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ストレンジアルカディア  作者: 東夜 空
亡き友に盃を
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彼岸にいるあなたへ 21


 光が身を包んだ。仄かな浮遊感。

 それは初めてここに来た時と何一つ変わらなかった。

 かつての大戦を模したのか。それともライガという男の人生を表したのか。

 兵の跡、そう表すのが相応しい荒野。主人のない武器が数多、虚しく刺さった荒野。


「やっぱり……」


 光が晴れて、視界が色を取り戻した。

 やはり広がるのは、無数の武具が乱立する荒野。

 そこで呆っとする時間など、ハクロにはない。

 すぐさま、その身体を器用に使って、乱立する武具の一つを登った。そして、周囲を見渡す。


「……居た」


 探し人は簡単に見つかった。

 紫電を纏い、覗く左腕には活性化させられた呪印が絡まっている。

 荒野の片隅のハクロ(闖入者)には気づいていないようだった。

 しかし、カガチは気づかなくても、この荒野の主であれば気付く。

 遠く、カガチと戦っていたはずの巨大な黒い『獣』が此方を見た気がした。

 『獣』が本当にハクロの方へ目を向けた訳ではない。それどころか頭すら向けていない。


 だが、ハクロは確信していた。


──アレは僕に気づいた。


「──ッ!?」


 瞬間、地面から『黒』が飛び出した。

 闇より黒く、深い無明の『黒』。酷く鋭利な『黒』。

 それが瞬く間に自分の身体を貫いて、命を奪うことなど想像に難くない。

 ただし、それが『呪』などというものでなければの話だ。


「………」


 縄が解けていくように、あるいはジグソーパズルが崩れるように、積み上げた積み木が崩壊するように、鋭利な『黒』は消えた。

 当然だ。この程度の『呪』をハクロが扱えないはずがない。ましてや本体より遠く離れたものなど、呪帝の血族には造作もない。


「あ……」


 次の一撃に備えていたハクロの視界の先で、カガチが刀を『獣』に振るっていた。


──アレじゃ無理だ。


 理性と本能が同じ答えを出した。

 アレじゃ無理だ。無理なのだ。『獣』を斬ることは能わない。なにせ、あの『獣』はまともじゃない『呪』が身体を構成する特別な『獣』だ。

 洗礼加工もされてなければ、聖霊の憑代でもないあの刀で斬ることが出来るのは、『獣』の核となっているライガの身体だけ。

 そのハクロの考え通り、刀は確かに『獣』を切り裂いたが、当の『獣』は意に介した気配もなく攻撃に移っていた。

 埃を払うかのように尻尾を振るった。『獣』からしたら、少し煩わしいような、痒いようなものだったのだろう。おそらく、虫の羽音が煩いような、毛先が肌を撫でたような感覚に身を捩るような。

 決して速くない攻撃。

 けれども、驚愕によって、思考に空白を生んだカガチには回避することは出来なかった。


「──ッ!」


 宙に浮いたカガチ。

 それを見た途端、ハクロは呪術を展開していた。

 炎で象られた炎蛇が普段よりも大きな姿で現れる。ハクロが使った魔力(MP)は変わらない。変わったのは周囲の呪詛濃度。

 普通の呪術師であるならば周囲の呪詛濃度などというものは関係ない。彼等には呪詛を操ることも見ることも媒介なしには出来ないからだ。しかし、ハクロは普通じゃない。七帝の血を継いだ想うがままに呪いを操る理外の者。

 故に、普段の呪術に何の準備をすることなく燃料(呪詛)を加えることなど容易であった。


 炎蛇がハクロを飲み込んで、宙を走った。

 呪術『炎呪の蛇』は、呪詛を燃料とし燃え盛る炎で形作られる蛇だ。炎蛇は接触時、幾ばくかの炎ダメージと共に呪い『炎呪』を付与する。この呪術をハクロが愛用するのは威力が高いというのは勿論として、扱い易いというのがある。

