彼岸にいるあなたへ 16
──帝都
「あああぁぁ!!!?」
王都にも引けを取らないほどの活気を誇る帝都。そこは、少し前まで暴動寸前であったとは思えないほどであった。
その帝都の貴族街と呼ばれる一角。周りに建つ屋敷よりも明らかに豪華で、大きい屋敷。その一室より、その悲鳴混じりの怒声は聞こえて来た。
「なんだ?」
その声に、その屋敷の一階にリビングにて、アイテムの鑑定を行っていた男は、不機嫌さを隠しもせずに顔を上げた。
その男だけではない。
ソファーで本を読んでいた少女も、自らの武器を手入れしていた老人も、皆が皆、その声に反応した。
しかし、彼らは反応するのみで、心配するような素振りすら見せない。
それもそのはず。彼らにとっては、そんなことは日常茶飯事なのだ。今回も、どうせ誰かがキルされたことに憤っているだけだろうと決めつけていた。
むしろ全員が、降りて来たら文句の一つでも、煽りの一つでもしてやろうと思っていたほどだ。
ただ、一人を除いて。
「あれ?」
その怒声に疑問を浮かべたのは、紫紺の髪を持った優男だった。
「どうしたの、リーダー?」
優男の声にいち早く反応したのは、ソファーで読書していた少女。
彼女の視線と共に、周囲より複数の視線がリーダーと呼ばれた優男に注がれる。
「いやね、蓮ちゃん?確か、ゴードン君ってさフィーエルに居たようね?」
「……そうだった気がする。あんな雑魚のことは殆ど覚えてないけど」
その言葉に、アイテムの鑑定をしていた男が苦笑いして言った。
「辛辣すぎだろ……まあ、アイツが弱いってのには賛成だけどな」
「君もそんなこと言えないでしょ」
「良いんだよ。俺は生産職だから。非戦闘職だぞ?そんなもんに強さを期待する方がおかしいんだよ」
ま、兎も角と、男は続ける。
「リーダー。ゴードンの野郎は、俺の記憶が正しいければフィーエルに居るはずだぜ?確か、ランドル侯爵辺りから持ち掛けられた話だったような……」
「ああ、思い出したよ。ウィルス伯爵のクーデターの話だね。アレに関しては、絶対に成功しないっていう結論に陛下と合致して……どうなったっけ?」
「確、か……適当にゴードンを派遣したんだよ。リーダーが、ゴードンに別に動かなくて良いからねって言って」
「そんなことも言ってたなー」
各々が記憶を探って、事の始まりを話し合っていた。
そんな彼らが話し合えば、何があったかを予想するのはそう難しいことではない。そのため会話は次第に、何があったかではなく、誰に阻害されたかということに話が移っていった。
「やっぱさ、『竜狩り』じゃない?」
「うーん?『竜狩り』が動くかぁ……あの人、こういうゴタゴタは好きそうじゃないし。何より、貴族とかのコネクトって彼、持ってないでしょ」
「うーん、そうかぁ……リーダーはどう思うの?」
「気まぐれに『死神』にやられた線もあるけど……最近、王国の王女様が狙われてるってのを掲示板で見たから……『伯爵』とか?」
「伯爵?」
聞いた事のない名前に、少女と男は首を傾げた。
少しの間満ちる静寂。
リーダーが少しして自らの間違いに気がついた。
「……ああ!ごめんごめん。それは別ゲーの渾名だったね」
地に頭をつけるような勢いでリーダーは謝った。リーダーとしては、そこで次の話題に移るものだと思っていたのだが……人間、そうはいかないものだ。
「その人、何やったの?」
普段聞かない名前に、彼らは反応した。
もちろん、聞かないプレイヤーを知りたいということもあるが、一番の理由は自分たちのリーダーが認めたようなプレイヤーに興味が湧いたのだ。
「うーん?知ってるかなぁ……サバイバルクラフターっていうゲームなんだけど……」
その名前に、彼ら二人は知っていたようで頷いた。
「ああ、良かった。そのゲームの概要は?」
その言葉に二人は再び頷く。
「それなら、話は早いね。
そのゲームの通称フランス鯖で起こった事なんだけど……」
そうして、リーダーは話し始める。
未だ遺恨が残るあの革命を──
「アッハハハハ………」
「………ヤバいやつじゃん」
乾いた笑いと心の底からの声が、リビングに木霊した。
もちろん、その原因はリーダーが語った『伯爵』と呼ばれる人物の革命。普通、考えついても実行しないであろうそれに、二人は笑うしかなかった。
「いやね、実のところ新しい風が欲しかったんだよ。大体の建造物は作り終わって暇だったし、かと言って、なんか独自のものを作ろうとしても景観の邪魔になるだろうしでねぇ〜」
「それで、フランス革命の再現をしたのか?その『伯爵』様は」
「……頭のネジが飛んでるんじゃないの?」
いつもは楽観的な彼らでも、流石に眉を顰めていた。それはそうだろう。彼らのリーダーは良い思い出のように語っているが、恨んでいる奴は必ずいるに違いない。
男は自分たちも相当なことをしている自信はあったが、流石にそこまでのことは出来ないと天を仰いだ。
「あ……」
思わず天を仰いでいた彼の視界に見覚えのある男が写った。
「おや、ゴードン君」
次いで気づいたのはリーダー、デイン。
その声に、デインに向けていた視線を少女、蓮蓮は階段に向けた。
「あ、雑魚」
「ッ──!?」
煽るでもなく、自然と出てしまった言葉。
それにゴードンは顔を紅潮させた。
しかし、それだけだ。普段であるならば、そんなことを言うものがいるのならばすぐさま剣を抜き、キルしていたのがゴードンというプレイヤーである。
その男が何もせず、耐えるのみである理由はただ一つ。単純に相手の方が強いからである。
最初は、挑発されてからすぐに剣を抜いた。なんてことはない。ただ単に身の程を思い知らせてやろうと、両者は考えていただけだ。ただ、そこに違いがあるならばぬるま湯に浸かっていたか否かの違いであったのだろう。
決着は一撃でついた。
ゴードンが攻撃を放つ前に、既に蓮蓮のダガーが喉元に突きつけられていたのだ。
ゴードンとて、弱いわけではない。プレイヤースキルが低いだけであり、アイテムや装備を加味すると強い部類には入る。事実、帝国の闘技場にて行われた闘技大会で、彼は軽々と優勝した。
だがしかし、その闘技大会は蓮蓮に言わせれば温い。かつて、それこそ帝国や連邦、共和国にプレイヤーが散る前。プレイヤーというプレイヤーが、王国にしか居なかった頃。そこは正に弱肉強食の世界だった。
各国の有名プレイヤーが蠱毒の如く王国に詰められて、鎬を削りあっていたのは正しく蠱毒だった。
「はぁ……やめなさいよ、二人とも。レンちゃんも口は災いの元だよ」
睨み合う二人に、頭を抱えるような仕草でデインが間に入った。
そして、二人が落ち着くのを待って──
「さあ、聞こうか、ゴードン君。何があったのかを」
──そう言った。
帝国を牛耳るクランリーダーに相応しい眼光と畏怖を伴って。




