血より産まれしモノ 4
ただひたすら急ぐ。木の根を飛び越え、乱立する木々を躱して、ひたすら声の方向へ走る。
途中、何度かゴブリンとエンカウントしたが、時間稼ぎどころか、俺の足を止めることも奴らにはできない。
「邪魔……!」
道を塞ぐゴブリンだけを斬り殺し、先に進む。
後ろから、ゴブリンの騒ぐ声が聞こえてくるが、無視だ。無視。どうせ、奴らは俺には追いつくことは出来ないだろう。
「ハクロ!」
「うん、その方向であってる!」
時折、ハクロに方向を確認する。
何も目印のない森の中じゃ、思うように進めないこともある。真っすぐ進んでいたつもりだったのに、いつの間にか曲がっていたこともあり得るからな。
とはいえ、索敵スキルでも覚えようかね?索敵のような、便利スキル系統は何も持っていないわけだし。出し渋っていたから、スキルポイント結構余っているしな。
まあ、それもコレが終わってからの話だ。
少しすると、森が開けた。いや、開けたというよりも道が現れたというべきか。
馬車一台分の狭い道。街道のようなしっかりと整備されたものではなく、ところどころに木の根が見え隠れしている悪路。
その道の奥にそれは見えた。
「見つけた……!!」
遠目に見ても、粗末な馬車が横転している。とても王族が乗るような馬車ではない。何か事情があって、こんな悪路を通っているとしても王族にあの馬車はないだろう。
「チッ……!」
その馬車は、ゴブリンどもに囲まれている。ゴブリンたちが、既に物資を物色していることを考えると、もう手遅れかもしれない。
そんな諦観が、頭をよぎったとき……
「聞こえた」
ガンガン、と何かを叩く音。何かをぶつける音が聞こえた。
小さく、集中していなければ聞き逃してしまいそうな音だが、確かに聞こえた。
生存者がいるのか、ゴブリンが戯れているだけなのか……それは分からんが、可能性があるだけで動く価値はある。
ならば、時間勝負だ。最速で、殺すしかない。
纏雷を発動させて、駆ける。手加減はなし。初めから、全力だ。
「ハクロ」
「うん。『金縛り』」
ハクロが、呪術でゴブリンの動きを止める。レベル差もあるためか、視界内の全ゴブリンに麻痺がはいった。
止まっているゴブリンなど、案山子のようなものだ。いや、急所がある分、案山子よりも倒しやすいか。
胴体を二分し、ニードルビーの短剣を投げ、首を刎ねて……ゴブリンを殺す。
三十秒も経たずに視界内のゴブリンたちは、残らず倒すことができた。だが、物音はまだ止まない。それどころか、先ほどよりも激しくなっている。
物音の方向は、丁度横転した馬車の影。近づいたためか、物音は大きく、鮮明に……誰かのか細い悲鳴を伴って聞こえる。
「……よかった」
あの声は確かに姫様のものだ。まだ生きていたという安堵が、胸中に広がる。だが、それはまだ早い。安堵は、確実に助けてからするものだ。
馬車の影に回る。そこに、確かに姫様はいた。へたり込んだ姫様、それを囲うゴブリンたち。姫様とゴブリンたちを隔てるのは、薄い光の壁のみ。ゴブリンたちは、その光の壁めがけて斧を振るう。
さっきからしていた物音はアレか。まずいな……そろそろ壊れそうだ。すでに罅がかなり入ってしまっている。
幸い、ゴブリンたちは俺たちに気づいていない。
「すぐに終わらせよう」
思考は一瞬。縮地を使って、ゴブリンたちの懐に潜り込む。
少しだけ、奴らの顔が見て取れた。喜色に染まった顔が、歪んだ笑みを形作っている。今にも命が終わろうとしていることに気が付いていない。
それはそれで幸せなんだろう。
「シッ!」
刀を横なぎに振りぬいた。現段階で、考えうる限りの抜刀。
