初めてのクエストとグラーフ
逃がさない、その意思が込められた視線を受けて、いの一番に反応したのはハクロだった。
「ひうっ!?」
震え、物凄いスピードで袖の中に逃げ帰って行くハクロ。
「ね、ねぇ……あの人って仲間じゃないの!?」
「うん、まあ……仲間でもあるが、ときたま敵に回るような関係だ」
まあ、よくあることだ。刹那主義者が集まると、その場の気分で簡単に行動は変わってしまうのだ。
とは言え、今回はそう言うものじゃないのだろうが。
「今回はゴブリン討伐をしてもらいます。一パーティーにつき五体。終わった後はカウンターにて報告してください。その依頼達成とともにギルドカードが与えられますので、職員に従って手続きを行ってください。
それが終われば、晴れて冒険者ギルドの一員となります。なので、くれぐれも忘れないようにお願いいたします」
職員の男の話が終わった。
今回はゴブリンの討伐らしい。そんなに大変じゃなさそうで良かった。
まあ、そんな講習会であったのだが、プレイヤー達はその講習を真剣に聞いていた者はいなかった。退屈だとかそう言うことではなく、原因は単純。マリーちゃんだ。
王女殿下などと言う重要人物が現れたのだ。注目しない方がおかしい。
それは兎も角として……
「ハクロ、行くぞー」
「え……う、うん!」
講習が終わったと言うことは、もう帰っても良いと言うこと。
正直なところ、さっさとあの視線から解放されたかった。
だが、あの女が俺を逃してくれる……なんて甘い幻想はない。
「どこに行くのかなぁ?カ、ガ、チくぅん?」
「おー、カガチではないか!ハクロは居るのか!?」
「ああ、貴公か」
マリーちゃん、それにグラーフ……加えて、アーデルハルト。
いやはや、地獄だろうか。
アイツは何だ?という視線が再び俺を貫く。注目されることなく、去りたかったんだがなぁ。
取り敢えず、ハクロはマリーちゃんに渡しておこう。ハクロが悲痛な顔をしていた気がするが、気のせいだろう。俺は、蛇の表情など分からんからな。
嬉しそうな姫さまを横目にグラーフは単刀直入に言う。
「で、聞かせてもらおうか?」
「……何を?」
「決まってるじゃん。七帝の──」
「馬鹿か?」
どうにも、グラーフは焦っているらしい。コイツには珍しく、周りに注意が行ってない。
どうやって知ったのかは知らない。それとも、ライガとは関係ないのかもしれない。だが、今ここで七帝の話などする訳がなかった。
七帝などというトップシークレットな話は、然るべき場所でするべきだ。少なくともこんな場所でするべきものじゃない。
人差し指を立てた。それだけで、自分のミスに気付いたらしい。
「あ、ごめん。場所を変えよう」
場所を変えよう。その言葉に偽りはなく、グラーフは場所を変えた。密談に相応しい場所に。
そこら辺は長くこのゲームをやっているだけはある。
アインセン。その暗部。少なくとも高貴な者が立ち寄るべきではない場所。路地裏という路地裏を通り、ゴロツキどもの溜まり場みたいな場所にここはあった。
正しく隠れ家的な喫茶店。ここを出入りする人物が、紳士然とした人ならばよかったのに。それに反して、荒らくれ共が出入りしているのだが、グラーフ曰く、秘密は守ってくれるのだそう。
まあ、俺はここでいいのだ。俺としては、誰かに聞かれるようなことがなければいいのだから。
だが、場所を変えろと怒る人が一人。
「貴様、場所を改めよ。このような汚らわしい場所はマリー様には似合わぬ」
──アーデルハルトさんだ。
「それはハイジちゃんの言葉でしょうに。マリーちゃんはそんなことを思ってないよ」
「……むぅ」
アーデルハルトさんは、案の定グラーフの奴に振り回されているようだった。可哀想に。
まあ、当のマリーちゃんは目を輝かせて楽しんでいるのだが……アーデルハルトさんの言い分も正しいのだろう。
色々と素行が悪いものの、マリーちゃんはこの国の王女さま。いわば、最重要人物の一人なのだ。そんな人物がこんな場所に居るのは、安全上、心配なのだろう。
というか、俺に対しては貴公、グラーフに対して貴様という辺りで扱いが分かるというものだ。
不満そうにしながら、マリーちゃんを眺めるアーデルハルトを横目に俺は口を開いた。
「さて、グラーフ。話は?」
内容については、あらかた予想が立っているが……はてさて。
「ゴホン。カガチ、君が剣帝を倒したと見ているんだけど……合ってる?」
やはり……それか。
アーデルハルトさんが、かすかに瞠目した。
