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ストレンジアルカディア  作者: 東夜 空
亡き友に盃を
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彼岸にいるあなたへ 24


「ッ──ぁ」


 ハクロが叫ぶ。


「────!!」


 声にならない感情を。

 それは自分に対してか、それとも眼前にて正気を失くした友人に対してか。


 闇を纏っているのか、それとも身体から闇を創出しているのか。カガチは身体の至る所から『黒』を纏っていた。

 身体を斜めに引き裂いていた傷はない。それどころか、擦り傷のような些細な傷でさえも見当たらない。加えて、額からは黒い角が二本生えている。

 それは鬼人のようで、けれどその異質さは彼等よりも上だ。


「鬼」


 様々な感情を呑み込んで、ハクロは正体を口にする。

 母であるヤトから昔、聞かされた秘術。それはこの鬼を創り出すもの。人間の存在自体を高めるための秘術だ。

 けれど、その成功率はあまりに低く。また、成功したとしてもその精神に異常をきたすのが大半であったため、闇に葬り去られたという曰く付きの術。

 その秘術を改良した結果として、作られたのがより人に近い鬼人である。


 鬼と鬼人。

 その相違点は、至ってシンプル。

 鬼が上位の存在であり、鬼人が下位の存在であると言うことだけ。


 その鬼と化したカガチが腕を振るう。乱雑な、武術などと言ったモノとは到底無関係な攻撃。


「ッ──」


 『呪』を固めて、ハクロは盾を作り出す。

 それはハクロとしても、最大の盾であった。

 周囲に漂う呪詛を出来る限り使って作り出した盾は、如何な攻撃であろうが防ぎ切るだろう、とハクロは自信を持っていた。


 しかし──


「嘘でしょ!?」


 紙を引き千切るかのように、無残に引き裂かれた結果となった。

 ハクロは身体を極限までに逸らす。蛇の柔軟性によって、胴を捉えていたはずの腕が頭の上で空を切った。


「危ないっ!」


 辛うじて回避したハクロの目に映るのは、追撃を仕掛ける『鬼』の姿。

 逸らした勢いのまま地面に倒れ込んだハクロを狙って、掲げられた腕が振り下ろされようとする。


「ッ──炎呪よ!」


 炎が奔る。

 無明の闇の中で、その炎は張り巡らせられた糸を辿るように四方八方よりカガチに襲い掛かる。

 しかしその程度、『鬼』には恐ろしいことではない。

 込められている呪詛が違うのだ。

 莫大な呪詛をその身に溜め込む『鬼』に、その程度の呪いなどは意味を成さない。

 だが、ハクロの狙いはダメージを与えることではない。


「あ゛ヴァ!?」


 暗闇に突然、明かりが灯った。それは閃光弾ほどではないにせよ、効果はあった。

 『鬼』の目は眩み、追撃しようとしていた腕は目を覆うのに使われている。


「はぁはぁ……予想外。ここまで強くなってるなんて」


 慢心はあった。

 あまりにもこの環境は、自分に有利過ぎたから。カガチが理性を失ったとて、抑え込められるのではないか、と。

 けど、見積もりが甘かった。

 まさか、ここまでなんて……母さん曰く、鬼の中には呪術にも似た力を使う者もいるらしい。それをカガチが発現していないだけでも──運が良かった。


「正直、アレと僕じゃあ相性が悪いよ」


 先程の炎呪を見て、ハクロは確信していた。

 自分の呪術では効果がないと。

 そもそも考えてみれば、カガチには呪印があるのだ。その時点で、ハクロとの相性はすこぶる悪い。


「でも、やるしかない」


 幸いにも、『獣』は介入してこない。

 仲間割れを見て、態々手を加えるまでもないとでも思ったのか。それとも、予期せぬ何かがあったのか。

 それは定かではないが、好都合だった。


「取り敢えず──」


 ハクロの双眸が、鬼と化したカガチを射抜く。


「ぶん殴って、サッサと正気に戻させる!!」







「オォォオオォ!」


 鬼が咆哮をあげた。

 それは優位に立つが故のものではない、むしろ怒りに満ちたものである。


「五月蝿い!」


 小さく尻尾を振って、ハクロは命じた。

 周囲の呪詛が瞬く間に鋭利な刃物を形作っていく。刃物たちは『鬼』を包囲するように佇み──


