彼岸にいるあなたへ 13
「はぁー、慢心ってのは嫌だねぇ」
良い教訓を得た。
良い気になっている時に限って、足元を掬われるんだよなぁ。とは言え、人間とは調子に乗ってしまう生き物の名だ。今回の教訓とて、あっという間に忘れてしまうだろう。
まあ、今回はグラーフのえげつなさを確認させられたんだが……
「ったく、何処までが想定通りなんだか……」
まあ、それはそうと……仕事を終わらせよう。
奴が守っていた扉。中世にあるような扉ではない。明らかに時代錯誤。SFから持って来たと言わんばかりの扉。
それに、グラーフから預かっていた機械を取り付けて………数分後。
「お、開いた」
すんなりと開いた扉。グラーフが、やけに古代技術に詳しいことは気になるが………下手に踏み込んで、こっちの情報を流したくはない。
「………内容は出来るだけ見ないようにしよ」
扉の中に隠されていたのは数多の書類と財宝。まあ、隠し金庫という奴だ。
ただ、中身……特に書類は、ウィルス伯爵の黒い所の詳細であったりする。なんで、これらを残しているのかは理解に苦しむが、保管しなければならない理由があったのだろう。
「多分、しっかりと残しておかないと契約が反故にされるとかそんなことだろ」
それなら辻褄が合う。脅すときには、こう言った契約書なり何なりが必要なのだろう。相手側が反故しないように。それかもしもの時の保険のためとか?
まあ、俺には関係ない。
それじゃ、サッサとしまって、と。
わあ、ちょっとだけ見えた紙面に、奴隷とか書いてなかった?確か、王国では奴隷売買は重罪だったような………いいや、やめよう。自ら暗部に足を踏み入れる必要はあるまい。
「さて、と」
アイツらと合流しようかね。
「あ、カガチが来た」
合流地点には、既にグラーフが居た。
機嫌が良いようで鼻歌が、少し前から聞こえていた。
こりゃあ、何かあったな?それか、悪いことを考えているのか……まあ、どちらも碌なことではないだろう。
ちなみにであるが、既にあの仮面は取ってある。今更、顔を隠す必要なんてないだろうしな。
「あれ?」
ウォルターがいない。
アイツは、グラーフと一緒だったはず。作戦からして、グラーフが注意を引いて、ウォルターがステルスキルって感じだったが……死んだか。
ザマァねぇなぁ………後から、おちょくってやるかな。
「……うん、ごめんね?ウォルター、死んでないんだ」
「えー」
「彼には伯爵の身柄の確保を頼んでいるんだよ。どうにも早く終わったからね」
「そりゃあ、そうだろ」
相手からして魔術師と聖職者。
見せられた奴らのステータスは、パーティー向けというか、誰かと組むことが前提のような感じだった。まあ、それは仕方ないと言えよう。器用貧乏になるよりはマシということだ。
一発の威力は大きく、護りも固い。だが、それはパーティー前提の話だ。もっと言えば、前衛が居て、他に敵がいない場合にのみ、彼女たちは強い。
純魔としては高火力で押し倒すことが多いし、聖職者は聖壁を全方面に貼る訳にもいかないだろうし。だからまあ、今回のように伏兵がいたりするのは、彼女たちにとっては天敵であったりするのだ。
「手札を開帳されて、伏兵が居て、それで負けたらお笑い草だろ」
「まあね。彼女たちは比較的簡単に倒せるのは事前に分かっていたからね。それよりも君だよ。けしかけておいて何だけど、良く勝てたね」
「中々に手強かったけど……まだ脇が甘かったからなぁ。もっと簡単に倒せたんじゃないかとは思うし……もうちょいレベルが上がれば、完封出来そうだ」
まあ、それも同じ条件の話だ。
今回と同じ条件ならば、恐らく簡単には倒せる。しかし、平原みたいな遮蔽物もないような場所で戦うのならば、簡単に負けるだろう。
だって、まともな遠距離攻撃ないし。
「まあ、それはそうと……えげつないことするねぇ、グラーフ。俺としてはお前が伯爵と呼ばれるべきじゃないかと思うんだが?」
「バカ言わないでよ、カガチ。あんなのはゴードン君が勝手に嵌っただけだよ。それに、地下室については兎も角、私は恨まれるようなことはしてないんだよ」
「身に覚えがないだけだと思うんだけど……まあ、興味のない奴の行動なんてものは良く感じないものだからな」
「まあ、違いないね……おや?」
「ん?」
グラーフが何かを捉えた。
ああ、いや何かなど決まり切っているようなもの。
我が悪友、ウォルターが痩身の男を引き摺るようにして歩いて来ていた。
「なぁ」
「うん?」
「伯爵の扱いって、アレでいいのか?」
いくら法を犯していたとて、あの男は貴族。権力にて罪を掻き消すことのできる者。
そんな男の扱いが、地べたを引き摺られているというのは………なんとも。
「いいのいいの。コッチは王子様の勅令があるからねぇ」
「へ?」
いま、王子って言った?