それを無視して答える。
「その前に一ついいか?」
「何?」
「お前さ、どうやって俺の場所を?」
偶然、その一言で済ますにはあまりにもあの状況は出来過ぎていた。
「いや、ふつーにウォルターに聞いたよ。君がいつまでも返信くれないから」
「……ああ」
なるほど、と天を仰いだ。
ウォルターか……そういや、アイツは知ってたな。それにメール……来てたような気もしないでもない。
「その様子じゃあ、メール見てくれてはないようだね。まあ、それはいいや──カガチ、君が倒したの?」
「──ああ、俺が倒した」
マリーちゃんに抱き抱えられていたハクロが、ペチペチと抗議している。
俺が、ではなく俺たちがと言ってほしいのだろう。だが、お前のことは少し隠しておきたい。
「そ。それなら聞くけど……カガチ、何を知った?」
グラーフの瞳が妖しく光った。その視線はいつに無く真剣そのもので、おふざけは含まれていない。
何を知ったか……ねぇ。
「私はね。あのオープニングはどうにも怪しい。七帝が古代文明を滅ぼした?それはおかしい。どこにもそんな文献はないし、むしろNPCは七帝を崇めてすらいる。そうなると、あのオープニングの信用性は少しね。
──カガチ、どう思う?」
ああ、なるほど。そう言う話か。
「まず俺がライガから得たのは三つ。一つは刀。これはライガが生前振るっていたものだ。二つ目は指輪。恐らく婚約指輪だ。裏に名前が彫られていたからな。最後に【迅雷流】、お前も見たことがあるだろ。あの雷を纏うやつだ」
「ああ、もうその時点で剣帝を見つけていたの」
「情報は殆ど持ってないよ。なにせ、ライガは正気を保ってなかったからな」
落胆したようなグラーフの溜息。
そんな彼女にただ、と俺は続ける。
「七帝が何かと戦っていたのは確かだ。刀のテキストにそう書かれていた。
それが古代文明なのか……それとも別の中は分からないが」
嘘だ。この話はヤトからのものだ。
だが、ヤトのことは明かしたくはない。
……抱えているのが多すぎるな。
「やっぱり……」
「それで?お前はなんでこんなことを?」
俺の知る限り、グラーフという女はここまで真剣に考察するような女ではない。
むしろ、考察など無視して己が悦楽を求める人間だ。
グラーフは視線を揺蕩う。それは躊躇うかのように。
「いや、まあ……単純に知りたくなったからですけど?」
キレ気味に言うグラーフ。その頬は少し赤い。
思ったより普通の理由だったが、別に恥ずかしがることないのに。
「ま、あとは考察クランの連中を鼻で笑いたいってのもあるよ!」
早口で捲し立てるように言うグラーフ。最早、言い訳にしか聞こえないのは言わないでおこう。
そのグラーフが、「で」と続ける。
この話を切りたいようだった。
「カガチ」
「なんだ?」
「ほい」
アイテムがアイテムボックスから出させれる。物質化したのは、二つの布袋。
何か入っているようで、重たそうに見える。
中を覗くと、一杯の金貨が入っていた。
……これだけで、俺の総資産超えるや。この前、賭けに勝って小金持ち気分だったんだが……この前だと霞むなぁ。
「これは?」
「情報料と口止め料。どうにもカガチは分かっていないようだけど、君が持ってる情報はかなり大きいから。それに、まだ隠しているようだし……」
じっ、という視線が痛い。というか、気付かれていたのか。
「兎も角、私としてはソレが出回るのは面白くない訳。だから、話さないでおいてね。出来れば、ウォルターにも」
「ウォルターもダメなのか?」
「ウォルターは口が軽いじゃん」
「ああ、そうだったな」
何かしら、危ない情報を漏らしてるからなぁ。あの『革命』の時だって、危うく失敗するところだったし。
「オーケー、黙っておくよ」
「それでさ、カガチはこれから何するつもり?」
「何するも何も、クエストをこなすよ。じゃないと、ギルド登録が出来ないようだからな」
そう言って席を立つ。ゴブリンとはいえ、コイツは連れて行けない。
グラーフ自体が戦闘が著しく弱いというのもあるが、それ以上に俺の手札を晒したくない。あとは、まあマリーちゃんの子守りもしないといけないだろ。
「マリーちゃん」
「もうなのか?もう少しくらい……」
「次に会った時には、ゆっくりとさせてあげるから」
「本当じゃな!」
約束を交わして、ハクロを回収する。
ハクロは変わらず袖の中へ帰っていき……そして、顔だけを袖から出した。
その目は呪詛を孕んでいて、呪い殺されそうだった。




