血より産まれしモノ 9
「次ィ!!」
爆撃の轟音で、耳がおかしくなりそうだ。もはや、頭の中で響いている気さえしてくる。
それでも不思議なことに、敵の音はしっかりと聞き取ることのできる。
視界、聴覚、第六感……全てを総動員させて、敵を殺す。
ここまでのピンチは久しぶりだ。周り全員が敵で、味方は少数。互いの連携など期待できず、己の力のみで生き残るしかない。一手間違えれば、死への一本道。
正直なところ、状況は悪くなっていくばかりだ。それでも何とかなっているのは、単純にゴブリンの知能が低いためだ。
奴らは、自らの再生力を活かせてない。いや、自身を、他人を犠牲にした攻撃を平然と可能性と考慮している俺の方が可笑しいのか。普通、まともな奴らはそんな作戦は立てない。
誰だって自分が死ぬのは嫌だ。それはゲームだって変わらない。なにせ、本当の意味で死ぬことのないプレイヤーでさえ、死ぬのは嫌がるのだ。一度の命しか持たないゴブリンが、躊躇うのは当然か。
本格的に、『壬生浪』は頭のネジが何本も飛んでいる。今更ながら、それを改めて認識した。
「ガアアアア!」
「遅え!」
鉄剣を振り上げる瞬間に、その首を斬り飛ばす。ついでに、近くにいたゴブリンを盾にして横からの斬撃を防ぐ。
俺のいる前線部は比較的に、安全と言えよう。ああ、もちろん俺の話ではない。全方位から攻撃が振ってくる状況を、安全と言える奴はただの異常者だ。
では、誰にとっての安全か?決まってる、ゴブリンにとって、だ。
ゴブリンの壁の向こう。普通のゴブリンと控えている黒ゴブリンたちが居るそこは、まさに地獄だ。さっきよりも激しさを増した爆撃が、彼らを襲っている。
少しそちらの方に意識をさけば、先ほどの魔道具ではない。なにか生物を模したものではなく、ドローンのようなものが、内部から爆弾を投下していた。先の爆撃よりも威力が高い。おそらく、黒いゴブリンを殺しきるための物だろう。
威力は抜群。ドローンたちを何とかしようと、ゴブリンの魔術師が魔法を放つ。しかし、それは届く前に消えるか、躱されてしまう。
「よっと」
これで何体目か。かなりの数を屠ったが、まだ控えはいるようだ。
一度距離をとる。『纏雷』を使う気はない。アレは強力ではあるが、継続戦闘には向いてない。だが、俺にはもう一つ身体強化の術はある。最近使わな過ぎて、忘れてたが!!
左手に巻かれた包帯を一気に剥ぎ取る。露になる呪印。ライガの経験値を吸い取って育ったそれは、今や左手全体に成長していた。
瞬間、ゴブリンどもの目が変わった。変化は様々だ。怯えるを含む者、殺意をたぎらせる者、恐怖を刻む者……だが、やはり多いのは殺意だ。怯えを、恐怖を抑えて、殺意を滾らせている。
「来るか……!」
一瞬は躊躇ったものの、ゴブリンたちは包囲網を狭めた。そして、何が切っ掛けか一斉に襲い掛かろうとして――
―――――――――!!!!!
