血より産まれしモノ 10
得たいの知れない悪寒が背筋を這い上っていく。
どういう訳か、あのライガと対峙した時のことが脳裏にフラッシュバックする。
「――――」
ゴブリンどもが割れて、奥から巨躯のゴブリンが現れる。
漆黒の肌は黒いゴブリンたちと変わりはない。しかし、内包している呪詛は桁違いなのを感じる。特別な感知スキルを持たない俺でも、それは十分に理解できた。
そのゴブリンは、他のゴブリンよりも一回りも二回りもデカい。何体か倒したジェネラルの変異体よりも、キングの変異体よりも。手には武骨な大剣。金属製ではなく、何かの骨を削って作ったものらしい。身にまとうは華美な獣の皮。そこらの獣のものではない。かなり強い魔物のものだ。
そのゴブリンが、目の前に現れる。目の当たりにしてみると、ゴブリンというより巨人のようにも思える。
交わす言葉はない。視線のみが一瞬だけ交差して、殺し合いは始まった。
始めに動いたのはヤツ。その手に携えた大剣を、大きく振りかぶる。
動きは早い。しかし、単調だった。
最短最小の動きで、刀を振るう。大剣を躱すと同時、その腕を斬る。
「な――――!?」
手ごたえが軽すぎた。刀はその皮膚を斬り裂くばかりか骨を断ち、腕を斬り飛ばす。
軽い、軽すぎる。見かけだけの風船のようだ。ただのゴブリンよりも、ましてやあの黒いゴブリンたちよりも柔らかい。
「なんなんだお前」
雑魚だ。おそらく、これまで出会った中で一番の。ヤツの腕はすでに再生されているが、それだけだ。
けれど、背筋に這い寄る悪寒は変わりない。あべこべだ。気持ち悪い。感覚と現実が一致しない。相手の力量を測り間違えることは何度もあった。だが、ここまでの食い違いはおかしい。奥の手を隠し持っている様子もない。
「なんなんだ……」
『縮地』で距離をつめ、首を刎ね飛ばす。しかし悪寒は、まだ消えない。
『纏雷』を起動して、最大火力をヤツの身体に流し込む。……まだ消えない。
黒煙くすぶるヤツの四肢を斬り飛ばし、身体を両断し、切断する。だが、背筋の悪寒は消えるどころか増している。
呪詛を吐き出しながら再生していくヤツ。首を刎ねたのに生きているのは、ヤツが特別だからだろう。
それと、さっき感じた違和感。先ほど斬り飛ばした腕の感触が、他よりも硬かった。ダメージを負うたびに硬くなる。それが能力か。
嫌な能力だ。再生能力も相まって、持久戦を強いられるに違いない。これが悪寒の正体か。
「いや、違う。違うな。それじゃない」
悪寒の正体はそれじゃない。もっと違う何かだ。魂の底から異端な何かだ。こんなことじゃない。
「ああ!!もう!」
刀を振るう。
再生したばかりの四肢を、首を、胴体を、心臓を、内臓を切り刻んでいく。その手ごたえは硬い。どんどん硬くなっていく。
だが、まだ斬れる。切断は可能だ。
しかし、
「な!?」
「―――――」
刀が掴まれた。再生したばかりの腕で。刀が加速しきる前に掴まれた。掌の皮すら切れてない。
「チぃ!!」
刀をつまんだ手とは反対の腕が、拳を形作って迫る。俺の耐久力で無防備に受けてしまっては、致命傷になるだろう。
だったら――
刀を手放して、後ろに跳ぶ。腕をクロスさせて、ボディへの直撃は下げる。
「ぐッ……!」
それでもHPの半分が削れてしまう。まったく嫌になる。この紙装甲は!!
後ろに吹き飛ばされた俺を追って、ヤツは迫ってくる。手には、『雷光』を握っている。
「――――」
「刀の振り方がなってねえなぁ!!」
刀を躱して、腕をつかむ。
「一本!!」
「―――!?」
背負い投げ。我ながらきれいに決まったと思う。柔道は爺ちゃんに叩き込まれた。リアルで役立つことはほとんどないが、ゲームでは以外と役に立つのだ。こうして、無手になった時なんかは!
インベントリから、ニードルビーの短剣を取り出してヤツに刺す。
斬撃は通らなかったのに、刺突は通る?皮膚の硬化じゃないのか。刺突に弱いだけなのか……いや、どうだろうな。今の感触は……最初の感触に近かった。空気を刺したように、感触がなかった……どういうことだ?
