彼岸にいるあなたへ 11
──そこには何もなかった。
「ははははっ!!大口を叩いておいて、この程度か!見かけだけか!あの女には、この程度の仲間が相応しい!!」
哄笑が地下室に木霊する。
それは勝ちを確信した者の声である。
その哄笑の主であるゴードンは、ゆっくりと剣を鞘に納めた。
彼の眼前には扉。
それは彼がここに居る理由であり、守っていたものである。
──それは何も変わりなかった。
だからこそ、ゴードンは気付くべきだったのだ。何も残っていないという異常に。何も変わりないという現状に。
一度、ぐるりと地下室を見渡せば、目に入るのは焼き焦げた数多の黒線。それは光剣の軌跡である。
なればこそ、異常なのだ。この戦闘において、最大火力で放たれたあの一撃。それによって、何も残らないなど。直撃したはずの壁が、なにも変わらずに佇んでいることに。
煙幕が部屋を満たしたとき、それが冷たかったことに気が付いていれば。
いくら冷える地下室と言えど、あの熱量の直後に冷気が肌を刺すことはありえないというのに。
だが、彼は気付かない。勝利という美酒に酔っているが故に。グラーフという怨敵に頭を埋め尽くされているが故に。
どのように殺し、どのように懺悔させ、どのように屈服させるか。弱い癖に狡猾で、自分の認められない強さを持つ奴を辱めることに思索を巡らせる。
そんな妄想に耽るゴードンには、絶対に気付けない。
直後、彼を鎧の隙間を縫った刀が貫いた。
「あ………?」
口から情けない言葉が漏れた。
理解など出来るはずがない。
先程まで、カガチを殺したと思っている彼には、何が起こったかなど理解は出来ない。
「………あ」
そして、ゆっくりと後ろを向いて………
「ああああああッ!!!」
巫山戯た道化の仮面を見た瞬間に理解した。
絶叫と同時、拳を振おうとするが、それが届くことはない。
彼は気付くべきだったのだ。仮面の男が、雷を纏っていることに。
「じゃあな」
「ガァァァァァァッ!!?!?」
刀から流される雷。
『雷光』という銘打たれた刀は、流された雷を増幅させる。
レベル99という高レベルプレイヤー。当然、そのHPは身体を貫かれた程度でなくなることはない。精々が一割削れる程度だろう。
だが、その身体の内部に、直接雷が流れればどうなるだろうか。
答えは簡単だ。
低レベルプレイヤーと同じようにダメージが入る。
このゲームにおいて、属性ダメージというのは『耐性』スキルに左右される。
そのため耐性スキルを所有していない場合、高レベルプレイヤーだろうと低レベルプレイヤーだろうと等しくダメージを受けるのだ。無論、HPに差があるため、致命的かどうかは別だが……
加えて、この『耐性』スキルを取得するプレイヤーは少ない。
それは装備で代用できるためだ。
貴重なスキルポイントを使用してまで、代用する術がある『耐性』スキルを所得する物好きはいない。無論、カガチのような『耐性』スキルが必要不可欠な者達も確かにいる。
だが、その数は少ないと言うのが現状であり、それは目の前のゴードンとて変わらなかった。
つまり、だ。
『耐性』スキルを保有しておらず、装備によって『耐性』スキルを代用している訳ではないゴードンは、雷撃のダメージがそのまま入ることとなる。
「アァァァァァァ!!」
増幅された雷が体内を灼く。
堪らず叫んだような声が、カガチの耳をついた。
それでも手を緩めることはない。
MPをかつてないほどの速さで雷に変換し、『雷光』によって増幅された雷はゴードンの体内を灼いていく。
「チッ……」
「…………ふんっ!この、程度、でぇぇぇ!!!」
だが、削り切れなかった。
雷が止むのと同時、刀が刺さっていることなど知らないとばかりに、振り向きざまに剣が振られる。
「…………!!」
その拍子に刀が抜かれたが遅い。
──とった!
