王都の平和な一幕
「ただいまー」
「おお、帰って来たか。案外、早かったな。俺の見立てでは、もう少しかかると思ったんだが」
この王子様は……取引が決裂するのを予感していたのかよ。
なるほど……それで俺を同行させたのか。
「まぁな。この手の荒事は、グラーフに一通りやらされたからな」
「なるほど、あの女か。俺もうかうかしていると国を乗っ取られそうだ」
「それだけは阻止してくれよ。俺はそんな悪夢見たくねぇ」
ははっ、善処しようとノーザは言った。
いや、ほんとに。アイツが国の運営なんて……ヤバいことになるに決まっている。最初こそ恙なくやるんだろうが、途中から享楽に走るぞ。碌なことにならん。
まあ、そんな会話を交わしている俺とノーザの隣で、シドとトーイは真剣な話をしていた。
「そうか、これが……」
「ええ、なんとか。アイツの助力があってこそです」
「使えそうか?」
「………はい、気に入らないですが。有能ではあります」
一通り話を終えたのか、シドは首飾りを持って立つ。そのまま、ノーザの方へ歩み寄っていく。そして、ほら、と首飾りを差し出した。
「……ああ、確かに」
「これで教会に恩を売れるな」
「ああ。それだけじゃない。聖女との渡りをつけられる。あの聖女とは一度会ってみたかったからな」
なるほどね。政、か。
こういうのが得意なのはグラーフなんだよな。俺はどうしても苦手だ。すぐに楽な方向で考えてしまう。本能的に力で解決する方が向いているのだろう。
「それで?俺がすることは何かあるか?」
「急を要するものはない。だから、このまま王都の裏社会を牛耳ってほしい」
それが約束だからな。
そう二人は会話を続ける。
「俺が表を――」
「そして、俺が裏を支配する」
「子供のころに語った夢物語だったが、あともう少しのところまでこれた」
「まあ、お前はその先もあるがな」
その言葉で重要な話は終わったようだった。
シドは葉巻に火をつけ、紫煙を燻らせ始める。対するノーザも優雅に紅茶を飲み始めた。
こんな廃墟にいるというのに、様になっている。もとから持っている気品だとでもいうのか。
唐突に、葉巻が俺に向けられる。
「カガチ」
「うん?」
「お前は合格だ。これをやる」
ほれと投げ渡されたのは、剣と杖が混ざった形のナニカ。
なんだ……これは?
「それは俺のファミリーの証だ。それがありゃあ、うちの出入りは自由だ。それに“裏”では幅を利かせられる」
ファミリー……?
っておい、
「俺はカタギだ」
「知ってるよ。俺のもとに来るための通行証みたいなもんだ。ノーザを手伝う以上、それは持っておいた方がいいだろうよ」
ま、それ以外の用途でも使っていいが……うちのメンツを汚すなよ。
そうシドは睨みつけてくる。
おおう、さすがはマフィアのドン。王子様とは、別の風格がある。
「さぁてね。そんなことしたら、お前さんに殺されるまえにノーザに殺されそうだ」
「ふ、それは違いないな。その場合はシドにお前の首を送り付けてやるか」
ふふふ、はははと笑う俺とノーザ。
周りはそんな俺らをドン引きしていたが、俺だってドン引きだよ。なんだ、この王子様。倫理観、戦国時代かよ。
笑い終えて、王子様は紅茶を飲みほした。少なくとも一気のみではない。優雅に上品に味わい尽くして、飲み終えた。そして、席を立つ。
「さて、帰るぞ。カガチ。これから大忙しだ」
従わない余地はない。
色々と面倒なことになって来た。
畜生め。安易にノーザを頼りにいったのがまずかったか。
スタスタと路地を歩いていくノーザの後ろを追う。
そういえば、『雷光』を直してもらってない。ヒイロのところにも顔を出さないとな。それにフンブスのダンジョンにも行ってない。そうだな……あそこにはレンとソウタもいたし、アイツらと一緒に潜ってみようかな?
というか、王子様――ノーザといい、姫様といい、うちのハクロといい抜け出すのが好きなやつしかいないのかよ。アーデルハイトさんが可哀そうだ。あの人の心労は推し量れないだろう。あ、ハクロにもアーデルハイトさんみたいなお目付け役いたな。確か……ホクロク殿とかいう。
前にその息子と出会ったが、面倒な感じだったなぁ。エバーテイルにいると、会う可能性があるのか……
「なぁ、ハクロ」
そう思考していると、ホクロク殿の現状が気になってくる。関わりたくはないが……避けることは出来ないだろうし。
変わらず袖の中にいるハクロは、やけに静かだった。なにかモゾモゾとしていたので、寝ていないことだけは知っていたが……なにをしていたのやら。
「どうしたの?」
「いま、ホクロク殿はどうしているんだ?」
袖から顔を出したハクロは、いつもと変わらない様子だった。
突然、喋り始めた俺にノーザは振り向いたものの、ハクロの姿を見ると瞠目して元に戻った。
「ホクロクぅ?知らないよ。最近、見てないし。どうせ、何か画策してるんじゃない??」
役に立たんな。こりゃ、エバーテイルでセイカかヒイロに聞いた方がいいな。
そうやって、ハクロに見切りをつけていると、そのハクロが珍しく「げっ」と声をあげた。
何事か?と改めて周りを見てみると、すでにスラム街ではなくなっていた。いつもの王都の風景がそこにはある。
それだけならば、ハクロも声をあげなかっただろう。
しかし――
「あー、カガチとハクロなのだ!!」
そこには王都の名物、脱走王女様がいた。
そんな姫様は光の如き速さで俺のもとに来ると、袖から顔を出しているハクロを撫で始めた。
「……」
もはや、諦めの境地で撫でられるハクロ。初期のころにあった抵抗の意思はない。
はぁ、とノーザを見るとノーザもやれやれと首をすくめていた。
「マリー、また抜け出したのか……」
「あ、お兄様なのだ!!お城じゃ、お兄様がいないと大騒ぎだったのじゃ」
「そうか、そうか……」
いや、そうかそうかじゃねぇよ。
バレないって言ってただろ、アンタ。
「ノーザ……」
「多分、婆やだな。あの妖怪は、俺でも出し抜けん」
まあ、仕方ないなと笑うノーザと姫様。
そういうところが似てんのか……この兄弟。
「さて、と。帰るか、マリー。みんなに心配をかけている」」
「りょうかいなのだ!!」
そういって、ハクロを撫でまわしながら姫様は王女様と手をつなぐ。
その最中もハクロを離さない。むしろ、人形か何かのように抱えていて年相応に思える。
そんな姫様に、ノーザは苦笑していた。まだ年相応だと思ったのか、蛇帝の血族あいてに怖いもの知らずとでも思ったのか。
まあ、なんにせよ南無三ハクロ……
そうやって、王女と王子の兄弟は城に帰っていった。城の中で、アーデルハイトさんに出会ったが胸をなでおろしていた……なんというか、お疲れ様です。
その際、またお前かという視線を向けられたのには納得がいかない。もしかして、彼女の中で俺はグラーフと同類なのかもしれない。そうなら、抗議しなければ。
それに、アーデルハイトさんは気になることを言っていた。
あの黒いゴブリン。それを生み出した黒幕である呪術師は捕らえたらしい。それは俺も知っていたのだが……そのアジトから幾つか本とアイテムが失くなっているらしい。中には禁書扱いのものもあり、見つけたら報告して欲しいとのことだった。
物騒なものだ。また、あのゴブリンが生み出される可能性があるとは……
ところで、ハクロさん。どうして目を逸らしたんですかね?




