鶏肉って美味しいよね
俺はトーイと呼ばれた男に連れられて、貧民街を歩いていた。
シドの廃墟から離れてしまえば、浮浪者たちがまた姿を現す。だが、さきほどと違うのは彼らの視線だ。さきほどの視線は畏怖や恐怖にまみれていたが、今感じるのは好奇の視線だ。
やはり、このトーイと呼ばれる男が原因なのだろう。
改めて、トーイを見る。まだ随分と若い。歳は俺よりも下だろう。高校生あたりか。
自身の満ちた表情をしており、浮浪者を見る目はゴミを見る目に近い。それでいながら、どこか近しいものを感じているように思える。
よく見ろ……と言われたが、こういうのは苦手だ。
観察は早々に切り上げて、『仕事』とやらを聞くとよう。
「それで、仕事ってなんなんだ」
「…………」
「無視かよ……」
感じ悪いな。
どうにも気に入られていないらしい。そういや、エバーテイルのときもこんな感じだったような。なんだっけ、あの爺さんども。ハクロク……だったかね。アレも解決しなきゃならんか。
はあ、とため息を交えて、もう一度繰り返す。
「お前の仕事ってのはなんだよ」
「……俺の仕事は、ある組織からブツを取り立てることだ」
不満を隠すことなく、トーイは喋ってくれた。
なんで俺が……とこぼしながら、彼は振り返る。
「いいか!俺の邪魔はするな。やっと回してもらえた仕事なんだ。しくじって、シドさんの期待を裏切りたくない!」
「ああ、そりゃいい。俺もそうだ。何も知らされてなかったが、一度受けた仕事はこなすとも。ノーザの顔は立てておかないとな」
下手に失敗したら、何が待っているのやら。
あの王子様は、この国の実質的最高権力者だ。どんなことだって、できるだろうよ。そりゃ、プレイヤーである限り死なないが、苦しめる方法なんざ沢山あるとも。とはいえ、仕事自体が非公式かつ犯罪的だ。表向きに大きなことは出来ないだろうが……あの王子様の優秀さを勘定にいれる、となぁ。
会話はそれで終わりだった。話すことは俺にはなかったし、トーイも唸っているだけで、話かけてこようとはしなかった。
だが、貧民街を抜けたところで、トーイが沈黙を破った。
「なぁ……あのノーザって男はなんなんだ」
ノーザが何者、か。その問いに対する答えは、シンプルに王子様だろう。
だが、お忍びで来ているところをバラシていいのだろうか……
「兄貴があんなに親しくしているのは、見たことがねぇ。なあ、知ってるんだろう。教えてくれよ。兄貴のなんなんだよ。あの男は」
え、知らねぇよ。そう答えたくなる気持ちを堪えて、頭をひねる。
……ああ、いかんいかん。トーイの言葉が恋愛漫画の台詞に聞こえてきやがった。さながら、ノーザは片思い相手の思い人みたいなポジだろうか。
ああ、本格的にいかん。真面目に考えなければ。
だが、考えたところで知らんものは知らんな。ノーザが何者であるかなら兎も角、ノーザとシドの関係なんぞ。
「知らんよ。そもそも、俺とノーザは最近知り合った仲だ。それに、今日だって無理矢理連れてこられたようなものだよ」
「は?」
予想もしなかったのか、トーイはそのままフリーズしてしまった。
表情だけが凍りついたように制止したが、足は止まらず目的地に向かって歩き続ける。
こういっては何だが、この光景は面白かった。
「……なに笑ってんだよ」
「悪い悪い。お前のリアクションが面白くてな」
「喧嘩売ってんのかよ」
そうじゃない、と手を振ってその意思を伝える。
伝わったのか、トーイは拳を収めてくれた。
少し周囲を見る。
すでに貧民街を抜けているため、道に浮浪者がいるということはない。買い物途中の親子やこれから仕事に行く冒険者、初めて王都に来たのか目を輝かせる異邦人。どれもこれも、見慣れた王都の光景だった。
この光景を見ていると、あの貧民街は夢ではないかと思えてくる。汚いものからは目を背けたくなる心理だろうか。
