狙われたのは
「はい、これにてクエストは完了となります」
受付のお姉さんが、見事なビジネススマイルを浮かべて言った。
あのゴブリン合戦の翌日、俺はクエストを報告していた。もともと、数体のゴブリンを倒せばよかったクエストだ。それが一体どうなって、あんな大量のゴブリンと戦うはめになったのか。
「それにしても……かなりの量のゴブリンを倒しましたね。ここまで多くのゴブリンを倒してきたのは、アナタが初めてですよ?」
「まあ、成り行きで仕方なく」
「どうしたら普通のゴブリンだけじゃなくて、その上位種まで倒すハメになるんですか」
「はい、その通りです……」
あんなの想像できるわけないだろ。まったく。
呆れながらも受付のお姉さんは手続きを完了してくれた。
なにやら機械音が響いて、カードを渡される。
「これがギルド証ですのでなくさないように。再発行にはお金がかかりますので」
「はい、わかりました」
正直なところ、あまり使わなそうである。そのままアイテムボックスの中で忘れられて……なんていう事態には気を付けなければ。
お姉さんのビジネススマイルを背にギルドを出た。途中、よくあるような『先輩による洗礼』はない。なんていうか、少し残念だ。
お約束というのは、回収したいものである。まあ、面白いからこそのお約束なのだが……常識的にはあまりないのが現状だ。
とはいえ、いきなり殴りかかられるよりは全然いい。ギルド登録を済ませた途端に、後頭部に銃口を突き付けられる感覚。それに比べれば、精神的に全然いい。
なんて、馬鹿げたことを考えながら、通りを歩く。
アインセンにはそんなに滞在してないが、少なくとも昨日よりは騒がしい。正確に言うならば、通りの人は昨日よりも少ない。だが、通りを行く人々がどこか忙しないのだ。
「ハクロ、なんか騒がしくないか?」
「そう?」
袖からニュと首を出したハクロ。やはり、コイツはこういうことにはとことん鈍い。
たまには、外に出て周りを観察しろよ。周囲に敏感なのは案外役に立つぞ。
しょうがない。そこらの人を捕まえるか。
「アンタ。どうかしたのか?」
「あん?知らないのかい?俺も詳しくは知らないんだが、入り口のところで異邦人が暴れてるらしいんだ!それも有名な異邦人らしくてね、知り合いの異邦人に教えてもらったんだ!!」
じゃあ、僕は急ぐから。と男は駆けていった。
その背中を見届けて、俺もその背中を追う。まあ、彼が走っていった方向からして、行きつく先は同じらしいし、のんびり行こうか。
のらりくらりと久々の安寧を享受しつつ、存外はやく街の出入口たる門に辿り着いた。
昼間であるため、門は開いている。本来ならばその門には衛兵が居るはずだ。彼らは職務として、街の出入りを司らなければならない。しかし、そこに衛兵はいない。彼らは石畳に、あるいは地面に倒れている。
「こりゃ、ずいぶんと派手だな」
倒れている衛兵に囲まれるように立つ一人の女――あれが有名な異邦人だろう。
彼女は刀を携えていた。珍しいな。俺以外に刀を持ったプレイヤーは初めて見た。
「おおっ!!!」
一人の男……おそらくプレイヤーだろう。装備からして高レベル。あの感じ、俺よりも上か。
だが……動きが単調すぎる。がむしゃらに剣を振るうのもいいが、アレじゃあ通じんぞ。とはいえ、このゲームにはアーツという便利なモノがある。
思えば、あのがむしゃらに見えた剣は、そのための布石だったのかもしれない。
男の剣が炎を纏う。炎を纏った剣は軌跡を描いて七度振るわれた。派手であるが、間違いなく重く、鋭い攻撃。おそらく男の手の中で最も強い攻撃じゃないだろうか。
男には倒したという手ごたえがあったのだろう。男の口が喜びに歪む。
しかし――
「甘いだろ、それじゃあ」
――アーツ直後の硬直。システムによって設定された決定的な隙。強い技を放った反動。それを突いて、刀が男の首に吸い込まれる。
観衆の中から悲鳴が聞こえた。いくら異邦人とはいえ、外見は人間と変わりない。いささか刺激が強すぎた。
「やっぱ、強いなぁ!『刀姫』!」
「ん?兄さん、あの人のこと知ってんの?」
「むしろ、知らねえのかよ。あの人はPKだから嫌われていたりするけな、その力は本物だ。王国で十本の指には入るプレイヤーだ」
「へー、で、なんでその『刀姫』さんがアインセンに?」
街の出入口を塞いでいる。そのため、なんとなくなんていうふわっとした理由じゃないだろう。
何かしらしっかりとした理由があるはずである。
ま、迷惑であることには変わりない。出来ればさっさと立ち退いて欲しいものだ。
「なんか、プレイヤーを探しているらしい」
「アインセンに?」
「ああ。ほとんど初心者ばかりなのにな」
リアルの知り合いならば、こんな手段をとらなくてもいいだろう。
というか、リアルの知り合いとの待ち合わせに、こんなことをしでかすヤツはただのいかれ野郎だ。
そうなると……ゲーム内での友好関係。しかも、そこまで仲良くない。
街の出入口を塞ぐようなことをしでかすのだ。その関係は良好というよりも、むしろ悪い。
それも『刀姫』なんていう大仰な二つ名を持つプレイヤーだ。初心者というよりも、高レベルプレイヤー。
「……俺の灰色の脳細胞が唸ってるぜ!!」
高レベルプレイヤー、かつゲーム内での因縁関係。
心当たりが一人……!!誰かに迷惑をかけてそうなヤツ。しかも、つい最近までこのアインセンに居た!!
