エピローグ
『お知らせします』
まさに夜の明けようとしている時間。清涼な空気が肌に心地良い時間帯だ。
現実ならば閑静な風景が広がって居るだろう時間帯だが、ここは仮想空間。そんな時間帯でありながらも、道を行く人の数は多い。
道を行く人の多くはプレイヤーであり、鎧を纏っていたり、大斧を背負っていたり、ピエロの格好をしたものや、果てにはどのような意図か女装している者さえいる。
その彼らが一斉に天を向いた。
「今のは?」
「さあ?メンテナンスじゃないの?」
「いや、メンテナンスは違うだろ。音声じゃなくて、普通にメッセージでくるし」
あちこちで同じような会話がなされていた。
しかし、その会話から分かるのは戸惑い。誰も彼もがこの異常に戸惑いを隠せないでいた。
それも当然であり、ストレンジアルカディアがリリースされてから一年半ほどで、このようなアナウンスは初めてのことなのだ。無論、メンテナンスは幾度かあったが、メンテナンスの知らせは全てメッセージで送られてきていたため、このようなアナウンスは正に異常だった。
「ってか、コレって俺らにしか聞こえてない?」
加えて、プレイヤーにしか聞こえてない。
それは、突然のプレイヤーの奇行に驚いているNPCを見れば明らかだった。
そして、彼らは再び首を傾げることになる。
『おめでとうございます』
一体……何に?
プレイヤーたちはいっせいに首を傾げた。
祝われる理由など、彼らには心当たりはない。それに聞いた覚えもない。
さて、何があったんだろうか?
プレイヤーの面々は、続くアナウンスに耳を傾ける。それこそ、一文字一句聞き逃さないとばかりに。
『現時刻を持ちまして、剣帝ライガが討伐されました』
「………………………」
沈黙。
全員がその情報を呑み干すのに、たっぷり十秒ほどの時間が掛かり──
「「「はぁぁぁぁ!?」」」
瑠璃色に染まりつつ空に、絶叫が響き渡った。
そんな彼らを無視して、アナウンスは続く。
『これを持ちまして、アルカディア計画の進行をお知らせします』
それ以降、アナウンスはない。つまり、アナウンスはそれで終わりということ。
清涼な空気が一変して、熱気の帯びたものに変わった。
「え?」
「え?じゃねぇよ!なんだよ、剣帝って!?」
「狼帝、龍帝じゃなく!?」
「いるのは知ってけど、もう場所が特定されていたの!?」
まさに阿鼻叫喚、混乱の坩堝。
その中ではあるが、いち早く動こうとする者はいた。
「先生」
「分かっているよぉ。先ずは大規模クランの調査を……でも、その線は薄いかな。噂も立たせずに七帝を倒す、って言うのは流石に難しいからねぇ」
「そうなると……個人か、小クランですか」
「うん、可能性としてはねぇー」
「それでは、そちらを優先的に?」
「いや、そういう訳にもいかない……しょーじき、可能性があるって言うだけだよ。それにさ、小クラン、個人が七帝を倒せるとでも?」
「竜狩り達なら可能性はあると思いますが……」
「ああ、シュウ君か。たしかに彼らの実力なら不可能ではないのかもしれないよ……でもね、倒されたのが龍帝じゃなく剣帝だから、違うと思うなぁ」
「ああ……例のクエストですか。彼が竜狩りと言われる所以の」
「そうそう、だから可能性は低いと思うよ。そういう感じで行くと、帝国も違うね。彼らは狼帝の打倒を目指していたから」
「そもそも、剣帝の居場所も分からないですからね。まずは、居場所からですね」
「うん、それも踏まえて……資金は潤沢に使っていいよ。とりあえず、この波に乗り遅れないようにしないと」
ある者は、自らの情報網を使って情報を得ようとし、またある者は思わず幸運を得ていた。
「どうかしたか?グラーフ」
「──いえ、ちょっとありまして」
「相変わらず、分からんな。お前達のことは」
