血より産まれしモノ 6
先に動いたのは、黒いゴブリンだった。
力強い踏み込みと共にそのバスターソードが上段から振り下ろされる。
その動きは洗練されていて、速い……が、まだ足りない。
「よっと……!」
「!?」
バスターソードを、軽く逸らす。このくらいなら余裕ですとも。
ゴブリンが一瞬、驚愕を顔に浮かべた。それに伴い、動きが鈍る。
ソレは致命的な隙だ。
「シッ!」
バスターソードを握った腕を斬り飛ばす。そのまま止めを刺そうとしたが、それはもう一方の腕による打撃によって防がれた。
胸に衝撃が走る。
「チ……!」
その衝撃のまま、後ろに後退する。
結果的に、アーデルハイトさんの近くまで来てしまった。
「動き自体は、ゴブリンジェネラルくらいだな」
「そうなんですか?」
俺はゴブリンジェネラルとは戦ったことはないから知らないが……アーデルハイトさんが言うのならそうなのだろう。
「アーデルハイトさんは、黒いゴブリンを知っていますか?」
「いや、知らない。すまないな」
「……いえ、気にしないで下さい。俺も寡聞にして知らなかったですから」
城に勤めているアーデルハイトさんが知らないとなると、やはりユニークモンスター。その可能性が一番だ。
ユニークモンスターに強さはそこまで関係ない。強いユニークモンスターがいれば、弱いユニークモンスターもいる。それはベースになったモンスターの強さも関係するし、変異した能力にもよる。
だから、弱いユニークモンスターというのは存在する。
とはいえ、アーデルハイトさんの話のみでそれを決めるのは早い。
「グラーフは?」
いつの間にか、近くまで来ていたグラーフに声をかける。
「私も知らないよ。定期的に掲示板を見ているけど、あんな個体がポップしたって話は知らない。ゴブリンはユニークモンスターというより、上位個体の話ばかりだからさ」
「上位個体?」
「ハイジちゃんが言ってたように、ゴブリンジェネラルとかゴブリンキングとかだね」
「……ああ」
上位個体がいるなら、そっちの方が多いか。
それにしてもジェネラルにキング、ね。名前だけは創作とかでよく聞くが、このゲームではどうなんだろうか。
ま、それは兎も角として……
黒いゴブリンの方に視線を向ける。
腕を斬られたまま、そこに佇んでいる。さっきから動く気配はない。それは、こちらとしても有難い話だが……不気味だ。
不気味、不気味だ。本来なら、一気に畳みかけた方がいいんだろう。だが、その不気味さが行動を拒む。
それに……おそらく、腕を斬った程度ではあの黒いゴブリンには致命傷にはなっていない。
「ああ、やっぱり」
「な……!?」
アーデルハイトさんの驚いた気配がする。
原因は、やはり黒いゴブリン。
「再生持ちか……!」
黒いゴブリンの腕がくっついている。周りを見渡せば、斬り飛ばしたはずの腕がない。どうやら、いつの間にか斬り飛ばされた腕を拾っていたらしい。
くっついた腕を、確かめるように握るゴブリン。見たところ、しっかりとくっついたらしい。
「厄介だな」
苦々しくアーデルハイトさんはこぼした。
しかし、俺はそんなに焦っていない。それは、ハクロもそうだと思う。
それは俺が、いや俺たちの比較対象がライガであり、「獣」であるからだ。
あの再生能力に比べれば、この程度の再生能力は気にするまでもない。ゼロから身体を再生できない程度なら、首を飛ばせばいい。心臓を突けばいい。
ハクロを盗み見てみれば、顔をしかめているだけだ。心配している様子はない。
「よし」
さっさと終わらせるに限る。
『纏雷』を起動し、相手が動く前に――
「ファイヤーランス」
――火槍が、ゴブリンに到来した。
「ちょお……!?」
黒いゴブリンが炎に包まれる。
火槍を放ったのは、隣にいるアーデルハイトさんだ。……出来れば、声をかけてから放ってほしかった。
あれが、魔法か。魔法を使えない、使わない身としては、今の魔法がどのレベルのものかは知らない。だが、見たところ攻撃力には優れているはずだ。そもそも炎自体が殺傷能力が高い訳だからな。
「ヒュウ!やるねぇ、ハイジちゃん」
「……たわけ」
低い声が、アーデルハイトさんから発せられた。
俺とグラーフが一瞬、呆気に取られると同時、猛る炎の幕の向こうで影が揺らめく。
「まじか……」
それも一つではなく、幾つも。ゆらゆらと炎に揺られている。
「ああ、くそ」
「ちょ!?どうにかなるの!?」
「うるさい、グラーフ。どうにかなるんじゃない……」
……どうにかするんだ。
さっきは発動させなかった『纏雷』を発動させる。
一、二、三……数えるのも馬鹿らしい。どうせ見えないところにも居るに決まっている。
炎が風に吹かれて消える。コッチとアッチを妨げるものが消え失せた。
つまり、『敵』が露になる。
――ああ、最悪だ。
『敵』はすべて黒いゴブリンだ。それも一回り大きい個体の姿も見える。通常個体の姿は見えない。それはつまり――あの黒いゴブリンはユニークモンスターなどではなく、新しい種族ということだ。
ユニークモンスターとはその名の通り、ユニークでなければならない。コイツらみたいに群れているのは、もはや特異変異などではなく、新たな進化と言うべきだ。
どういう進化は分からない。だが、間違いなく呪詛は関係しているはずだ。これまで見られなかった……?……何かが切っ掛けになった?