「……目当てはグラーフとみた!」
ふふふ……これは当たりじゃないか?
グラーフ相手なら、ここまでのことをしでかしても不思議じゃない。なんなら、俺も同じことをやらないとは限らない。
「冴えてる……冴えてるぞ!今日の俺!!」
来たかもしんねぇ、俺の時代が。探偵業でも開こうか……いや、グラーフにこき使わられる未来になりそうだ。
そうなると、俺がグラーフを闇討ちしかねん。やめておくか。
「お?」
なにやら『刀姫』さんと目があった。
たっぷりと一秒ほど、体感時間はそれ以上。もしかして、グラーフという言葉に反応したのか。おのれ、グラーフ。アイツ、ひと様にどれほどの迷惑を……!!
何が原因なのか。『刀姫』さんは一瞬で俺との距離を詰めて、刀を振るった。それを間一髪、呪刀で防ぐ。
「ちょ!」
「……チッ」
なんで?どうして?
困惑する頭をよそに、斬撃を防ぐ。
もしかして、グラーフの仲間と認識された?
「……グラーフの奴を仕留めるの手伝うからッ」
「久しぶり、カガチ!!」
「……ふぇ?」
なんだよ、コイツ。挨拶と同時に斬りかかってくるとか、『壬生浪』かよ。
こんな和気あいあいとしたゲームに、あんな地獄を持ちこむんじゃねぇ。
というか、誰だ。どこのどなただ。まず名前を名乗れ。俺は二つ名しか、知らねえんだよ。
「ん?」
この太刀筋……見覚えが……
「んん??」
どことなく御堂の爺さんの太刀筋に似ている気がするが、気のせいだろう。
おそらく、コイツとは一度やりあってる。それも『壬生浪』で、だ。
なんだっけなぁ……攘夷側のランキング一位。ソ、ソン?違うな……ソ、ソウハだ。そうだ、ソウハだ。
「お前、ソウハか!!」
「カガチィ!!」
「……この!!」
袈裟斬りを迎え撃つ。受け流して、横になぐ。それは当然のように止められた。
ああ、クソッ。ステータスが足んねぇ!!
余裕たっぷりににやけてるアイツの顔がうぜぇ!!
「そのレベルで、私についてくるのは普通じゃない。さすが」
「……テンション、ジェットコースターかよ」
「うるさい」
「おわ!?」
一際力のこもった一撃。無理に踏ん張ることはせずに、それを利用して距離をとろうとする。
「それは悪手」
間違いなく制空権外。刀のサイズからして届くはずもない。だが、ソウハは刀を振るう。
そうか。そりゃあそうだ。このゲームが『壬生浪』じゃない。魔法ありきのRPGだ。ならば、RPGの代名詞のような斬撃を飛ばすスキル、アーツがない訳がない。
刀の軌道は逆袈裟斬り。その延長線上には、俺が居る。よけなければ、防がねば死ぬのは必定。
だが、防ぐ?どうやって、アレは斬撃そのものだ。刀で防いだとて、防ぎきれるか。
「くッ……!?」
無理矢理に身体を捻る。この際、多少のダメージには目をつぶるしかない。
「生き残ったぁ!!」
左手を大きく掠めて斬撃が通っていく。だが、生きのこった確かに生き残った。
その代償として、地面に叩きつけられる。まあ、死ななきゃ安い。
「でもその後は?」
とはいえ、ピンチには変わりない。
地面で体勢を崩した俺を、ソウハが見逃すはずがない。
『縮地』かナニカで距離を詰めたソウハは、すでに刀を振りかぶっていた。そして、刀が振り降ろされる。
「よいしょ!!」
「……ッ!!」
刀は呪刀で何とか防いだ。防ぐとは言うが、何とか逸らしただけだ。だが、それで十分。牽制程度にニードルビーの短剣を投げておく。
「はぁはぁ……」
なんで……!なんで、こんなに強敵が出てくるんだよ!!いいじゃん、少しくらい休ませろよ。
「満身創痍。でも回復はさせない」
「知ってる」
ポーションを呑むなんていう隙は晒せない。そんな隙を晒したら最後、なます斬りにされる未来は想像に難くない。
HPはまだある。そして、勝ち目はなし。というか、無理に勝ちをとりにいく場面じゃない。
「全力で行かせてもらう」
『纏雷』を起動させる。一か八か……
「へえー、それが雷を纏うスキル?確かに新スキルだ」
「たっぷりと堪能しな」
疾駆する。彼我の距離を一瞬でつめる。
だが、ソウハは完璧に対応して見せた。距離を詰めた俺に対して、ピンポイントにアイツの刀が振られる。
それを躱して――ハクロを呼んだ。
「うん。『金縛り』!」
「ちょ!?」
そのまま、アインセンの街の方へと駆ける。
様子からして、麻痺は入らなかったようだが、敏捷低下は入っているらしい。
『纏雷』を全力で起動している俺には追いつけないだろう。
「逃げるの!!」
「うるせぇ!!レベル上げたら相手してやんよ!!」
勝ち目のない戦いに付き合ってやれるか、俺は帰る。
ソウハが見えなくなったところで、『隠密』を使い、エバーテイルに帰る。
そして、ベッドにダイブして、ログアウトした。




