見切り発車、転じて災禍
屍谷。
そこは呪詛が集まる特別な土地である。そこは死者の楽園であり、正者を拒む土地である。
死者が徘徊し、正者を襲うゴーストどもが住まう冥界。
しかし……俺とソウハはそこで麗らかな午後、ゾンビ、スケルトンなんざ知らねえとばかりに斬り結んでいた。
「シッ!」
「まだまだ!」
少し離れれば斬撃が飛び、近づけば刀が迫る。
下手に距離をとるのは、やはり危険だ。直接斬り結ぶのが最適解だろう。
「にゃろ!!」
「遅い、遅いよ」
「レベル差がありすぎるんだよ!!」
この野郎め。
なんで互いに本気になってるんだ……最初は、スキルを確かめるだけだったのに。
俺が使ってる武器は、ヒイロに打ってもらった間に合わせの刀だ。『雷光』は修理に出したし、呪刀『無銘』はそこらに刺してある。
だって……ねえ?呪刀君、呪詛が邪魔過ぎてなにも見えないんだもん。
それに、今はハクロの遊び道具になってるし……なんかおどろおどろしい繭が出来上がってる。あれ……下手しすると『獣』の二の舞にならない?大丈夫だよね?前はライガがいたから勝てたようなものだぞ。
「ちったぁ、手加減してくんねえ!!」
「するわけない!」
「だよな!知ってた!」
パッシブスキルによってステータスが多少上がっているためか、前よりは動きが見える。『纏雷』は使ってないので、『魔力操作』は知らん。あと戦闘に二段ジャンプを混ぜるのは結構ムズイ。今まで二段ジャンプなんて『壬生浪』じゃなかったからな。癖みたいなものだろう。
「おい、アレ……」
「PKか?」
人が集まってきたな……
「そろそろやめるか」
「そうしよ。注目されるのは、少し苦手」
「奇遇だな。俺もだ。誰かに斬りかかられそうで、心配になる」
「それは……『壬生浪』のやりすぎじゃない?」
知ってるよ。
そんなこんなで、戦闘は終わりを告げた。まあ、戦闘というよりかは、練習みたいなもんだ。いつからか白熱しだしたのは、間違いないけど。
そこらへんの地面に腰を落ち着ける。
陰気な場所らしく地面は少し濡れていた。
「あー、いい景色だ」
「……目、大丈夫?」
「そりゃあ大丈夫よ。少し遠くでプレイヤーが倒される姿がばっちり見えてる」
お、今のいい動きだ。だが残念。次の動きがよくなかった。パーティーメンバーがいるんだから、もう少し考えて動かないと。
うーん、なるほどね。
「本来なら、ああやってゾンビに襲われるのか」
B級ホラー映画のごとく地面からゾンビどもが絶え間なく出てくる。プレイヤーたちは、それを聖水なり、聖職者の浄化なりで対処していくが……手数が足りない。
プレイヤーも武器で攻撃はするのだが、生憎とすでに死んでいるヤツらだ。痛みはとうになく、ただ正者への恨みだけで動く不死者は厄介といえよう。足をなくそうとも、腕が千切れようとも、彼らに諦めるという選択肢はない。
うーむ、行動が遅いという点だけでも、良心があるのか……単純に足の速いゾンビは解釈違いなのか。昨今のゾンビゲーでは足の速い個体は珍しくない。なんなら、ゾンビという枠を超えて、超生物へと変貌する化け物もいるくらいだ……どうして、人型から平屋並の大きさに変わるのか。ラスボスはデカけりゃいい、その考えは間違いないが。
あと、アレだな。噛まれてもゾンビ化しないのは優しい。まあ、そこらはゾンビ化の原因がウイルスではないとか、そんな理由だろう。なんで主人公は噛まれてもへっちゃらなんだろうね?普段から噛まれてるくせにイベントじゃ、死にかけるアンバランスよ。ストーリーと言われてしまえばそこまでであるが、お前そんなに柔じゃないだろと少し笑ってしまうのはご愛敬。
「あ、終わった」
「うーん。なかなか美味しそうだった……」
「装備的に?」
「見たところ、中堅装備。だけど、あの装備の素材は品薄だったはず……!」
「かなり金持ってるだろ」
「お金はどれほどあっても困らないの」
うーん、真理。俺も金策しようかな。
おっと……グラーフ直伝、経済の掌握講座がよみがえってきた。封印されとけ魔王。貴様のやり口はマフィアのやり方なんだよ。
「お、おい!アンタら!!」
「あん?」
「ひえ!?」
なんだよ、いきなり。人が顔を向けるなり、変な声を出して。
さて、なにやら声をかけて来たプレイヤー君は実にうろたえている。装備的には前衛より、後衛。それも物理職ではなく、魔法職といった具合だ。
……何か用かな。いや、まあ……だいたい何を聞きたいのかは想像つくけど。
「って、そうじゃない。アレはなんだ!」
「アレ?」
「……カガチ、もう現実から目を背けられないよ」
「……くそう」
男が指を指す。指した先には、俺とソウハが目を背け続けていた現実。
黒いドーム。よく見ると耐えす流動しているソレは、禍々しい屍谷の中でも一層おどろおどろしいモノだ。
