彼岸にいるあなたへ 18
――第二ラウンド
そうカガチが言ってから、戦闘は激しさを増すばかりであった。
互いの雷が大気に弾け、空間を焼く。
雷は弱まることなく、強まるばかり。
「――――!!」
「…………ッ!」
鉄と鉄。金属と金属が打ち合って、剣戟の音が宙に舞う。
ライガとカガチ。
両者はヒートアップし続けていたが、分が悪いのはカガチだ。
カガチは強くなり続けるライガの『纏雷』に合わせて、自らの『纏雷』も強くしていたが……当然、その反動も強くなっていた。傷ついた瞬間から再生するライガに比べ、カガチにはそんなものはない。
反動は重なり、視界の左上のHPバーが赤く点滅し始める。
「………にゃろ!!」
それを認識してなお、カガチは『纏雷』を弱めない。
そんな隙は見せられないからだ。
先ほどは、ハクロの呪毒薬を使って隙を作った。
しかし、今になっては無理だ。果たして、ライガに当てることが出来るか。カガチとライガ、『纏雷』によって強化された二人の動きは、まさしく疾風迅雷。
そんな状態で、そんな相手に……試験管を当てることが出来るわけがない。少なくとも、ぶっつけ本番で行うには博打が過ぎた。
「――!」
だから、カガチはポーションを上に向けてぶん投げた。
くるくると回転しながらガラスの容器が舞う。
そこに襲いかかるライガの斬撃。
雷を伴った斬撃は、まさしく必殺。
まともに喰らえば、瞬く間に殺されるだろう。
「だから……ッ、分かりやすいんだよ!!」
ライガが雷を纏い始めて、幾ばくか時間がすぎている。
その動きを、カガチは何度も見ている。その結果、少しではあったがライガの動きをカガチは見極めることが出来ていた。
カガチが、ライガの斬撃を回避し、逸らす。
その中で、カガチは反撃することはなかった。
そう、出来ないのではない。あえてしていないのだ。
「――――!!」
ライガの斬撃が、カガチによって弾かれる。
そして……弾かれたライガの刀は、落ちてきたガラスの容器を斬り裂いた。
カガチが狙っていたのは、寸秒前に放り投げたポーションだった。
容器が切り裂かれ、中のポーションが物理演算に従って落ちてくる。ポーションの位置は、カガチの真上。そのまま、ポーションはカガチにかかった。
ポーションの性質上、飲む必要はない。かけるだけでHPは回復できる。
回復量は飲む方に劣るが、それでも飲むというアクションを要しないのは、刹那の戦闘では大きい。それに加え、今のは上級ポーション。飲まなくても十分な回復量を誇るポーションである。
カガチのHPは全回復とまではいかずとも、八割は回復していた。
「――――」
だが、それがなんだと言うのか。
そう語るようにライガは斬撃の乱舞を緩めることも、激しくすることもない。
ただ膂力のまま振るわれる刀は、術理こそ内包していないが、それだけで暴力である。下手に受けてしまえば、刀をへし折られてしまうだろう。へし折られるとまではいかなくとも、耐久力は大幅に削られてしまうのは予想に難くない。
両者は一度距離を取って、再び剣戟を交わし合う。
荒野に響く金属音は高らかに。その音を、荒野の武具たちは懐古するように聞き入るばかり。
いつまでも続くと思われた剣戟の音は、しかし終わりを告げる。
――それはカガチが、ライガの腕を斬り裂いたときだった
均衡状態から、わずかにカガチに分が傾き始めていた。
事実、カガチの『雷光』がライガを捉えはじめ、ライガにダメージを与えていた。
そんな最中――
「…………?」
ふいにライガが動きを止めた。
アクションの前の予備動作ではない。そんな感じではなかった。表すならば、突然電池の切れたロボットのような。
不信に思うカガチ。だからこそ、警戒は何一つ解いてはいない。
警戒しつつもHPを回復するため、ポーションを取り出した。
カガチは、ライガと斬り結んでいるばかり、失念していることが一つ。
それは――いま目の前にいるのがナニカということである。
剣帝ライガ?かつての英雄?剣を極めた化け物?
