風は薙ぎ、剣は閃く
――カガチが首無し馬を倒した瞬間、ソウハは風を放っていた。
一陣の風が、上空の火球を吹き飛ばす。
「まだ弱い……」
がっかりとした気持ちを隠さずに、ソウハは呟いた。
上空で呟いたため、その言葉はカガチには届いていない。
「でも……見込みはある」
脳裏に思い出される『壬生浪』での斬り合い、昨日の殺し合い……ステータス、スキルはまだまだ弱いが、そのセンスは一級品である。
あとはステータスとスキルを育てれば、間違いなく上位プレイヤーに食い込むだろう。
「楽しみ」
風が刃となり、眼下のデュラハンに向かって襲い掛かる。
上空から繰り出される一方的な攻撃。
首無し馬――栄誉喪失の骸馬の炎による防御がないため、デュラハンは大剣を振るって防御する。
次々に襲い掛かる風の刃が、鈍重な大剣に阻まれて散る。その閃きは鈍重な大剣とは到底思えないほどだ。
だが、デュラハンは攻勢に移れずにいた。風の刃が次第に密度を増し、速くなっているのだ。遠くない未来に、防ぎ切れなくなることは想像に難くなかった。
「へぇ……」
しかし、それは大剣で防いでいる場合の話である。
デュラハン――栄誉喪失の骸将は剣技だけではない。
風が渦巻いた。その風はソウハの風刃を防ぐ。
「魔法……それもかなりの精度」
炎弾がソウハに迫る。
上、左右、下……四方から迫る炎弾も、風と同じく魔法である。
炎弾がソウハに直撃する直前、不自然に吹いた風によって防がれた。
「……この程度じゃないでしょ?」
危なげもなく魔法を防いだソウハは続ける。
「アナタの着ている鎧。見たことがある。確か、アーストロイの家のものだったはず。あの家には、ある英雄の話が口伝として伝わっていた。曰く……影の英雄。一騎当千の力を持ちながら、謀られ、亡くなった悲しい英雄」
アーストロイという名前に、デュラハンが微かに反応した。
やはり間違いないのだと、ソウハは確信する。
「なら……影の英雄の力を見せて」
その刹那、デュラハンから様々な魔法が射出される。
風、炎、氷、水、雷……それが意思を持ったかのように独立した動きでソウハに迫る。
様々な属性の魔法に比べて、その魔法の制御技術。これを成し遂げられる者がどれほど居るのか。
だが、ソウハの守りを抜くには少々役不足だ。
魔法は、先の炎弾と同じく風に阻まれる。
「……所詮は下級魔法――ッ!?」
それらの魔法は全てブラフ。
ソウハの上空から氷の塊が降ってくる。
ソウハは風を操り、直撃を防いだ。しかし、そのタイミングはギリギリ。辛うじて直撃を防いだだけ。たとえるなら、クッションを間に挟んだようなもの。そのため、氷塊の内包する運動エネルギーを受け止められていない。
結果、ソウハは氷塊に押されて、高度を下げた。
「……賢い」
デュラハンは、この程度でソウハにダメージを与えられるとは考えていない。
いまの氷塊は、ソウハを安全圏から引きずり下ろすことにある。
そして――その思惑は成功した。
高度を下げながら氷塊を防ぐソウハ。
彼女は気づいている。自らのがデュラハンの攻撃圏内に入ってしまっていることを。
デュラハンは気づいている。ソウハが、それを知りながら誘っていることを。
「来ると思ってた!」
「…………!!」
それを知りながら、デュラハンは飛び込む。
彼を一騎当千たらしめた剣技。それならば、ソウハを打ち破れると信じて。
そんな彼に、今までの比ではない風刃が殺到する。もはやソレは竜巻の中にいるような暴力。まさしく全方位から斬撃が襲う。
しかして、デュラハンは頭の代わりに猛る炎を荒ぶらせて大剣を振るう。人体の限界を超えて、生前の動きを凌駕した。腕を裂かれても、脚を裂かれてもデュラハンは動く。それは正しく道理から外れたアンデッドだからこそだ。
そうして、デュラハンは風刃の嵐を突破した。
「…………!!」
首に揺れる蒼炎が、叫ぶように噴き出す。
それと同時、デュラハンの大剣とソウハの刀が金属音をかき鳴らした。
空中での打ち合い。方や風を操り宙に浮き、方や自身の身体能力のみで跳ぶ。どちらが有利であるなど、考えるまでもない。
空中で踏ん張ることの出来なかったデュラハンが弾かれたように吹き飛ばされる。そのまま土煙を上げてデュラハンは地面に激突した。
「いいね!」
土煙を斬り裂いて、デュラハンが再び跳躍する。大剣を振り上げて、再びソウハに斬りかかる。
数秒前の再演になることは想像に難くない。
上段からの振り下ろし。それをソウハは余裕の表情で迎え撃つ。
