冤罪って酷くない?
「…………!!」
「…………!!!」
なんだなんだ、煩いな。
「………おい!目を覚ませ!!ヤト様の御前なるぞ!!」
テメェは、俺の目覚ましかよ。ったく、騒ぎやがって。
しかし………
「……目を覚ますとそこは知らない場所だった?」
いや、冗談ではなく。ここは何処だ?
キョロキョロと周りを見渡す。
空は青空、快晴なり。地面にはゴツゴツとした感触。周りは……っと。
あー、あれだ。時代劇によくある場所。なんか、こう罪人を裁く場所。確か……お白洲?だったかね?
そこに俺はいた。
しかも、白い石で辺りは埋められた所に、その上に敷かれた茣蓙。そこで両手と身体を縛られた状態で、だ。
時代劇だけだと思っていたのに………まさか、体験することになるとは。
というか、『壬生浪』にありそうだな。まあ、奴らにゃ罪人を裁くという知恵はない。おそらく斬首して終わりだ。
まあ、それは置いといて。
「ふむ?」
俺はなんかやったか?プレイ二日目にして、捕まるようなことは……無いな。プレイヤーともNPCとも数える程しか会ってもなければ、話してもない。というか、街中にいた時間も少ないしなぁ。
それなら何が……?
「おい!聞いているのか!!」
「ん?」
「ヤト様の御前であるぞ!!」
なんか知らないオッサンに急かされて、前を見る。屋敷の中とでも言うのだろうか、縁側に似た場所に和服を纏った女がいた。
『蛇帝ヤトと遭遇しました』
容貌は美しく、吸い込まれそうな程。二匹の大蛇が守るようにその身に纏わりついている。いや、あの女が蛇を纏っているのか。長く、黒絹のような黒髪、捕食者を思わせるその瞳。それが、このヤトと呼ばれた女の特別性を際立たせていた。
「では!!ヤト様のご子息、ハクロ様の誘拐の容疑者として裁判を行う!」
「はっ?」
待って、待って?ハクロ様って………?
誰だ。ほんっとうに誰だ。
「まず、事の経緯を。五日前から、ハクロ様の御姿が見えず───」
何やら罪状を読み上げる角の生えた男の言葉に耳を傾けると、多少ではあるが状況がわかってくる。
つまり?ハクロ様とやらの姿が見えなくて心配なったので、ヤト様の力とやらで見つけてもらうことに。そして、連れ戻した時に俺もついでについてきた、と。
……俺、とばっちりじゃね?というか、もしかしなくともハクロ様ってあの蛇では?
「極刑を!極刑を私は求めます!」
おっと、検察の主張が始まったか。検察というかは知らんが。
なにやら血走った眼で、コチラを睨む姿は二徹目、三徹目の『壬生浪』の廃人に似ているところがある。そう考えると、このジジイがいきなり斬りかかって来そうで怖いな。
ふーむ、ここで死刑になったとしても、プレイヤーの俺としては少しの間、デスペナに苦しむだけなのだが……それじゃあ、納得がいかない。ここで死んでしまったら、ここに戻って来ることはまず出来ないだろう。そうなれば、俺の腹の虫が治まらない。あの白蛇……ハクロだったか?少々あれを殴りたい気分なんでな。
「あ?俺は巻き込まれただけだ。そもそも、俺が誘拐したって証拠は?根拠は?もしかして、一緒についてきたから……なんて理由じゃないよなぁ?あんな範囲の広い技なら、巻き込まれた被害者だって出てくるだろうよ」
「貴様……ッ」
「歯ぎしりする暇があるなら、証拠を出せよ。出せないなら、とんだホラ吹きだ」
おお、口が動く動く。
恨めしいジジイの視線も潤滑油にしかならない。あー、いい気分だ。
俺を殺したいんなら、裁判を開くべきじゃなかったな。
「信じられん。あの態度……」
「やはり、人間は……」
「だが事実だ。証拠がない。証拠なく、善悪を裁くなど知性ありし生命のやることではない」
場の空気は、俺を……いや、人間という異物を嫌う雰囲気が多い。だが、それでもこの裁判に疑問を持つ者がいる。それだけで十分だ。というか、やけに達観しているのはなんでだ?
