彼岸にいるあなたへ 12
──時は少し遡る。
伯爵の屋敷。その一角で、グラーフは人を待っていた。
「ふんふんふーん」
鼻歌を歌い、表情には笑み。手は何かのデバイスを弄っていた。
明らかに上機嫌な彼女。それを、グラーフやウォルターが見たらどう思うだろうか。
──ああ、また良からぬことを企んでいる。
きっとそう思うに違いない。
その思考を妨げるように、ガチャリ、という音が響いた。
「あ、来たね」
星光と月光で仄暗かった部屋に、灯が差し込む。
彼女は、デバイスを弄る手を止めて来訪者を迎えた。
「来てやったわよ」
「要件はなんでしょう?」
入室したのは女二人。
片やローブを纏った魔術師、片や白と黒を基調とした修道服を着た聖職者。装備も職業も異なる二人であったが、両者とも不機嫌さを隠すことなく浮かべていた。
「ちょっと急ぎの用があってね」
「サッサと言いなさいよ」
魔術師の急かした言葉に、グラーフの雰囲気がガラッと変わる。
「気づかなかった?」
「……何にですか?」
はぁ、と一つ溜息。
それも聞こえるように。
「何よ!!」
「………早く教えてくれませんか?」
なにか事情があるのか、二人は急くように問いただす。
「多分さ、誰もすれ違わなかったでしょ?」
「「え?」」
そこまで言われて、彼女たちは異常に気がついた。
誰一人としてすれ違っていない。時刻は深夜。だが、誰とも会わないというのはおかしい。屋敷に勤める使用人にプレイヤー、彼女たちは文字通り誰一人とも会っていなかった。
彼女たちとて、馬鹿ではない。それが異常であることに気が付いた。
さぁ、と背筋に冷たいモノが走る感覚がした。
「何が起こってるの!!」
「さぁ?」
戯けるように、嘲るようにグラーフは肩をすくめた。
「そりゃあ、私だって疑問に思った程度だからねぇ」
むしろ、私が聞きたくて君たちを呼んだんだよ。そうグラーフは付け加える。
あの二人が聞いていれば、どの口でほざいているのかと馬鹿にしそうな言葉。
だが、グラーフの言葉の真偽を彼女たちは知らない。
「でもまあ、少なくとも何者かに襲われてるんだよね」
「根拠は?」
「困ったことに、リスポン不可地帯になってるんだ」
リスポン不可地帯。それはあるアイテムを使用することによって可能となる。
「あははは………全く、何処の誰だろうね?こんな高価なアイテムまで引っ張り出してまで……」
「笑い事じゃないでしょ!?」
そのアイテムの名は絶縁結界装置。
古代遺跡で稀にドロップし、その効果からプレイヤー間では、 戦争を予期したアイテムではないかという推測が立てられているアイテムである。
「………待ってください。あなたはどうやって、それを知ったのですか?」
聖職者の女が言った。
その眼差しは鋭く、瞳には疑惑の色。
「あー………」
グラーフは内心でしくったと吐いて、
「ほら、コレだよ」
手元のデバイスを差し出した。
女たちは、魔道具に詳しくない。そう言ったものもあるのかと、そう考えてデバイスを覗き込む。
「コレは?」
「ちょっとした企業秘密なんだけど……」
「勿体ぶらないで下さい」
「古代遺跡産のデバイスで、一定範囲の──」
「一定範囲の、何ですか」
この事態に焦らすようなグラーフに、思わず攻めるような言葉を吐いてしまう。
そんな様子に笑みを浮かべて、グラーフはデバイスを取り上げた。
「ああ、やっぱダメだね」
その瞬間、グラーフは時間稼ぎを止めた。
「何が、ですか……」
彼女は気づかない。
この時、会話の主導権をグラーフが握ったことを。
彼女は気づいた。グラーフの異様な空気に。
故に、杖を向けて詠唱を始めた。
「おや?」
「え!?何やってるの!シシル!」
驚愕と困惑の混ざった声が、聖職者のリアフレである魔術師に飛んだ。
「気づいてないの!?」
「………っ、まさか!」
真実に辿り着いた彼女たちに注がれるは、拍手。それはたった一人のものであったが、やけに大きく耳に響く。
「そうそう私だよ。使用人を眠らせて、プレイヤーをキルしたのはね」
「なんのために?」
「うーん、まあ良いかな。伯爵はさ、やり過ぎたんだよ」
「やり過ぎた?」
