技術と知識と現実と
旅は続く。森を抜ける道を歩んでいる一同。
あれ、道があるって事は往来があるって事だよな?なんで西に向かう道があるんだ?あそこは荒野じゃないのか?
「あら?あらあら?良い音が聞こえますわ」
ウェラはそう言って道から外れ、木々の中へと進んでいく。
「あ、待って」
リールは慌てて追いかけた。追いかけなければよかった。そこで女性が用を足していたのだ。
「はあい、ちょっと良いかしら」
「きゃぁ!」
ウェラが無遠慮に声をかけるから女性驚いてんじゃん。
「1000年も歳を重ねてるくせに乙女みたいな声を出してまぁ」
ウェラが彼女の真正面にしゃがむ。正面から見ようとするなし
え?今1000歳って言った?え、この人、人間じゃないんだ?そう言えば尻尾あるなぁ
「……な、何用ですか…?」
「いえ、良い光景が見れると思って見に来ただけですわ」
この天使、意地悪だよな
「……困ります…」
「私は困らないわ。むしろ、愉しいですわ」
しっかし、えらい趣味してんのな。この天使。
「用が済んだら、帰って貰えます?」
「あら、用が済んだのは貴方ですわよ。……ドラゴンがこんな所に一人で居るとは思えませんもの。仲間の所へ案内してもらえるかしら?」
これは皮肉かな?
「コー! ウェルウィッチア!こっちに!」
2人を呼んでおこう。
「こちらが、私達のキャラバンになります」
女性に案内された場所は、道から少し外れた場所にもかかわらず、馬車が数台いるほどの規模のキャラバンだった。
「あ!そこの貴方!お久しぶりですわ!」
ウェラが笑顔で近づいていく相手は顔面蒼白だった。
「リール、ご紹介致しますわ。この方、私の魔法の縁っこだったのでギリギリ生き延びたドラゴンのサーちゃんですわ」
「ど、どうも……サーです……そちらの方は…」
「コーだ。しばらくエルフの村で封印されてたゆえ、面識がないのは致し方なしかの」
やっぱ生き残りって居たんだー。そっかー
「ほら、折角ですから上を脱いで頂けます?私達の記憶が残っていますでしょう?」
そのドラゴンは抗う気が全く無いのか、素直に服を脱いだ。本来なら露出される乳房に興奮するところだが、その酷い火傷痕に全くそんな気がしなかった。
「ふふっ、素敵な化粧ですわね。お似合いですわよ」
そしてこの性格である。敵多そうだよね。かなわないから従ってるけど
「……あの…このキャラバンの事はどうか内密に…」
ウェラは笑顔で首を傾げる。
「どうして?」
その一言はまさに年相応(見た目の)の少女のものだった。
「人間たちに内緒で西の荒野の再建をしていまして……」
ほほう。ん?西の荒野?
「お待ちになって。西の荒野と言えば溢れる魔気で人間すら近づけない荒野ですのよ?魔法生物であるドラゴンが近づくなんてとても……」
ウェラの言葉を遮ったのは先程用を足していた女性だった。
「人間から魔法を遮断する粉を分けてもらって、それを染み込ませた布を頭からかぶって近づいています。……勿論、自分に直接触れないように二重構造で、です」
ウェラが浴びたあの粉の事だろう。しかし、どういう事だろう
「この粉じたい、ドラゴン界では取り扱い厳禁で、所有者は重い罰則があります。でも、西の荒野の再建の為には絶対必要なんです!しかもこの粉は人間界でも取り扱いに許可がいるような代物……我々はその許可も得ていません」
つまり、禁制品に手を出してもほしい場所が、その西の荒野なのだろう。
「そこまでしてその大地を欲しがる意味を教えて頂けたら、黙ってて差し上げますわ」
ウェラが自身の頭をそっとなぞると髪がブワっと伸び、その一部を爪で引き裂く。これは天使族に伝わる約束の儀式と言うらしい。小さい頃、いや、今も小さいけど、その時読んだ絵本に書いてあった。天使が髪を切り手渡すその儀式は神聖な物で、絶対を約束するものだ、と
