血より産まれしモノ 13
「―――」
か細い声をあげて、『ヤツ』は崩れて落ちていく。黒い皮膚は白く変わり、末端から壊れていく。まるで角砂糖が崩れるように。
―――ビキッ!!
終わった。やっと終わった。
「はぁはぁ!!」
空気をむさぼるように呼吸が荒い。仮想の肉体であるため呼吸は必要ない。だから、これは俺の気分の問題だ。
少し遠くでグラーフが怒っているのが見えた。まあ、そりゃドローンを足場にしたんだ。怒られてもしょうがない。とはいえ、怒られてやるのもなあ……。
――ビキビキッ!!
「――――」
『ヤツ』の手から、大剣と刀が手放される。
よかった。最後の足搔きに攻撃されてたら、防御できなかったからな。大人しく死んでいただろう。
「―――」
最後の最後で、『ヤツ』と視線があう。
―――ビキビキビキッ!!
『ヤツ』に渦巻いているのはどんな感情か。今にも殺されるというのに、憎悪が混ざっていない。戦っている最中はあれほど、憎しみを抱いていたのに。
呪詛のせいなのかね。呪詛がなくなったことで、本来の自分が戻ったとか……そんなところか?
「……じゃあな」
完全に『ヤツ』の身体が消えた。
足場を失って、俺は地面に着地した。
「……ッ」
『勝者』である俺に『呪い』が注ぎ込まれる。敗者の『呪』が俺に殺到する。
周りには、すでにゴブリンはいなくなっていた。全員が死んだわけではないだろう。逃げたゴブリンも何体かいるはずだ。
『呪』が注ぎ込まれる感覚がなくなる。なんとなしに左手をみると、呪印は左手を覆っていた。それどころか左胸の半ばまで成長している。
改めて呪印を見る。
呪印の姿は、まるで茨だ。だが、蛇が這いずったような跡もある。いずれ、この身体に薔薇でも咲かすのだろうか。
――――ビキビキビキビキ!!!
「まあ、先にコッチだ」
さっきから産声を上げようとしている呪刀。
刀身を覆っていた『黒』。それに亀裂が入り始めている。罅程度の亀裂がどんどん広がり、刀身全体に広がる。
そして――その時が訪れる。
『殻』が破かれる。刀身を覆っていた『黒』が剥がれていき、本当の刀身が現れる。
もとは世界の浄化機関を納めていた刀身は、それに相応しい白く、美しいものだ。だが、それは一瞬。その『白』は冒涜的な『黒』に染められていく。『殻』のソレとは違う悍ましい色。生を嘲笑うような、死を足蹴にするようなそんな色。
だが……
「……うん?」
だが、それだけだ。本当にそれだけ。
結果からすると、『殻』が破け、刀身が黒く染まっただけ。
『獣』が新たに誕生する気配はない。刀を握る手にも違和感はない。
「……拍子抜け、だな」
平和にこしたことはないが、これはこれで不穏だ。
──呪刀『無銘』──
遥か昔、世界の浄化機関とも呼べるモノを取り込んだ刀。ソレは長い時を掛けて変質し、呪を祓うのではなく溜め込むようになった。
莫大な時間をかけて溜め込まれた呪は、何時からか持ち主を汚染したという。
一度『呪』から解放された刀は、再び『呪』に侵された。ならば、『呪』を集めよ。それが力となるだろう。
――装備スキル
『呪詛放出』『簡易呪詛操作』『呪詛蓄積』
呪刀のフレーバーテキストが変わっている。どこか不穏な感じがあるが、それは今更だろう。そもそも呪刀自体、不穏に満ちているようなものだ。
だが、まあ……得たものはあった。装備スキルなるものは、かなり強いものだろう。一応、そういう装備があるのは情報としては知っていた。多くはアクセサリーだったりするそうだが、武器もないことはないらしい。
というか、兄さんの武器も間違いなく同じ類ものだろう。
まあ、火薬庫の中で花火を持ってタップダンスをした甲斐があったというものだ……気が付いていないだけで、火種はすでに燻っているかもしれないが。
「おお……!」
