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ストレンジアルカディア  作者: 東夜 空
Born out of blood
73/104

血より産まれしモノ 7

 『纏雷』をHPーが急速に削れていく。

 二十秒。二十秒だ。

 それで決める。


「ギ――」


 黒いゴブリンが、その醜悪な顔を歪める。恐れるように、おびえるように。

 だが、その戦意は衰えていない。

 剣を握りしめて、奴は迫ってきた。

 そのまま剣を振り上げ、俺の刀と斬り結ぶ。

 舞う火花、響く剣戟。

 一手間違えれば斬られる。その予感が、ピリピリとうなじを這い上る。

 だが、俺を倒すには足りなすぎる。

 紫電が、身体を加速させる。

 斬撃を逸らし、奴の内側に無理やり身体を滑りこませる。

 もはや、刀を振るうスペースはない。だが、刀は振るだけが使い方ではない。刺すことだってできるんだよ。


「ギィ!?」


 顔は見えないが、驚いた気配と侮る気配――そして、勝利を確信した気配を感じる。

 そりゃあそうだ。刀は奴に突き刺さっただけで、致命傷には至ってない。場所からして内臓を避けているだろう。『再生』持ちのコイツにはダメージが少ないだろう。

 だが、本命はそれじゃない。

 どこぞのゴードン某のように、終われ。


「――――!!!!!」


 声にならない絶叫が、森に木霊した。そして、奴は膝をついた。

 『雷光』を通じて増幅された紫電が、奴の内部で暴れまわった結果だ。

 だが、奴の身体から黒い靄が溢れている。おそらく、内部を再生しているのだろう。

 電撃が奴の体内を焼き尽くすか、それとも再生力が上回るか。


「生憎と、そんな時間はなくてな」


 『雷光』を引き抜く。その影響で、奴の体内に流れていた電撃は収まった。

 しかし、奴が立つことはない。当たり前だ。体内に電流が走っていたのだ。まだ立てるほどには、回復はしていないだろう。

 必然、膝をついたままの状態で佇むことになる。まるで、首を差し出すように。

 

「十五秒、か。二十秒も要らなかったな」


 その首をめがけて、刀を振り下ろした。





「終わった?」

「……グラーフ」


 『纏雷』を解除したところで、グラーフが来た。

 小言をいくつか言いたいがそれは後でいい。


「状況は?」

「魔法が使えない。おそらく反魔法結界(アンチマジックエリア)が展開されてるね」

「アンチマジックエリア?」

「その名前のまんま。一定時間、魔法を使えなくするものだよ。軽々に使えるもんじゃないはずなんだけどね……私も初めての経験だよ」

「それは、まあ……」


 なんとも凶悪なものだ。

 物理職相手は兎も角、魔法職には致命的か。幸いなのは、軽々しく使えないらしいことか。

 そういや……


「お前の魔道具は壊されたのか?」

「いんや……あれも原理は魔法と同じだったからね。それが致命的になったってところ」

「なるほど……」


 地面に置いた魔道具を回収しながら、グラーフは言った。

 なるほど。やけに簡単に姫様を攫われたと思っていたが、そういう事情が。


「つーことは、なにも出来なかったってことか」

「うぐっ……」


 ぎくっ、とグラーフの動きが止まる。

 そのまま煽りたかったが、状況が状況だ。遊んでいる時間は惜しい。


「ふぅ……姫様は?」


 グラーフは答えず、ただ森を指さした。アチラは森の奥の方だ。つまり、森の奥に連れ去られたということか。


「最悪だな」


 あの方向は、ゴブリンの出現した方向と一致している。

 つまるところ、あの方向にはゴブリンたちの集落、もしくは本隊がいる可能性がある。そうなると、姫様の救出は困難になる。

 それに、黒いゴブリンの存在が気になる。間違いなく、アレは普通じゃない。どんな進化を果たしたのか、何が切っ掛けになったのかは分からない。だが、通常のゴブリンより強い。その事実だけで、難易度は上がる。