全てのゴブリンをまとめて斬り裂いたが、何の手ごたえもなかった。
ゴブリンが光となって消えていくのを横目に、納刀。そして、姫様に話かける。
「大丈夫か?姫様」
姫様の安全を確保した俺たちは、姫様の話を聞いていた。
いつもの元気はなく、途切れ途切れになりながらも姫様は話してくれた。
「なるほど、ね」
姫様の周りに、グラーフとかアーデルハイトさんがいないことは気になっていたが……そうか、誘拐か。
誘拐とは、ずいぶんまた物騒な。俺には縁もゆかりもない話だと思っていたが、姫様には身近な話だった、と。まあ、一国のお姫様だ……そういや、最初から物騒だったな。
そうなると、そこらに落ちている鉄製の武具だったり金は、誘拐犯のモノか。ゴブリンたちが、そういうものを落とすことはない訳だし。
「で、姫様」
「な、なんじゃ……?」
声は震えているが、しっかりと反応してくれた。最初と比べると、かなり落ち着いてきた。
「リンゴ……食う?」
「え……?」
姫様の腕の中で、食べる!と反応した白蛇が居たが……お前じゃねえ。
姫様は、予想外の言葉に少し逡巡したのち……可愛いらしい腹の虫を鳴かせた。
「いや、これは……あの」
「うん、いい返事だ」
ほら、とリンゴを渡してやる。
物欲しそうに見ていたハクロには、半分に切ったものを。そして、その半分は俺が。
ハクロには睨まれたが、お前、最近太って来ただろ。腕が、重いんだよ。
まあ、そんなハクロは無視して、リンゴを食べる。シャク、というみずみずしい音がと共に口の中に甘い果汁が広がった。
「うん、美味い」
姫様の口には合わないのでは?と考えたが、それは杞憂だったらしい。横転した馬車に腰かけた姫様は、足をバタバタと動かして味わっていた。
口の中のモノを飲み込んで、彼女は云う。
「美味いのじゃ!」
満面の笑み。そこに、先ほどまでの怯えた様子は微塵も見られない。
よかった、これなら、大丈夫そうだ。
その後、マリーちゃんはハクロがリンゴを食べる様子を眺め、目を輝かしたり、ハクロをリンゴの果汁に塗れた手で撫でまわしたり、とさぞかし楽しんだ。ま、ハクロはぐったりしているが……
「姫様」
ひとしきりハクロで楽しんだ姫様を、手招きする。手には、街で買ったハンカチという名の布切れ。刺繍も、レースもない簡素なものである。
それを使って、姫様の口と手を拭いてやる。なんたって、リンゴの果汁でベッタベタだったからな。
素直に姫様は口や手を拭かれている。こうしていると、妹を思い出す。何かとうるさい妹だったが、アレはアレで日常になっていた。まあ、姫様のように素直だったのは小学生あたりまでだったが。
「あ!」
「……うん?」
突然、姫様が声をあげた。
回顧から引き戻されて、オレは彼女の視線の先を眺める。
アインセンの方向。そちらの方から二人やってくる。
方や重厚な鎧を身に着けた貴人、方や怪しげな白衣の女。
白衣の女が親しげに話しかけると同時、鎧の貴人は剣に手をかけた。
「やあ、カガチ」
「……グラーフ」
白衣の女――グラーフの視線に気おされて、煽るのは止めておこう。平時ならば、お前何やってんの、と煽るところだが、返答次第では首が飛ぶ。それほどの緊張感を、鎧の女――アーデルハイトさんは放っている。
アーデルハイトさんがこんなに緊迫している理由は、大方俺が誘拐したとでも思っているのだろう。
「最初に言っておくぞ。俺じゃない」
「知ってるよ。カガチは、こんな回りくどいことはしないからね」
「よく分かってんじゃんか」
……とんだ茶番だ。
なら、俺の出番はほとんどないな。
「姫様」
「……?」
「弁明よろしく」
姫様に、ぶん投げてゆっくりしているとしよう。




