彼岸にいるあなたへ 3
「ほー、ここがドライトかぁ」
王都ローレルから北に行った所にある街だ。ここは他の街とは毛色が異なる。
「なんか、暑苦しいね」
「そりゃあな。鍛治が盛んだからな」
街のあちこちから上がる白煙。それは断じて火事によるものではない。鉄を打つ鍛治によるものだ。
兎も角、この街──ドライトの特徴は他ならぬこの産業だ。そもそも立地からして、鉱床と鉱山を抱えるのだ。こうなるとしても、おかしな話ではないのだろう。あちらこちらにむさ苦しい男共が見え、鶴橋を担いでいるのが見えた。
「その割には、身なりが綺麗な人が多いね」
コイツは炭鉱夫とかをなんだと思っているのだろうか。まあ、それはそれとして、ドライトにはもう一つ大きな産業と言うか大きな観光名所がある。
「闘技場があるんだよ」
「闘技場?」
「そうそう。なんでも、作った武器の性能が直ぐに試せるんだと」
この理由には、正直頭おかしいんじゃないかとは思う。いくらなんでも、効率を求め過ぎではないか。
どうやら、それはハクロも同じことを思ったらしい。チロチロと出されていた舌が、呆れたようにだらんとなった。
「まあ、始まりは兎も角、今はそれで賑わってんだと」
「へぇー、んじゃ、今日はその闘技場に!?」
期待の込められた眼差し。
だが、すまない。それには答えられないんだ。
「あー、違う違う。ちょっと、人に会いに」
「………!?そ、そんな……賭けは……」
お前、そんなことを考えていたのかよ。
浅ましいなぁ。どうせ、賭けで一攫千金!その金で触媒ウハウハ!
浅ましい、浅ましいぞ、ハクロ。
「はぁ、行くぞ」
「ああ、僕のお金………」
なんでコイツは勝つ前提で話を進めてるんだろうな?それに、お前。金持ってんのかよ……
………というか、ダメそうだな。もう放っておくか。
「えっと……」
待ち合わせ場所としては、ここだったはず。
ドライトの城門から歩くこと十分ほどの場所にある公園。そこそこの大きさのこの公園では、子供たちが駆け回り、テイマーが自らのモンスターと戯れていた。
………危なくない?あそこの犬っころ、子供なら丸呑み出来そうなんだけど。
「ねぇ、何あれ?」
「ん?」
いつの間にか、ショックから立ち直っていたハクロ。そんなに大きいダメージだったのか……と言いたくなるが、飲み込んでおこう。
それは兎も角、ハクロが何を言っているかはすぐに分かった。ハクロの視線の先には、数多の子供が遊園地のキャラクターに集まるように、何か見たことのないものに群がるように、円となって集まっていた。
「あれは………」
なんであれがここにあるんだ?さすがに、色々ダメだろ。なんて言いたくなるが、そこにあったのは綿菓子屋。まあ、綿菓子屋と言えるほど立派なものではないが………子供たちが嬉しそうに綿菓子を貰って食べている。
だが、その全ての答えをそばに掛けられていた看板が示してくれた。
「ハクロ、あそこ見てみろ」
「え?店名とかじゃ………」
どうやら、ハクロも気が付いたらしい。
店名か何かだと思っていた看板。そこには、こう書かれていた。
『Welcome my brother 』
何故か英語だが、ただ一つ言えることがある。
「「………デジャヴだ」」
「何やってんだよ、兄さん」
「おー、確か……カガチだったな。俺は、ショウだ。よろしく」
兄さんのアバターは、現実をベースに多少弄ってあるが、それでも面影があった。
ちょっと待ってろ、と片付けに移る兄さん。残念がる子供たちに何やら約束を交わして、広げていた綿飴セットをアイテムボックスにしまった。
プレイヤーネームの方は、俺と同じく本名から取ったらしい。まあ、俺は名字からだが、兄さんは名前からだ。
「んじゃ、行くかぁ」
「何処に行くかは任せるよ。俺、全然知らないから」
「ん、オーケー。任せときな」
それから、他愛無い会話を交わして、辿り着いたのが、ドライトから少し離れた平原。すぐ近くに、森が見えており、兄曰く、あの森の奥にはモンスターがうじゃうじゃ居るんだと。
ま、今日は行く気なんてないし、関係ないのだが。
「さて、と。ここに出るのは主に蜂だ。ケミカルビーって言ってな」
「………」
うっそだろ?そろそろ何かしら、ファンタジーな敵と戦えると思っていたのに……また、昆虫。しかも、蜂。そいつ、絶対ニードルビーの親戚か何かだろ。
いや、まあ?確かに、巨大な昆虫もファンタジーと言えばファンタジーなのよ。ただ、俺が求めているものじゃないと言うか。もっとこうトレントとか、ドラゴンとかないのかね?