しかし、吹き飛ばされたのはソウハだった。
「ぐっ!?」
風を巧みに操って、衝突のダメージを減らすソウハ。
地面が着々と迫ってくる中、デュラハンから立ち上る炎を見た。
――アレは……
見覚えがあった。
『死活の炎』。死に瀕しながらも、生を諦めきれない者が燃やす命の炎。ジョブスキルではなく、死にかけ、戦う中で開花する特別なスキル。その性質上、プレイヤーよりもNPCの方が発現しやすいスキルだ。
『死活の炎』は、限定的な全能力上昇。リキャストがとてつもなく長く、その発動条件も厳しいが、それゆえに能力上昇は大きい。
しかし、デュラハンはそれだけでは終わらない。
「…………え?」
ソウハは思わず目を疑った。
『死活の炎』。その炎が、どす黒く濁っていく。まるで、首無し馬の黒炎ように。
言うなれば、その力は死後得た能力。生前の剣技、魔法、そしてスキルとデュラハンとしての能力。それが融合した。
デュラハンに限らず、アンデッドモンスターには生来ある能力が備わっている。
それは――呪詛操作能力。
下位のモンスターは無意識に、上位モンスターは意識的により強く呪詛を支配する。アンデッドモンスターにとって、呪詛は血液のようなもの。全身を絶え間なく駆け巡り、死した身体を動かす燃料。
だからこそ、呪詛を吸う呪刀『無銘』は特攻武器になりえるのだ。
その呪詛を、デュラハンは初めて意識的に動かした。
感覚は魔法を扱う感覚に近く、されどその身に蠢く力は思い通りに動かせる。
死にたくないという思いが『死活の炎』を呼び起こしたとき、デュラハンは思った。
――これを融合できないか、と。
前例はすでにあった。
愛馬たる首無し馬。もとは炎を操る精霊馬という特別な馬だ。炎の鬣に、炎の尾。炎を吐息の代わりに吐く、モンスターとは異なる存在。
そんな生前の愛馬は、あのような黒炎を纏ってはいなかった。
綺麗な赤い炎だった。稀に青く変わることがあるものの、黒に変わることはなかった。
――では、どうして黒く変わっているのか。
死後の相棒は青い炎を常とし、怒りによって黒く炎を変えた。
間違いなく生前には備わっていなかった能力だった。
自身の内部で蠢く力を感じ取ったデュラハンは、感覚でその理由を悟っていた。
この力が、不死者たらしめる呪詛が原因なのだと。
そうしてデュラハンは、『死活の炎』に不死の根源たる呪詛を混ぜた。
感覚は魔法と魔法を掛け合わせる感覚に近く、彼の才覚があれば容易なことだった。
「…………」
デュラハンには首から上がない。だから、しゃべることはおろか笑うことさえ出来ない。
だが、彼は確信していた。己は笑っているのだ、と。生前を超越した、と。
そして――この力があれば、恨みを果たせる。それが自分の意思なのか、それとも呪詛に植え付けられたものかは分からない。
だが、目の前のソウハを倒さなければならない。殺さなければならない。
恨みは関係ない。ただそこにあるのは武人としての矜持だった。
「…………!!」
黒く染まった『死活の炎』が猛る。命を燃やすように、恨みを募らせるように。
かつてない力を自身に感じる。
これならば――しかし。
「!?」
湧き上がる力に任せて斬りかかろうとした時だった。
風がビュウと薙いだ。今までの風とは違う。鋭く、その風自体が敵意を向けているような風だ。
「すごい、すごいよ」
笑っていた。
女が、風に髪をなびかせて笑っていた。
その笑みに、ゾクリっと背筋に得体の知れない寒気を感じた。
「でも、勝つのは私」
ビュウビュウと風が渦巻く。女の刀に風が渦巻く。
そして、女は解放する。
「一の太刀『太刀風』」
先ほどまでの斬撃とは桁外れの斬撃が放たれる。
ありとあらゆるものを断ち切る風の斬撃がデュラハンに迫る。
迫る斬撃。回避不能の斬撃に対して、デュラハンは足を踏み出した。
そして――
「――うん。英雄に相応しい最後だった」
下半身を失いながらも、喉元に刃を突き付けたデュラハンにソウハは声をかけた。
最後の一瞬。デュラハンは斬撃に向かって踏み出した。そして跳躍し、斬撃に身体を斬り裂かれた。しかし、デュラハンは諦めることなく大剣を振るい、ソウハの喉元まで刃を届かせたのだった。
あの不可避の斬撃を前にして、臆することなく向かったデュラハンは正しく英雄と言えよう。
「……」
「…………任された。それは絶対に返す」
言葉は要らない。ただ視線のみで意思を組み交わして、デュラハンは光となって消えた。