――否、否である。
アレは『呪』にである。
決して、ライガではない。
それはカガチも知っていただろう。分かっていたつもりだっただろう。
ライガであってライガではない、と。アレはライガを支配しているナニカである、と。
果たして、アレが与えたのは無限とも思える再生力だけなのか。
刀を振るう?
そんなものは戯れにすぎない。どうして刀を振るう必要がある。刀を振るっていたのは、ライガだ。アレにとって、刀を振るうのも、剣を振るうのも、戦槌を振り回すのも、槍でつくのも何も変わらない。ただ刀が本体であり、依り代を維持するのに必要なだけである。
結局のところ、アレは本領など発揮していないのだから。
「あ?」
構えた刀をカガチは下ろした。
警戒を解いた訳ではない。むしろ、警戒は上がっている。
「ガアァァァアアアア!!!!」
ライガが苦悶の表情を浮かべる。それは今まで無表情を貫いていたライガにとって初めてのこと。それにカガチが危機感を抱いたのは、自然のことだった。
能面のような無表情が剥がれて、人間のような苦悶と叫び。
「ッ、何が!?」
ライガの刀から突如として、黒い靄が現れた。その黒い靄をカガチは初めて見る訳ではない。ソレは、ライガが傷を負う度に身体を覆っていたもの。先程まで、全身から溢れ出していたものだ。
問題はその量だった。
黄昏を写したかのような空に、黒が奔る。それは夜のように柔らかいものではない。闇のように、全てを呑み込むものだ。
「………ッ」
得体の知れない寒気がカガチを襲った。
背筋にゾワゾワと寒気が登ってくる、得体の知れない恐怖が頭を支配する。
逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい。
アレはこの世に居てはならないものだ。アレは生者とは決して分かり合えないものだ。アレは生きとし生けるもの全てに牙を剥くものだ。
──逃げろ、逃げろ、逃げろ、逃げろ。
身体の奥底から命令が発せられる。本能が警鐘を鳴らしている。
──早く、速く、ハヤク!
「冗談」
その全てを祓うように、カガチは言った。
「逃げられるか」
逃げ道がないとか、そういうことじゃない。
今のカガチを突き動かしているのは、意地、プライド……そう言った類のものだ。
「逃げる?バカ言え。なんで逃げなきゃいけないんだ」
不機嫌に、アイテムボックスからニードルビーの短剣をカガチは取り出す。
「『師匠』なんて呼んでしまったんだ。だったら、『弟子』である俺が背を向けて逃げるのは筋違いってもんだろ」
広がった『黒』が意思を持ったように、蠢いた。天空を覆った『黒』から、触手のようなものが垂らされる。
それを尻目に、カガチは手に持ったニードルビーの短剣を左手に刺した。
「ッ──」
ザワザワと、左腕が疼く。
普段は赤衣の拘束具によって封印されている左腕。だが、今は剥き出しの状態だ。
その左腕。手首ほどまで伸びていた『呪印』が、急速に成長しているのをカガチは見た。
──それは呪印を活性させるものだよ。効果時間は十分ほど。
ハクロの言葉が蘇る。
──ただ、効果が切れて元通りになる訳じゃないよ。それは頭に置いておいて。
「分かってるよ。でも──」
左腕から視線を移す。移した先はライガ。
『黒』の触手が、一斉にライガに突き刺さっていた。
苦痛に満ちた表情のまま、身体が変化していく。人の四肢に纏わりついた『黒』が獣の姿を真似ていく。
強靭な四肢、鋭い牙、巨大な身体。だが、普通の獣と異なるのは、その色。毛色は黒で統一、それどころか覗く瞳も黒一色。
闇そのものを体現したかのような姿。否、獣の形をした闇。
それが今のライガだった。
「──アレは予想外だ」
そして、その獣は産声をあげた。




