血より産まれしモノ 12
『ヤツ』=『統率者』です。
適度にHPを回復しつつ、攻撃に転ずる。
呪刀を振るって、『ヤツ』の腕を、腹を、首を、頭を殴打する。いくつか骨を折った感触があったが、それもすぐに再生されてしまう。
骨を削ったような大剣が周りのゴブリンを巻き込んで、俺に迫る。
それを呪刀で逸らして、距離をつめる。もう一方の武器。俺の『雷光』が、袈裟斬りの軌道で迫ってくる。あの刀の切れ味は、所有者である俺が身に染みて知っている。
酷使されすぎて、そろそろ壊れそう。グラーフの爆撃にさらされ、馬鹿力で扱われ……畜生!刀は壊れやすいんだよ!
『雷光』を作るために、どれほど奔走したと思ってんだ……。
「ああ、くそッ!!」
絶対に取り返してやる!
手元にある武器は『纏雷』、『呪印』、呪刀『無銘』、その他のアイテム。前に使ったスクロールの類は、グラーフに返してしまった。
まだ初心者である俺に、必殺技と呼べるものはない。ライガだったり、姐さんだったりと、関わってる面子は濃いが、こんなものは運にすぎない。『カガチ』というキャラを育てるためには、時間が足りてないのだ。
強い魔法だったり、派手な武技。それは一日程度で得られるものではない。強くなるためには、時間をかけなければならない。それがMMORPGというジャンルだ。
前に見た兄さんの技が、脳裏に蘇る。
全てを焼き尽くすような熱の奔流。アレがあれば、『ヤツ』を倒すことなど簡単だろう。
「……どうするかね」
一撃必殺は無理だ。かなり追い込んだはずだが、俺の主武器である斬撃は通らない。というか、首を落としても死なないんじゃあどうしようもない。
だが、それも勝利条件はある。
俺の場合であるが、呪刀『無銘』でヤツの再生能力を支えている呪詛を吸いつくしてしまえばいい。おそらくであるが、それで『ヤツ』の不死性はなくなるはずだ。
だが、どうやって?呪詛を根こそぎ吸い取るためには、呪刀を刺しこむ必要がある。しかし、生憎と『ヤツ』は大剣と刀を両手に担いだ状態だ。
「下手に飛び込むと、なます斬りにされるな……」
どちらか一本は奪っておきたい。個人的には『雷光』の方を奪いたい。……もともと俺のもんだし。
「うしッ」
まずは、武器からだ――そのときだった。
ヤツの咆哮を皮切りにして、ゴブリンどもが同士討ちを始めたのは。
「は?」
そのゴブリンは追い込まれていた。そのゴブリンは王の資格を持っていた。ゴブリンという種族をまとめる力を持っていた。
しかし――足りない。力が足りない。
ゴブリンをまとめたところで限界がある。人間どもの街に侵攻したところで、より強い敵が出てくるだけだ。
――自分では敵わない。
ならば――もっと、強い王を。強い種族を。
そのために敵である人間の呪術に身を染めた。ゴブリンという種族はより強くなった。あとは……『王』だけだ。
だというのに――タイミング悪く、この人間が来た。いや、異邦人という輩か。
強い呪を身に刻んだ男。紫電をまとう奇妙な男は、異邦人らしく一騎当千の力を見せた。
――だが、好都合でもある。
あの男の呪いがあれば、『王』は誕生する。これまでのどの『王』よりも強い王が。
『王』の降臨。
――そのためであれば、あらゆる手を使おう。
ゴブリンたちが、互いを食い始めた。手に持つ武器で互いを攻撃し、命を奪いあう。
突如として、始まった同士討ちにカガチは呆然とその光景を眺める。
「は?」
何が起こったのか、まるで分らない。
共食いはあった。だが、それは回復のためだ。しかし、この同士討ちは意味がわからない。
ここにハクロが居たのなら、何が起こっているのかを理解できたのだろう。この同士討ちが何を意味するのか、何の目的で行われたのか――一体、何の儀式なのかを理解できただろう。
「おい……」
同士討ちは激しさを増していく。ゴブリンの数が少なくなるにつれて、彼らはより強く武器を振るい、残虐に命を奪う。
一匹のゴブリンが、熱狂したままカガチを襲う。
「ギャギャギャ!!」
「……うるさい」
錆びた剣を呪刀で受け止め、弾く。そのまま、カガチはがら空きとなった胴体を呪刀で薙いだ。
呪刀では胴体を斬り裂けず、横に吹き飛んでいく。
「……何が起こってるんだ」
カガチが呆然と呟く。
――蟲毒。
それが、この儀式の名前だ。
蟲毒とは古代中国の呪術である。壺に毒虫を入れて、互いを食い争わせる。残った一匹に強力な毒が宿るというものだ。
今回の儀式において、毒虫とは呪を宿すモノ。それはカガチも例外ではない。仮に、この儀式を生き残れば、彼の呪印は大きく成長することだろう。
「―――!!」
「―――!!」
「!?」
数を減らしていくゴブリンたち。
