彼岸にいるあなたへ 4
蜘蛛というのが昆虫に当たるのか、当たらないのかというのはいまいち曖昧だが……昆虫ではなかった気がする。
ハクロを兄さんのところに置いて身軽となった身体で、繰り出された脚を回避する。
「はっ!よっと!」
まあ、そんな無駄な思考は何処かに捨て置いて、目の前に集中する。
実のところ、俺は嬉しいんだ。なんだかんだ、誰かのゲームをじっと見るってのは性に合わない。だから、俺も参加したかったんだよ!
「っ!?硬っ!?」
振り下ろした刀から伝わってきたのは、痺れ。感覚からして、肉を断つことも、それどころか外骨格さえ斬れていない。
一度、立ち直そうとして……銃声。
それに反応して、跳ね上げるように前脚で頭を守る大蜘蛛。
着弾。
「チッ、抜けないか!」
その言葉の通り、弾丸は前脚を、それどころか外骨格さえ抜けていない。パラパラと外骨格の破片が落ちるがそれだけだ。弾丸は外骨格にめり込んで終わった。
「ふっ……!」
何も俺も、それを呆っと見ていた訳ではない。
こういうのは、腹部の方が柔らかいんだよ!!
振られた刀が、さっきとは異なり腹部を切り裂いて行く。
「──────!!!!!??」
流石にこれは効いたようで、声にならない悲鳴を大蜘蛛はあげた。
そして、振り向きながら、その槍の如く尖った脚で薙ぎ払ってくる。
流石に、そんな見え見えの攻撃には当たらない。
バックステップで回避。躱されたと知った大蜘蛛の噛み付きを、跳躍して大蜘蛛の身体に乗ることで躱す。
そして………
「せぇーの!!」
刀を突き刺して、そのまま切開する様に動くが………それはさせてくれないらしい。
直後、暴れ牛のように暴れ回った大蜘蛛に振り落とされた。
「チッ、ロデオでもやっておけばよかった」
地面を削りながらも着地。
着地の隙を狙うように動いていた大蜘蛛。
だが、その隙を大蜘蛛が突くことは叶わなかった。
「舞え、炎蛇よ」
側面から襲って来た炎蛇に呑まれた。だが、流石にそれでは死なないのは分かり切っている。
ピンピンしている大蜘蛛が、その身体を燃やしながらも炎蛇と対峙しているのを横目に、兄さん達と合流する。
「あれは?」
「多分……ユニークモンスターだ。厄介だな。ベースはトラップスパイダーか?」
トラップスパイダー。兄曰く、そこまで動くことが苦手な蜘蛛らしい。故に、罠を張って獲物が掛かるのを待つのだと。それだけ聞くと、ただの蜘蛛と変わらないように思えるが………侮るなかれ。
そのトラップ、つまり糸には麻痺毒などが塗られているらしい。糸に当たった瞬間、麻痺やら毒になるかも知れないということだ。まあ、それ目当てにスキルのレベリングに来るやつもいるらしい。
だがトラップスパイダー、その凶悪なところはそこではないらしい。
なんでも、巣の強大さ、らしい。トラップスパイダー達は、本体が弱い代わりに、馬鹿みたいに大きい巣を作り出すらしいのだ。
「と、言うことは……」
「ああ、多分アイツは、トラップスパイダーのその身の脆弱さを克服した個体なんだろうよ」
だが、その縄張りの大きさは代わりなく、俺たちがその縄張りに足を踏み入れたから、こうやって襲って来ているのか。
「さて……」
「もう一度行くのか?」
「まあ……幸いにして対応出来ない訳じゃないからな。そう言うわけで、援護よろしく」
「任せとけ」
まあ、その前に………
足元に這い寄って来たハクロに声をかける。
「ハクロ」
「ん?」
「五秒後に、炎蛇でアイツの視界を塞いでくれ」
「りょーかい」
「頼りにしてるぜ」
さて、そろそろ行こう。
一秒。紫電が弾ける。
二秒。駆ける。
三秒。大蜘蛛が俺に気付き、迎撃せんとする。
四秒。大きく、脚を振り上げて──
五秒。炎蛇が遮るように間に入る。
それでも、大蜘蛛はその脚を振るう。
しかし、その場に俺は居ない。
「縮地」
相変わらず、距離を詰めることに関しては優秀な縮地を使って、辿り着くは腹部の真横。
視界の遮られた大蜘蛛は、まだアソコに俺が居るとでも思っているのだろうか。
「そろそろ攻守交代と行こうぜ?」
無防備な腹部に斬撃をたたみ込む。だが、流石にいつまでもそれはさせてくれないらしい。先程のように、振り向き様に脚による攻撃をしてくる。
前脚を躱す。
「駄目だぜ?安易にこっち向くなんてな!!」
こっちを向くということ。それは、言ってしまえば前後が逆転するということ。
つまり、俺の方に頭を向けたとしても、弱点たる腹部は兄さんの方を向くってことだ。
「ほら、次はこっちからだ」
