血より産まれしモノ 5
「すまなかった」
およそ、約一分ほど。
姫様の説明を受けたアーデルハイトさんは俺に頭を下げていた。
「反省しなよぉ、ハイジちゃん」
「……なんでお前が偉そうなんだ」
「そりゃ、私は止めたからだよ。カガチはそんなことする奴じゃないってね」
「ふーん。じゃ、聞くけど、本当に俺が誘拐してたら?」
返事はなし。
その代わり、残忍な笑みに中指を立ててのウインク。
なるほど、容赦はないってことか。
「怖いねぇ……」
「ほら、私って敵にはトコトンやるから」
知っているとも。グラーフは弱いが、その反面、取引とか経済関係は無駄に上手いから、金だけは持っていたコイツはPKどもによく狙われていたわけだ。はてさて、何回キルされたのやら……ま、俺もウォルターも嬉々としてキルしたけどな。
だが、ある時からグラーフをキルする奴は明確に減った。理由は簡単、アイツが報復したからだ。経済面、戦闘面でも悉く手をまわした。ある時は、暗殺を依頼し、ある時は人脈を利用した販売制限を。あの時のヤツはまさしく経済界の魔王だった。
いやはや理性の箍が外れている奴に、権力を持たせてしまうとどうなるかを示した貴重な体験だった。おそらくだが……このストアカでも同じことが出来るというか、同じことをしでかしているんじゃなかろうか。
ま、それは兎も角として……
「アーデルハイトさん。頭を上げてください。誰にだって、間違いはあるものですよ」
「そう言ってもらえると有難い」
頭を上げたアーデルハイトさんは、姫様によしよしと頭を撫でられている。そんな姫様に抱きかかえられたハクロが、なんだか信じられないモノを見るような目でこちらを見ていたが、気のせいだろう。
俺だって、敬語の一つや二つ使えるし、取り繕うっての。
「マリーちゃん。私があげたネックレス、ちょっと見せて」
「ん?ハイなのじゃ」
「うん、ありがと」
渡したのは、黄色に輝く石が嵌め込まれたネックレス。程よく装飾されていて、姫様が持っていたとしても不自然ではない。
よく見れば、嵌め込まれた石には亀裂が走っていた。アレが、光の壁を生み出していたものっぽいな。
「そんなにじっくり見られると落ち着かないんだけど?」
「あ?お前じゃねぇ」
身体をくねらせるキモイ動きをしていたグラーフに、ガンを飛ばす。アイツは、分かったうえでそういう行動を取る奴だ。悪意しかない。
グラーフは、そこまで言う?と落ち込んだ素振りを見せていたが、素振りだけだ。あの女は、あんな暴言で凹むほど、精神強度は脆くない。むしろ、隙を見せればやり返してやろうという意気に満ちているようなものだ。
「で?」
「……これは、私の作った魔道具でね。非常時にエネルギーを放出して、使用者を守るものだ。ま、強度は大したことないから、時間稼ぎくらいにしかならないけど……」
「なるほど。その言い方からすると、GPS機能みたいのもついていそうだ」
「お、正解。よくわかったねぇ」
ピンポン、ピンポンと子供を扱うような小馬鹿な返しをされる。
「うるせぇ、少し考えれば分かるだろ」
「むしろ、そっちの機能が本命、だよ。防護機能は単なる安全策。言ったでしょ、時間稼ぎだって」
「ハイハイ、そうですか」
この話は、この程度で打ち切っておくか。
それよりも、こいつは気になることを言っていた。
――魔道具を作れる、と。
「なあ、他にはどんなの作れるんだ?」
あのような魔道具があるなら、いろいろ役に立つに違いない。俺の紙装甲いやそれ以下のVITをカバーする術があるのかもしれない。
「たいてい、かな?」
「おおー、言うねぇ」
「そりゃぶっ壊れレベルのは無理だけど、市場に回るものは作れるし、何なら出回らないのも作れるよ。でも、金はしっかりと頂くから。友人割はなし。私は万人に平等だからさ」
多少は負けろや……と言いたいところだが、今の俺はそこそこに金を持ってる。いや、まあ……出所はコイツの懐だが。そう考えると、結局もとに戻ったということになるのか……なんか、それはいやだな。
なんていうか、得たいの知れない嫌悪感がある。
「そうか……」
「なんなの?その反応。そもそも私が直々に作るっていう機会自体が希少なんですけど……?」
「いや、知らねえよ」
「多少は掲示板とか見たらどう?」
掲示板ね。見ないわけじゃない。実際、最初の方は見ていたわけだし。
だけど……ネタバレとかさ、そういうのは嫌なんだよな。ストーリーとかを純粋に楽しめなくなる。まあ、ストアカにメインストーリー系統はないようだけど。
それなら……見た方がいいのかね?
「せめて、有名人くらいは知っておいた方がいいよ。『竜狩り』とか『赤ずきん』とか……『刀姫』に、『ビッグベイビー』とかさ。よう見かけるのは、このあたりかな」
「ふーん……『竜狩り』は聞いたことが――なんて?」
なんか普段聞かないレベルの、いや、そこに並んじゃいけないような名前なかった?
「何が?」
「いや、ビッグベイビーってなに?」
何か、踏み入れてはいけない道に踏み入れてしまった気がする。
そうなんていうか、触れてはいけない闇に触れたような……
「『ビッグベイビー』はそのまんまだよ。大きな赤ちゃん……ま、大の大人がママとか言っているようなプレイヤーでね……説明しておいてなんだけど、これに関しては聞くよりも見た方がいい」
「あ、うん」
闇だ。間違いなく闇だ。これ以上の追及は止しておいた方がいい。本能が魂の奥で、そう囁いて――いや、爆音で警戒音を鳴らしている。
「ま、まあ、そういうのは例外だから……」
「……そうであって欲しいね」
「と、兎に角、掲示板は――どうしたの?」
グラーフが、俺の変わりように首を傾げる。
グラーフは気づいていないようだったが、不自然な葉擦れの音が聞こえた。どうやらそれは俺だけじゃなかったらしい。同じようにアーデルハイトさんも、警戒している。よく見れば、姫様の腕の中からハクロも同じ方向を注視していた。
分かっていないのは、グラーフと姫様の二人だけだ。
これが杞憂であればいいのだが……
しかし、俺の思いとは反して嫌な気配は背筋を登ってくる。それと呼応するように規則的な葉擦れの音が聞こえてくる。
「普通じゃない」
「――え?」
這い上がってくる悪寒に、思わず声が漏れた。
この悪寒は、「獣」と相対したかのような、鬼に変貌した時に駆け巡った感覚に似ている。
……そうか、呪詛関係であれば、ハクロが気づかないわけがない。アイツは、呪に関しては感知も捜査も一流なのだ。
森の影から、一匹の人型が現れる。
身長はそこまで大きくないが、子供よりは大きいだろう。手には武骨な鉄剣。見たところ、バスターソードと呼ばれる類のものだ。
「これは……」
アーデルハイトさんが、静かに息を呑んだ。
出てきたのは、黒いゴブリンだった。隆起する筋肉に守られた肢体。錆一つなく使い込まれた鉄剣。理性が覗く瞳。その全てが、普通のゴブリンとは違っていた。
通常のゴブリンとは、緑色の体皮に小柄な背丈、知性は低く、本能に濁った眼をしている。実際、俺が今まで遭遇していたのは、そういうゴブリンだった。
だが、コイツは違う。眼からは知性の輝きが見てとれる。だが、暗い濁りも見られる。
本能に濁っているわけじゃない……あれは憎悪に近い何かだ。




