彼岸にいるあなたへ 23
──ゴリ
骨が動いたような鈍い音だった。
──ビキッ
筋繊維が千切れたような音。
──バキッ
あらぬ方向に関節が曲がってしまったような音。
その音が自らのものであると、カガチが気付くのはそう遅くはなかった。
「ちょっ……!?」
飛び起きるようにして、カガチは意識を覚醒させた。
そのままの勢いで辺りを見渡す。
周りは何もない真っ暗な空間で、光源などないのに不思議と知覚できた。
そんな空間に異質な物が一つ。
空間が裂けるようにして映像写っていた。真っ暗な闇をスクリーン代わりにして、何処からか映像が流れている。
その異質な映像には、ここと同じような暗闇が広がっていた。ただ異なるのは、闇が流動しているということ。
突然、閉ざされた空間に咆哮のような音が響いた。
その発生源は、未だ闇を写し続けるモニターだ。いや、変わりがないわけじゃない。闇ばかりであるため分かりにくいが、微かに動いていた。
「あああああァァァアアアア!!!」
断末魔のような悲痛な叫び。
それに気を取られている内に映像が動いた。映像に映ったのは白蛇。何処か神々しい白蛇。金の瞳も相まっているのだろう。だが、その白蛇がそんな神々しさなど備えていないことを、カガチは知っていた。
思わずカガチはその名を呼ぶ。
「ハクロっ!?」
ハクロはその身体を硬直させていた。カガチの声に驚いたというよりも、目の前のことが信じられないと言った有様で。
「届いてないのか……?」
カガチは静かに悟った。
ならばと、何か別の方法で──
そう考えるよりも前に映像が動く。
ハクロは呆気に取られたのも一瞬、すぐさま姿を隠すように『闇』に包み込まれる。
何を──
カガチがその理由を考えるよりも前に、その行動の原因が映像に現れた。
「──!?」
切り裂くような一撃だった。
その攻撃は、『闇』を切り裂いたが、ハクロには届かない。間一髪というところで、ハクロが避けていたのだ。
だが、カガチが驚愕したのはその攻撃ではない。
あの攻撃の刹那、映像に映った腕と──着物の裾。
あれには見覚えがあった。否、見間違えることなどない。
わなわなと唇を震わせて、言葉を紡ぐ。
「──俺か」
逡巡は一瞬。
すぐさま、カガチはここに居る意味と身体が動いている訳を考える。
「一つ、バグ」
自分がこんなことになっているのだから、そういうこともあるだろう。
だが、この可能性は低い。このストレンジアルカディアというゲームにおいて、そういう話は聞かない。
「二つ、イベント」
ライガ戦の真っ只中だ。
何かしらイベントが用意してあっても不思議ではない。
これはそれなりに可能性がある。なんたって相手はライガを乗っ取っているのだ。俺が乗っ取られていたとしても不思議じゃない。
「三つ、ハクロが何かした」
その心当たりはあった。
「バグは考えてもしょうがない。それにこのゲームのことを考えるならば、二と三だ」
それに加えて、カガチの最後の状態。
死に掛けも良いところだった。間違いなくカガチは死ぬ筈だった。
それだったら何故、生きている?
『獣』に操られたか?