その咆哮に、止まった。
暗く、日の明かりの届かない洞窟。そのため洞窟を照らすのは、頼りなく風に揺られる燭台の光のみだ。しかし光は弱く、少し先は闇で覆われてしまっている。
その洞窟に、男の声が響く。
「やあ、王女様」
気さくにマリーに話かけたのは、やつれた男。しかし、彼はハクロとマリーの方へは向いていない。何やら作業をしているようで、背中を向けたままだ。幼いとはいえこの国の王女に対する態度ではない。いや、そもそも王族の誘拐を企てた男だ。今更そんな態度は、気にしてないのだろう。
「どうして、私を攫ったのですか?」
いつもの幼い口調ではない。王女に相応しい、しっかりとした口調だった。
その変わりようにハクロは少し驚いたが、それを押し殺して洞窟を見渡した。
「すまない。少し待ってくれたまえ」
「……ッ」
狭く、土埃の洞窟。しかし洞窟というが、岩壁が露出しているのは天井と床だけだ。左右の岩壁は本棚で埋め尽くされている。本棚には得体の知れない本が多くあった。豪華な装丁から、みすぼらしいもの、竜皮、人皮のもの……ハクロが読了済みの本もいくつかあり、彼が手に入れたいとも思っていた本もあった。
本に埋もれた洞窟。しかしそれだけではないようだった。よく見てみると地面には魔法陣が刻まれていた。それはハクロにとって見慣れてしまった魔法陣である。
生物を強制的に変容させる呪術。特にこれは、最上位の魔物『鬼』を創造するためのものだ。ハクロもその呪術を最近使い、失敗したばかりだった。だから、その魔法陣を見間違うはずがない。多少の改良こそあったが、そのベースはまごうことない。
洞窟の奥。闇で覆われてしまっているそこには、うっすらと何か手のようなものが見えた。おそらく、実験の失敗作だろう。もはや原形を留めておらず、肉塊と化してしまったものもうっすらと見える。
その洞窟は、まさしく箍の外れた呪術師の住処だった。
「ああ、待たせてしまったね」
やつれた男が振り返る。これといって特徴のない男だ。刻まれたような隈、不健康を体現したかのような体、手入れのされていないボサボサの髪。不健康、不衛生を除けば、その男はどこにでもいるような男だった。
「どうして私を攫ったのですか」
「ああ、聞きたいことがあってね」
ごくりと、マリーが固唾を呑んだ。男の眦が鋭くなる。
何を聞かれるのだろう。国宝?貴族の弱み?それとも、禁書庫の内容?脳裏に心あたりのあるものがリストアップされていく。よく知っていることから、内容を知らされていないものまで。
しかし男の口から出た言葉は、マリーが予想していたものではなかった。
「墓場はどこにある?楽園は?」
墓場?楽園?そんなものは……知らない。聞いたこともない。
マリーはただ困惑していた。だって、あまりにも抽象的すぎる。墓場?誰の、どこの墓場だろう?楽園?おとぎ話か何かだろうか?
「ふむ……知らないようだ。王女とはいっても、まだ少女。知っているとすれば、王子の方か」
「お兄様も誘拐するつもりですか……ッ」
「いや、そんなことはしないとも。アレはゴブリン程度ではどうにもならない。アレを捕らえるためには、数を揃えることよりも質が必要だ」
それはそうだ。ゴブリン程度では、お兄様は揺るがない。お兄様だけじゃない。王都には王国の勇士が数多くいるのだ。いくら数を揃えたとて、お兄様を捕らえることは出来ない。
それは確信だった。兄への妄信などではない。
「だから私は質を追求した。幸いにして、ゴブリンは掃いて捨てるほどいたからな」
「まさか……」
「そうだよ。君たちも出会っただろう。黒いゴブリンだ。鬼化……かつて古代文明が扱っていた術式を利用してな。結果は、上々だったろう。あの再生力……身体能力の向上こそ小さかったが、あの不死性は素晴らしい。呪詛をつぎ込むほど、強くなっていくからな!」
ペラペラと促してもいないのに、男は喋っていく。
その話を聞いて、マリーは顔を青くしていく。しかし、ハクロは冷ややかな目をしやままそれを聞き流していた。
ハクロには、ハクロだけにはあのゴブリンたちが、男の話すのような素晴らしいものではないことを理解しているのだ。蛇帝の子息として、呪の女帝の扱う呪術を目にし、そして『鬼』というものを実際に目をした彼には、あのゴブリンたちがいかにお粗末なもので、いかに『呪』が足りていないのかが分かる。
「とはいえ、かの王子の力は侮れない。だから、王女様には人質になってもらおうと思うんだ」
