強襲
朝になると、添い寝してたはずのウェラがいなくなっていた。
馬車列の前に目をやると最前列から歩んでくるウェラが見えた。
「なるほど」
「リール君が要らないことを覚えてしまった……」
ウェルウィッチアは頭を抱えていた。
車列は発進を急いだ。朝食はなく、トイレ休憩のみで発車した。
「上空に、ドラゴン接近!」
それを聞いて真っ先に空を見たのはコーだった。
「レーだ!車列を止めろ!全滅する!」
コーの進言で即座に車列は停車。即座に深い森へと馬車を隠した。
「土の精霊よ、我が名のもとに集いなさい。その硬さは鋼の如く。顕現せり力は雷鳴の如く。今一度、我がもとに力を示しなさい。―――顕現せよ、ゴールキパー!」
森の真ん中に現れたその建造物に、誰もが「魔法を間違えた」と思われた。
「ウェラ、通信不鮮明でも通信魔法の受信次第、命令を待たず魔力投入を。コー!背中に乗せて飛翔してほしい!その代わり、僕の指示に全部従って!」
コーは両手を上げ、腰を落とすと同時に両手を下ろす。その後、彼女の体は人間形態からドラゴン形態へと変化する。相手は旋回しながら攻撃態勢に入っていた。
それを牽制するためにリール指示で攻撃しながら急速接近するコー。
「コー!左旋回!」
左へ旋回するコーの攻撃を回避するように移動を開始。高度優位を保つため上昇し、右に旋回、コーの背後に回ろうとする。
まさか異世界でドッグファイトをするとは思わなかった……。何としても…キルゾーンへ案内せねばなるまい
コーに頭上への攻撃を指示。レーは上昇を停止、降下にて速度を増し、距離を取る。それを見たリールの指示は唯一つ
反転しろ
コーは慌てて反転。お互いの距離が開く。
「相手の行動はあくまで馬車の撃破。深追いすればそれを許す事になる!」
そして右方向への移動を開始。レーは反転。馬車への攻撃を再開する所を氷弾で岩弾を叩き落とす。そして、お互いが丁度180度の角度ですれ違う。
「面白い」
リールは思わず口にした。
左へ右へ。旋回を繰り返しお互いの尻を取り合う。文字通りドッグファイト。よろしい。実に良い。さあ、こちらの手札を見せよう。
高度を落し、徐々に速度を落とせ。悟られないよう、ゆっくりと。場所はアレ
敵の追撃を右、左、と細かい指示は常に行う。それと、背後との距離。
ようこそ、我がキルゾーンへ
ブゥゥウウ!
ゴールキーパーの1発1発の間隔が短く、1発の銃声が繋がって聞こえる。実に1秒間に100発の魔弾が射出された。
レーはその弾幕に撃たれ墜落した。
「久しゅうな、レー。時が止まってたわらわと違って、そなたは随分な歳であろ。こんな所で何をしておるのだ」
レーはドラゴン形態を維持できず人間形態になって木を背に腰を下ろしていた。
「お前……結構だな。なにゆえ、こいつらと行動を共にしている?」
「それについては私から」
ウェラが足で肩を抑える。
「私はこの地に繁栄を望んでいる。そのためには貴方達が禁止している品物がどうしても必要。また、争いますか?」
ウェラの口調がいつもと違う時点でリールは理解していた。
「ウェラ。自然の摂理で滅ぶのは僕も理解できる。でも、殺すと情報が得られない」
最高に頭に血が上っている。ここで殺してしまえば、当然軍隊を派兵するだろう。それは困る。
「こ……殺しませんわ」
ウェラは足をどけ、レーの頬を引っ叩いた。
「たかだか5000年そこらの若造が30億年生きた私に歯向かうのが最高にムカつくだけですわ」
そして、足で乱暴に股間を踏む。ドラゴンと言えど睾丸を乱暴にされると耐え難い痛みが走るらしい。ものすごく苦しんでいる。
「ぐはっ!し、しかし……我々魔法生物にとって……とても危険な代物だ……それは分かって欲しい」
「もっと危険な場所へ赴く人には……何もないので?」
レーはそれに何も言えなくなった。
「あなた方の現実離れした実力主義にはそろそろ飽きてきたのです。これは書状でお教えいたしますわ」
ウェラは指先で文字を綴る。天使語ではない。龍語である。とても丁寧な文章に貫禄を感じずにはいられない。
「さすがに、長生きしていると文章も丁寧だね」
リールが言うとウェラはその空中の書状を丸めながら
「この程度の文章も書けないようでは……器がしれますわよ……そうでしたわ、リールはまだ10歳。知らなくて当然でしたわね」
その丸めた書状をレーに手渡した。
「途中で捨てても構いませんわよ。どうせドラゴンなんて字が読めるほど賢くないのだから」
