白蛇
翌日、俺の姿は再び森の中にあった。
リアルで翌日だ。昨日はついつい熱中してしまった。いやー、久々にやり込んだね。恐るべし、神ゲー。
取り敢えず、ツヴァルブで必需品の買い溜めとリスポーン地点の変更を行い、森に来たってところだ。防具は変わってないが、武器である短剣は変えた。名前は大蛇の短剣。それを二本。短剣は金属製ではなく、牙や骨を削って出来たという感じだ。これはビッグスネークからドロップした牙を加工して作ってもらった。
昨日、無茶をした甲斐があるってもんだ。
「あー、暗くなってきたな」
俺がログインし、街で買い物していた時点で、既に太陽は中天にあったのだから……まあ、当然だろう。昼と夜とではモンスターが変わることもあるらしい。警戒しなければならないのは奇襲だ。ビッグスネークの幼体なら兎も角、成体に奇襲されたら一たまりもない。常に【隠密】は使っておくべきだろう。
【隠密】を使用して、森を歩く。木の根や落ち葉の感触が、足の裏から伝わってくる。
現代人が森を歩く機会なんてそうそうない。俺も爺ちゃんに森に放り込まれていなかったら、森の中を歩くことなんてなかったわけだし。
なんて考えていると———
「うん?」
ガサガサと音がした。風は吹いていない。間違いなく敵だ。
「ガァッ!」
「ちっ!?」
音がした方向とは反対側の草むらから突進してきたゴブリンを皮切りに周りからもガサガサと聞こえてくる。取り敢えず、突っ込んで来たゴブリンを躱し、蹴り飛ばす。
【隠密】が効いてない?つまり……それだけ強いということだ。
一体なら兎も角……畜生め。
「参ったな。まさか、囲まれているとは……」
しかも、小賢しいことに街の……いや、森の出口の方向は包囲が厚くなっているな。
逃がさないつもりか。頭を働かせやがって。
……その逆。深部の方は包囲が薄い。奥に誘ってるのか?
「と、なれば……」
短剣を逆手に構える。
なら、思惑に乗ってやるか。すなわち、包囲の薄い方、森の深部に向かって走る。
「ギャ!?」
まともに相手をする必要はない。木を使って、三角飛びの要領でゴブリンを跳び越す。【跳躍】スキルのおかげか、軽々しく跳び越せた。ま、ゴブリン自体が小さいということもあるのだろうが。
「グギャ!」
壁が薄いといっても、さすがに一枚だけではないみたいだ。左右から現れた二匹のゴブリン達にそれぞれ止まることなく、両手に持った短剣を振り抜く。二本購入しておいてよかった。
「はぁっ!」
「ギッギャ!?」
「ギッ!?」
倒す必要は無い。ただ怯ませるだけで十分だ。その隙に先に進む。
振り切るようにひたすら前へ。夜の森は、月や星の光を完全に遮断してしまうため、少し先さえ見えない。
いつからか後方からゴブリンたちの声が聞こえなくなったころ、それは起こった。
「なっ!?」
突然、足場が崩れた。いや、足場がなかった。
俺の身体はただ重力に従って落ちて行く。バランスを崩し、背中に衝撃。地面に叩き付けられたのかと思ったが、それだけでは終わらなかった。
「ガッ!?」
そのまま身体が沈んでいき、次いで息苦しさ。空気が入って来ず、液体ばかりが入って来る。
「ゴボッ!?ゴボボ!?」
何とかして目を開けるが、光はない。ただ、何も見えないはずの視界が歪む。身体も重い。
クッソ、水中かよ……ッ。
体勢をすぐさま直して、上に急ぐ。水泳スキルがなけりゃあ、泳げないなんてクソ仕様がなくて助かった。
「ぷはあっ……」
何とか水面から顔を出して、空気をむさぼるように吸う。咳き込むことはない。水をかなり飲み込んだはずなんだが……こういうところはゲームということらしい。
泳げてよかった……などと思いつつ、辺りを見渡した。
見れば、湖の真ん中に孤島のような場所があった。他には陸地のような場所は見えないから、泳いで孤島に行く。
「ゲホッ、ゲホッ………なんだここ?」
神秘的な場所だった。空を見上げれば、俺が落ちてきただろう穴から紅い月が姿を覗かせている。そしてその月光を受け、水面が美しく煌めく。そんな美しい場所だった。
……場所からしてゴブリン達の罠ということは無さそうだ。
「随分と落ちたな…」
体感的に落ちていたのは一瞬だと思ったのだが、空は思ったよりも遠く感じた。
地上までは……三十メートルくらいか?やはり、かなり落ちてしまったようだ。【跳躍】という、跳躍力を上げるスキルを持っているとはいえ、さすがに初心者の俺では無理だ。というか、三十メートルもジャンプ出来る様になるのか?ゲームだから有り得なくはないんだが……
――シャァァ……
「うん?」
掠れた声のような、消え入りそうな音。それが、俺の耳朶を振るわせた。
やけに聞いた覚えがある音だ。それが気になって、自然と足が動いた。
「なんだ?」
孤島の中心部から聞こえる音に従って、内陸を歩く。とはいえ、小さな孤島だ。それは直ぐに見つかった。
「お前は……」
「シャ!?」
孤島の中心部近く、何やら台座があるその側に一匹の白い蛇がいた。神々しいと思わせるその姿。この場所と相まって、何やら入ってはいけない場所に入ってしまったと思わせる。