「あとは数か……」

「……そうだな」

「……アーデルハイトさん」

「アーデルハイトでいい」


 いつの間にか、アーデルハイトさんが近くに来ていた。


「どうする?」

「そうだね……別れようかな。マリーちゃんの救出と陽動って感じに」

「それがいいか」

「ただ、地理が分からないから……もしかしたら救出と陽動が逆になっちゃうかも」

「それは仕方ないだろ。そうなったら、どうにかするしかない。それに、第一目的は姫様の救出……だろ?」

「そうだ。それで、どのように分かれる?」


 チームは、出来るだけ同じ強さにした方がいい。救出と陽動、やることが入れ替わる可能性がある以上、どちらかに比重を置いても仕方ないだろう。

 えっと……アーデルハイトさんに、俺、グラーフ……ハクロ。これを上手く分けるとなると……。

 一度、周りを見渡した。

 グラーフに、アーデルハイトさんの顔を視界に映った。


「あれ……?」

「どうかしたの?」

「足りない」

「え?」


「ハクロが居ないー--!!」


 木漏れ日の降り注ぐ暖かな森の中、間抜けた声が木霊した。






 カガチが、ハクロが居ないことに気が付いた頃。ハクロは、そんなことは露知らず、マリーの腕の中で揺られていた。

 細かな振動に揺られながら、ハクロは自分たちを運ぶ存在を見る。

 マリーを脇に抱えながら、木々を駆けるのは黒いゴブリン。先ほどのゴブリンと同種ならば、再生能力を保有し、力は通常のゴブリンよりは上のはずだ。

――やっぱり。

 間近で黒いゴブリンを観察して、ハクロは確信した。

 カガチは、この黒いゴブリンを呪詛の絡んだゴブリンと予想していた。事実、その予想は正しい。ただ、彼の予想と異なるのは自然発生ではないということ。この黒いゴブリンは、自然にゴブリンが進化したものではない。明らかに人為的なものだ。

 人形を弄るように、土をこねるように元の形を侮辱し、余分なものを新たに足す。長い年月をかけ、生存に必要なものを獲得したのではない、完成したものを歪にした唾棄すべき所業。

 単純にハクロは怒っていた。

 彼とて、生物実験をしたことのない誇れる呪術師ではない。呪術を人のため、世のために使う聖人ではない。無論、必要とあれば世のために使うことも厭わないが、その本質はこの黒いゴブリンを作り出した者と変わらない。

 知的好奇心がために呪術を行使し、新たな可能性を求め、生物を弄る。つい先日も、カガチを使って実験したばかりである。過去の狂人たちが遺した軌跡をたどって。

 したがって、彼が憤っているのは人道から外れているとか、そういう理由ではない。怒りの理由は単純――あまりにも、この黒いゴブリンが拙かったからだ。

 同じ穴の貉として、このような不良品は許せない。 

 生物実験をするハクロだって、命が不可逆なものであり、大切なものであることは理解している。だからこそ、こんな命を侮辱するような改良は許すことが出来ないのだ。


「ただ……」


 彼女は置いておきたかった。

 ハクロは、自身を抱いているマリーを一瞥する。彼を抱える腕は小さく震えていて、その彼女の感じている恐怖を物語っている。

 しかし、『敵』が狙っているのは彼女である以上、下手に動くことは出来なった。

 『炎蛇』を行使しようにもこの距離感では、マリーにも被害が及ぶ。では、『金縛り』で麻痺をさせるかとも考えたが、その後が怖い。現在地など分からぬし、下手に抵抗した場合、援軍が来る可能性もある。ハクロ一人では、大量の敵に対処することは難しいと考えたのだ。

 それに――


「僕は分からないけど、カガチたちは分かるはずだから」


 マリーの胸には、新しいペンダントが光っていた。

 それはグラーフの話が正しければ、先のペンダントと同じ類のものだ。ならば、彼らは此方の位置を知ることができるだろう。

そう考えを巡らせているところで、鬱蒼だった森が少しだけ開けた。森の中の岩壁に開いた洞穴。そこから滲みだす悍ましさが、ハクロの第六感を刺激する。慣れ親しんだような、しかしいつものソレとは性質が違う。這い寄るような、ねばつくような悍ましさ。

 例えるなら、人間の悪意のような……。


「……ッ」


 急に心細くなった。そんなハクロの機敏を感じ取ったように、ギュッと抱きかかえる腕の力が強まる。

 もはや、引くことは出来ない。

 地獄の入り口のような洞窟に、ハクロとマリーを連れて黒いゴブリンは入っていった。


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