そして、響く銃声。
一度二度と、おそらく弾倉に入っていた弾丸を全て撃ち尽くしたのだろう。
銃声が止んだ。
「──────!!!」
流石にそれは効いたようで、明らかに怒りが混じっていた。
とは言え、同じ過ちを犯すつもりはないらしい。
大蜘蛛はその八本有る脚を使って、大きく後方に跳躍する。
「逃がすか……ッ!」
後を追って、一歩を踏み出して────
「うぐっ!?」
──踏み出した足が動かなかった。
それどころか、たたらを踏んだ逆足さえも動かない。
幸いにして転ぶことはなかった。そもそも、両足が動かないせいで転ぶに転べないんだが。
「──────」
「ああ、くそッ。そうか……」
大蜘蛛が笑った気がした。
「………糸か」
アイツが蜘蛛のくせに直接戦闘ばかりしているせいで、失念していたが………アイツは元々罠を張って捕食するトラップスパイダーだ。
そのアイツが、糸を使えない訳がない。
「ああ、クソッタレ」
「チッ!」
弾丸が俺を通り過ぎて、大蜘蛛に迫るが………その銃弾は外骨格にめり込んで終わる。それも、今度はガードもしていない。
ゆっくりと迫る大蜘蛛。
次第にその顎門を開けて………噛み殺すつもりか。
「どうする、どうする、どうする………?」
最悪、両足を切断?
駄目だ。それじゃあ、この状況はどうにか出来ても、この後が役立たずになる。
大蜘蛛が迫る。
「そう言えば………」
なんで、最初からこれを使ってこなかった?戦闘中に張っていたのか?だが、それだと……なぜ、俺はさっきの縮地の時に罠に掛からなかった?
銃弾を絶えず撃ち込まれながらも更に迫る。
「あれ?」
ふと、燃えている平原に疑問を抱いた。
別に、平原が燃えているのは不思議な話ではない。それは炎蛇が這った証なのだから。
「もしかして………」
燃えていたあっちが無事で、燃えていないこっちに罠があると言うことは………試してみるか。
大蜘蛛の顎門が正に、俺を喰らわんとする。
「ハクロ!炎蛇で俺ごとやれ!」
「うん!」
返事に躊躇いはない。ハクロは、知っているのだ。呪術である炎蛇が、俺に危害を与えることはないと。まあ、炎ダメージはあるがね。
「────!!!」
纏雷を消して、万が一に備えておく。
そして、炎に呑まれた。俺は結構余裕だが、大蜘蛛はそうではなかったらしい。生き物としての本能ゆえか、一度大きく距離を取る大蜘蛛。
「やっぱりか」
足裏に付いていた「それ」をアイテムボックスにしまって、自由となった俺もまた距離を取る。
「ハクロ、炎蛇は地面を這うようにしてくれ」
「うん。わかったよ」
「それで、兄さん」
「ん?」
銃弾を撃ち込み続けている兄さんに、一番重要なことを聞く。
「高火力は出せるか?例えば、アイツを一撃で倒せるようなやつ」
「ん?まあ、あるにはあるが……」
「何?」
「……いや、少し足止めしといてくれ。お前なら、楽勝だろ?」
「当たり前。俺を誰だと?あんたの弟だぞ」
「ああ、そりゃあ楽勝だな。むしろ、それぐらい出来なきゃ、ジジイに殴られるぞ」
全く、その通りで。しかも、最近はもう一人増えたからなぁ。
戯言を交わして、大蜘蛛を見据える。
「さあて、もうどうなっても知らないからな」
これで、短期決戦は決まった。なら、後のことなど知るか。
纏雷を強める。最近は、『雷耐性』も相まってかなり強く出来るようになって来た。それに、ハクロがいないと言うことも大きい。………アイツの耐性スキルと差があるせいで、下手に纏雷を強めると気絶するんだよな。
「行くぞ」
纏雷を更に強めて、駆ける。
目の前には、突進を始めた大蜘蛛。それが、再び嗤う。
「ああ、残念だ」
もうその罠は意味を為さないんだよ。
抉られた土と共に、その粘着力を失った糸が宙に舞う。
「──────!!!!」
罠が機能しなかったことに怒ったのか、それとも自ら仕留めんするのか、大蜘蛛が更に速くなる。
だが、それでも───
「遅い」
──今の俺には遅すぎる。
しかし、アレを両断出来るわけではない。
ただ、速いだけだ。それに、倒すのは俺の役目じゃない。
「ハハッ……」
前脚を回避して、跳躍。
腹部に飛び乗って、刀を刺しこむ。
今度は斬り裂こうなんてしない。
「ちょっとじゃないほど、ビリッとするからな!」
纏雷、いや迅雷流とは雷を纏うだけではない。それこそ、ライガのように外部への放電が可能となる。
しかし、俺の迅雷流では、そのレベルを行うことは不可能だ。
だが、こいつの体内に刀が刺しこまれている状況ならば………ッ!