しかし、それは神々しいまでの見た目とは違い弱りきっていた。それでも、それは隙を見せまいと威嚇する。
「…どうすりゃいいんだ?」
「…シャ。シャァ…シャ…ジャャァ!」
「ん?」
困りきった俺が発した言葉に反応するかのように蛇は何かを喋り出す。喋ると言っても、言葉でも声でもない。呼吸音のような、声にならない音。
テレビか何かで、蛇の発声器官は発達していないというのを聞いたことがある。その掠れた音はそのせいだろう。
そして通じないと見るや、器用にその体を使って表現しだした。長い尾が、円を描く。
「…りんご?」
「シッ!?…シャァァ」
「違う?もしかして…腹減ってるだけ?」
「シャ!!」
首を縦に振り、全力で肯定し始める蛇。それは何処か可愛らしいが……先程の神々しさを思い返すと残念なやつにしか見えない。幸いにして、食べ物系のアイテムは購入したばかりなので結構持っている。
そりゃあ、持ってるよ。餓死はしたくねぇ!なんて誓ったところだからな。
ま、それと武器のせいで、金はほとんどないがね。
「ほら…」
「シャ!!」
何を食べるのか分からなかったので、適当に街で買った林檎を与えてみる。
……弱っていても流石、蛇だというべきか……自分よりも少し大きい位の果実を丸呑みにしやがった。
「……シャァァ」
こいつめ。食うだけ食って、寝やがった。しかも、腹に林檎が入っているのが分かる程に膨らませながら。
「……まあ、いいや」
取り敢えず、ここから出る方法を探さないとな。明らかに怪しい物が孤島の中央にあるが、あれは最後だ。
「……無理か」
あれから、約三時間後。俺は先程と変わらない場所にいた。隣には未だに気持ち良く眠っている白蛇がいる。
まずは壁を登ろうとしたが無理だ。壁は何故かやけに滑るようになっていて、足を掛けられる場所もなかった。
次に水中だが何もなかった。
ただ、予想よりも水深は深かったため、探索に時間がかかってしまった。分かったことは、魚の姿などは見えなく、文字通り何も無いということだけだ。
まあ、あの白蛇が腹空かして倒れていた時点で、生き物の類はいないんじゃないかとは思っていたんだが……
「…まあ、収穫はあったからいいや」
確かに、水中は何も無かった。しかし、孤島の方は収穫があったのだ。
──月光草──
月光を十全に吸収して育った草。月光だけで育った物は滅多に市場には出回らない。
また、数々のポーションの材料となるが、流通量が少ないため、高級品となる。
どうやら、ポーションで使われるようなんだが……驚くことに、ここに生えているのは最高ランクの物。つまり、月光だけで育った物らしい。おそらく、この特異な場所の影響もあるのだろう。
ある程度を残し、回収したのだが……孤島だけで百個近くの月光草が集まった。とはいえ、今の俺では扱えるはずがないので、売るか、インベントリの肥やしとなることだろう。
それと、孤島に生えている木々。それに関しては何もなかった。何か実がなっていることもなければ、何か特性を持っているということもないらしい。
ま、こっちに関しては【跳躍】スキルのレベルが上がったことだし、良いということにしよう。
「さて…」
これで残ってるのはいかにも怪しい孤島の中央の祭壇だけだな。その前に……
「おーい」
ぺちぺちと気持ち良さそうな寝顔を浮かべる白蛇の顔を叩く。
「……シャ…ァ」
ほうほう、これで起きないか。なら、仕方ないよなぁ。
「…ふんっ」
頭に拳骨。間違いなくクリティカルを叩き出したね。
「シャア!?」
「うっし。起きたな。じゃあ、行くぞー」
飛び跳ねるように起きた白蛇が、抗議するように何か言っているが無視無視。言葉が分からないんだしょうがない、しょうがない。
なんだかんだ着いてきた白蛇と祭壇へ。島のだいたい中央部にあるそこは、おそらく最も月光が当たる所だ。
祭壇を調べる前に時刻を確認する。午前三時半くらい。あともう少しで夜が開ける。
「ん?」
祭壇の中心部のモニュメント。そこに何か書かれている。えっと……。
『彼の者は嘗ては英雄なり。
しかし、最愛の者をなくし、修羅へと堕ちる。
修羅に堕ちようとも、その剣技に陰りなし。故に彼の者─剣帝ライガをここに封ず。
力が欲しければ、英雄を解放してみせよ』
「剣、帝……?」
剣帝ねぇ。その言葉は記憶に新しい。圧倒的な力を以て全生物の頂点に立つ、七帝の内の一体だったか?倒すべき七つの厄災が一つ。剣帝というからには、剣に関連しているのだろう。
まさか、こんな序盤で見つかるとは………というか、こんなところにいて、見つかってないのかよ。何か条件でもあるのだろうか?
「だけどまあ、無視は出来ない」
ここに居たとしても、脱出できるあてはないんだ。
外に通じる可能性があるなら、行かない理由はない。
それに明らかに貴重な情報だ。ゲーマーとは唯一、特別、ユニークという言葉に弱い。それは自分が知っている、自分だけが持っているという優越感からくるものだ。
だからこそ、やめておくなんていう考えは浮かばない。
「さて、準備はいいか?」
「…シャ」
「じゃあ…いくぞ」
確かな予感を持って、祭壇の中央にあるモニュメントに触れる。その瞬間、俺の視界は光に包まれた。