戦利品
エバーテイルにあてがわれた俺の部屋。蛇帝殿にあるため侘しいながらも、上品な気品を感じさせる部屋は流石と言うべきか。
その部屋の中央で、畳に溶けるような格好の男が一人──言うまでもなく、俺だ。
そんな部屋の扉が、静かに開かれる。
「どんな格好してるんだよ……」
開口一番、呆れたようにセイカが言った。
その後ろにはヒイロの姿も見える。いや、俺が呼んだんだけども。
ヨイショっと、緩慢な動きで体勢を変えようとするのだが……
「ふぬぬぬぬぬぅぅ!!」
結果は虚しく起き上がることさえ出来ない。ふざけてる訳じゃなく、在らん限りの力でこのザマだ。
単純な話、今の俺はステータスが下がっている。ハクロ曰く、鬼化の反動なのだと。以前も同じことがあったが、今回はその比ではない。
前回は身体が重い程度で済んでいたのだが、今回はなにせ、まともに歩き回ることさえ出来ないのだから。
「ほら……」
「……ありがと」
見るに見かねたセイカの力を借りて、なんとか胡座をかく。
……これがあと一日。悲しいことに、これでもステータスは元になり始めているのだ。一日目は座ることさえ出来なかったからな。正に産まれたての赤ん坊のような状態で、無為に時間を費やしていたからなぁ……
「で?お前はなんで俺らを呼んだんだ?」
「いや、セイカ達を呼んだというより……ヒイロを呼んだんだ」
「……俺は案内人かよ」
「悪いって。なにせ、俺は動けない訳だし……ここは蛇帝殿だ。部外者が簡単に入って来れる訳じゃないだろ」
「まあ、そりゃそうか」
不承不承というようであったが、セイカは納得してくれた。
さて、前座はこの程度にして……。
「ヒイロ、コレを見てくれ」
指先を何とか動かして、アイテムボックスからアイテムを取り出す。
「……これは!」
ヒイロだけじゃなく、セイカも静かに息を呑んでソレを見つめる。彼とて、ソレが秘めるものを感じ取ったということだ。
ソレは古びた刀にしか見えない。鞘はなく抜き身で、柄は年月を感じさせるように朽ち果てている。
加えて刀身は何か黒いモノに覆われていて、刃紋どころか刀身すら外からは見えない。
コレはライガの遺産だ。あの戦いで彼が残したのは、この刀と指輪のみ。それ以外は幻のように消えてしまった。
──呪刀『無銘』──
遥か昔、世界の浄化機関とも呼べるモノを取り込んだ刀。ソレは長い時を掛けて変質し、呪を祓うのではなく溜め込むようになった。
莫大な時間をかけて溜め込まれた呪は、何時からか持ち主を汚染したという。
だが、今はその膨大な呪は感じられない。今ならば、元の形に戻すのも不可能ではないだろう。
──錆びた指輪──
何の変哲のない指輪。デザインこそ珍しいものの、それは神代においてはありふれたモノであった。
指輪の内側には、何やら文字が書かれている。辛うじて読み取れるのは、ライガ、そしてアイリスだろうか。
それらが戦利品。実入りはそんなに多くないように思えるが……この刀、想像以上にヤバいモノらしい。
蛇帝ヤト曰く、『くれぐれも扱いに気をつけよ。扱いを間違えれば……第二のライガが生まれるぞ?』らしい。
……笑いながら話していたが、第二のライガという時点で相当ヤバい。
とは言え、扱いを間違えれば……だ。言い換えれば、使い方さえ正しければ大丈夫ということ。
今回はそのためにヒイロを呼んだのだ。腕利きは他にもいるだろうが……いかんせん、信用がない。特にプレイヤーなんぞに見せた日には、どうなるか分かったことじゃない。
根掘り葉掘り聞かれるだけならまだしも、PKに狙われなんざしたら面倒だ。
「それで……ヒイロ、専門家から見てこれはどうだ?」
「…………」
「ヒイロ?」
様子が変だ。呆っとしているが、その双眸は古刀を捉えて離れない。
右手が、求めて止まないものを求めるように細かな震えを伴って刀に近づいていく。そして──刀を掴んだ。
「ッ……!?」
跳ね上がるようにヒイロが動く。その勢いのまま、彼は掴んだ刀を振った。
狙いは俺。刀は俺を真っ二つにするように振られている。
「────!!」
「……ハクロ」
「うん、『金縛り』」
だが、その刀は虚しく手から零れ落ちた。
俺の影から、ひょっこりと白蛇が這い出てくる。今のは、呪術『金縛り』。一時時に移動を阻害し、麻痺を付与すると言う呪術だ。麻痺は相手によって変わるが……今回の相手はヒイロ。戦闘職ではない彼には、防ぐ術はなかったのだろう。
「やっぱり……まだ残り香程度だけど、呪は残ってるよ。僕たちやセイカは何ともないけど、ヒイロはレジスト出来なかったみたい」
「まあ、見てれば分かるよ」
どうにも呪がまだ残っているらしい。それがヒイロに悪影響を及ぼしたようで……今回だと魅了あたりかね?
