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ストレンジアルカディア  作者: 東夜 空
亡き友に盃を
53/104

彼岸にいるあなたへ 23


──ゴリ


骨が動いたような鈍い音だった。


──ビキッ


 筋繊維が千切れたような音。


──バキッ


 あらぬ方向に関節が曲がってしまったような音。


 その音が自らのものであると、カガチが気付くのはそう遅くはなかった。


「ちょっ……!?」


 飛び起きるようにして、カガチは意識を覚醒させた。

 そのままの勢いで辺りを見渡す。

 周りは何もない真っ暗な空間で、光源などないのに不思議と知覚できた。

 そんな空間に異質な物が一つ。

 空間が裂けるようにして映像写っていた。真っ暗な闇をスクリーン代わりにして、何処からか映像が流れている。

 その異質な映像には、ここと同じような暗闇が広がっていた。ただ異なるのは、闇が流動しているということ。


 突然、閉ざされた空間に咆哮のような音が響いた。

 その発生源は、未だ闇を写し続けるモニターだ。いや、変わりがないわけじゃない。闇ばかりであるため分かりにくいが、微かに動いていた。


「あああああァァァアアアア!!!」


 断末魔のような悲痛な叫び。

 それに気を取られている内に映像が動いた。映像に映ったのは白蛇。何処か神々しい白蛇。金の瞳も相まっているのだろう。だが、その白蛇がそんな神々しさなど備えていないことを、カガチは知っていた。

 思わずカガチはその名を呼ぶ。


「ハクロっ!?」


 ハクロはその身体を硬直させていた。カガチの声に驚いたというよりも、目の前のことが信じられないと言った有様で。


「届いてないのか……?」


 カガチは静かに悟った。

 ならばと、何か別の方法で──

 そう考えるよりも前に映像が動く。


 ハクロは呆気に取られたのも一瞬、すぐさま姿を隠すように『闇』に包み込まれる。

 何を──

 カガチがその理由を考えるよりも前に、その行動の原因が映像に現れた。


「──!?」


 切り裂くような一撃だった。

 その攻撃は、『闇』を切り裂いたが、ハクロには届かない。間一髪というところで、ハクロが避けていたのだ。

 だが、カガチが驚愕したのはその攻撃ではない。

 あの攻撃の刹那、映像に映った腕と──着物の裾。

 あれには見覚えがあった。否、見間違えることなどない。

 わなわなと唇を震わせて、言葉を紡ぐ。


「──俺か」


 逡巡は一瞬。

 すぐさま、カガチはここに居る意味と身体が動いている訳を考える。


「一つ、バグ」


 自分がこんなことになっているのだから、そういうこともあるだろう。

 だが、この可能性は低い。このストレンジアルカディアというゲームにおいて、そういう話は聞かない。


「二つ、イベント」


 ライガ戦の真っ只中だ。

 何かしらイベントが用意してあっても不思議ではない。

 これはそれなりに可能性がある。なんたって相手はライガを乗っ取っているのだ。俺が乗っ取られていたとしても不思議じゃない。


「三つ、ハクロが何かした」


 その心当たりはあった。


「バグは考えてもしょうがない。それにこのゲームのことを考えるならば、二と三だ」


 それに加えて、カガチの最後の状態。

 死に掛けも良いところだった。間違いなくカガチは死ぬ筈だった。

 それだったら何故、生きている?

 『獣』に操られたか?

