森林エリア 中
巨大なカブトムシ。
そのモンスターを一言で表すのなら、それに尽きる。
見上げるほどの巨躯。
聳えるような角。光を反射する黒い外骨格。地面を掴む六本の脚。
まさしく、このエリアの王である風格がある。
「アイツら……!!エリアボスに手を出したのか!?」
レンが怒声を、走り去っていったプレイヤーに浴びせる。
この状況、音に聞くMPKというやつか。
意図的にではなく、結果的になってしまったのだろうが、それはそれ。人様に迷惑をかけるなという話だ。
魂の奥底にまでこびりついてしまった『壬生浪』が『敵に背を見せて逃げるなど……』と囁いてくる。さらには、『敵に背中を見せるくらいなら、腹を裂いて死ね』とも。
……怖いな。一瞬、京の街が見えた。
「見たところ、力試しで挑んだのか……くそがっ」
「まあ、気持ちは分からんでもないよ」
「はぁ!?」
悪態をつくしかないレンに、そう声を掛けた。
適当な言葉ではなく、本心からの心だ。
なにせ、力試ししたい気持ちは分かる。自分がどれくらい強くなったか、それを試したい気持ちは本当に分かる。
だけども……
「それでも、人に迷惑を掛けるな。それは最低限のマナーだ。自分の命をベッドしないで、敵に挑もうとするなよ」
「……そ、そうだな」
さて、と。
「レン、ソウタを頼んだ」
カブトムシもダメらしい。悪いのはサイズか……?
兎も角、ソウタはダウンしてしまっている。戦えそうにない。
……誰かが、彼を連れなければならない。
「お前は……?」
「分かり切っているだろ。アイツを引き留めるさ」
笑いながら、鯉口を切ってみる。
袖の中で、やれやれとハクロが呆れている気がした。
「アレは毛虫じゃない……ッ!!」
「毛虫じゃないから、引き留める必要があるんだろ」
そろそろのんびりするのは終わりだ。
土埃が完全に晴れて、俺たちが露になる。
「さぁ、行った行った。言われるまでもなく、死ぬつもりはねぇよ。先に洞窟で待っててくれ」
待ってると残して、レンはソウタを連れて駆けていった。
それを音だけで確認して、俺はエリアボスに向けて刀を突きつける。
「やろうか」
エリアボス。
さすがにその言葉は知ってるし、その語感からある程度は想像できる。
曰く、エリアの主。エリアに一体だけ存在するボスモンスター。
エリアによって、エリアボスの性質は様々であるらしい。
巣を作り籠るもの。
逆に徘徊して、ランダムエンカウントのもの。
特定のタイミングにしか姿を現さないもの……などなど。
当然、さきの花畑エリアにもボスモンスターはいる。どんなモンスターかは、調べてないから知らんが。
重要なのは、エリアボスが強いということ。
ボスの名に恥じぬ強さは、そのエリアのレベルを大幅に超えるらしい。つまるところ、エリアのモンスターを楽に倒せるからといって、エリアボスを倒せるとは限らないということだ。
――ジャリ
『兜王蟲』の六本の脚が、地面を掴む。
そして、突貫してくる。
その姿は、ブルドーザーやトラックのよう。
「アブ……ねぇ!?」
明確に死を予感する攻撃。
それを木と『空歩』により空中ジャンプによって回避する。
へへ、さっそくお世話になったな。ソウハ先生によるスキル講座は無駄ではなかったようだ。
『無重力』も使い、空中で体勢を整え、木を蹴って『兜王蟲』に斬りかかる。
「硬った……!!」
傷はつけれたが、刃が途中で止まってしまった。
それに肉まで達してない。外骨格を傷つけただけだろう。
つまるところ、ダメージは入ってない。
「節なら……」
どうだ?と考えたのも束の間……『兜王蟲』が、俺を無視して直進していく。
「おいおい!?!?」
待て待て!!
なんで、コッチにヘイトが向いてない!!
「足りなかったか!?」
俺はヘイトを集めるスキルを保有していない。それが原因かもしれない。
『兜王蟲』にちょっかいを掛けたプレイヤー。ソイツが、ソイツらが稼いだヘイトを今の攻撃では、上回ることはできなかったのだろう。
「なら、やることは一つ」
ヘイトを稼ぐために、攻撃すればいい。攻撃し続ければいい。
さっきの攻撃で、硬さは確かめられた。
生半可な攻撃では、傷はつけられないだろう。
より強く。より速く。
俺に出来ることはあまりにもシンプルだ。
ソウハのような風も、グラーフのような手数もない。
ならば、俺に出来るのは刀を振るうことのみ。
「ははっ、待てよ……」
『纏雷』を起動して、駆ける。
だが、なかなか追いつけそうにない。
まあ、大した問題じゃない。
「ハクロ」
「いえっさー。『金縛り』」
放たれた呪術がヤツを呪う。
目に見えて、『兜王蟲』の動くが遅くなる。いくらエリアボスとしても、ハクロの呪いには抵抗できなかったらしい。
そのおかげもあり、俺は瞬く間にヤツに追いついた。
「まずはその脚だ」
節に向けて、刀を振るう。
先刻とは異なり、あっけなく『兜王蟲』の後ろ脚が斬り跳んだ。
―――!!!
六本ある脚の一つが失くなったためか、それとも斬り飛んだ脚に驚いたのか、『兜王蟲』はそのまま体勢を崩し、慣性のままに転んだ。
土煙を上げて、転ぶ『兜王蟲』。
どうしようもない隙。それを見逃せるはずがない。見逃す意味もない。
土煙が舞う中、『縮地』を使って距離を詰め、斬撃を放つ。
「よし……!!」
確かな手ごたえを感じる。
腹部はそこまで硬くはないらしい。
簡単には露出できない分、弱点扱いになっているのか……なるほど。ゲームらしい。
そうなると、この『兜王蟲』はタンクがいることが前提じゃないか?タンクが受け止めて、その隙を狙って……って感じか。正攻法はそうなんだろうな。
生憎、うちのタンクは蟲がダメでリタイアしたが……
なんてことを考えている間に、『兜王蟲』が起き上がる。
「おっ、やっと目が合ったな」
その巨躯に比べると小さい瞳。
それと目が合う。無機質でいながら、怒りを宿した目。
そんな『兜王蟲』に小さく笑いかけて刀を構える。
「来いよ。俺がお前の敵だ」
敵意を真正面から受け止める。
空気がひりついていく。緊張が空間を埋め尽くしていく。
ここからが本番だ。
「まあ、レンとソウタは逃がせた訳だし……」
正直、あとは適当に戦ってハクロを逃がせばいい。
だが、それは……嫌だ。
折角戦うんだ。勝って終わりたいだろう。負けるにしても、全力でぶつかって負けたい。
袖の中で、ハクロがまたかとため息をついた気がする。
「お前も似たようなもんだろ」
「……カガチと一緒にされたくない。流石に君よりはマトモだよ」
そんな軽口もここまで。
最高潮に達した緊張感の中で、『兜王蟲』が動きだしたからだ。




