血より産まれしモノ 7
『纏雷』をHPーが急速に削れていく。
二十秒。二十秒だ。
それで決める。
「ギ――」
黒いゴブリンが、その醜悪な顔を歪める。恐れるように、おびえるように。
だが、その戦意は衰えていない。
剣を握りしめて、奴は迫ってきた。
そのまま剣を振り上げ、俺の刀と斬り結ぶ。
舞う火花、響く剣戟。
一手間違えれば斬られる。その予感が、ピリピリとうなじを這い上る。
だが、俺を倒すには足りなすぎる。
紫電が、身体を加速させる。
斬撃を逸らし、奴の内側に無理やり身体を滑りこませる。
もはや、刀を振るうスペースはない。だが、刀は振るだけが使い方ではない。刺すことだってできるんだよ。
「ギィ!?」
顔は見えないが、驚いた気配と侮る気配――そして、勝利を確信した気配を感じる。
そりゃあそうだ。刀は奴に突き刺さっただけで、致命傷には至ってない。場所からして内臓を避けているだろう。『再生』持ちのコイツにはダメージが少ないだろう。
だが、本命はそれじゃない。
どこぞのゴードン某のように、終われ。
「――――!!!!!」
声にならない絶叫が、森に木霊した。そして、奴は膝をついた。
『雷光』を通じて増幅された紫電が、奴の内部で暴れまわった結果だ。
だが、奴の身体から黒い靄が溢れている。おそらく、内部を再生しているのだろう。
電撃が奴の体内を焼き尽くすか、それとも再生力が上回るか。
「生憎と、そんな時間はなくてな」
『雷光』を引き抜く。その影響で、奴の体内に流れていた電撃は収まった。
しかし、奴が立つことはない。当たり前だ。体内に電流が走っていたのだ。まだ立てるほどには、回復はしていないだろう。
必然、膝をついたままの状態で佇むことになる。まるで、首を差し出すように。
「十五秒、か。二十秒も要らなかったな」
その首をめがけて、刀を振り下ろした。
「終わった?」
「……グラーフ」
『纏雷』を解除したところで、グラーフが来た。
小言をいくつか言いたいがそれは後でいい。
「状況は?」
「魔法が使えない。おそらく反魔法結界が展開されてるね」
「アンチマジックエリア?」
「その名前のまんま。一定時間、魔法を使えなくするものだよ。軽々に使えるもんじゃないはずなんだけどね……私も初めての経験だよ」
「それは、まあ……」
なんとも凶悪なものだ。
物理職相手は兎も角、魔法職には致命的か。幸いなのは、軽々しく使えないらしいことか。
そういや……
「お前の魔道具は壊されたのか?」
「いんや……あれも原理は魔法と同じだったからね。それが致命的になったってところ」
「なるほど……」
地面に置いた魔道具を回収しながら、グラーフは言った。
なるほど。やけに簡単に姫様を攫われたと思っていたが、そういう事情が。
「つーことは、なにも出来なかったってことか」
「うぐっ……」
ぎくっ、とグラーフの動きが止まる。
そのまま煽りたかったが、状況が状況だ。遊んでいる時間は惜しい。
「ふぅ……姫様は?」
グラーフは答えず、ただ森を指さした。アチラは森の奥の方だ。つまり、森の奥に連れ去られたということか。
「最悪だな」
あの方向は、ゴブリンの出現した方向と一致している。
つまるところ、あの方向にはゴブリンたちの集落、もしくは本隊がいる可能性がある。そうなると、姫様の救出は困難になる。
それに、黒いゴブリンの存在が気になる。間違いなく、アレは普通じゃない。どんな進化を果たしたのか、何が切っ掛けになったのかは分からない。だが、通常のゴブリンより強い。その事実だけで、難易度は上がる。
「あとは数か……」
「……そうだな」
「……アーデルハイトさん」
「アーデルハイトでいい」
いつの間にか、アーデルハイトさんが近くに来ていた。
「どうする?」
「そうだね……別れようかな。マリーちゃんの救出と陽動って感じに」
「それがいいか」
「ただ、地理が分からないから……もしかしたら救出と陽動が逆になっちゃうかも」