ちょっ、それ知らないんですけど?めっちゃ、グラーフの独断専行だと思ってたわ。
「あれ?言ってなかった?」
「言ってねぇよ」
「だからさ、安心して。大義名分はコッチにあるから」
………なぁ、顔も知らぬ王子様よ。
あんた、この女を御すことが出来るのか?下手すると、国が呑まれかねない劇薬だぞ?
「君が何を考えているかは大体分かるよ。乗っ取るつもりなんかはないさ。というか、あの王子様が許してくれる訳ないじゃん」
………そんなに、分かりやすいかなぁ。
どうにもポーカーフェイスが仕事してないような気がする。一度、鏡で見てみようかな。
「はぁはぁ……」
「おー、お疲れ様」
「おつかれー」
なんていう間に、ウォルターが合流していた。
「おつかれ、じゃないよ。はぁはぁ……次は、絶対、やらないからな」
「いや、バカ言うなよ。お前が楽したツケだろ。聞いたぞ?まともに戦ってないんだってな。俺が、死を覚悟して戦っていた裏で楽してやがって………」
「そうだぞー。君は、このレディーに力仕事を任せるのかー」
俺の愚痴とグラーフの戯言。
その二つに、ウォルターは大きく息を吸って……
「最初はグー──」
握った拳を差し出した。
へっ、そう言うつもりかよ。
受けて立つ……!!
「ジャン、ケン──」
チラリと横を盗み見る。
どうやらグラーフもやる気なようだ。
「──ポンッ!」
そして、雌雄が決した。
「なんでさ……」
「五月蝿いぞ、ウォルター。お前からの提案だろ」
「そうだね、ウォルター君。男が廃るよ」
変わらずというか、ジャンケンで負けたウォルターが伯爵を背負っていた。
どうも引き摺るのは辞めたらしく、今はその背に背負っていた。
……というかとんだ茶番だよなぁ、あのジャンケン。
だって、ウォルターって基本的に出す手が同じなんだよ。当然、それを俺とグラーフは理解していたわけで………最初からこの結末は決まっていたようなものだった。
「それで?見せてくれるんだろ、なんかデッカイの」
「うん、ここら辺ならよく見れるかな」
「へっ?何を?」
知らされてないウォルターは放っといて……現在位置は王都ローレルへと続く道の半ばほどだ。
グラーフ曰く、何やら祝砲代わりの何かを上げる準備が整っているらしい。
そんなグラーフの手に現れたのは、何かのデバイス。一見して、スマホのような液晶パネルを持つデバイス、それを操作して──
「それじゃあ、いくよ?」
──そう言葉を挟んで、デバイスをタップした。
西の空。そこを一条の炎が煙を尾にして駆け上っていく。
同時に響く、懐かしい甲高い咆哮。
ああ、それは序章だとも。この後に、それは咲かせるのだ。夜空に生える大輪を。
そして、その時は来る。
大きな爆発音。そして、連続的に響く小さな音。
火で彩られた大輪の花。それは俗に花火と呼ばれるもの。
………一年振りか。花火なんて見るのは。去年はそれどころじゃなかったし……
そもそもストアカに花火なんてあったのが驚きだが……銃があるんだ。火薬だってあるだろう。それならば花火があっても不思議じゃあない。
「………お前さ、よく準備したな」
「ふふーん。ちょっと約束しててね」
「約束?」