「分かりました。その西の荒野にはかつて滅んだ有翼人が住むと言われてるんです」
「ええ。確かに私はあの土地に有翼人を作りましたわ。でも、もう滅んでいるはず」
「いえ、ドラゴン界ではかなりの報告が出ているんです。有翼人を見た、と」
「ありえない。何かの見間違いではなくて?ドラゴンにも華奢な体型の個体がいるではありませんか」
ドラゴンが空を飛ぶ時は人間形態ではなく、ドラゴン形態でなければならない。
「いえ、これがその写真です。他のは……コレですね」
そのドラゴンは写真を何枚か見せてくれた。間違いなくドラゴンではない。翼のはえた人だった。
「面白い、あの毒素としか言えぬ高魔力帯でどうやって生活しているか……興味がありますわ。この旅に同行してもよろしいかしら。できれば馬車に乗せていただけると有り難いのだけど」
ウェラが言うと二人は顔を見合わせ、サーは馬車郡の一番先頭に向かっていった。
「結局彼女、服着ませんでしたね」
ウェルウィッチアがボソっと言った。
「我々ドラゴン族はウェラに逆らえないのだ……服を着ろと言われなければ着る事ができぬ」
「そういう「契約」ですものね」
契約……?初めて聞いたぞそれ。頭が上がらないだけじゃないのか?
「でも、テーと正式に書面を交わしたわけではなく、相手が勝手にそう言ってるだけなのだけど」
ウェラは珍しく面倒そうな顔をしていた。
「天使様。申し訳ありません。キャラバンの長、ヤーと申します。今、目の前にあります馬車でしたら、皆を乗せるだけの余裕があります。是非そちらにご乗車下さい」
「有難うございますわ、ヤー。そのご厚意の証ですわ」
ウェラは先程切り裂いた自身の髪をヤーに手渡した。彼は即座に立膝で座り、片手を胸に、片手を前に出した。これはドラゴン族の最敬礼である。ちなみに、リールは分からなかったので、その場でコーが耳打ちして教えてくれた。
「リール、これはドラゴン族の最敬礼だ。本来はテーと国王くらいにしかせぬ」
ウェルウィッチアを最初に乗せ、コーが乗り込み、コーが手を引きリールを車内へ。そして、それと同じ様にウェラも車内へと引き込む。ヤーはそれを見て場を離れようとする。
「あら、私のパンツを見て何も感想はないのかしら?」
それ言う?
ヤーは戻り馬車のアオリに手をかけながら
「良いものをお召になられてますね」
「なら、今夜、思い出して致して頂けないかしら」
「分かりました」
何?なんのやりとり?
そう、ポカンとしているとウェルウィッチアが袖を引っ張りながら
「分からないなら、分からないままでいいですよ。とゆうか、分からないままでいてください」
ごめんよ、言ってる意味は分かってしまってるんだ。やり取りが分からないだけなんだ
こうして、リール達はキャラバンに同行することになった。目指すは西の荒野。皆のトイレ休憩が終わり、馬車はゆっくりと道なき道を進んでいく。
リールはたまたまそこに置いてあった地図と方位磁針を手に取ると、正面に見える目標物の角度を測り、指でなぞる。そしてもう一つそれを行う。それが交差した位置。それこそが今自分たちのいる場所である。
「ほほう、リールは地図が読めるのか。すばらしいな」
「まだ10歳だと言うのに……リールは博識ですね」
二人は感心していた。だが、このまま真っ直ぐすすむと等高線の間隔が狭い所に差し掛かる。つまり、急坂だ。流石に馬車は飛べんだろ。
「このキャラバンはどうするんだろう?初めて向かうって感じじゃないし……」
だが、道なき道を進むというのはかなり負担がかかる。
「あの……こうも揺れると…」
ウェルウィッチアが口元を押さえている。
「ほら、こっちへ」
コーが胡座で座り、その中心にウェルウィッチアを座らせる。それを腕で優しく抱きしめてあげる。
「こうすれば、多少はマシであろ?」
「あら、気分悪くなったらそのままコーに向かって吐いていいのよ?」
