亡くしたのは首か……それとも
首無し騎士。あるいは首を喪失した騎士。
デュラハンの設定自体に細かな違いはあるものの、首のない騎士というのは共通点である。そして屍谷という土地の性質からも分かるように、コイツはアンデッドに分類されるモンスターだ。
「ソウハ、デュラハンってのは……」
「多分、レアモンスター。私自身、屍谷にはあまり来ないから分からないけど……」
なるほど、そりゃあ知らないのも納得できる。
だが、おそらくであるがレアモンスターだろう。
風格とでも呼ぶべきプレッシャーが、そこらの凡百とはあまりにも違う。たとえるなら、あのゴブリンの軍勢を率いていたゴブリンに近い。
いや、レアモンスターというよりかはユニークモンスターと呼ぶべきだ。
以前、トラップスパイダーのユニークモンスターに遭遇したことがあった。あの個体は身体の脆弱性を克服し、糸の強度を高めた個体だった。
つい最近、ゴブリンを率いた黒いゴブリンと戦った。あのゴブリンは極めて高い再生能力に加え、攻撃に対して耐性を得るという能力があった。
ネットによれば、ユニークモンスターとは何かしらの要因、変異によって力を得た個体のことを指すらしい。ならば、このデュラハンも何か能力、もしくは弱点を克服した個体である可能性は高い。
ゆらりとデュラハンの大剣が構えられる。
「来る」
目をつけられたのは、俺。
首無しの馬が俺に向かって走り始め、デュラハンの大剣が鈍色に煌めく。
首無しの馬の体躯は普通の馬と大差ないものも、スピードは段違いである。四肢と首から噴き出した青い炎が軌跡となって、大気に揺らめいた。
体躯はそこまで大きくないが、スピードを考えれば……ぶつかったら死ねるな。
というか、敵の攻撃を受け止めるのはタンクの仕事だ。俺の紙装甲じゃ、無理。そして気を付けなければならないのは、デュラハンの大剣。アレも下手に受けられない。
首無しの馬に騎乗しているということは、デュラハンの膂力に首無しの馬のスピードも加算されているということ。このゲームの物理演算がしっかりと働いているからこそ、侮れない。
だからこそ、取るべき選択肢は回避。
真横を空気を震わせて、大剣が通っていく。
「……」
デュラハンには当然、頭がない。
だが、表情をうかがえないわけではない。デュラハンの首から洩れている青い炎。それが感心するように揺らめいた。
「ソウハ」
「うん?」
「馬を頼んだ。俺はデュラハンをやる」
さて……問題は、どうやって引きずり――
「やだ」
「は?」
「デュラハンの方が絶対に楽しい。カガチが、馬をやって」
なるほど、なるほど。
譲る気はない、と。
言われてみれば、俺もそうだ。こんな面白そうなヤツ、無視はできない。
「コッチこそ、それはお断りだ」
「なら、先に仕留めた方が――」
「――勝ちということで」
いざ、尋常に……
「「勝負」」
そうやって、ソウハは風を身に纏った。
暴虐なる風が、周囲を支配していく。そうか……おそらく、これが飛ぶ斬撃の正体か。
『纏雷』で身に纏う雷をある程度操作できるように、ソウハは風を操る。
『纏雷』と同じようなスキルなのかは分からない。今の身に纏う使い方が応用なのかもしれないし、もしかしたら本質はまったく違うのかもしれない。
「だが……」
重要なのは、模倣できる可能性があるということだ。
『纏雷』を起動する。紫電が爆ぜ、跳ねる。
『魔力操作』を獲得して、初めての『纏雷』。違いは小さかったが、確かに感じられた。纏っている雷の操作がスムーズにいくのだ。それにMPの減りも、心なしか少なくなっている。
学ばせてもらうぜ、ソウハ。
「いく」
「おう!」
ビュウと風が吹いたかと思えば、ソウハの姿は消えていた。
『纏雷』で強化されている俺でも目で追えない速さ。現れたのはデュラハンの直前。そのまま抜刀し、デュラハンに斬りかかる。
見たところ、首無しの馬は反応できていない。
だが――
「……強いね」
――あのデュラハンは見事に反応してみせた。
鉄の塊である大剣で、ソウハの刀を防ぐ。身が軽く、素早いのはどう考えてもソウハ。しかし、攻めきれない。デュラハンの大剣が、斬撃の尽くを防ぐ。
「……!」
再びソウハの姿が消える。
再度、現れたのはデュラハン後方の上空。刀が届くはずもない距離。
しかし、ソウハには距離など関係がない。
「ふっ!」
斬撃が飛ぶ。その正体は、おそらく風の刃。
風であるため不可視の刃は――しかし青い炎に防がれた。
「さて、そろそろ行くか」
傍観者はこれで終わり。
呆気にとられている暇はない。うかうかしていると、デュラハンがソウハにやられてしまう。
いまは互いに膠着状態であるが、そう長くは続かないだろう。
ソウハとて上位プレイヤーだ。切り札の一つや二つ、必殺技の一つや二つ持っているに違いない。
『縮地』で距離を詰めた。
騎乗した敵は、まず『足』から奪うのがセオリーだ。竜騎士が竜に乗っているからこそ強いように、騎馬隊が馬の機動力を活かしているように……彼らは『足』となる生き物とのシナジーで強い。無論、単騎でも強いだろうが、相棒となるモンスターに乗ることで強さは二倍、三倍にもなるのだ。
首無し馬が、俺に気づく。当然、馬上のデュラハンも俺に気づいた。
先ほどの対応力を見るに、大剣で迎撃してくるだろう。
少しズルをさせてもらうぜ。
「やるよ!」
「……!?」
刀を振るうのではなく、試験管を投げた。
いつかのハクロの毒。俺の隠し玉とも呼べるアイテム。本来であれば、ニードルビーの短剣に仕込んで体内に注入したいが、ヤツの大剣に阻まれる想像しか浮かばない。
「どうだ?」
相手がアンデッドだ。毒が呪いである以上、同じ呪いの塊であるアンデッドに効くかどうかは不安なところ……効いた。
だが、浅い。体皮のみを石化させた。結果として、あの石化薬は動きを鈍らせる程度にしかならない。
効き目は、想像よりも薄い。相手がアンデッドだからか……!