たったそれだけ、されどその考えは、暴走気味のジジイを見事に落ち着かせる。いや、落ち着いたというよりかは踏みとどまったというべきか。
ジジイの視線は俺から外れ、ヤトと呼ばれた女に注がれる。
さて、この茶番を見て、何を思うのか……
「ホクロク」
「はっ」
「下がれ。汝の言い分は聞き飽きた。加えて、そちらの異邦人は妾が招いた客人じゃ。汝が裁く権限なぞない。それに……その異邦人はハクロの片割れよ。どうして、殺す必要がある」
「な!?」
途端、外野が騒ぎ始める。俺も『客人』 という言葉に驚きだ。そうか、アレはこの場所への招待だったのか……強引すぎるだろ。一般的な招待ってのを学びなおして欲しい。
というか……外野が反応した言葉は俺とは別だ。しきりに『片割れ』という言葉を反芻している。
「……馬鹿な!?そんな怪しい輩が――」
「口が過ぎるぞ、ホクロク。そこの異邦人は、我が息子が選んだ契約者じゃ。知っておろう。我が国における『片割れ』の地位を」
「ぐう……!」
「じゃが……汝の気持ちも分からんでもない」
ヤトの瞳が、俺を貫く。
「──じゃから、汝には力を示してもらう」
……何だか、おかしな方向に話が進み始めた。
「なぁに、そこの者と闘えばいい事よ。簡単なことじゃろ?」
ヤト様が指を指した先には一人の男。
筋骨隆々の若い男。周りの奴らと同じで額には角が生えている。……角?なんというか、こう、鬼のような、そんな感じの角だ。
「では、開始は半刻後、場所は修練場でいいな?」
「………」
「返事は?」
「は!」
「武器は非殺傷の物を貸し出すとする。では、解散!!」
結局、闘うことになるのか。確かに、こういうイベントには付き物なんだが。
まあ、武器が借りられるのはありがたい。なんせ、俺の武器はライガに全て壊されたからな。買ってから、二時間も経ってなかったのに……あれ、案外高かったんだぞ……。
「あれ?俺はどうすれば?」
ぽつん、とその場に俺だけ残される。
ちょっと、待って?なんか、自然な成り行きで解散みたいな感じになったけど、俺は置いていかれるのか?縛られたまま?
「おい、行くぞ?ほら、さっさと立て!」
「オッサン……」
「なんだ?」
おお。このまま、忘れられるかと思ってた………
「悪かった。オッサンのこと良い男に見ようとしたけど、無理だった……」
「五月蝿いわ!さっさと行くぞ!!」
「ういっす」
「それで?お前さんは何を使うんだ?」
オッサンに連れられ、控え室のような場所へ。
武器かぁ……色々使えるが、スキル的な感じでいけば短剣だ。とはいえ、吟味出来るなら悩むべきだ。安直に決めるべきじゃない。
「ちょっと時間貰っても?」
「ん?ああ、好きにしろ」
簡単にステータスを確認する。
ふむふむ。取り敢えず、使っていないステータスポイントを割り振って……スキルポイントも余ってるな。
何か……必要なものは……
「ん?これがあるのか……」
だったら、これをとって、と。
そういや………
「なあ」
「なんだ?」
「相手って、強いのか?」
それはかなり重要だ。ここに連れて来られた俺としては、ここが何処であるかも、額から角を生やしたこいつらが何であるかも知らないのだから。
「まあな。アイツは、力が強い鬼人族の中でも力が強い部類でな、若い衆の中じゃ一番だと思う」
「ふぅん」
ほうほう、鬼人族。力の強い奴らの中でも、更に強い部類に入ると。
まあ、それはそうと……。
俺は様々な木製の武器の中から使い慣れたものをオッサンに渡した。
「それか。武器はこれでいいんだな?」
確認するような言葉に頷く。
「ああ、多分これが一番使い易いと思う」
これが一番使い易いというのは本当だ。おそらくどんな武器よりも使い易い。
んじゃ、そろそろ時間だ。
暴れてきますかね。
「ふむ。あれが、後継者か」
皆が去り、彼女を除き誰もいなくなった奉行所。先程と打って変わって、ガランとしたそこに彼女はいた。
「それに我が子が選んだ者でもある、のか」
フフッと彼女は小さく笑い、彼の手に刻まれた呪印を思い出す。それは彼女の一族が認めた証であり、呪いだ。使い方によって、薬にも毒にもなる代物。
「ああ、面白いものじゃの。まさか、あのライガと斬り結ぶ男がおるとは」
彼女を心配するかのように、隣にいた蛇が頭を擦り付ける。
「心配してくれているのか?大丈夫じゃ。存外、あれは悪という訳では無い。むしろ、善に近い。しかし、あれはどちらにも変わる。我が子と友の眼は良かったのか、悪かったのか……それは、近いうちに分かることじゃろう」
それでも、頭を擦り付けることを止めない蛇に、彼女は苦笑いをしながらも撫でる。
「そろそろ、時間じゃ。行こうか」
そうして、彼女は歩を進める。
彼に希望を見出すために。我が子と、かの盟友の眼が正しかったかどうかを見る為に。