プレイヤースキルが拙いとはいえ、そのステータスはレベル99、それに優秀な装備。
そのゴードンに、今のカガチでは防御など間に合わないだろう。
内心でほくそ笑んだゴードンは、そのまま剣を振り切った。
──カガチの右手が紙を持っているのに気付かずに。
「……何枚か持たされていて良かった」
「………?」
手に伝わって来た感触は物を切った感触ではなく、防がれたような感触でもない。
何か柔らかく受け止められたような、そんな感触。
「………アイツが笑ってそうだな、黒い顔で」
信じられないとばかりに、それを見つめた。
即ち、ゴードンとカガチを隔てるように広がる水の膜を。
カガチの右手の羊皮紙が光となって消える。
それを見て、ゴードンは理解した。
カガチが無事であった絡繰を。
「………魔法複写紙」
「ご名答。水霊防御膜。グラ……ジョーカが言うには水属性の防御魔法なんだと。まあ、便利なことだ」
水霊防御膜とは、単に水の膜で自らを覆うという単純な魔法である。
同系統の魔法に、ウォーターガードという名の魔法があるが、それとは全くの別物である。ウォーターガードは単なる初級魔法であるのに対して、水霊防御膜とは精霊の力を借りる上位の魔法。当然、そのスクロールとなると、良い金額はするのだが………
兎も角、この魔法は物理攻撃に対してはそこまで強くはない。少し前に、カガチが戦ったPK。彼が使用したアーツ、『一刀破岩』程度に破壊されてしまうレベルである。
だが、この魔法が真価を発揮するのは熱に対してである。
つまるところ、ゴードンの持つ剣の権能──蓄積した太陽光を射出すると言う攻撃に対しては、無類の防御を発揮するのである。
事実としてこの魔法は、先程の一撃を完璧に防いで見せた。
──まあ思ったより水蒸気が出て、焦ったけど……
「だが、その程度!!」
我が最大の攻撃を防げるはずはない、と。
何か他の絡繰もあるだろう、とゴードンは抗議するが……
「なんだ、気がついてなかったのか?」
激昂するゴードンに対して、静かにカガチは言う。
「お前さ。こんなところで全力を出せるとでも?」
「は?」
ぐるりと見渡せば、白い壁と幾つかの柱。
そんなところで、ゴードンが全力で攻撃したのならば崩落してしまうことなど、想像に難くない。それが、一つ目の罠。
「それにさ、俺を侮りすぎだ。最初から、サッサっと片付ければ良かったんだ。それをジョーカに──もういいか。グラーフに固執しちゃって……」
「〜〜〜ッ!?」
それが、カガチが浮かべた笑みの理由であり、そう仕向けたグラーフの二つ目の罠。
「全く……憐れだよ。これだけ手の内を読まれてしまって」
堪らず、ゴードンは剣を振るう。
だが、当たるはずなどない。
立ち塞がる男は、そんな見え見えの太刀筋には引っ掛からないのだから。
「全く……滑稽だよ。何処までもグラーフの手の内であると言うのに、出し抜いた、なんて思っているなんて」
もう聞きたくないとばかりに、太刀筋が乱暴なものになる。
それを躱しながら、カガチは再度思う。
──仮面があって良かった。
きっと、今の顔は酷いだろうから。憐憫など浮かべていない、滑稽さに顔を歪めていない。ただ、残虐に笑っているだろう。
「アアアアアアァァァ!!!」
「もう終わりにするか」
もはや、駄々を捏ねるような軌跡の剣。
「…………!?」
それが容易く宙を舞った。
無論、それを為したのはカガチだ。
「シッ!!」
右腕の関節部が、振られた刀によって切断される。
「くそっ………!」
残る左腕で、ゴードンは武器を取り出そうとするが………
「遅い」
刹那、カガチが雷を纏った。雷は少しではあったが、『雷光』がそれを増幅させる。
そして、一閃。
「が、ぁ………」
僅かに残っていたゴードンのHPがなくなり、その身体が光となって消えた。