「けど、十分だ」
仕事はした。
大剣が阻む前に、首無しの馬を倒す。
「シッ!」
首無し馬の左前脚に向かって、刀を振るう。
「…………!!」
悲鳴も、苦悶の声もないが、叫んでいる気配がする。
まだ満足するなよ。たらふく喰らわせてやるよ……ッ!?
空からの斬撃の密度と質が増す。それはソウハが、邪魔をするなと言っているようなもの。
「こんの……ッ。危ねぇだろうが!!」
「ふん……カガチがやる気になったから、私もやる気になっただけ。負けないから」
デュラハン君は突然、仲間割れを始めた俺たちをどう思っているのだろうか。
大剣が振り下ろされる……うん、そうだよな。気にしないよな。
それなら、手加減はしないからな!!
「オラぁ!お前はサッサとくたばりやがれ!!」
「…………!?!?」
『纏雷』を強めて、首無し馬の四肢を斬り裂いていく。
アンデッドたるコイツに再生能力があるのかは分からない。だが、馬の機動力は奪っておきたかった。
先ほどの突進はやられるだけ厄介だ。下手に受け止めることなどできず、馬上からは大剣が猛威を振るう突進など厄介に過ぎる。
欲を言えば、首無し馬は倒しておきたい。それがベストであることは、疑いようもない。しかしながら、デュラハンが邪魔してくるこの状況ではそれは難しい。
石化による妨害だって、あとどれくらい持つか。
視界に捉え続けていたデュラハンを見れば、石化が剥がれて来ている。
不味いな。もう時間が少ない。
「うお……ッ!?」
大剣を間一髪で躱して、首無し馬の腹を裂く。
それだけで致命傷になりうるダメージであるが、コイツはアンデッドだ。身体は死んでいるくせに、動くような化け物に正者の道理は通じない。そもそもが首がないのだ。その時点で、道理から外れている。
「まあ、いくらアンデッドといっても……それは大ダメージだろ」
つまるところ、あともう少し。
ダメージバーが見えないのが歯がゆい。
その時だった。あのデュラハンが、首無し馬から降りたのは。
「は?」
優位を捨てた?だが、首無し馬はまだ生きている。大ダメージを負っているとはいえ、アンデッドだ。生物のように疲れや傷とは無縁……のはず。
ならば、なぜ?
――その疑問はすぐに氷塊する。
「…………!!!!!」
言葉も、音もない叫び。だが、怒っていることだけは確かに感じることが出来る。
首無し馬の首の首と四肢に揺らめく青い炎が黒く染まり、勢いを増す。怒りを薪に、酸素の代わりに憎悪を貪って燃える炎は、まさしくこの世のものではない。
ああ、そうか。今更ながら、デュラハンの行動に合点がいった。
結局、首無し馬にとってデュラハンは足枷だったのだ。いや、もしかしたら両者ともが。少なくともこの状況下では、彼らはアドバンテージを潰されてしまった。
上空からの斬撃によって機動力は活かせず、俺の投げた石化薬によってデュラハンの強みもなくなった。結果、首無し馬が俺に一方的にやられるという事態になってしまった。
「そうかい……」
だから、降りたのかテメェ。
個々に動くために。個々に動いた方が、互いの力を活かせると考えて。
少なくともあのまま共倒れするよか、理知的な作戦だ。
「ああ、悪いね。ソウハ」
「ん?」
「そっちは任せた」
首無し馬の眼は、俺を捉えて離さない。一方的に痛めつけていただけあって、ヘイトを買ってしまっているらしい。
「任された。コッチも、私にご執心のようだから」