だが、目の前を歩くトーイという男の存在が、貧民街は現実であると伝えてくる。
はてさて、どこに向かっているのやら。
そう思ったが、どうにも風景に見覚えがある。俺とて、王都を探索していないわけではない。最低限の地理は頭に入っているつもりだ。だが、ここは王都散策とは関係のない場所だった。
そう、ここは悪友であるグラーフが作戦会議に使った名前の怪しいNPCの店、『魔女の林檎亭』だった。
「ここだ」
緊張を孕んだ声。トーイの顔色が少し悪い。
緊張を解いてやりたいが、生憎と掛ける言葉がない。煽りなら無限に湧いてくるのだが……ああ、精神が侵食されているな。畜生、これもグラーフとウォルターのせいだ。
店内は、以前来た時と変わりがなかった。
相も変わらず、店で飲み食いしているヤツラに上品という言葉は似合わない。ゴロツキどもがたむろしている店だった。
店内に入った俺たちに視線が向けられるが、それはほんの一瞬。すぐに興味を失ったようで、手元の料理に手を伸ばしていた。中には慌てて目を逸らすヤツもいる。トーイが怖いのか、それともシドが怖いのかわからないところだ。
トーイが給仕しているNPCに声を掛けると、話は通っているようで直ぐに個室へと案内された。
「よう」
部屋の中に居たのは、無数の黒服とただ一人椅子でくつろぐ白髪まじりの男。
「お久しぶり、です。ドイ殿」
少し硬いが、トーイは言葉を吐き終えた。
トーイの額に汗が滲む。
その様子を見ていた俺は、何気ない所作で給仕のおねぇさんからオススメを聞いていた。
「久しいなぁ、トーイ。シドの野郎は元気か?」
「ええ、変わりなく」
へぇ……今日のお勧めは肉か。その中でも鶏肉?ほぉん……焼き鳥とよだれ鳥も欲しいな。揚げ物も美味そうだよな。
「そうかい、そうかい。そりゃあ、重畳」
とりあえず、焼き鳥とよだれ鳥、唐揚げ……チャーハンも。
よろしく。
「で、ブツは?」
「……ああ、その件なんだがよ。やっぱナシだ」
「へ?」
トーイの間の抜けた声が、部屋に木霊する。
けらけらと笑う白髪混じりの男と黒服ども。
「ど、どういう!?」
「よぉく考えたんだがよ、コイツはシドにゃあ勿体ねぇよ」
男が取り出したのは、ある首飾りだった。装飾は美しく、かなり高価なものだろう。
「教会の秘宝。聖女さまの首飾り。なんで、こんなものが流出しているかは知らねぇが……コイツがありゃあ、教会からタンマリと貰えるはずだ。そんなものを、どうしてお前らにやらねぇといけねぇんだ」
かちゃり、と黒服どもが一斉に拳銃を抜いた。
一、二……合計五人。
銃をぶっぱなされたら、どうなるかなんて火を見るよりも明らかだ。よくて蜂の巣。最悪、肉片になるだろう。
「だが……」
それは銃を打てた場合の話だ。
『纏雷』を起動。
惜しむ必要はない。全力だ。
「シッ」
肉薄し、拳銃を構える腕を斬り落とす。
慌てて、拳銃の銃口が俺に向けられる。
はは、遅ぇ。銃口を向けられた瞬間には、刀は振り終えている。
また、拳銃が腕ごと地面に落ちる。
「残り三人」
すでに銃口は、俺に向いている。
だが、撃てないよな。撃てるわけないよな。だって、撃ったら当たるもんなぁ。お前らのボスによ。
それでも、引き金を指が引こうとする。
「まあ、そもそも撃たせないが」
まさしく稲妻となって、肉薄する。すでに黒服は俺を見失っている。
なら、斬るのは容易い。合わせて三度、刀を振るった。
腕を落とされた黒服どもは、地面にうずくまって悲鳴をあげる。
「さて、あとはアンタだけだ」
「は?」
刀を、男の首筋に当てる。下手な真似をしたら、殺すという意思表示だ。
もちろん。ただの脅しだ。黒服どもだって、一人も殺してはいない。
「トーイ。あとは任せるよ」
「へ?あ、ああ」
お前がその調子で、どうすんだよ……