「行け」


──射出された。


 射出された刃物は、一直線に獲物を求めて走る。その歯牙で血肉を貪ろうとするが、その刃が血を舐めることはない。

 包囲の間を縫うようにして、『鬼』は回避したのだ。

 刃物は静かに地面に突き刺さって、霧散した。

 それを無視して、ハクロは次の手を打つ。


「──そこ!」


 高速で移動する『鬼』の先を予測して、ハクロは再び呪詛を収束させる。ただ異なるのは、その形状。刃の形ではない、長い縄のような形。

 それが『鬼』の足に絡みついた。

 だが、その程度で止まる『鬼』ではない。絡みついた縄を無理矢理引き千切って、そのまま何事もなかったように駆けるが、その動きが少し鈍った。


「ガァ!?」


 その作り出された間隙を、ハクロは逃さない。

 予め用意されていた呪詛の刃物が再び射出され、『鬼』の太腿や足首に刺さった。

 とても致命傷に至る傷ではない。むしろ、既に塞ぎ掛かっているのを見るに、大したダメージにはなってないだろう。

 だが、それで十分だった。


「これで正気に戻ってよね!!」


 嫌な気配を感じて、『鬼』は上を見上げる。


「ウ……ァ」


 上には、莫大な呪詛が渦巻いていた。それが槌の形を持って、振り下ろされる。

 だが、相手は『鬼』。その強靭な肉体を持ってすれば、回避することなど余りにも容易い。ただ、万全の状態であれば、だ。今の『鬼』は、両脚を負傷している。いくら並外れた再生力があるとはいえ、回避には間に合わない。


「────」


 轟音。

 だが、そこでハクロは止まらない。


「シャァ!」


 小さく鳴いて、炎蛇を三体出現させた。

 呪詛が霧散した結果、『鬼』を覆い隠すようにしている地点へ炎蛇が走る。

 過剰にも思えるような攻撃。

 だが、ハクロには確信があった。あの程度ではビクともしてないと言う確信が。

 間違いであって欲しかったそれは、現実となって現れる。それも──悪い形となって。


「なっ──!?」


 轟ッ、と三体の炎蛇が各方向より呑み込んだ直後、炎をモノともせず『鬼』が現れる。

 瞬間移動とも思える速さで駆けた『鬼』は、そのままの勢いでハクロを蹴り上げた。


「がっ──!」


 大きく吹き飛ばされてハクロは──見た。『鬼』が凄惨な笑みを浮かべて向かってくるのを。


「ッ──呪よ」

「ギィ!!」


 鬼がその腕を振るう瞬間、ハクロの姿が僅かにぶれる。そして『鬼』の腕は空を切ることになった。


「?」


 何があった?と『鬼』は静かに目を細める。

 目の前の白蛇に何があったかではない。自分に何があったかだ。

 『鬼』は動揺を隠せずにいた。


「?」


 それはハクロとて同じだ。

 尻尾に絡み付いた糸が霧散していくのを感じながら、彼は考える。


──僕はなんで生きてる?


 頭に先程の記憶が再生される。何とかして攻撃を躱そうと、呪詛の糸で身体を引っ張ろうとしたハクロ。

 けれど──


──あのタイミングじゃあ、回避するのは無理だった……よね?


 あの瞬間、身体に痛みが奔るのを想像して目を瞑ったのだ。なのに、自分は無事で大きな傷はない。


「あっちに何かあったってことだよね……?」


 乱れる呼吸を押さえつけて、ハクロは『鬼』を見据えた。

 『鬼』の姿は先程と何も変わりなく、傷を負った様子もない。

 ただ、『鬼』は不思議そうに右腕を眺めていた。初めて玩具を与えられた幼児のように。


「──うん?」

「ガァ……ッ!?」


 それが一転して苦しそうなモノに変わる。

 呼吸が出来なくなったかのように苦しみ、手で喉を押さえる。そして、そのまま後ろに倒れてしまった。


「え──?」


 余りにもあっさりと、『鬼』は倒れてしまう。そこには先程まで暴威を振るっていた姿はなく、思わずハクロは拍子抜けしてしまった。

 このまま少し休みたいが、そうにもいかない。『鬼』は倒れたが、『獣』が襲って来ないとは限らないのだから。

 重い身体に鞭を打って、ハクロは恐る恐るカガチに近づいた。

 ハクロがカガチの顔を覗き込んだところで、その双眸が開く。二度三度瞬きをしてから、彼は言葉を紡いだ。


「良かった……無事だった」




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