まあ、いい。斬撃は効かない……刺突は効く。それさえ押さえておけばいい。
柄に仕込まれた石化薬が流れていく。
「やっぱり上手くいかないか!」
結果は何も起こらず。おそらく石化薬がハクロ手製なのが原因だ。アレは石化の呪いを詰め込んだもの。ハクロ手製であるから大抵の敵に効き、また呪いであるから毒耐性を無視できる。
しかし、呪いであるからには呪い耐性を持っているやつなんかには効きにくい。コイツなんかは、呪詛を詰め込んだようなヤツだ。当然、呪いへの耐性は素より高いはずだ。
「チ、こりゃ短剣はダメだな」
心臓や首を狙って刺突を繰り返していたが、ついに皮膚を破れなくなった。
こりゃ、喰らった攻撃に耐性を得るとかそういうパターンか?ひとまず、そう仮定しよう。それなら、別の攻撃を試さなきゃならん。
まあどうあれ、短剣は辞めよう。
そうやって、ニードルビーの短剣をアイテムボックスにしまった瞬間――
「カガチ!離れて!」
声の主を探している余裕はない。誰の声かは明白であったし、なにより先ほどからの悪寒とは別種の寒気を感じたからだ。
その声の方向へと、すぐさま距離をとった。
その瞬間、耳をつんざく轟音と視界を轟炎が焼き尽くした。
「こんのぉ……!!」
俺もろともという悪意を感じ取れる一撃の主は、グラーフしかいない。
いつの間にか、丘陵から降りて来たらしいグラーフ。いや、降りざるを得なかったのか。
よく見れば、あの丘にはゴブリンが見られる。どうやら、回り込まれていたらしい。さすがの爆撃と言えど、あの数のゴブリンを相手に、全方位は無理だったようだ。
「ごめんごめん。で、あれは?」
「アレが王様。正体は知らん。再生能力持ち、おそらく攻撃のたびにその攻撃に対して耐性を得る。斬撃はもうほとんど効かないと思う。他にも何かある可能性大。以上」
簡潔にまとめて、HPを回復しておく。正直、焼け石に水のようなものだが、ないよりはあった方がいいに決まってる。
「お前は?」
「爆薬は残り少ないけど、とっておきがあるよ。その他にはタレットとか、毒薬」
「そりゃいいな。特に毒はいい……ああ、そうだ。呪い由来の毒は効かない。そこは気を付けてくれ」
「呪いって……そんな希少なヤツはないよ。君じゃないんだからさ」
「よぉし!俺が引き付けるから、攻撃は頼む!」
「はぁ!?カガチは!?」
取り乱し、声を荒あげるグラーフに対して、手を広げて、まだ炎に包まれているヤツを指さした。
炎に包まれているヤツの手にはうっすらと鈍色が見て取れる。それだけで、グラーフには通じたようだった。
「はあああ!?馬鹿じゃないの!?」
「そういう訳だから!」
アイテムボックスから予備の刀を取り出した。『雷光』には敵わないが、それなりに良い刀だ。とはいえ、『雷光』で傷つけることが出来なかったヤツを斬ることは出来ないだろう。だから、この刀はせめてもの自衛用。死なないためのものだ。
ヤツに向かって駆ける。正直なところ、ヤツを倒す手段はある。だが、リスクが高すぎる。だから、これは本当の奥の手だ。
「――!」
「っと!?危ねぇ!!」
振るわれる『雷光』を、何とかして捌く。火花を散らして、刀が軋む。
こりゃあ、パワーも上がってるな!?耐性だけじゃなく、身体能力も向上してんのか!
スロースターター、晩成型。限界はあるとは思うが……あればいいが。いや、最悪を念頭に置くべきだ。
おそらく最適解は、コイツを一撃で殺しきること。だが、首を刎ねても死ななかった奴だ。一撃で殺すのはかなり難しいはずだ。
次点で、燃料切れまで粘る。だが厄介なことに、耐性と身体能力が向上するおまけつきだ。これはこれで、難しい。
「離れる!!」
「了、解ッ!」
離れた瞬間、爆炎がヤツを覆う。
巻き添えになっている『雷光』が気がかりではあるが、致し方ない。
炎に揺らめくヤツの影。十秒もしないうちに、その影は炎から出て来た。
「まじか」
さっきよりも全然早い。もはや炎などものともしないのか。
ダメージに比例した耐性?それとも攻撃の回数?首を刎ねたことを考えると、回数の方か。そうねると、炎ダメージはスリップダメージだ。それなら急速な耐性の獲得も納得できる。
「どうする、どうする、どうする!」
「タレットはどう?」
「タレット……銃弾だよな」
「そりゃあそうよ」
どうなるんだ?銃撃と突きって、同じカテゴリーになるのか?
分からん。カテゴリー別ならいいが、同じだった場合、最悪じゃないか。俺の切り札が潰される。
「カガチ!」
「は?」
その声に思考を断ち切った。いや、断ち切られた。
眼の前には、『ヤツ』がいた。拳を振るい終えている。横を見れば、グラーフがいない。『ヤツ』に殴られたか。
『ヤツ』が刀を振るう。まずい、止めなければ死ぬ。
「ぐううう!!」
身体が浮いて、グラーフの反対に吹き飛ばされた。なんとか刀は差し込むことが出来たが、それなりのダメージは負った。というか、瀕死だ。
HPバーが赤く点滅している。残り数ドット。本当にホントのギリギリ。
ダメージを回復しておいてよかった。
吹き飛ばされた俺を倒そうと寄って来たゴブリンを斬りながら、ダメージを回復しておく。
「あーくそ、ここが正念場か」
俺たちの役割は陽動だ。こうしてキングをここに引き付けている時点で、役割を果たしているだろう。だが、陽動だから……数の差が圧倒的だから……そんな理由で負けたくない。
仕方ない、使うか。リスクは高いが、ここで負けるよりかはマシだ。後のことは後で考えればいい。
「鬼が出るか蛇が出るか。知ったことじゃないからな!」