 その可能性はある。なにせ、あの再生力だ。俺をアソコから回復させてもおかしくない。


「だが、ハクロがいるのか」


 仮にあの荒野から俺が出ていないのなら――ハクロが入って来たということになる。

 別にハクロが参戦できないわけじゃない。最初のときだって入れたんだ。ハクロが入って来たとしてもおかしくはない。

 理由や経緯は兎も角として……ハクロが居るのなら、この状況の推察は出来る。


 アイツに付き合わせられた実験。

 その成功と捉えるならば、この状況もおかしくはない。


「この状況を成功と捉えるかは別として、な」


 あの実験でカガチは理性を失くし、本能のままに暴れた。

 ならば、この状況にも最低限の説明はつく。つまり、あのときと同じく理性を失って暴れているのだろう。


「チッ、どちらにせよやることは変わらないか!」


 そう言ってカガチは、何かアクションを起こそうとするが──


「動けない……ッ」


 身体は拘束されたように、身じろぎ一つも出来なかった。

 鎖や縄か何かで縛られて動けないというよりも、身体が無いような感覚。右腕を動かそうとしても、右腕はピクリとも動かない。まるで、自分のものではないようだった。


「アナタ、馬鹿なの?」


 それでも、どうにか動こうとするカガチに声が掛けられた。

 心底あきれたような、冷たい女の声。


私の幼馴染(あのバカ)も相当だけれど、アナタも同じね」


 闇の中に響き渡る女の声は、何処から発せられているか分からない。


「諦めなさいよ。アレには勝てないわよ。見たでしょう?あんな死なない怪物、どうやったら倒せるのよ」


 女の声はどこまでも冷たい。

 感情などは感じられないようなその声は、カガチを優しく諭す。


「アナタは諦めたりはしないの?アナタは十分に頑張ったわ。いいじゃない、あんな蛇。見捨てなさいよ。どうせ勝てないのだから」


時には上から、時には下から女の声は響く。

 不思議と声は出なかった。


「────」

「そう、諦めないのね」


 だから、カガチは返答を視線に乗せた。

 黙っていろ。そんな怒りを混ぜた返答を。

 しかし、声は変わらず響く。


「貴方は、彼の為に全力を尽くせるのね。私が見て来たあなた達は、命を軽く扱うから……とても意外だわ」


 初めて声に感情を感じられて、カガチは瞠目した。

──驚愕……じゃない、これは安心……?

 そんなカガチを気にせず、声は言葉を続ける。


「でも、貴方はそんなことないのね。ふふっ、昔の彼みたい」


──自分勝手で、自分を顧みないところが。


 いや、オレはそんなことねぇ。

 そう反論したかったカガチではあるが、声が出せない。そのため、微かに目を眇めることに止める。


「そういうところなんて、そっくりよ。びっくりだわ。この私に、憎悪以外の感情があるなんて。これじゃあ、あの女みたいじゃない。まあ、それは仕方ないわね」


 けれど、憂鬱だわ……そう加えて、声は微笑う。楽しそうに、声を弾ませて。


「貴方は気に入ったわ。いいわ、手を貸してあげる」

「?」


 疑問を顔に浮かべたカガチに『声』はため息をついた。


「はぁ……バカね。後から、蛇ちゃんにでも教えて貰いなさいな。まあ、いいわ。ほら、見なさい」


 画面には、変わらずハクロを攻撃している自分が見られる。ハクロは満身創痍であり、突けば倒れてしまいそうなほど。

 だが、大きく異なるのはこの空間の闇。一寸先でさえ、何も見えなかった闇が徐々に薄れてきていた。


「あの蛇ちゃんも、分かってないわねー。ただ方向性を与えれば良いってもんじゃないのに。それを捻じ伏せる力も必要なのにね。教えたのは……ヤトかしら?まあ、身体自体はしっかりと変異しているから、ある意味では成功よね」


 同時、身体の感覚が少し戻った気がした。

 動かせるようになった身体で、カガチは動こうとするが転んで終わった。まだ、しっかりと力が入らないのだ。


「安心なさい。私が手を貸すのよ?さっさと戻れるわ」

「なら……」

「分かってるから、少し大人しくしてなさい」


 積もる焦燥を抑え込んで、カガチは口を閉じた。だが、その双眸は画面を捉えて離さない。

 沈黙が降りる。

 その静寂がどれほど続いただろうか。

 突如として、沈黙は破れることとなる。

 『画面』から光が溢れ出したのだ。その光は、空間に存在する闇を喰らい尽くすように溢れ続ける。


「さよならね」


 驚くカガチをよそに、『声』はその姿を見せた。

 光に照らされるようにして、輪郭が浮かび上がる。

 綺麗な女だった。輝く金髪を棚引かせて、哀しそうな笑顔を浮かべた女性。

 苦痛で歪めたような顔で無理矢理作ったような笑顔は、彼女の優しさをこれ以上なく饒舌に物語っていた。


──どうか、ライガと我らに安らぎを。


 その声は光に呑まれて消えたのか、それとも──



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