 この呪術は『炎呪』という対象の(HP)を吸収して燃え盛る呪いを利用して、ハクロが一から作り上げた呪術。その扱いは最もハクロが得意とするもの。故に、自らを『炎呪』の付与対象外とすることは造作もない。


 多少の炎ダメージに耐えながらハクロは前方を睨む。


「間に合え……!」


 前方では、宙に舞ったカガチが刃のような『呪』に貫かれていた。そのまま、抵抗することなく落ちていく。

 地上では、『獣』が大きくその腕を構えている。刹那の後に、振り下ろされるであろうことは容易に想像できた。

 故に、ハクロは急ぐ。

 身を蝕む炎など知ったことかと、ハクロは駆けた。

 けれど──


「……ッ!?」


──あと一歩というところで、黒い壁が地面から生えた。黒く黒く、深淵へと通じる扉を思わせるそれは尋常ではない『呪』が固まることで、実体を持った壁。

 だが、それもハクロを一秒とも足止め出来なかった。


「邪魔!!」


 炎蛇が壁を溶かしたように、穴が空いた。ハクロが呪詛を操作したのだ。

 しかし、一秒にも満たない時間といえども、それは十分に足止めとなり得た。


「カガチ!」


 壁を抜けたことで、カガチと『獣』の姿を捉えたハクロ。

 広がった光景に目が見開かれる。

 緩やかに落ちていたカガチに、『獣』が爪を振り下ろす。


──間に合わない……ッ。


 出来る限りの速度で炎蛇を駆けさせるが、あと一歩届かない。

 ハクロの眼前でカガチが爪で吹き飛ばされた。

 いくら実体を持ったとは言えども、元は実体のない霧のようなもの。カガチを切り裂くには、あと一歩ほど届かなかった。


 ハクロにとって幸運だったのは、カガチが吹き飛んだ先に居たことだった。


「ッ──間に、合えッ!」


 炎蛇がトグロを巻いた。急いだ為かそれは綺麗なトグロではなく、少し歪んだものである。

 しかし、それでも役割は果たせる。

 トグロを巻いた炎蛇がカガチを受け止めた。カガチには呪印があるため、『炎呪』は付与されることがない。また、炎ダメージもその装備品によって無効化されていた。

 ランによって織られた着物の真骨頂。それは耐火性である。

 着物の素材はトラップスパイダーのユニークモンスターから採れた糸が主で、その糸はハクロの炎蛇の火力でも、ましてやカガチの兄である、『竜狩り(ショウ)』の『竜滅息吹砲(バルムンク)』でさえ燃えることはなかったのだ。

 耐火性という点で見たとき、あの糸は最高級のものだろう。それを素材にして作られた着物も、その対価性を余すことなく発揮している。


 カガチを見たハクロの瞳に焦燥が浮かんだ。


「不味い……このままじゃ──」


 積もる焦燥に、無意識に尻尾を動かしてハクロは言った。


「──死ぬ」


 カガチは未だ生きているのが不思議な程だった。爪によって斜めに切り裂かれた身体。右側面だけで繋がっているそれは、間違いなく心臓などの主要な臓器を切り裂いている。何処からどう見ても死んでなければおかしい傷。

 それでも今なお彼が生きているのは、左腕の呪印によるものだった。

 活性化された呪印が宿主を生かそうとしているのだ。


「どうしようどうしよう……!!」


 刻一刻とカガチが死に近づいていくのを感じる。手持ちのポーションを使ったところで、このレベルの傷を治すことは不可能だ。

 どうすれば……!!


──ビシッ!