「それは仕方ないだろ。そうなったら、どうにかするしかない。それに、第一目的は姫様の救出……だろ?」
「そうだ。それで、どのように分かれる?」
チームは、出来るだけ同じ強さにした方がいい。救出と陽動、やることが入れ替わる可能性がある以上、どちらかに比重を置いても仕方ないだろう。
えっと……アーデルハイトさんに、俺、グラーフ……ハクロ。これを上手く分けるとなると……。
一度、周りを見渡した。
グラーフに、アーデルハイトさんの顔を視界に映った。
「あれ……?」
「どうかしたの?」
「足りない」
「え?」
「ハクロが居ないー--!!」
木漏れ日の降り注ぐ暖かな森の中、間抜けた声が木霊した。
カガチが、ハクロが居ないことに気が付いた頃。ハクロは、そんなことは露知らず、マリーの腕の中で揺られていた。
細かな振動に揺られながら、ハクロは自分たちを運ぶ存在を見る。
マリーを脇に抱えながら、木々を駆けるのは黒いゴブリン。先ほどのゴブリンと同種ならば、再生能力を保有し、力は通常のゴブリンよりは上のはずだ。
――やっぱり。
間近で黒いゴブリンを観察して、ハクロは確信した。
カガチは、この黒いゴブリンを呪詛の絡んだゴブリンと予想していた。事実、その予想は正しい。ただ、彼の予想と異なるのは自然発生ではないということ。この黒いゴブリンは、自然にゴブリンが進化したものではない。明らかに人為的なものだ。
人形を弄るように、土をこねるように元の形を侮辱し、余分なものを新たに足す。長い年月をかけ、生存に必要なものを獲得したのではない、完成したものを歪にした唾棄すべき所業。
単純にハクロは怒っていた。
彼とて、生物実験をしたことのない誇れる呪術師ではない。呪術を人のため、世のために使う聖人ではない。無論、必要とあれば世のために使うことも厭わないが、その本質はこの黒いゴブリンを作り出した者と変わらない。
知的好奇心がために呪術を行使し、新たな可能性を求め、生物を弄る。つい先日も、カガチを使って実験したばかりである。過去の狂人たちが遺した軌跡をたどって。
したがって、彼が憤っているのは人道から外れているとか、そういう理由ではない。怒りの理由は単純――あまりにも、この黒いゴブリンが拙かったからだ。
同じ穴の貉として、このような不良品は許せない。
生物実験をするハクロだって、命が不可逆なものであり、大切なものであることは理解している。だからこそ、こんな命を侮辱するような改良は許すことが出来ないのだ。
「ただ……」
彼女は置いておきたかった。
ハクロは、自身を抱いているマリーを一瞥する。彼を抱える腕は小さく震えていて、その彼女の感じている恐怖を物語っている。
しかし、『敵』が狙っているのは彼女である以上、下手に動くことは出来なった。
『炎蛇』を行使しようにもこの距離感では、マリーにも被害が及ぶ。では、『金縛り』で麻痺をさせるかとも考えたが、その後が怖い。現在地など分からぬし、下手に抵抗した場合、援軍が来る可能性もある。ハクロ一人では、大量の敵に対処することは難しいと考えたのだ。
それに――
「僕は分からないけど、カガチたちは分かるはずだから」
マリーの胸には、新しいペンダントが光っていた。
それはグラーフの話が正しければ、先のペンダントと同じ類のものだ。ならば、彼らは此方の位置を知ることができるだろう。
そう考えを巡らせているところで、鬱蒼だった森が少しだけ開けた。森の中の岩壁に開いた洞穴。そこから滲みだす悍ましさが、ハクロの第六感を刺激する。慣れ親しんだような、しかしいつものソレとは性質が違う。這い寄るような、ねばつくような悍ましさ。
例えるなら、人間の悪意のような……。
「……ッ」
急に心細くなった。そんなハクロの機敏を感じ取ったように、ギュッと抱きかかえる腕の力が強まる。
もはや、引くことは出来ない。
地獄の入り口のような洞窟に、ハクロとマリーを連れて黒いゴブリンは入っていった。