なんでもないように、男は云った。
「暴れられても困るし、とりあえずダルマにしておくか」
ダルマという言葉にマリーは首を傾げる。幼い彼女は、まだその言葉の意味することを知らないのだ。四肢を斬り落とし、ダルマのように加工するなど。
それでも、マリーは本能的に身の危険を感じていた。顔を歪ませて、何とか逃げようと身をよじる。
「ああ、逃げられて困る」
男は呪術を行使する。男の手にある杖を通じて、呪詛の鎖が顕現しようとする。呪詛によって変異した樹精霊から作れたその杖は、呪術師にとって必要不可欠なものである。
人間では不可能な呪詛の操作を可能にし、その操作を手助けする補助装置。呪術師として本当の道は、この杖を手に入れてから始まると言っても過言ではないほどだ。
「?」
もう何回繰り返したか分からない行為。男にとって、呪詛の操作など呼吸のように出来るはずだった。
しかし、何も起きない。呪詛を集めることが出来ない。
初めての経験だった。呪術師同士が相対してもこんなことは起きない。なぜなら、杖の干渉力は同じなのだ。
ありえるとすれば、この杖よりも上位の干渉力を誇る何かだ。しかし、長らく呪術師のスタンダードは呪われた|樹精霊≪トレント≫の杖だ。それは比較的手に入りやすいという理由だけではない。呪詛への干渉力が、他よりもはるかに優秀なのだ。
しかし、それはあくまでもスタンダードな話である。世の中に広がる可能性は無限大である。より上位の干渉力を誇る何かがあっても不思議ではない。
「なにをした……?」
久々に感じる未知の感触に、唇を震わして男は問うた。
それには恐怖に畏怖、そして歓喜が含まれていた。
未知。それも呪樹精霊を超える素材。
それを手にすることが出来れば、自分はさらに上の位階に行ける。呪術も制度を増し、大呪術でさえ軽々と使用できるかも知れない。
「……何が?」
しかし、マリーは頭を傾げるだけである。
たしかに、王女が呪術師であるなどいう話は聞いたことがない。なら、だれが……?
狭い洞窟に隠れられるような場所はない。土魔法なら可能かもしれないが、ここは呪術師のテリトリー。魔法が使われたなら、彼が気づくはずである。
「あ!?ダメ!!」
周りに張り巡らしていた注意が、マリーに注がれる。
マリーの腕から、一匹の蛇が飛び出していた。マリーがここまでずっと抱きかかえていた蛇だった。
白い蛇だ。大きくはない、むしろ小柄だ。どこか神々しい蛇だった。どこかの島国では、蛇は神の遣いであるという。この蛇ならば、それもありえるのかもしれない。
そんな悠長な思考は、渦巻いた呪詛によって中断せざるを得なかった。
「馬鹿な……!!」
渦巻く呪詛は、到底人に操れる量ではない。
杖で干渉できる許容量をはるかに超え、呪術師が十人集まってやっと操れる量になっている。加えて、呪詛の量はこうしている間にも、どんどん増えていっている。
「そうか……」
男は理解した。
――コイツが敵か!!
思考が切り替わる。呪術は通じないと、男は魔法を放とうとした。男とて、熟練の呪術師。呪術に傾倒していたが、魔法が使えぬわけではない。
同時に炎と風が顕現した。風は炎を煽り、大きく猛らせていく。
しかし、通じない。渦巻く呪詛の壁を破ることは出来なかったのだ。
「ぐう……!?」
次の魔法を詠唱しようとしたところで、男は地面に縫い付けられた。魔法が使えるといっても呪術ほどではない。それに彼の本質は研究者。戦闘を得意にしているわけではない。呪術を使えぬ時点で勝負は決していたようなものだった。
身動き一つ取れぬ男をハクロは覗き込む。その鋭い眼は、男の全てを見透かしているようだ。
「ああ、そうか」
笑い混じりに男は喋り始める。
「お前が、王か。呪の王族。呪術師たちの間で囁かれる伝説は本当だったか。呪の王は、呪詛を思うがままに操り、ありとあらゆる呪術を行使する。そうかそうか!!お前が王か!!」
洞窟に男の声が木霊する。
「ならば、刮目しろ!!我が人生の集大成を!私の全てを賭けて作った『呪の王』だ!!外に居る奴らを殺したら、ここに来るぞ!!果たして、どっちが王に相応しいのだろうな!このダウス=ローレンスが――!?」
哄笑は、呪詛によって遮られた。直接的にダウスの口を塞いだわけではない。唐突に蠢いた呪詛が、文字を象ったのだ。
そこには、こう書いてあった。
――負けないとも。僕の相棒を舐めるな、と。