「ははは……まあ、ちょっとしたビッグニュースですよ。なんでも『剣帝』ライガが倒されたようで」
「なに?本当か?」
「ええ、まず間違いはないと思いますよ。王子様」
「……そうか、やっと解放されたか」
「?……なにか知っているので?」
「いや、なんでもないとも。それより──」
「何か?」
「いや、祝わなくていいのかと思ってな。あの【迅雷流】の後継者……カガチと言ったか」
「ああ、そういえばそんなスキル持っていましたね。全く……何処で手に入れたのやら」
「…………?」
「どうかしましたか?」
「ああ、聞かされてないのか。【迅雷流】とは、剣帝ライガの代で途絶えた流派だ。【迅雷流】を受け継ぐ方法は一つ……」
「まさか……王子、少し用が出来たので失礼させて頂きます」
「ああ、分かった。出来れば、俺の元にも連れて来てほしい。少し興味がある」
また、ある者は──
「狼帝討伐を早めるか」
「マジっすか?」
「本気?マスター」
「ああ、本気だよ。誰が剣帝を倒したか分からない以上……王国を落とすのを早めなければならない」
「その前段階としての狼帝討伐っすよね?」
「ああ、万全を期すためだ。過去、幾度となく狼帝に帝国と王国の戦争を邪魔されたらしいからね。狼帝は倒しておく必要がある」
「分かりましたよ。物資の調達を早めておきます」
「なら、私は少しモンスターを狩ってくる」
「うん、頼もしいね。なら、よろしく。私は、皇帝に上奏してくるよ」
──計画の前倒しを始めた。
ログインしているプレイヤー達が思い思いに動き出す頃。それを引き起こした原因であるカガチとハクロは、外がそんなことになっているとは露程も思わず、孤島にて石碑に酒を備えていた。
「これで終わりなんだよね」
「まあな。寂しいような、不思議な感じだ」
石碑は何も語らず、何も感じさせない。ただそこにあるだけ。だが、それが唯一ライガとの繋がりを残していたものだった。故に、カガチとハクロはその石碑をライガの墓としていたのである。
こんなモノには、何の意味も持たないと知りながらも、彼らはその石碑から目を離せないでいた。
そんな彼らに、声が一つ。
「一つ聞きたい」
彼らの背後から掛けられた声。ソレは、彼らの知らないものではない。
だが、その声は普段とは少し違って聞こえた。覇気のあった声が、今は嫌に弱々しい。
「……母さん」
ハクロがゆっくりと振り向いて、その姿を捉えた。
蛇を二匹従えた、和服姿の女。ただ、いつもの煙管はそこにはない。
「……あやつは強かったか?」
「ああ、強かった」
その質問に、カガチは躊躇いなく答えた。きっと、彼の脳裏には最後のライガの姿が離れないのだろう。
「あやつは満足に逝けたか?」
「少なくとも、俺の目からはこれ以上なく満足そうに見えました」
「そうか……満足に逝けたのか。それは喜ばしいの。やっと安息の地を見つけられたか」
ヤトは石碑の元にまで歩いていく。そして、静かに瓢箪を逆さまにして、中身の酒を石碑に掛けた。
「………」
そこで、初めてカガチはヤトの顔を見た。黙祷するように、静かに、深く瞑目していたが、その頬には涙の跡が見られる。
──ああ、そりゃあ当然か。友が死んだのだから。
俺はどうだろう……そんな風に考え始めたカガチ。
そんなカガチに、瞑目し終えたヤトは言う。
「さて、先ずは礼じゃな。ありがとう、ハクロ、カガチ」
「母さん……」
「カガチ、そこの刀……汝の好きにする良い。アレは我らの手から既に溢れたもの、アレをどうするかは汝に任せよう」
「ありがとうございます」
「良い良い。あと──」
こうして、彼らの夜は明けていく。
それぞれに、ライガという存在を色濃く残して。
それでも、世界は進んだ。まだ目に見えるほどの変化は訪れてはいないが、水面下で間違いなく世界は変質していく。