「────!!!」
苦悶の叫びを上げる大蜘蛛。
当然だ、身体の中を雷が駆け回っているのだから。
「はっ!!そう簡単にはいかねぇよな!」
暴れ回る大蜘蛛に、何とかしがみつきながらも、絶えず雷を流し込んでいく。
そして、MPが切れそうになった時、その時は来た。
「退け!カガチ!!」
短く、鋭く発せられた声。
その発生源である、兄の方を向く。
そこにあったのは、奇妙な筒。兄さんの右腕に接続されているそれは、中に溜められたであろうエネルギーの光を漏らし────
「ッ!不味いッ……!」
「焼き尽くせ『竜滅息吹砲』!!!」
──全てを焼き尽くさんとす炎が放射された。
時は少し遡る。
カガチが大蜘蛛相手に立ち回っている頃。
「よいっしょ、と」
そんな声と共に出されたそれに、ハクロは目を見張った。
カガチの兄らしき人物が出したもの、それはとてもじゃないが武器と呼べるものではない。
巨大すぎる筒。到底、武器というカテゴリに収まるものではなく、それは兵器と呼ぶに相応しいものだ。
そんなハクロの気など知らず、ショウは準備を進めていく。
「『竜玉』、限定解除」
言葉に呼応して、『兵器』に掛けられていた巨大な錠がゴトリ、と落ちた。
そして、顕になるその全貌。
先ず目に着くのは、その外見。先程までの、無骨な巨大な筒とは異なり、精巧な装飾に、複雑な機構を備え持つ『大砲』。
そして、次はフォルム。『大砲』と呼ぶには些か形状が可笑しい。一つは、大砲の後方が膨らんでいること。そして、まるで腕に装着するかの如き形状。
「装着」
その言葉に、再び『大砲』の機構が変動する。
それは、腕を包み込み、ショウの右腕を完全に取り込んだ。
「装填・キャノン」
瞬間、ゴウンッと、取り付けられた『竜玉』が起動し始めた。
そして、徐々に集まっていくエネルギー。
「ったく、そこまでやられちゃあ、やるしかねぇよなぁ!」
ショウの視線の先には、暴れる大蜘蛛に雷を流し続けるカガチの姿。
そして、その時は来た。
『竜玉』が臨界点を超えたのだ。
「退け!カガチ!!」
カガチの返答を待たず、それを解き放つ。
即ち──
「焼き尽くせ『竜滅息吹砲』!!!」
──有りとあらゆるドラゴンを滅ぼす滅竜の炎を。
昼間の平原に一条の滅竜の炎が迸る。
「ぐべらっ!?」
それを本当にギリギリと言うところで避けた俺は、着地の余裕などなく、顔面から地面に激突した。
流石に、アレを食らえば死んでしまったようで、大蜘蛛の姿はどこにも見えなかった。
「あ、危なかった……」
それはあの炎を避けることもそうだが、顔面から激突したことでのダメージで、HPが数コンマしか残っていなかった。
取り敢えず、このままでは些細なことで死んでしまうので、回復。
ある程度回復したところで、兄さんとハクロが来た。手に素材を持って。
「おーい、大丈夫か?」
「まあ、何とかね」
心配する兄さんとは別に、ハクロはスルスルと袖の中に戻っていく。
お前……少しの心配とかないのかよ。
「それで、素材に関してだが………」
「分配で――」
「お前に全部やるよ」
「へ?」
まあ、待て待て。それはマナー違反だとか、後の憂いを断つために均等に分配した方がいいとか、そう言う考えはある。
「どうせ使わないし、ストアカデビューにこじつけた、初心者ボーナスとでも思ってくれ」
まあ、単純に倉庫の肥やしになるくらいなら使ってくれと言うことだ。
「じゃ、貰っとく」
「おう」
どうせ、相手は兄だ。後の憂いなどこんな事では生まれまい。生まれるとするならば………そうだな、一度アイスを巡って喧嘩したな。アレは酷かった。収拾がつかなくなったせいで、二人仲良く、爺ちゃんに預けられたっけ。
「それで?これからどうする?」
「ここら辺でお開きにしよう、流石に疲れただろ」
「まあ……」
「それじゃ、ゴールデンウィークのこと覚えておいてな」
そこで、解散となった。
ちなみに、兄から貰った素材だが……大半が焦げていたり、灰であったり、まあ、言ってしまえばゴミであった。