「まあ、身体こそ大きいがそんなに強くはない。射出される液体に気をつければな」
「液体ぃ?」
「そうそう。アイツら、毒は持ってねぇの。持ってるのは、なんで言えばいいんだ?酸?ナパーム?」
「ああ、うん。なんとなくわかった」
成る程ね。そいつらは、毒の代わりに化学物質を含んでいるのね?
………それはそうと。ナパーム?え?本当に?そんなものを持たせていいの?ダメじゃない?下手したら、森が全焼するぞ?
「お?いたいた。あれだ」
「へ?……あー、いた」
確かにいた。少し離れた所を飛んでいて、遮蔽物も何もない草原では、その姿は分かりやすかった。数は………一、ニ……五匹か。
そして、破裂音。
「!?」
その音の発生源。つまり、すぐ隣を見た。
そこにあったのは、紛れもなく『銃』。その銃が、リアルにあるものなのか、オリジナルかは知らんが………なんでそんなん持ってるんだよ。
「ほれ、来たぞ」
「は?」
哀れ、弾丸の餌食となった一匹が、空中で光となっていく。ただ、それで終わるなら良かった。
ここは、遮蔽物のない草原。つまり、それはあっちからも良く見えると言うわけで…………
「こんの!馬鹿兄ッ!」
「ハハッ、褒め言葉どうもッ!」
「…………カガチが振り回されてるの、初めて見た」
うるせぇやい。袖の中に引きこもってるくらいなら、さっさと手伝えよ!
「ちょっ!それは卑怯だって!!」
こちらとら、遠距離攻撃ないんだぞ!?
上空から、狙い撃つように液体が射出される。それをバックステップで避けるが………落ちた液体はジュッと地面から煙が上がった。
「チッ、酸か」
面倒だ、面倒だぞ。
下手に刀で受ける訳にはいかなくなった。まあ、しっかりと弾けるのかというか問題は、また別なんだけどな!
「ハクロ!」
「りょーかい。舞え、炎蛇よ!」
俺が無理だと言うのなら、ハクロに任せる。
より一層黒が混じった炎蛇は天を舞い、蜂共を悉く喰らっていく。
だが、それでは倒せなかったらしい。炎蛇に呑まれたケミカルビー達は、炎蛇の体内から抜け出して、身体を燃やしながらもふらふらと飛んでいた。
「流石にダメージはあるのか。だけど、まあ……」
「うん。終わりだね」
あの炎蛇は呪術だ。最近は、その副次的な効果に過ぎない炎ダメージで攻撃するような呪術みたいになっていたが、真価はそこではない。
一匹、そしてまた一匹と、その身の炎を消せずに光となって消えて行く。
あの炎は酸素を糧として燃えている訳ではない。他者の命、つまりHPを糧として燃えているのだ。結局のところ、アレも呪いであると言うこと。
アレを消すには解呪をするしかない。それか単純に持ち前の耐性で防ぐしかない。
解呪など持たないケミカルビー達の最後の一匹が、光の塵となって消えた。
「ふぅ……俺、必要か?」
申し訳程度に抜刀していた刀を鞘に納めた。
「要らなくない?」
「やっぱ?」
薄々気が付いていたのよ。対空というか、遠距離攻撃が皆無に近い俺が、空を飛んでいるアイツらに何も出来ることがないって。酸を刀で弾けないし、なら刀を持っていても意味ないかなぁと思いつつ、それでも、何も出来ないのは心苦しいから、抜刀していて………跳躍して攻撃、くらいはやったほうが良かったのか?
「兄さん」
「ん?ああ、終わったのか」
「手伝ってくれても良かったのに」
「すまん、すまん。どのくらいやれるか見てたんだが……意味なかったようだ」
全く、本当そうだよ。そもそも、俺の力量を測るなら、普通に闘技場でも行ってくれません?