その心当たりはあった。『七帝』ライガの討伐。それが関わっている可能性は大いにある。否定は……できない。
なまじ呪詛が関わっているだけに、な。
「いや、考察はあとだ。まずは、こいつらを片付けるのが先だ」
ちらりと後方を見やる。
姫様……とハクロ。ハクロがいるんだ。姫様は大丈夫だろう。
前を向く。『敵』の数はやはり増えていた。
「『縮地』」
右斜め前にいたゴブリンに『縮地』で距離を詰めて、その心臓を貫いた。刀を引き抜き、直剣を振りかぶっていたゴブリンの腕を斬り飛ばす。返す刀で、そのゴブリンを袈裟斬りに斬り捨てる。
「ギィ!!」
「うるせぇ!」
ナイフを持ったゴブリンが迫ってくる。
視界の隅で、腕を飛ばし、袈裟斬りにしたゴブリンが蠢いた。
「アレで死んでないのか!」
くそ、思ったよりも厄介だ。さすがに直ぐに動けるようにはならないとは思うが、一体にかける時間が多くかかってしまう。
なら、斬撃で止めを刺すのは止そう。
ナイフを弾いて、取り出したニードルビーの短剣を突き刺す。中に入っているのは、ハクロ手製の石化薬だ。
通常のゴブリンよりは石化するスピードは遅かったが、それでも全身が石化した。
「ゴブリンはゴブリンってことか……!」
「ファイアーランス」
「――――!!」
左側では、炎が舞っていた。いや、炎だけではない。炎と共にその金の髪と美しい銀剣が煌めく。一種の舞踏を思わせるような動きだった。
左右からの斬撃を避けながら、後ろに注意を向ける。
姫様とグラーフを光の壁が覆っていた。よく見れば、地面に設置された何かを起点としている。アレも、グラーフの魔道具か。
アーデルハイトさんは、姫様の安全が確保されたから前に出てきた訳か……!
斬撃をさばいて、その首を掻っ切いた。石化薬もプレゼントしておく。
「土産だ、もらっておきな」
この黒いゴブリンのことが多少は分かってきた。最初の個体と身体能力は大して変わらないみたいだ。アーデルハイトさんによれば、ゴブリンジェネラルと同等らしい。
そして、その再生力は面倒ではあるが、警戒するレベルではない。確かに多少の傷では死なず、四肢を斬り落とそうとくっつきさえすれば再生する。だが、首を落とせば死ぬし、心臓を貫いても死ぬ。一番は、その速度が常軌を逸してないことだ。
瞬時に再生することはなく、再生には時間がかかる。それに、その再生力を活かした戦い方はしてこない。巻き添え覚悟の戦法も、傷を負ったとしてもそれを無視して攻撃する気概もない。
要するに、通常のゴブリンが身体能力が少し向上し、再生力を得たということだけだ。
投擲されたナイフを弾いて、ゴブリンの懐に潜りこんだ。そして、そのまま胴体を両断した。
「ふう……」
あれで黒いゴブリンは、一匹を残して倒し終えた。
残っているのは、上位個体らしいゴブリン。他の黒いゴブリンよりも一回り大きいゴブリンは、俺とアーデルハイトさんを睨みつけたあと――笑った。
「キャァァァァァ!!??」
「な……!?」
金切声が耳をさす。
その声の持ち主はマリーちゃんだ。思わず、後方を向いてしまった。
「姫様!!」
姫様が、黒いゴブリンに連れ去られていく。その小柄な体躯を利用して木々を飛び越え、草叢を抜けていく。そのスピードは速い。だが、まだ間に合う。
その考えに至ったのは、おそらくアーデルハイトさんと同時。
「ファイアランス!」
アーデルハイトさんが魔法を放とうとし、俺は『纏雷』を強め、駆けようとする。
しかし――
「な!?」
「ギィ」
「……ッ。くそ!」
魔法は不発に終わり、俺は意識から外してしまっていた黒いゴブリンからに吹き飛ばされる。
「ああ、そうかよ。瞬殺してやる」