ウェラは最後までレーを煽っていた。見た目は10歳のリールより背が低い女の子。だが、その中身は生粋たる強者のそれだ。
「確かに……預かった……」
レーはそれを言うと、ヨロヨロと立ち上がる。ウェラは立ち上がったレーの股間を握る。
「途中で捨てても構いませんわよ?その時は私が直々に去勢してさしあげますから。どうせ、もう使いみちもないでしょう?」
「い、いえ……そのような事は……」
「あら、お若いですのね。相手をする女の子にはさぞ同情してしまいますわ」
「……その…」
「どうして、ウェラはそこを……執拗に攻撃するの?」
「たまたま記憶を覗き見したら、無理やりエッチしてたのが見えてまして。ちょっと許せなくて」
レーは逃げるように駆け出すと、その勢いのままドラゴン形態になり、飛翔していった。
「あれで元老院にいられるのだから、ドラゴンも今まで通りっと」
ウェラは少しだけ嬉しそうにしていると、ヤーは即座に車列を作り直し、前進を再開した。
「私は高貴なるエルフの隷属としてドラゴンを造ったのだけど、随分生意気になりましたわね。馬小屋で藁を布団に馬糞を枕にするのが丁度いい程度の魔法生物の分際で……ただ、それゆえにドラゴンは賢くない。論理的で社会的で垢抜けているエルフに比べ、ドラゴンは本能や感情のまま動く。だからかしらね。エルフのもとから離れていったのは」
「独立戦争か……随分昔の話であるな。わらわも歴史の教科書でしか見たことがないぞ」
「天使様はどうして……それを静観なさったのですか?」
「別に。ただ、生意気になったなぁ、としか思いませんでしたわ。結局武力の乏しいエルフは負けを認め、ドラゴンの独立国家を許す形となる……ただ、独立してから随分贅沢を覚えたみたいですわね。体も豊かになりましたわ」
ウェラはそう言ってコーに近づいていく。
「その……確かに発育が良いとは…思っておるがの…」
「コーは本当に見事なプロポーションですものね。踊り子だったら今頃人気者間違いなしですわ」
「……誘われたことはある」
「まぁ。でも、追放処分ですものね…でも、それが無ければコーはエルフの村で封印される事もなく、私と出会うこともなく……まさに運命ですわ」
「これが俗に言う「神のみ心のままに」というやつかの」
コーは整列される馬車を眺めながら言う。
「ドラゴンはいつも私の気に障る事をする……コーがせめてもの救いかしら」
ウェラはコーの裾を引っ張りながら言う。
「わらわは700年封印されておったしの。毒が抜けたのかもしれぬ」
「ふふっ、言い得て妙な事を」
「さっき今まで通りって言ってたけど……?」
「あぁ、考え方とか、行動理念とかですわね。それがそのまま贅沢を覚えたら、まぁ。こうもなりますわ」
「天使殿!最後尾の車両が吹き飛びました!敵の位置は不明!」
「カーだ!アヤツの属性は風だ!遠距離攻撃に備えろ!」
コーが叫ぶと馬車を密集させ防御陣地を形成する。リールは魔法で望遠鏡を作り出し覗き見る。本日は快晴。目を凝らせば……
「いた!距離は1500m!」
随分と遠くから…それは皆同じことを思ったらしい。
「随分と遠くから狙ってきてるじゃありませんか」
「土の精霊よ、我が名のもとに集いなさい。その硬さは鋼の如く。顕現せり力は烈火の如く。土の精霊よ、今一度、我がもとに力を示しなさい。―――顕現せよ!シースパロー!」
またしても変な建造物に一同は困惑する。しかも見たことがない形状である。銃ではない。
「な、何ですの…このブサイク……」
「ウェラ、これに魔力をジャブジャブ注ぎ込んで!」
ウェラは笑みを浮かべそれに従った
「うふっ、ふふふっ。ぶっ壊れても知りませんわよ」
「それくらいの気迫でお願い」
ウェラの魔力は凄まじいほどの魔力量であるが、それを飲み干さんばかりの吸収量に、ウェラも思わず笑みが溢れる。
「凄まじい…これこそが「魔法」ですわ」
それくらいの消費量でなければウェラは満足しないとも言える。
そして、ウェラの魔力を十分に飲み込んだそれを発射した。通常ではありえない速度で飛翔し、相手に向かっていき、巨大な火球を生み出した。その爆豪は離れていたウェラ達にも届いた程だ。
「あれの直撃では助からないでしょう……さあ。前進を続けましょう」
最後尾の残骸から、必要な物資をほかの馬車に移動し、前進を再開。以降、ドラゴンの攻撃はなかった。
パソコンが不具合をおこしているので執筆速度がかなり遅くなっています。今後は次話投下に1ヶ月くらいかかると思います




