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ストレンジアルカディア  作者: 東夜 空
Born out of blood
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血より産まれしモノ 2


──時は少し遡る。

 カガチがクエストに出掛けた頃、グラーフたちはアインセンの街を楽しんでいた。

 無論、グラーフにとっては見慣れた街並みだ。初心者だったころ、彼女はこの街に長い間お世話になっていたためだ。

 しかし、マリーにとっては初めて見るものばかり。


「おおっ!?アレはなんじゃ!?」


 あちらを行ったり来たり……目を輝かせでは、道路を往復するマリーに、グラーフは自然と頬を綻ばせていた。

 そのグラーフの隣では、アーデルハルトが難しい顔をして自らの主君を眺めている。

 護らなければならない主君の安全を思っているのだ。護衛というのは、どうしても一箇所に居てくれた方が良い。それがマリーのように自由奔放であるなど、護衛にとっては頭の痛い話であった。


「マリーちゃんー、そんな離れたないようにねー」

「分かっているのじゃ!」


 はてさて、本当に分かっているのか……。

 幼い従兄弟もこんな感じだったと、グラーフは回顧した。

──幼さ故の奔放さというのは可愛らしいものだけれど……

 チラリと彼女は隣を盗み見る。

──ハイジちゃんの心労が、ね。

 やれやれ、とグラーフは心労を和げようと口を開いた。


「ハイジちゃん」

「……なんだ?」

「安心しなよ。マリーちゃんには、お守りを持たせてるから」

「なに?」


 マリーちゃんという言葉に眉をひそめながら、アーデルハルトは静かに問うた。

 それはなんだ、と。


「一言で言えば追跡兼防護装置」


 ほら、と何処からか取り出した液晶をアーデルハルトにグラーフは見せた。

 そこには赤い点が点滅していた。それが不規則に動いている。グラーフの言葉を信じるならば、それが主君の場所だろう。

 事実、点の動きとマリーの動きはリンクしていた。マリーが左に動けば点も同じように動き、左に動けば点も左に動いた。

 なるほど、と感心してアーデルハルトは訊いた。


「では、防護は?」

「あー、それは本当に万が一のためのもの。マリーちゃんに物理的な危機が迫った時に防御魔法を発動してくれる」

「強度は?」

「ある程度の攻撃なら完全に防げるよ。ただ──」

「ただ?」

「装置自体が小型だからね……持続性が微妙なんだ。だから、私たちが間に合うまでの時間稼ぎ程度に思っておいて」


 バッテリーの問題がなぁ……とぼやくグラーフを尻目に、アーデルハルトは考える。

 これなら安全だろうか?と。

 無論、最善は主君を自由にさせないことだ。それが最も安全であることは論じる必要もなく分かっている。だが、主君のことを思うとそれは出来なかった。それに、無理に抜け出されては困る。