「約束しちゃってね。花火を見せるっていうね」
そんな話の間にも次々と花火は上がり、西の空を美しく彩っていった。
──レイン王国、王都、王城。
王城という限られた人間しか立ち入ることの出来ぬ場所の一室。
第一王女であるマリアナ・I・レイクは自室にて、窓辺に立ち、夜空を眺めていた。
部屋に灯りは点いていない。部屋を照らすのは、窓から差し込む月光だけだった。
日付は既に変わってしまっているほどの深夜。まだ幼い彼女にとっては既に夢の国へ旅立ってしまっているであろう時間になっても起きていたのは、理由があった。
「………眠いのだ」
一つ大きく欠伸をした彼女。
やはり、幼い彼女に寄る眠気は相当なものであるらしい。
もう寝てしまおうか、そんな考えが頭を過ぎる。それは駄目だと、眠気と共に頭から追い出すように、彼女は頭を振った。
そうして、少し明瞭になった頭に浮かんだのは、異邦人の友人と交わした約束。
いつもはのらりくらりと不思議なことを教えてくれた友人だが、最近は会うことが出来なかった。
──ああ、そうだ。確か、外に出られなくなってからだ。
あの友人が会えなくなってしまったのは。
あの友人は何をしているだろうか。
アーデルハイトの堅物が、自らの身を慮って面会を断っているのだろうか。それとも兄様が?
ああ、それでも……
「きっと其方のことじゃ。また土産話として、聞かせてくれるのじゃろうな」
友人は、その話をするのを躊躇うだろう。そうだ、彼女はいつも自分のことを話したがらなかった。それを駄々をこねるようにせがんで話してもらったのだ。
彼女が友人とバカみたいなことをした話。彼女が紡いだ話。
それらは不思議な話で、いつも心を躍らせてくれた。
今回はどんな話だろうか。
多分、アーデルハイトをハイジ呼びして揶揄ったりするのだろう。
その光景が容易く想像できてしまって、マリアナは笑みを溢した。
「ならば、わたしは待たなければならぬ。約束は守らなければの!王族のせきむなのだ!」
目を擦って、浮かんだ涙を拭う。
もう欠伸を漏らすことはなかった。
それからどのくらい経っただろうか。
じっと眺めていた夜空に異変が起こった。
「……あ」
あれはなんだろうか。そんな思いが胸中に浮かんだ。
じっと見つめる夜空に登る一条の炎。
天に登る龍のようなそれ。
東洋の龍の形をした生物はただ一匹しかいない。即ち、龍帝と呼ばれる最強の生物。だがマリアナには、それが龍帝ではないと感覚的に分かっていた。
そして──
「わっ……!?」
──天に昇り詰めた龍が爆ぜた。
夜空に大輪の花が咲いた。
初めて見る光景だった。
遅れて響いた爆発音と共に花弁が儚く散っていった。
「……きれい」
口から出た言葉はそれだけだった。
どのような比喩も賛美も、それには似合わなそうだった。
友人が約束を果たしてくれた証を、一時の夢を食い入るように見ていた。
──え?マリーちゃん、花火知らないの?
次々と爆ぜる夢を。
──んー、知らないかぁ。なら、おねぇさんに任せなさい。いつか見せてあげるよ。それもとびっきりのやつをね!
「……ありがとうなのだ」
欠伸などしてないはずの眦に、キラリと涙が光った。