「俺は呪術師なんだけどよ!」
「……珍しい」
「案外いるよ。コストとか諸々かかるけど、その分強力だから」
「なるほどね」
「聞けよ!兎も角、アレは呪詛の塊だ!!あんな量の呪詛、何が起こってるんだよ!!」
よく見ると男の装備はなかなかに高そうだ。もしかしたら、ソウハレベルのプレイヤーのかもしれない。
「もしかして……七帝関連か?きっとそうだ。あんな量の呪詛なんて、普通じゃない……」
お、いいね。賢いね。七帝関連は正解。だけど、惜しいかな。姐さんことヤトは、こんなところで、あんな馬鹿げたことは多分しない。
男は途端に目を輝かせる。
無理もない。目の前にストアカにおける七体の最強のうち一体いるかもしれないのだ。もしくはソレにつながる何かが。
最近、七帝のうち一体が倒されたというアナウンスもあったのだ。そりゃあ、『もしかしたら』と希望が湧くのも分かるというもの。
だが、しかし……真実とは、たいていがしょうもなく、無価値なモノ。その真実が宝石なみの価値を持つのは一握りの人間しかいないものだ。
「実際は行き過ぎた子供の遊びなんだよなぁ……」
「でも、あの蛇は普通じゃない。アレはなに?」
「……ひ、み、つ」
「きしょ……」
傷つくなぁ……とはいえ、ハクロが七帝関連です!なんて素直に言えるわけがない。言ったら最後、根掘り葉掘り、ありとあらゆる情報を絞り取られるのが関の山だ。そうなったら、エバーテイルに亡命かな。いい機会だ、エバーテイルを探索しつくすか。
「どうする?伝える?」
「いや、彼の期待を壊したくない。少し見守っていよう」
「……本音は?」
「……どうやって足掻くか知りたいし、自分で真実に辿り着いたときの反応をみたい」
「外道……」
馬鹿、それは本当の外道を見たことがないから言えるんだ。母親の目の前で、流れるような動作で子供を人質にとるグラーフを見せたい。アレをやって心が痛むどころか、笑う外道を見ればこの程度……
「じゃあ、金でも賭けるか。諦めるほうに一万」
「案外、諦めないと思う。それだけユニークはゲーマーには重い!!」
なるほど、唯一が持つ優越感に賭けてきたか。なまじ理解出来てしまうから、否定できねえ。
俺だって、その優越感、重み、愉悦が無きゃ、さっさと七帝関連のことをゲロってるわ。
――なにやら、杖を振るう彼。
「なるほど。まずは呪詛操作、と」
「そうなの?」
「人間には、呪詛は操作できない。だから、ああいう呪詛に親和性のある触媒が欲しいらしい」
へえー、人間には呪詛操作できないんだ。
――何か儀式を始める彼。
「次は呪術かな?」
「呪詛操作が出来ないからか。これは……イベントの発生フラグを、自分にありと考えたか」
ならば、呪術師たる彼が出来るのは呪術ということか。なるほど、道理である。だが、その考えは甘いといえよう。彼以外にも呪術師は来たはず。ならば、もっと別の何かがそれ以外にあるはずだろう。
「……試したい気持ちはわかるけどな。まあ、基本はトライ&エラーだし……」
彼が、呪術を終えて、コチラに近づいてくる。
「このパターンは……どうする?」
「まだ諦めてないッ」
「いや、そうなんだろうけど……」
フラグを自分ではなく、俺たちにあると考えたんだろう。
これはどう判定するべきなんだ……?自力で解くのは諦めたと見るべきか、自力であるかなど関係なく、諦めていないととるべきなのか。
ガバい、おそろしくガバいぞ!これだから見切り発車は……
このとき、俺たちは油断しきっていた。
屍谷という危険な土地において、作り出された疑似的な安全地帯。てっきり安全だと誤解してしまったのかもしれない。もしくは、あまりにも無防備に苦心する男の姿に毒気を抜かれてしまったのかもしれない。
しかし、ゾンビどもが寄ってこないのは矮小な彼らの器ではこの莫大な量の呪詛に耐えきれないからだ。すでに死した彼らであっても、再びに死に包まれるのは許容できないのだ。
だが、それは矮小なゾンビの話だ。これだけの量の呪詛を許容できる存在ならば――
「うわ……!?」
呪術師の男の身体が突如として浮く。
原因は胸から生えた大剣だ。錆果てた、鋭さなどないような大剣はしかし、紙を突くような気軽さで男を貫いていた。その大剣が、持ち主によって持ち上げられる。
――漏れ出る呪印の気配にも誘われて。
「コイツは……」
一目で何か分かった。この存在は、有名に過ぎる。
欠けた頭部を補填するように青い炎が揺らめく。かつてはその身の尊さ、武勇を誇っていたであろう鎧は大剣とともに、在りし日の栄光を失ったように錆びている。
騎乗しているのは、同じく青い炎を纏った馬。皮膚、鬣は黒く、その眼だけが濁った青に染まっている。
「デュラハン……!」
――強者は傲慢にも更なる力を得んとするのだから。