 だから、今は目の届くところで自由にさせるのが一番に違いない。

 そこにグラーフの言葉を疑う思考はない。アーデルハルトとて、グラーフという異邦人を信頼しているのだ。

 グラーフがアーデルハイトから視線を外した。そして、アーデルハイトの主君に声を掛けた。


「さて……マリーちゃん!」

「……なんじゃ!?」


 あっちこっちを覗いていたマリーが、不満を隠さずに答えた。その眼差しは、邪魔しないでと語っている。

そんな彼女に、グラーフは笑みを浮かべて言う。


「あっち行くよー!」

「あっちってどこじゃ!?」


 不満が一転して好奇心に変わる。

 相変わらず感情に素直な幼い王女様に、グラーフは少しだけ声を弾ませて次の場所の案内を始めた。

 それをアーデルハルトは、微笑ましく思いながらグラーフの言葉に耳を傾ける。

 こうして暖かく、微笑ましい食後は過ぎていった。





 そして──一時間後。


「なんでお前は目を離したのだ!!」


 暖かな午後の陽気に、天をつんざく怒号が響き渡った。


「はい、面目ないです……」


 シナシナと枯れた植物のように縮んでいくグラーフ。彼女にしては珍しく自分の非を認めていた。

 今の彼女を、カガチやウォルターが見ていたのなら、軽く一ヶ月はネタにするレベルの事態である。


「言い訳をする気はないけど……アレは相手がやり手だっ……はい、ごめんなさい」


 せめてもの弁解は、アーデルハルトの眼光によって掻き消される。

──だが、彼女はグラーフをこれ以上責めることはしない。

 彼女にも非はあるのだから。

 たった五分ほどとはいえ、彼女とて目を離してしまったのは事実だ。それが仕事上避けられないことだったが、彼女はそれを理由に責任から逃れようとはしない。

 切り替えるために、アーデルハルトは緊張を含んで言った。


「それで、殿下は?」


 数秒だけ液晶に視線を移して、グラーフは答える。


「ツヴァルブの方だね」

「そうか」


 液晶を滑るように赤点は移動していく。その速度は速い。馬車か何かを使っているのだろう。


──ふむ、これなら間に合う。


 主君を攫った輩は、森の中の道を活用しているようだった。

 それならば、森の出口に──

 思考が一度止まる。何か嫌な予感がしてならない。


「待て」

「ん?これなら、森の出口で待ち伏せすればゲームセットじゃない?」


 自前の通信機を手で弄ぶのをグラーフは止めて、不思議そうにアーデルハルトを見た。

 どう考えても、それが最良だ。追手を放つにしても、挟み撃ちにした方が効率はいい。

 それをこの騎士様が理解していないはずがない。


「いや、出口に兵は置く。それは間違いない」


 その言葉を聞いて、ますますグラーフは理解ができなくなった。

 ねぇ、と彼女は訝しげに口を開いた。


「何を考えてるの?」

「……最悪の話だ。もし、森の中で奴等が──」


 そこでやっと、グラーフは彼女の言わんとしていることが分かった。

 この騎士様は、森の中で誘拐犯が倒される可能性を考えているのだ。それも人にではなく、モンスターに。

 その場合、マリーは森に残されることになる。幾らグラーフの『お守り』があるとしても、どのくらい耐えられるか。

 だが──


「あの森に出るのは、ゴブリン程度でしょ?」


 流石に、その程度のモンスターにはやられない筈だ。いくら『お守り』に不安があるとはいえ、それくらいの自信はある。

 それに、態々森の中を通る奴らだ。それを考慮していない訳ではあるまい。


「グラーフ」


 凛とした眼差しが、グラーフを貫く。

 とてつもない焦燥と緊張を感じて……グラーフは思い出した。


「チッ、そう言えば……」


 ゴブリンが異常発生していたんだった。その言葉を苦々しく吐いてから、素早く行動し始める。

 時々止まる赤点を注視しながら、ある程度の予測を立てる。待ち伏せる兵に関してはアーデルハルトに任せて、グラーフはすぐさま支度を始めた。

 頭の中で悪い予感がグルグルと回る。

 今回のようなゴブリンの異常発生は初めてのことじゃない。同じような経験はある。だからこそ、悪い予感が離れない。

 今回のような異常発生の裏は色々と理由があるが、大きく二つに分けられる。一つは、他所のゴブリンが流れて来た場合。もう一つは、強力な統率者が生まれた場合。

 今回のような大規模かつ統率の取れたものとなると、やはり後者だろう。


──何が生まれたんだろうねぇ?


 刹那主義者として、それには大変興味を惹かれる。だが、それはそれとしてやるべきことがある。

 自分の欲を満たすのは、その後でいい。

 あらかたの準備を終えて、グラーフは顔を上げた。


「ハイジちゃん」

「私は行ける」

「オーケー、なら行こうか」


 こうして、緩やかで平和な午後は終わりを告げたのだった。



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