命を諦めるような輩はおらず、誰も彼もが生き残ろうと必死に足掻く。たとえ相手が統率者であろうとも、武器を構えて襲い掛かる。無論、敵うことはない。刀の一振りで、大剣の一振りで血肉となっていく。
それを見て、『統率者』は笑みを浮かべるのだ。
蟲毒の儀に、手心はいらない。他人を蹴落とし、自らだけが助かろうとする純粋な生存本能。それが呪いを生む。敗者の『呪』は、敗者の感情により増幅され、勝者に還元される。
敗者は勝者の力となり、勝者は新たな勝者に跪く。
そしてたった一人の勝者が決まったとき、『王』は生まれ落ちる。
それを『統率者』は疑わない。そして――勝者が自分であることも。
手に持った刀と大剣を振るって、仲間であり、いとし子であり、臣民であり、敵を殺す。
身体に『呪』がみなぎるのを感じて、『統率者』は声をあげた。それは悲嘆の声かもしれない。それは歓喜の声かもしれない。それは憤怒の声かもしれない。それは怨嗟の声かもしれない。
自分がどんな感情なのか、『統率者』自身も分かってはいまい。ただ、『統率者』は見据える。純粋たる敵を。『王』の誕生の最大の障害を。
そして――激突した。
困惑を顔に浮かべるカガチと笑みを浮かべる『統率者』。
「シッ……!!」
「――――!!!」
『統率者』は刀と大剣を振るい、カガチは呪刀を振るう。膂力は『統率者』が間違いなく勝っている。だが、カガチの守りを崩さず、それどころか徐々に押され始めている。
「――!?」
カガチは足りない手数を、持ち前のスピードでカバーしている。そのため両者の力を決定づけているのは、互いの技量――そして、互いの恐怖である。
カガチは『統率者』を冷静に分析した。対して、『統率者』はカガチを路傍の石として扱っていた。倒すべき敵と認識したのは、つい先ほどのことだ。
つい先ほど――あの『呪』を吸収する刀を取り出してからだ。
あの刀は、『王』の誕生を妨げるものだ。産声を上げようとしている『王』の存在そのものを消し去るものだ。ならば、自分が排除しなければならない。
それを自らの責務として、『統率者』は敵を排除しようとする。だが、『統率者』は呪刀を危険視しすぎているのだ。
それが両者の力の差を作っていた。『統率者』は呪刀を防がねばならず、その分防御に大剣と刀を回す。『統率者』の皮膚であれば、痛くも痒くもないというのに。
「―――ガ!?」
「ぎゃ!!?」
カガチと『統率者』の戦いは、周りを存分に巻き込んで続けられた。
振るわれた大剣はカガチを捉えることなく、近くのゴブリンを斬り裂く。カガチの呪刀が、ゴブリンを殴打する。
気が付くと、ゴブリンの数は数えられるほどになっていた。
そのころには、カガチはある程度儀式の内容を理解出来ていた。『蟲毒』という名前には辿り着くことはなかったが、それでも敵を倒すことで自身の『呪』が強まっていることは感じていた。
まあ、カガチは『王』の誕生という『統率者』の悲願には気づくことはない。先の『共食い』のような回復手段だろうと考えていた。
「そろそろ!倒れとけ!!」
呪刀と大剣、呪刀と刀が打ち合い、金属音を戦場に響かせる。時折、紫電が爆ぜる音が混じる。
異邦人とゴブリン、その戦いの終焉はすぐそこにまで迫ってきている。
呪刀が、『統率者』の身体を掠める。『呪』を吸われたのか、露骨に嫌な表情を『統率者』は浮かべた。だが、それはすぐに憤怒へと変わり、激情のままに大剣と刀を振るう。
見え見えの剣筋。少し身体をひねるだけで躱せてしまうだろう。しかし、それを理解していながらカガチは動かなかった。否、このチャンスを失いたくはなかった。
「―――!!」
勝利を確信した『統率者』の顔が驚愕にそまる。
大剣と刀が、カガチの命を奪う瞬間、『統率者』の身体が爆炎に包まれたのだ。
何が起こったのかを理解できない『統率者』。『統率者』は、頭上のドローンに気が付かなかったのだ。
「――――!?」
爆炎が晴れた瞬間、『統率者』の顔が歪む。
爆炎が晴れた先にカガチが居なかったのだ。
――マズイ。
いま、あの男を、あの刀を見失うのは――
唯一、自分を殺しうる方法。『王』の生誕を防ぐ持ち主。
カガチを見失ってはならない理由はいくらでもあった。
刹那、陽光が翳った。
反射的に『統率者』は空を見上げる――宙にカガチはいた。
「――」
あそこまでどうやって昇ったのかは分からない。それはどうでもいい。
『統率者』は顔を笑みで歪める。
重要なのは、十分に防御が間に合うということだ。
刀と大剣を空に向けて構えようとする。カガチの落下速度を考えると十分に間に合うタイミングだった。
「いや、それじゃあ遅い!」
「――――――!!!!」
加速した。カガチは宙を踏みしめて、加速したのだ。
すでにその身体には、凄まじいほどの紫電が迸ってる。
遠くで女の絶叫が聞こえる。そんな必要のないことを考えながら、『統率者』は呪刀に貫かれた。




