最初に飲んだのは……5年くらい前…だと思います」
だいぶ苦労していたようだ。
「思ったより魔気の拡散が早いな」
イクィノックスが地面に腰を下ろしながら言った。爆弾が爆ぜてあたりを吹き飛ばした。その爆弾が残した魔気。そして、この街がエネルギーとして使っていた魔気。それらは長く辺りに留まるはずだ。
「風で飛ぶような代物じゃないんだがな。何かが吸い上げたりしないと……まさか!」
イクィノックスは慌てて飛び退きウェラを睨みつける。この場で魔気をすごい勢いで吸い上げる存在……それはこの場で一人しかいない。身体そのものが魔力で構成されたウェラ―――。
「……気づいて……しまわれましたわね…」
「ウェラ?」
リールは恐る恐る手をのばそうとしたが、それはイクィノックスに止められた。
「この辺りの魔気を殆ど吸い上げた!正気を保ってられる時間は少ない!離れろ!!」
だが、以前は……そうだ、魔力は常に身体に……他の生物とは明らかに違う天使だ……なら…
リールは考える。この間魔気の溢れる場所に向かった際、狂うわけでもなく苦しんでいた。あれは魔力を予め消費していたから、と考えられる。
魔力を吸い出された直後とはいえ、この辺りに高濃度の魔気が溢れていた。それを全て吸い込んだら、いくらウェラと言えど許容量を一気に超えてしまうだろう。
「おい、エルフのガキ!暴走に巻き込まれて死ぬぞ!」
「このまま逃げたって逃げ切れる相手じゃない!」
リールは抱きつき詠唱を唱える。これは「賭け」だ。失敗すれば自分は疎か、この辺りにクレーターができあがる。
「土の精霊よ我名のもとに集いなさい。その硬さは鋼鉄の如く、顕現せり力は旋風の如く。―――顕現せよ、ネゲヴ!」
銃が重く、そのままウェラを押し倒してしまうが、かえってそれが良い。リールはウェラの唇を重ねウェラの口内を味わう。
と、同時にウェラから凄まじい量の魔力が送り込まれてくる。リールはすぐさま引き金を引く。普段ならすぐに消え去る魔力量の放出が始まるが、ほぼ同じ量の魔力が送り込まれてくる。
どれくらい時間が経過しただろうか。リールはただ受け取った魔力をそのまま放出しているだけだったが、とても長い時間だった。
ウェラがだらんとしていた腕をソッと背中と頭に回し、リールの舌使いに応える。
「たまげた……魔気は確かに体内にある魔力と同じものだ。体内に取り込みすぎて暴走するはずの魔力を自分経由で放出させるなんざ考えた事もなかった。危険な賭けだが、悪い選択肢じゃあない。まったく、こいつら全員規格外過ぎる」
イクィノックスはほぼ無理やりリールを引き剥がし、ため息混じりに
「いつまで抱き合ってるんだスケベども。もう十分だろ」
「お礼のキスくらい良いではありませんか」
「幾つこの坊やに天使のキッスを渡すつもりだよ。俺にもくれよ」
「私のキスは高いですわよ?」
「へぇ、何がいるんだ?」
「そのお胸を零していただいて、短いズボンを下げて頂いて、お尻を触らせて頂けたら差し上げますわ」
「スケベ女め」
口ではそう言ってるが、イクィノックスは言われたとおりに服をずらし、ホットパンツをずらして後ろを向いた。
「くすくす、正直者は大好きですわ。……それにしても窮屈そうなズボンですわね。もっとこう…ゆとりのある物はありませんの?ズボンが可哀想ですわ」
「これがいいんだ、これが。動きやすいし、穿いてる実感があって良いんだ」
ウェラはすぐに手を離す。イクィノックスは服を戻さず前を向いてしゃがみ込む。
「では約束通り」
ウェラはしゃがんだイクィノックスと唇を重ねた。
「ちゅっ……ふむ、中々安いものだな」
「これを安い報酬だと思うのも中々ですわね」
「費用対効果を考えたら安すぎる」
イクィノックスがずらした服を戻しながら言う。
「天使のキッス。俺みたいに旅をしていると欲しくてたまんなくてね。で、話はかわるが、さっきの薬、そろそろ効果が切れる」
「切れるとどうなるの?」
「いや、切れるって言い方は違うんだ。余分な魔力を体の外に出す準備が完了する。体内に無駄に取り込んだ魔気をさっきの薬が束ねて捨てれる様になるんだわ」
「どうやって?」
リールの疑問に答えたのはウェラだった。ちょっとうれしそう。
「どうっておしっこ以外にありまして?」
その話で思い出したようにウェルウィッチアは脚をモジモジさせている
「看守さん、あの…御手洗いってあります?」
「無いんだなぁそれが」
看守も少し困っているようだった。どうやらトイレは地表に設置されていたらしく、綺麗サッパリ吹き飛んでいる。
「……どうしてボクはこんなのばっかり…」
ウェルウィッチアは半ば呆れるようにしゃがみ、コーもそれに続く。
「ふふっこれを絶景と言わずに何と言うのかしら」
「どうして天使はこうもデリカシーがねぇんだ。エルフのガキも遠慮なく見てるしよ。まともなのは俺だけか?それともおかしいのは俺なのか?」
イクィノックスが混乱するのも無理はない。無理はないが、今は欲望に従っておこう。良い景色とは言い得て妙である。ずっと眺めていたい。
そう思っているのはリールだけではない。ウェラはともかく、看守もガン見しており、顔を背けているのはイクィノックスただ一人。
イクィノックスはため息を吐いた。
「とりあえず、空気中に放たれた高濃度の魔気ってのは、どうしても体の中に染み込んじまう。で、多少なら大丈夫だが、本人の持っている許容量を超えると、精神に異常が出はじめる。逆に一切魔気が存在しないと身体の外へ出ていくわけだ。呼吸と同じさ」
なるほど、魔気というか魔力も濃度勾配で交換してしまうのか。呼吸と同じなのは言い得て妙だと思う。
「これからどうするの?」
「あいつに聞くさ」
イクィノックスが指差した方向には今まさに着陸しようとしている飛空艇が1隻。
「帝国かな?」
「いや、帝国なら黒い船体に白いストライプのはずだ。赤い船体だし、連邦の船で間違いないはずだ」
それを聞いてウェラの方を見ると
「不快感はありませんわ」
「そりゃそうさ。連邦は燃える液体を使ったレシプロエンジンさ。大砲も魔力に頼っていない、文字通り機械仕掛けのオモチャさ。まぁ、魔法学よりも機械学を重視している連邦と、魔法学を重視する帝国。お互いの意見が合うことのほうが稀でな。それ以前に、帝国は鉄が取れないからな、他国に頼るしか鉄鋼産業は不可能。侵略する口実としては十分さ」
イクィノックスが説明すると、ウェラはやや睨むように
「人間に魔法は過ぎたる力ですわ……。機械で無理やり魔力を制御しようだなんて、厚かましい以前に、度が過ぎますわ」
どうやら、ウェラにとって魔法は神聖な物らしい。その話を続けるとウェラの機嫌がどんどん悪くなっていきそうなので、取り敢えず話を変えたかった。
「……イクィノックスは詳しいね」
「旅を続ける上でその国のもつ技術、生活模様は必須知識でね。無駄に知ってるんさ。まぁ、坊やもじきに分かるさ」