刀から、黒い靄が立ち昇った。その靄は形を変え、宙で踊る。煙のように揺らめき、ときには簡単な図形を形づくる。
なるほどね。『呪詛放出』、『簡易呪詛操作』はこんな感じか。まあ、どれも名前の通りのものだ。
『呪詛放出』、『呪詛蓄積』は兎も角として、『簡易呪詛操作』は少し難しい。簡易とあるだけあって、複雑な動きは出来ないのだ。それに呪詛をいくら固めたとしても、柔らかい程度だ。なんの役にも立ちそうにない。
「うわっ、カガチ気持ち悪」
「うるせぇ」
「その健康に悪そうなやつ、私に向けないでよ」
おおん?そんなこと言われたら、やるしかない。まだ慣れていないが、いやがらせ程度は出来る。
「ちょ!?いい加減にしなよ!」
「アハハハハハ!!」
「……カガチ、ドローン代を請求するからね」
「すみませんでした」
くそう。卑怯だぞ、そんなこと言われてしまえば、引くしかないだろ。
存外、俺も金は持ってるんだが……ドローンとかの代金は想像つかないが、安いもんじゃないだろう。どこからどう見ても、ロストテクノロジーもしくは最先端の技術だろうから。
「んで?その刀は?」
「うーん……しらね」
「適当すぎない?」
なんてのらりくらりと話を流しながら、身体を休める。
いやー、久しぶりに大立ち回りしたからなぁ……疲れた疲れた。我ながら馬鹿なことをしたものだ。いくらゴブリン相手とはいえ、数が多すぎる。というか、俺が対処する必要あったか?そもそも規模からして、二人で挑むもんじゃないだろ。
ま、結果オーライ。そういや、本来の目的って陽動だったからな……別に倒す必要はなかったんじゃ……
「あ、そういや……」
「ん?どうかした、カガチ」
「王女様は無事かなぁ、って」
いけね、本来の目的を忘れてたや。
それはグラーフも同じらしい。アイテムボックスから何やら端末を取り出して、慌ただしく弄り始める。何やってるかは知らんが……まあ、連絡でも取ってるんじゃないだろうか。それとも王女様に何かつけていたのか。
なんて、俺が考えていると、グラーフは端末をしまった。
「助けたって。マリーちゃんが言うには、アンタんとこの蛇ちゃんが活躍したらしいよ」
「おおっ、ハクロが頑張ったのかぁ……」
半ば脳死で返事を返した。
そっか、ハクロがなぁ……アイツ、自由に動けたのか。うんうん、見た目は細い白蛇だし。弱そうだし。危険視されなかったんだろう。
「……ねぇ、あの蛇はなんなの?」
「秘密」
「いいじゃん!そろそろ教えてよ!!」
「やだ」
「……くそぅ」
この手の情報は、レアアイテムよりも貴重なものだ。それに情報とは、貴重かつ広まっていないからこそ価値を持つものだ。グラーフの奴がいたずらに言いふらすような真似はしないだろうが、そこはそれ。なんの対価もなしに言う訳にはいくまい。
「ああ、そういや……」
『雷光』の状態も確認しないと……
「うわぁ……酷い」
酷すぎるぞ。耐久値がなくなりそうだ。それは見た目からも確認できる。
美しかった刀身は刃こぼれがひどく、さらには歪んでしまっている。
「畜生……」
涙が出てきそうだ。
かわいそうにな。しっかりと直してやるから。ちょっと我慢してくれ。
ナーバスのまま、ぼうっと空を眺める。隣でグラーフがドローンを弄っている。
そんな俺らに、這い寄る影が二つ。正確には三つ――アーデルハイトさんに姫様、ハクロだ。
「すまなかったのじゃ……」
しおしおと姫様が謝る。
「アレは姫様せいじゃないだろ」
「そうそう」
大丈夫大丈夫。
姫様がしたことは大したことないから。そこで『うんうん』って頷いているヤツの方がヤバいことしているから。
城を爆発させたり、国家に反逆したり……死刑相当のことしているから。
「さて、帰ろっか!!」
「うんなのじゃ!!」
そうして激動の一日は終わった。
あとに残っているのは平和な生活である。まあ、モンスターと戦う生活が平和かどうかはさておき。




