彼岸にいるあなたへ 25
目が覚めた。
いや、目が覚めたと言うよりも、身体の支配権が戻ったというべきか。
此方を覗き込んでくる蛇の顔に、少し瞬きをしてから安堵する。
「良かった……無事だった」
ハクロは息を切らしているだけで、大きな傷は見当たらない。
胸を撫で下ろして──頭に衝撃。
「痛っ!?」
ペシっ、ペシっと尻尾が降り注いでくる。
鞭のようにしなってくるので、絶妙に痛い。
顔を手で守りながら、ハクロを見る。
「えー………あー」
表情的に安堵と安心ではあるが……それを誤魔化しているってところか?いやまあ、何となくだけども。そりゃあ……人の顔ならいざ知らず、蛇の顔色など分かるかって。
ただまあ、そこまで間違っては無いと思う。単純な照れ隠しってところかね。
「もう心配したんだからね!?」
「あ、はい……ごめんなさい」
「なんか死に掛けてるし!」
うん、大きく言ってごめんね?フツーに勝てなかったわ。
というか、攻撃が通らないってさ……無理じゃん?昨今、ゾンビでも吸血鬼でも殺せるって言うのに。まあ、ギミックがあったりするけどさぁ……突然、効かなくなるのはズルいんだよ。
「それに、僕に襲いかかって来るしさぁ!」
「うん?」
心配掛けたのは、悪いとは思ってるが……理性を失くした原因は俺じゃないぞ?
だが、反論するのは止めておこう。面倒臭いことになる気がする。……世の中には、黙っていた方が楽な時があるしなぁ。
「しかも、何あの化け物!どーなったら、あんな事になるの!?」
「うん、それは同意」
そーだよ、ライガの原型ないじゃん。というか、せめて人の形は保っていて欲しかった。加えて再生機能付き。やり過ぎじゃないっすかね。なんか、僕が考えた最強のボスっていう感じ。まあ、あながち間違いでも無い気がする。
正直なところ、ボスはロマンを詰め込んだ感じもあるからな……。
「もー、さぁ!?」
「うん、まあその愚痴は少し我慢してさ……お前、なんでここに居るんだよ?」
俺の記憶が正しければ、あの穴で待って居るはずなんだが──
「よく言うよ。僕が居なかったら、死んでた癖に」
「うぐっ」
「そもそも、僕は足手纏いってわけ?なんで、僕が後ろで待ってなきゃいけないの?」
「それは違うが……」
単純に死んでしまうかもしれなかったからだ。
俺たち、プレイヤー別に死んだとしてもリスポーンできる。だが、ハクロは違う。死んでしまったらそこまで。
だから、彼等の扱いは慎重になるのは当然なんだが……それが気に食わなかったのか。
「僕は信頼出来ない?」
「いや、そんなことはねぇよ。信頼してるさ。だけどまあ、信頼云々の話をするならお前もだぞ?」
「え?」
うん、屁理屈にはなるが……俺も少し言っておくとしよう。
「俺を信じて待てなかったからな?」
「……よくもまぁ、言えるね」
「ふふん、この程度言い返せなくてどうするっての」
僕が居なかったら、死んでたのに……と愚痴るハクロを無視して、よいっしょ、と身体を起こす。それから身体を少し動かして──額に違和感があるのに気づいた。
「ん?何コレ」
手で触ると、何やら硬い。それにコレ……付いているというより、生えているんじゃ?
「あ、カガチからは見えないね。それ、『角』だよ」
「……ツノ?それって、セイカとかヒイロみたいな?」
「うん、それそれ。君は『鬼』になったからね」
「うふぇ?」
……変な声が出た。
鬼?鬼人じゃなく?いや、まぁ俺とて日本人だ。多少は鬼には知識はある。有名どころだと酒呑童子や茨木童子、天邪鬼だとか牛鬼あたりだが……ストアカだとどんな扱いなんだ?
軽くジャンプして、身体を動かしてみる。
おお、こりゃあいい。身体が軽い。これなら……と思うが、慢心は厳禁だ。足を掬われかねない。
だが、基本的には鬼人と同じってところかな?魔力とかに秀でているというよりも、基礎能力向上系。魔法とかを全く使わない俺としては、都合が良いって訳か。
「はい」
「ん?ありがと」
呪術の一種かは知らないが、黒い手でハクロは刀を渡して来た。
その刀──雷光を何度か振って、ハクロに振り返る。
「よしっ、行こうか」
「うん!」
『獣』はただひたすら傍観していた。
鬼を生み出す秘術が失敗していたのは、呪を通して知っていた。様子見だとか、そういう思考ではない。
ただ、『獣』は妨害されていた。自らの内で眠っていたはずの化け物に。
最後──最愛の妻を殺されるまで、呪詛の塊たる自分に隙を見せなかった、並外れた精神力を持つライガ。それが目を覚まして、『獣』を妨害している。『獣』から、身体の支配権を取り戻そうと。
「──」
小さく呻いて、『獣』は攻撃に使っていた呪詛を自らの元に戻した。内部に意識を向けて、 獣』はライガに向けて呪詛を放つ。
再び眠っていろ、と呪詛を込めて。
だが、足りない。ライガという化け物を黙らせる為には、呪詛が足りなかった。コレで漸く拮抗しているという程度だ。黙らすには、呪詛をもっと加えなければならない。
本来ならば、このようにライガが意識を取り戻すことなどないはずだった。けれど、想定以上に敵が手強かった。
その為に想像以上に呪詛を使ってしまう羽目になってしまったのだ。それこそ、ライガを抑え込めなくなってしまうほどに。
──あと少しで、この檻から解放されるというのに……!!
「──」
吐く息に怒気が混ざるのを感じながら、『獣』は再び身体を手元に戻す。
その結果、カガチとハクロを囲う檻は薄くなってしまった。だが、そんなことは二の次と『獣』は内側に意識を向ける。
どうやら、ライガは再び眠りについたようだった。とは言っても、これは仮眠のようなもの。ちょっとしたことで、再び目覚めかねない。
ならば──と『獣』は早く敵を排除しようとして、身体を引き千切られる感覚に呻いた。
『獣』はその感覚のした部位に目を向ける。即ち、白蛇と鬼を封じ込めていた檻に。
「────!!」
パラパラと、檻の残骸が落ちては霧散していく。どうにも檻は両断されたようだった。
その黒い霧から影が現れる。影は一つだけ。黒霧が晴れ、その姿が露わになる。
鮮やかな和装に身を包み、腰には刀。そこは先程殺しかけた男と変わりはない。異なるのは、額に生えた二本の角──そして、首に巻かれた白蛇だった。
その男の瞳に写る理性と目立つ角を見て、『獣』は秘術が失敗でなかったことを理解した。
その男が、口を開く。
「さあ、仕切り直しだ」
その言葉に答えるように、『獣』の咆哮が荒野に響いた。