生殺与奪の権を握られているとは思えない気楽さのグラーフの態度。
それが彼女たちを焦らせ、苛立たせた。
少ない間とはいえ、グラーフという女に触れ、その人となりを知っているからだ。
「そうそう、別に帝国と繋がろうが私としてはどうでもいいんだよ。何処の闇と繋がろうとも、私は無視するよ。でもねぇ、私にも思い入れってのがあってね。少しこそばゆいけど……」
そこで一度言葉を切った。
一度、視線を彷徨わせて……
「マリーちゃんに手を出したのが、伯爵の悪手だよ。私はそういうのを大切にするんだ。ただの0と1の羅列でしかないとしても……キャラに思い入れってのはあるでしょ?」
グラーフは思う。
どれだけ良い物語であっても、面白い物語であっても、ハッピーエンドで終われば良いというものではないと。たしかに、悲劇があるからこそハッピーエンドが際立つというものだ。グラーフとて、それは理解している。
ただ、悲劇などなく、平和に暮らすことが出来たのなら、それはどれほど良いだろうか。
だからこそ、グラーフというプレイヤーは行動するのだ。ここでならば、余計な柵がないから。自分の守りたいものを守れるから。
──もう誰も、自らのエゴで殺したくないのだから。
いいや、ゲームだけでも、最高の物語という物を紡ぎたいから。ハッピーエンドという物を目指したいがために。
「それで終わり?」
「ああ、そうだよ」
「じゃあ──」
魔術師の杖が、ぼうっと赤く光を帯びる。
聖職者が祝詞を紡ぐ。
魔術師の攻撃にてグラーフを滅し、その余波を聖職者が防ぐつもりなのだ。
無論、生産職である彼女に防ぐ手立てはない。
だが、
「──さよなら」
「ただでは死なないよ?」
悪足掻きが出来ない訳ではない。
「「なっ!?」」
瞬間、グラーフから数多の何かが飛び出した。
仄かな光を反射して、怪しく光るそれらは蜂と蝶を模した小型飛行ロボット。
これがグラーフという生産職が、数多のプレイヤーを屠った秘訣であった。
蜂型のロボットは、内部に毒を仕込めるような細工がされており、生身の蜂と変わらない動きをする。その中の毒を除いて。
錬金術で作ることのできる毒物の中には、生物を石化させるものから壊すものまで、様々な物が存在する。それらの毒であれば、低レベルプレイヤーと中レベルプレイヤー、彼らを屠ることなど容易いという訳である。
「そ、それがどうしたのよ!」
魔術師の言葉は虚飾ではなく、事実。
彼女が詠唱している魔法であれば、あの程度の壁など意味を成さない。
「そうですわ?その程度の攻撃に私の護りが破れるとでも」
加えて、聖職者の聖壁を破ることなど出来やしない。
ただそれも──
「まあ、そうだよね。勝ち目ないよね」
──グラーフが彼女たちを倒すつもりがあるとしたらの話だが。
「私にはね」
「はぁ?」
「え?」
直後、彼女たちの喉から刃が生えた。
まるで意味が分からないという彼女たちの全身から力が抜けて、彼女たちは地面に倒れ伏した。
そして、現れる一人の男。
「ナイスタイミング!!」
「ナイスタイミングじゃないよ、ジョーカー」
そして彼女たちは理解した。
あの無数のロボットなど、グラーフという物以外から、注意を逸らすためのミスディレクションだと。
現れた男は、実に巫山戯た格好をしてしていた。いや、巫山戯ているのはただ一点。顔を覆うようなピエロの仮面。
グラーフが集めた仲間の片割れ、ウォルターであった。
「ジョーカー?ああ、コードネームかな。私は別に知られているから、別に……」
「雰囲気だよ。俺たちに、こんな仮面を渡したんだから」
コツコツと、仮面を叩きながらウォルターは言った。足元に倒れ伏す彼女たちを無視して。
「で?」
「ああ、いいよ。やってしまって」
二振りの刃が静かに振り下ろされた。
赤いエフェクトが光って、彼女たちの命が刈り取られる。麻痺して動けない彼女たちに、無慈悲に迫る刃。
その瞬間、グラーフは見た。
憎悪の籠ったような鋭い視線。
──次は絶対に負けない。
だからこそ、彼女は笑みで応える。
──やれる物なら、やってみろ。
そうして、彼女たちは光となって消えた。