 しかし、それを悠長に考えさせてくれるほど『獣』は甘くない。


 地面に亀裂が入り、四方を囲むように黒の帷が生まれた。生まれた帷は四方のみならず、天蓋を作り出し、完全にカガチとハクロを覆う。

 それは籠。決して逃げさないという『獣』の意思の表れ。

 無論、囲って終わりではない。

 四方八方から刃物のように鋭い『黒』が幾千と伸びる。


「邪魔するなっ!!」


 いつもとは違う強い口調で、ハクロは『呪』に命令を下した。

 途端に、幾千の刃は崩れ落ちたがそれは始まりに過ぎない。

 すぐさま、幾千の刃が帷より生み出される。それはすぐに解けて消えるが、次が装填されていた。


「アイツ、僕のスタミナが失くなるまで粘る気!?」


 即座に、『獣』の思惑を理解したハクロ。

 スタミナ切れで、あの黒い刃でズタズタに貫かれる未来が浮かぶ。

 ハクロが行っている『呪』の支配は普段であれば、難しいものでもなければ、体力や精神力を奪われるものではない。しかし、今この場で行われているのは『呪』の支配権の奪い合い。

 普段とは全く異なるそれ。例えるならば、綱引き。四方八方からの縄を引きながら、それぞれの縄の構造を紐解くような綱引きだ。

 当然ながら、消費される体力、精神力は尋常ではない。


「どうすれば……」


 襲い来る刃の群れの対処で、思考が奪われる。

 カガチの死が先か、ハクロのスタミナが切れるのが先か──死が目前に迫っているのは間違いなかった。


──ハクッ!!そこから離れよ!!


 幻聴のようにハクロの脳内に響いたのは、不思議なことに母であるヤトの声。それは何時になく余裕がなかった。聞いたことは、一度ののみ。彼にとってヤトというのは、エバーテイルを統べるに相応しい風格と余裕を持っている人物だった。

 だから、その母の声が何時ものであるかは鮮明に覚えていた。


「……アレは失敗したんだ」


 朦朧とした頭で、その時のことを思い出す。記憶に新しいためか、盛大に失敗したためか、命の危険を明白に感じたためか、簡単に脳裏より思い出された。


 地下室という封鎖された中で、スーパーボールが跳ねるように縦横無尽にカガチに暴れていた。身体からは濃密な『呪』の気配を滲み出して。

 カガチが壁に当たるたびに悲痛な絶叫が地下室内に響く。完全に我を失っていた。

 火を見るよりも明らかに失敗だった。

 結局、カガチは何度も何度も壁に身体をぶつけた後、壁の無い地上を求めるためかハクロとヤトの居た階段に向かった。背筋も凍るような絶叫にハクロは目を閉じて──どさり、と何かの倒れ込む音を聞いた。

 目蓋を開くと、手を握ったヤトと光となって消えていくカガチがいた。


──まったく、だから早いと言ったんじゃ。


 悪い予想が当たったと言った風にヤトは言う。


──足りないのはそうじゃな……素体の強さ、それに『呪詛』が足りていない。それと指向性の欠如……かの。


 最後にそう付け加えて、ヤトは去った。


──母さん……ッ!


 それは啓示か、それとも死を逃れるために無意識が出した提案か。

 どちらにせよ、何もしないままでは死ぬことは変わらない。


──それはわかってる。


 けれど──


「──ッ」


 自分の不甲斐なさに消えたくなる。

 アレは出来れば消し去りたい過去だった。ただの失敗ではなく、友達を危険に晒したどころか命を犠牲にさせた失敗。そう簡単に掘り起こしたいものではなかった。

 それでも──


「分かってる。多分、それが最善なんだろう……」


 過去の失敗が頭を過ぎる。身体が強張る。

 けれど、それがカガチを助け、自分が生き残る唯一の道であった。


──ただ、成功すればだが……


 一度、大きく息を吐いた。

 そして、覚悟を決めた。もう迷いはなかった。

 幸いにも、ここにはほとんど全てが揃っている。

 莫大な量の呪詛、呪印によって強化された肉体、そして、ハクロという指向性。


「呪よ──」


 小さい、されど『呪』を統べる血族に連なる者として威厳に満ちた声で、ハクロは命を下した。

 バラバラと崩壊していた幾千の黒い刃が、崩壊せずにカガチに差し込まれていく。止まることなく、カガチを四方八方から貫かんとするばかりの勢いで。

 だが、それがカガチを傷つけることはない。ただ、彼の身体に吸い込まれていくだけだ。



 そして────




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