「いえ、随分楽になりましたので……」
急坂がある、とリールは言ったが、今日一日で到達できる距離ではない。キャラバンは日が沈むと同時に寝支度に入った。この坂に到達するのは早くても明日の昼を越える。
「夕食を食べたらすぐに車内で寝て下さい。見張りは我々が行いますのでご心配なく」
火を囲み食事をしていると、隣りに座ったキャラバン仲間がそう告げた。
「夜は怖い魔物が徘徊してますものね。これだけ村から離れると遭遇率は高そうですわね」
ウェラがスープを飲みながら言う。具が入ってない文字通りスープだったが、野営とは思えない美味しさだった。付け合せの肉も良い。
「エルフも…肉を食べるんですね…てっきり菜食かと…」
「僕が居た村は森を文字通り管理していたから。森は放置すると密林化してどんどん痩せていく。適度に伐採するし、新しい芽を食べ尽くす草食の獣の狩猟をするし、草食動物を狩り尽くす肉食獣も討伐する。こうして森を平和に管理しているんだ、だから、肉は食べるよ。首都の方に住んでるエルフは分からないけどね」
「残念ながら、首都の方に住んでるエルフは肉を食べたがらない傾向にあるはずですわ。あそこは文字通り、神聖なる世界樹のもとで暮らしているのだから」
世界樹。この世界にもあるのか。エルフである以上、一度見ておきたいが、肉を口にしたことがあるリールは果たして首都に入れるのだろうか?だが、あの村じたい首都からの支援もかなりあり、手紙などの書面のやり取りも頻繁に行っている。
「世界樹かぁ、見てみたいなぁ、さぞかし立派なのだろうなぁ」
ちなみに、ウェラが言う世界樹は首都へのエネルギ供給も行っており、人の手を介さずに永遠に明かりを灯したり、通信魔法の距離を延長するブースターだったり、火をおこしたりと、割と便利なエネルギー源となっているらしい。
「え?なにそれ。原理は?」
瘴気に満ちた鉱石をパルプ状に粉砕し、それを魔法溶液で処理を行う。これを乾燥濾過した粉末。詳細は不明だが、これは古代エルフが残した資料によるとイエローケーキと呼ばれる。命名由来は色が茶褐色でスポンジケーキのような色合いであったため。これを瘴気に満ちた天然鉱石とで濃縮鉱石を生成する。
それを1cm程度の大きさで円筒に処理したものを世界樹に捧げることで、エネルギー源となるらしい。
だからエルフは世界樹によそ者が近づくのを嫌う。瘴気によって狂うように死んでいく者が絶えないのも理由の一つだ。
え、まって、その世界樹。本当に木?冷却塔じゃない?大丈夫?
「それは本当に木なのか」
「あれだけ巨大な物が人工物なわけないじゃないですか。木ですわよ」
あ、うん。冷却塔だわ。てか原子力発電所確定じゃん。
「……過去に…僕よりずっと賢い人が…来てませんか?」
「どうして?」
「……僕の…勘です」
ウェラはそれを「そう」と短く返しただけだった。
この世界に招待されたのは……どうやらリールが初めてではないようだ。
つまり、絶滅したとされる有翼人がまだ存続している理由。まさか……
その前に、自分はさっき何を見た?そう、写真だ。実用的な写真が現れるのは前の世界では1840年の話だ。
戦列歩兵はマスケット銃をメイン武器にしていた。マスケット銃は1840年にはパーカッション式に置き換わっている。つまり、銃が古いのだ。フリントロックマスケット銃が画期的と言われても、パーカッション式には大きく劣る。
あれ、コーが握った銃は1分間に4発撃てるんだよな?間違いなくパーカッション式だよな?
人間よりドラゴンの方が銃の技術は上か…?
それにエルフのエネルギー源。
なんだ、この世界……それで調和をしろと。なるほど
「じゃあ、僕は寝るよ」
「あら、私も」
ウェラは迷わずリールに抱きついて寝ようとしたが、誰も止めなかった。夜は冷える。気持ちは分かる。ウェルウィッチアも結局コーに抱きついて眠ることにした。