「それなら、闘技場に行った方が良かっただろ」
「まあ、そうなんだが……」
何か行きたくない理由でもあるのか、言葉を濁した兄さん。
何からしらの事情があるんだろうと推測する俺など知らないように、一匹の蛇が袖から頭を出した。
………お前さ、闘技場に反応し過ぎだろ。どんだけ、ギャンブルしたいんだよ。
そんな、ハクロに兄さんは驚くことはない。
まあ、兄さんにはハクロのことは話している。全部という訳じゃないが、ユニークモンスターをテイムした的なことは伝えてある。
それもこれも、ハクロが綿菓子に興味を持って出て来たからなんだけどな。ハクロは何ともないように舌鼓を打っていたが………蛇って綿菓子、食べられるのか?
「まあ、今日はこのままケミカルビーを相手にしようか。闘技場は、またの機会ってことに」
「分かったよ」
ハクロが、あからさまに落胆した様子で袖の中に戻って行く。
………お前、どんだけ闘技場に行きたいんだよ。
隣でまた一つ、ズドンという銃声が響いた。
それに呼応して、光となって消えるケミカルビー。
奴らは銃声には反応したものの、此方には寄ってこない。いや、来れないのだ。
ケミカルビーが飛び舞う上空では、炎の蛇が食い散らかさんと顎門を開けて、飛び回っていた。
「はぁ……暇だねぇ」
我ながら呑気なものだと思うが、仕方ない。やれるかことがないのだから。ケミカルビー達は空から降りて来ず、炎蛇を避けるのに必死。奴らは避けれたとは言え、死なないとは限らない。
また、一つ銃声が上がった。犠牲者は、炎蛇を躱したばかりのケミカルビー。
兄さんに聞いたのだが、『銃』というのは非常に珍しい武器なのだと。なんでも、古代遺跡以外からの入手はほぼ不可能らしく。強さもまちまち、なのだと言う。ただ、プレイヤーに作れる者がいるらしく、その人に制作を頼んだんだと。
強力には強力だが、反動も馬鹿にならなく、銃弾にも金が掛かるので、オススメはしないということ。
まあ、元よりその気はないので、コレクションとして持っておくくらいかな。それに、使うとしても反動が弱く、精々が牽制に使える程度のもので十分だ。というか、そもそもの話、俺はあまりAIMが良くないから、練習が必要なんだよなぁ。
「そういや……」
「ん?」
銃声を響かせながら、口を開いた我が兄。
「ゴールデンウィークって暇か?」
「まあ、何も予定は入ってないけど?」
「それなら、よかった。ちょっと、付き合って欲しいことがあってな。もちろん、交通費やらは俺が持つよ」
んー、別に無いもないしいいか。
「別に良いよ。それで、ゴールデンウィークの何日?」
「あー、それは後から連絡するわ。今、ここで言うよりも良いだろ」
「まあ、確かに」
そうして、また一つ銃声が響いた。
どうやら、それが最後であったらしい。炎蛇は霧散し、兄さんは銃をホルダーに仕舞った。
「どうする?そろそろ、解散するか?」
「んー、俺としてはどっちでも良いよ。何もないし」
俺としてはどっちでも良いのだ。ここでのんびりと戦闘を観戦しているのも、新鮮で楽しいからな。
ただ、その時だった。
「ん?」
ハクロが珍しく、袖から顔を出した。
そして、スルスルと降りて、地面に降り立つ。
もしかして、闘技場を諦めてなかったのか、なんて言う考えが浮かぶがそうではないらしい。
「来る」
そう静かに告げて、森の方を見た。
「何が──」
何が来るなど、次の瞬間に明らかになった。
その森から『それ』は出てきた。
森の木々を、その巨体でへし折りながら、平原に飛び出した『それ』。
肥大化した臀部、八本の足、覗く牙。
何に惹かれたのか、何かを探していたのかは分からない。ただ、ソイツは俺たちに狙いを定めた。複眼が、ぶれることなく俺たちを見つめる。
「ああ、クソッたれ。なんで───」
それは姿こそ巨大であるものの、紛れもなく──
「虫しか出てこねぇんだ!!」
────蜘蛛であった。