「さて、と。大丈夫か?」
ここは手を差し出したいが、生憎と満足に動けない身。ここはセイカに任せるとしよう。
「……ごめん、迷惑をかけたね」
「いや、何ともなかったんだ。それに、ヒイロがこんなことになるなんて考えてなかった俺にも非があるよ」
ま、それはそうと……と話を先に進めよう。
「どうだった?」
「うん、嫉妬するほどに良い刀だ。多分、こういう感情を利用されたんだよね。
それは置いておくとして……君が聞きたいのは刀の良し悪しじゃないだろ?」
「まあね。ヒイロも分かってると思うけど……今のままじゃ、それは鈍なんだよ。多分、藁すらも切れやしない。これじゃあ、ただの鈍器だ」
問題はこれをどうやって鈍から戻すか、だ。
ライガが持っていた時はしっかりと刀として機能してきた。まさか、鈍のまま振っていた訳じゃないだろう。
なら、元に戻してやれば良いのだが……どうすればいいのか。
簡単に思いつくのは、打ち直すということ。俺が行うわけにもいかない。そうなると、本職の鍛治師が必要となる訳で。
だから、ヒイロを呼んだんだが──
「うん、これは無理だね。僕じゃ、どうにもならない」
──見事に当ては外れたのだった。
滝のような汗を流して、ヒイロは言う。その顔には、僅かに恐怖の色が見えた。
「多分、これを打ち直してほしいんだろうけど……これは砥ぐ必要もないよ」
「?」
「さっき、君はこの刀を鈍って言ったけど、これは鈍じゃないよ。それどころか、刀身に限って言えば、鈍どころか触れれば斬れてしまうほどに研ぎ澄まされている」
ただ、とヒイロは一言挟んで続ける。
「その刀身を卵みたいに殻が覆っているんだ。だから、鈍みたいに見えているんだよ。まあ、殻が邪魔しているから斬ることは出来ないだろうけど」
なるほど、なるほど。理解は出来た。まあ、聞きたいのはそれじゃない。
「で、その解き方は?」
「これ以上は僕の専門外だよ。ただ、刀身を覆う『殻』は間違いなく呪詛で出来ている。だから、ヤト様やハクロ様の方が分かるんじゃないかな」
「オーケー、サンキューな」
「いいよ、いいよ。僕としても、この刀に触れられただけで得られるものはあったから……二度とは体験したくないけど」
苦笑いを浮かべたヒイロは、蚊帳の外だったセイカを連れて出て行った。
俺としてはハクロの話くらい聞かれてもいいんだが、よくよく考えるとあの二人はハクロの言葉を理解できない。そうなると、無為に時間を費やすことになるのだ。それを考えると、彼らが帰ったのは当然のことなのだろう。
まあ、ここまでわざわざ足を運んでもらったんだ。この刀の殻を除けたときには、見せに行ってやろうかね。
「ハクロ」
そのためには、さっさと殻を取り払わないといけないんだが……ハクロさん、何か分からないっすか。
「うん、呪詛で出来ているのは間違いなけど、僕には取り払うのは無理だよ」
「なんで?」
「なんでって、僕の呪詛操作を受け付けないレベルで固められているからね。もうこうなっちゃったら仕方ないよ」
「むぅ……他には?」
「他って……まあ、呪詛を祓うだけなら神聖魔法で浄化すればいいんだけど、これを祓えるレベルになると噂に聞く聖女くらい?」
聖女かあ。俺も話しか聞いたことがないな。
なんでも、千切れ手足を生やし、万病を癒すことのできる現人神のような存在らしい。
今は王国の王都に滞在している筈だ。だから、もしかしたら会えるかもしれない。
そうこう俺が思案していると、ハクロは神妙な声で続けた。どうにも、話はそれで終わりではないらしい。
「あと、現実的じゃないけど……方法はもう一つあるよ」
「……ふぅん」
いつになく神妙な声で話すものだから、自然と警戒してしまう。
「それは?」
「目覚めさせること。馬鹿げた量の呪詛で、それこそ『獣』に匹敵するレベルの呪詛を叩き込んで、『殻』の中で眠っているモノを叩き起こせば……」
「……なるほど」
ヤトの言っていたのはこのことか。と言うことは、『獣』が復活する可能性もあるってことかよ。