その可能性はある。なにせ、あの再生力だ。俺をアソコから回復させてもおかしくない。
「だが、ハクロがいるのか」
仮にあの荒野から俺が出ていないのなら――ハクロが入って来たということになる。
別にハクロが参戦できないわけじゃない。最初のときだって入れたんだ。ハクロが入って来たとしてもおかしくはない。
理由や経緯は兎も角として……ハクロが居るのなら、この状況の推察は出来る。
アイツに付き合わせられた実験。
その成功と捉えるならば、この状況もおかしくはない。
「この状況を成功と捉えるかは別として、な」
あの実験でカガチは理性を失くし、本能のままに暴れた。
ならば、この状況にも最低限の説明はつく。つまり、あのときと同じく理性を失って暴れているのだろう。
「チッ、どちらにせよやることは変わらないか!」
そう言ってカガチは、何かアクションを起こそうとするが──
「動けない……ッ」
身体は拘束されたように、身じろぎ一つも出来なかった。
鎖や縄か何かで縛られて動けないというよりも、身体が無いような感覚。右腕を動かそうとしても、右腕はピクリとも動かない。まるで、自分のものではないようだった。
「アナタ、馬鹿なの?」
それでも、どうにか動こうとするカガチに声が掛けられた。
心底あきれたような、冷たい女の声。
「私の幼馴染も相当だけれど、アナタも同じね」
闇の中に響き渡る女の声は、何処から発せられているか分からない。
「諦めなさいよ。アレには勝てないわよ。見たでしょう?あんな死なない怪物、どうやったら倒せるのよ」
女の声はどこまでも冷たい。
感情などは感じられないようなその声は、カガチを優しく諭す。
「アナタは諦めたりはしないの?アナタは十分に頑張ったわ。いいじゃない、あんな蛇。見捨てなさいよ。どうせ勝てないのだから」
時には上から、時には下から女の声は響く。
不思議と声は出なかった。
「────」
「そう、諦めないのね」
だから、カガチは返答を視線に乗せた。
黙っていろ。そんな怒りを混ぜた返答を。
しかし、声は変わらず響く。
「貴方は、彼の為に全力を尽くせるのね。私が見て来たあなた達は、命を軽く扱うから……とても意外だわ」
初めて声に感情を感じられて、カガチは瞠目した。
──驚愕……じゃない、これは安心……?
そんなカガチを気にせず、声は言葉を続ける。
「でも、貴方はそんなことないのね。ふふっ、昔の彼みたい」
──自分勝手で、自分を顧みないところが。
いや、オレはそんなことねぇ。
そう反論したかったカガチではあるが、声が出せない。そのため、微かに目を眇めることに止める。
「そういうところなんて、そっくりよ。びっくりだわ。この私に、憎悪以外の感情があるなんて。これじゃあ、あの女みたいじゃない。まあ、それは仕方ないわね」
けれど、憂鬱だわ……そう加えて、声は微笑う。楽しそうに、声を弾ませて。
「貴方は気に入ったわ。いいわ、手を貸してあげる」
「?」
疑問を顔に浮かべたカガチに『声』はため息をついた。
「はぁ……バカね。後から、蛇ちゃんにでも教えて貰いなさいな。まあ、いいわ。ほら、見なさい」
画面には、変わらずハクロを攻撃している自分が見られる。ハクロは満身創痍であり、突けば倒れてしまいそうなほど。
だが、大きく異なるのはこの空間の闇。一寸先でさえ、何も見えなかった闇が徐々に薄れてきていた。
「あの蛇ちゃんも、分かってないわねー。ただ方向性を与えれば良いってもんじゃないのに。それを捻じ伏せる力も必要なのにね。教えたのは……ヤトかしら?まあ、身体自体はしっかりと変異しているから、ある意味では成功よね」
同時、身体の感覚が少し戻った気がした。
動かせるようになった身体で、カガチは動こうとするが転んで終わった。まだ、しっかりと力が入らないのだ。
「安心なさい。私が手を貸すのよ?さっさと戻れるわ」
「なら……」
「分かってるから、少し大人しくしてなさい」
積もる焦燥を抑え込んで、カガチは口を閉じた。だが、その双眸は画面を捉えて離さない。
沈黙が降りる。
その静寂がどれほど続いただろうか。
突如として、沈黙は破れることとなる。
『画面』から光が溢れ出したのだ。その光は、空間に存在する闇を喰らい尽くすように溢れ続ける。
「さよならね」
驚くカガチをよそに、『声』はその姿を見せた。
光に照らされるようにして、輪郭が浮かび上がる。
綺麗な女だった。輝く金髪を棚引かせて、哀しそうな笑顔を浮かべた女性。
苦痛で歪めたような顔で無理矢理作ったような笑顔は、彼女の優しさをこれ以上なく饒舌に物語っていた。
──どうか、ライガと我らに安らぎを。
その声は光に呑まれて消えたのか、それとも──




