彼岸にいるあなたへ 19
「どうしよう」
一人、ハクロはそう呟いた。
声音からわかるのは不安。
彼の脳裏には一人の異邦人。先程、自分を置いて剣帝との戦いに臨んだ友人。
彼を心配してのことだった。
死んでも死なないという異邦人の友人は、ハクロにとってかなり特別だ。
昔からホクロク達によって孤立させられてきた彼にとって、対等な存在とは兄弟だけであり、その兄弟も、相手してくれるのはそう多くなかった。彼らとて、末の弟に何時も構ってられるほど暇ではなかったのだ。
ある者は母より授けられた仕事をこなし、ある者は自らの力量を高めようと修行に励む。それをハクロとて理解はしているが、理解しているからといって孤独を感じないということではない。
だから、彼はいつも孤独を埋めてくれる誰かを探していた。
兄弟ではなく、従者でもなく、ただ対等な誰かを。
だから、その誰かであるカガチは特別なのだ。まあ、ハクロが特別にした、ようなものではあるが。
「どうしよう」
再び、彼はそう呟く。
彼は漠然とした焦燥を感じていたのだ。
一人になるのは久しぶりだった。最近は誰かが近くにいてくれた。こんなものは──
「あ、あの時以来か」
だから、余計に不安になるのか、と彼は一人納得した。
「そう、だよね。あの時と何も変わらないんだよね」
十五日前。彼と初めて会った時。
あの時も自分は一人だった。この場所で、加えて空腹で倒れそうで……
心の奥底から懐かしさが溢れ出た。
初めての外。初めての冒険。誰も知らないという孤独を、冒険への期待で塗り潰した感覚。
そして、世界を知ったあの日。
──世界は残酷だったなぁ。
目立つ姿をしている、とハクロは自分でも思う。母や兄弟は綺麗だと褒めてくれた自分の姿。それを初めて恨んだ。
敵意を向けられるなんてことはなかった。
敵意を向けられるなど、想像したこともなかった。
だから、あの日。
珍しいからと、命を狙われたことは記憶に刻み込まれている。
剣を向けられ、ナイフを向けられて、弓を構えられた。
幸い、相手は低レベルのプレイヤーだった。『金縛り』で動けなくして、なんとか逃げれた。
だが、逃げ切れたからといって、頭に刻まれた疑心は消えることはない。
「あー、恥ずかしい……」
だから以前ここでカガチに、なけなしの体力を使って威嚇したことは避けようのないことだったのだろう。
そう頭ではわかっていても、今になって思い返すと羞恥心が浮かんでくる。
「……さて、どうしよう」
一通り思い返して、ハクロは再びそう言った。
彼が取れる選択肢はおよそ二つ。
一つは、このままカガチを待つこと。
一つは、カガチとライガとの戦いに参戦すること。
迷ったのは一瞬。
「うん、待ってるだけじゃダメだよね」
あの日、自分は見ているだけだった。激しい剣戟を、命奪い合う殺し合いを、それを楽しむ彼らを。
今になって思えば、アレも一つの正解だったのだと思う。『呪』から解放されたライガが、カガチを見定める戦いに手を出すのは無粋というものだろうから。
けれど──
「やっぱり、僕は隣で手を貸すよ」
──出来るなら、隣で戦いたかった。
あの日は初めての邂逅だったから。人間を信じられなかったから。
自分でも、それは正しい判断だと思う。けれど、それはカガチを知らなかったから。
しかし、今は彼を知っている。だから、そう思ってしまうのだ。
けれど、カガチの思いを無駄にしてもいいのか?
そんな考えが頭に浮かんだ。
彼は、僕が死なせないために残したのだろう。彼は、異邦人で、死んでも生き返る特異な存在だ。生き返らない自分を、危険だというところには連れていかなかったことは何度かあった。
「あれ?」
そこで、ハクロは気づいてしまった。
カガチが自分を守ろうとしていることに。危険だから、と遠ざけていることに。
そこは――一緒に立ち向かう場面ではないのか。
相棒というのなら、対等だというのなら。
「僕の力をアテにされてないってこと?」
つまるところ、カガチは自分を簡単に死んでしまう程度だと。そう思っているのか。
「ふふふ……」
ハクロは怒りを含めて笑った。
「君がそう考えるなら、僕も好きにやってやる」
そうして、彼は石板に触れた。




